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山形の観光農園が「さくらんぼ狩り」を「ネット通販」に切り替えられた意外な背景

プレジデントオンライン / 2020年11月30日 11時15分

日々の状況観察と素早い決断が観光果樹園休園の危機を救った(王将果樹園HPより)

山形県天童市の観光農園・王将果樹園は、コロナ禍で「さくらんぼ狩り」を実施できず、経営危機にあった。しかし、さくらんぼのネット通販に切り替え、ネットでの販売額は前年比2倍を記録することができた。神戸大学大学院の栗木契教授は「これは経営学での『起業家的行動の有効性』の好例だ」と指摘する——。

■完璧な防御壁構築の試みは徒労に終わる

ウィズコロナの日々が続く。第1波、第2波、そして第3波と、感染拡大の波が繰り返し押し寄せる。コロナ禍への対処の難しさは、かくのごとく予測が極めて難しいことにある。感染後の後遺症やウイルスの突然変異など、わからないこともまだ多い。寒さが増すなかで議論は絶えない。

ビジネス上の備えとしては、コロナ禍という大きな不確実性を前に完璧な防御壁を築こうとしても、徒労感が増すだけだ。強風を受け止める木々の枝のように変化をしなやかに受け止めて、対応することが必要である。そのためには、企業としてのどのような行動と備えが必要だろうか。

山形県天童市の観光農園・王将果樹園はいち早く人気のさくらんぼ狩りを中止し、さくらんぼの販売をオンラインなどの通販に絞り込み、危機を乗り切った。なぜ王将果樹園は、この切り替えを柔軟に行うことができたのか。そこからは起業家的行動の理論であるエフェクチュエーション(effectuation)の有効性が見えてくる。

■迅速な決断が奏功し昨年の約2倍を通販で出荷

コロナ禍により観光客の姿が消えた2020年の6月。さくらんぼ狩りの最盛期を迎えようとしていた王将果樹園は、観光農園の休業を余儀なくされていた。何もしなければ売り上げが半減してしまうという危機を王将果樹園は、観光農園用のさくらんぼをオンラインなどの通販で完売することで乗り切る。このいきさつは複数のメディアが取り上げており、ご存じの方もおられるかもしれない。

この時期、テイクアウトに力を入れるレストランなど、販売形態の切り替えは各所で試みられていた。そのなかにあって王将果樹園が注目を集めたのは、新たなオペレーションへの切り替えが早かったからである。この動きを地域のDMC(Destination Management Company)との連携が支え、地域の人たちの前向きな気持ちを引き出す役割も果たしていた。

王将果樹園は、将棋の駒の産地として有名な山形県天童市にあって、さくらんぼに加えて桃、ぶどう、梨などの各種の果実を約10ヘクタールの農園で栽培している。スタッフ数は20名ほどである。実った果物をスタッフ総出で摘み取り、自社サイトでのネット通販などによって出荷するとともに、摘み取り切れない分は観光農園に回していた。観光農園にはカフェなどを併設し、仙台市や首都圏などから多くの観光客を受け入れていた。

観光果樹園でさくらんぼを収穫する矢萩代表
写真提供=王将果樹園
観光果樹園でさくらんぼを収穫する矢萩代表 - 写真提供=王将果樹園

従前の王将果樹園の売り上げは、オンラインなどの通販と観光農園がおよそ半分ずつという構成だった。最大の稼ぎ時であるさくらんぼシーズンに観光農園を休園することのダメージは大きい。

コロナ禍以前から王将果樹園は、観光農園用以外の果樹園の果実については、オンラインなどの通販で直接販売していた。観光農園用のさくらんぼの新たな販路についても、王将果樹園はこれを活用することができた。4月の全面通販への切り替えを決断してからは、王将果樹園では観光農園を含めた顧客名簿を活用し、ネットやダイレクトメールによるPRを強化するとともに、SNSなどでの発信を強化した。その結果応援の声が集まり、通販への注文は例年以上に増えた。昨年のおよそ2倍を王将果樹園は通販で出荷した。

■ボトルネックは人手不足

しかし、この切り替えは、すんなりと実現したわけではない。現場のオペレーションは、複数の要素がかみ合わなければ動かない。王将果樹園の切り替えにおけるボトルネックは、販売とは別のところにあった。

さくらんぼという果実は繊細で、小さく、数が多い。そして初夏の早朝の気温が低い時間帯に一気に摘み取り、その日のうちに出荷しなければ、あのみずみずしい味わいは保てない。ここに課題があった。さくらんぼの摘み取りには、他の果実と比べて多くの人手を要する。王将果樹園ではスタッフで作業をこなしきれない分を、観光農園に回していた。

観光農園用のさくらんぼを、ネット通販に切り替えて販売しようとすれば、収穫のための人手を集めなければならない。根気のいる作業をていねいに行う良質な人材を、コロナ禍によって人に移動が制限されるなかでどこから確保するか。

■地域の温泉旅館スタッフの手を借りる

王将果樹園の代表の矢萩美智代表取締役は、この問題を、国内のコロナ感染がまだ少なかった3月の初旬ごろから、海外からのニュースなどを見ながら考えはじめていた。そして4月になり、首都圏などを対象に緊急事態宣言が行われる。この時点では、山形県は宣言の対象外だったのだが、観光農園へのキャンセルが相次ぐ。

危機感を強めた矢萩氏は思いを固め、DMC天童温泉に声をかけた。DMC天童温泉とは、同じ天童市内の温泉旅館などが共同で予約サイト運営や観光ツアー造成を行うために設立したマーケティング会社である。兼務で働くスタッフが2名という小さな組織だ。

果樹園内にある直営のデザイナーズショップ&カフェ
写真提供=王将果樹園
果樹園内にある直営のデザイナーズショップ&カフェ - 写真提供=王将果樹園

王将果樹園は3年ほど前から、DMC天童温泉が手がけるツアーに協力し、通常とは異なる時間帯でのさくらんぼ狩りを受け入れるなどしていた。矢萩氏は、このDMC天童温泉の旅行事業課リーダーの鈴木誠人氏に、さくらんぼの収穫に旅館スタッフの手を借りることはできないかと持ちかけた。コロナ禍により観光農園だけではなく、温泉旅館も閑古鳥が鳴いている。手持ち無沙汰となった旅館スタッフの手を活用できないかと考えたのだ。

とはいえ旅館によっては、スタッフの兼業を禁止していることも少なくない。特例として経営者の了解を取りつける必要があった。

また、コロナ禍が拡大していくと、国の雇用調整助成金の特別措置によって旅館スタッフは、休業中も一定の給与は補償されることになった。それなら家にいる方がよいと考える人もいた。一方で家の外に出て、体を動かして何か仕事をしたいと考える人もいた。農園での収穫作業については3密の問題の心配はなく、呼びかけたところ、手を挙げてくれる旅館スタッフは少なくなかった。

王将果樹園が観光農園の休園を決めたのは、緊急事態宣言が全国に拡大された4月下旬だった。そして鈴木氏らによる声かけや調整によって、5月のなかばには、さくらんぼの収穫のための人手の確保が整っていった。緊急事態宣言下では大手企業でもオンライン・ストアのへの切り替え対応が間に合わずにパンク状態となる例もあったが、王将果樹園の動きは早かった。

■エフェクチュエーションの5つの原則

先行きの不透明感が高いウィズコロナの日々において、起業の熟達者の行動に学ぶ必要性が高まっている。予測の困難な未来に向けて行動を開始し、成果をたぐり寄せていく起業家のアプローチは、ウィズコロナの日々に適しているからだ。

バージニア大学教授のS.サラスバシ氏は起業の達人の行動を「エフェクチュエーションの5つの原則」として以下のようにまとめている。

(1)手中の鳥の原則

第1の原則は、手中の鳥の原則である。これは全く新しい方法ではなく、既にある方法を使って、新しい何かをつくるというものである。

(2)許容可能な損失の原則

第2は許容可能な損失の原則である。もし仮に損失が生じても致命傷にならないように、あらかじめコストを設定する原則のこと。少額投資から始め、小さな失敗と教訓を積み重ねながら、プロセスを次の段階へと進めていく。

(3)クレイジーキルトの原則

第3が「クレイジーキルトの原則」。クレイジーキルトとは、それぞれ形の違う布を縫いつけて作り上げたキルトのこと。競合相手も含む自分を取り巻く関係者と交渉し、目標変更も厭わず、より大きな山に登るためのパートナーシップを作り上げていくことを言う。

(4)レモネードの原則

第4の「レモネードの原則」とは、英語の格言である“If life gives you lemon, makes lemonade.”をアレンジしたもので、欠陥品(酸っぱいレモン)は工夫を凝らして、新たな価値を持つ製品につなげる(甘いレモネードを作る)という原則だ。

(5)飛行機の中のパイロットの原則

第5の「飛行機の中のパイロットの原則」は、上述した4つの原則を貫く原則で、数値や現状に対して、日々パイロットのように目視を怠らず、状況の急変に対して臨機応変に行動することをこう呼ぶ。

■王将果樹園で見える5つの原則の実例

王将果樹園において、5つの原則はどのように有効だったのだろうか。

コロナ禍を受けての販売ルートの切り替えにおいて王将果樹園は、新しいシステムを導入したり、新たなネットワークに頼ったりするのではなく、既存の自社の販売のシステムや顧客名簿、そして連携していたDMCとの関係を活用している(①手中の鳥の原則)。

そのためにリスクは小さく抑えられていた。手の内にあるシステムやネットワークを、大きな資金や労力を投入することなく活用する行動だったことが、躊躇(ちゅうちょ)なく新しい取り組みを進めることにつながった(②許容可能な損失の原則)。

また。新たなパートナーシップを築くということは、行動をしながらの柔軟な目標の変更が各所で必要となる。DMC天童温泉は、温泉旅館の共同マーケティングを目的に設立された組織であり、地域の雇用マッチングを目的にしていたわけではない。この目的変更とともに旅館の兼業禁止の規則などについても、柔軟に見直しが行われている(③クレイジーキルトの原則)。

新しい行動をはじめると失敗が起きたり、想定外の問題に直面したりすることが避けがたい。優れた起業家はそのようなときに新たな価値を見いだすことで事態を乗り切る。旅館スタッフたちが参加してみると、果樹園でのさくらんぼの収穫には根気が必要で、モチベーションを保つのが大変な作業だった。彼らはこの体験を積むことで、宿泊客からさくらんぼ狩りのことを尋ねられたときに、経験者でなければ答えられない会話ができると考え、モチベーションの維持につなげていったという(④レモネードの原則)。

地域の観光コンテンツに通じておくことは、旅館の本業にも生きるのだ。想定外の苦難に直面したときに、そこに新たな価値を見いだしていくのも起業家的行動である。

一方で王将果樹園の矢萩氏は、日々の新たな情報のチェックをきちんと行っている。生じた変化を見つめ、この先はどうなるかとの考えを怠らなかったことから、新たな行動が生まれている。矢萩氏と鈴木氏たち天童市の人たちは3月の初旬には、海外の感染拡大のニュースなど踏まえて対策の検討と準備をはじめている(⑤飛行中のパイロットの原則)。

ビジネスの未来は、予測することができなくとも、つくることができる。このことはコロナ禍のもとにあっても変わらない。不確実性が高く、先の見通しが立たなくても、起業家的な行動を続けていけば、未来をたぐり寄せていくことができる。DMC天童温泉の鈴木氏は、旅館スタッフたちがフレキシブルな働き方を体験する新しい機会となったと考えている。「DMCがあってよかったと思ってもらえることがうれしい」(鈴木氏)と語る。

王将果樹園の矢萩氏も当初は不安でいっぱいであり、このようなかたちでさくらんぼシーズンを迎えることになるとは想像できなかったという。先が見えない毎日は苦しかったが、新鮮でわくわくしながら一日一日を過ごすことができたと振り返る。

■起業家的行動の可能性を閉ざす行動とは

王将果樹園と天童市の人たちの事業の柔軟なシフトから何を学ぶか。起業家的行動はコロナ禍の事業への悪影響を緩和する。たしかに万能薬とはいえないが、活用できる局面は少なくない。ではなぜ、多くの企業では、起業家精神にあふれる王将果樹園のような新結合が進まないのか。エフェクチュエーションから生まれる可能性を閉ざすのは、次のような人たちの行動である。

・手持ちのシステムやネットワーク、設備や人材の転用など、既存のリソースに潜む新しい可能性を掘り起こすことには興味を示さない。
・新しい日常への対応を求められると、新たなシステムやネットワーク、設備や人材を獲得すべく、大がかりな投資や予算配分を求める。
・既存の計画を達成することや、これまでの制度の趣旨を守ることにこだわり、新しい日常のもとでのゲームチェンジに踏み出そうとしない。
・失敗から新たな可能性を引き出すことよりも、失敗の責任追及に邁進する。
・日々のニュースや社内情報を踏まえて、自らの考えや決定を振り返ることよりも、過去の経験則などにもとづく持論にこだわり続ける。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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