490円の弁当を売るなら690円と450円の弁当も売ったほうがいい理由
プレジデントオンライン / 2020年12月11日 15時15分
※本稿は、楠本和矢『トリガー 人を動かす行動経済学26の切り口』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■予想できない消費者の「非合理な判断」
ここから、生活者の「非合理的な判断」の典型的なケースをいくつかご紹介します。本書で活用する理論については、本章の参考編にてご説明しますが、まずはここで少しだけイメージを持って頂きましょう。
前述のダン・アリエリー教授の名著『予想どおりに不合理』で紹介されている事例が非常にわかりやすいので、そこからいくつか引用し、ケース1~4としてご紹介します。
ケース1:比較対象によって、判断が変わる
ある家電商品のメーカーが、今まで世になかった、家電商品を発売しました。当時としては大変斬新な商品であり、期待も大きかったのですが、それとは裏腹に売れ行きは鈍いものでした。
そこで同社は、ある賭けに出ました。それは、その商品よりも50%以上高価な高級版の製品を投入するということでした。元々売れていない商品のさらに高級版を出すという判断は、マーケティング戦略の常識では発想しえないものです。
しかし、その賭けは見事に当たりました。新たに「高級版」を発売した後、なんと最初に発売した方の商品が飛ぶように売れ始めたとのこと。
なぜこんなことが起こったのでしょうか?
■「より高い商品」があると高い商品でも買ってしまう
生活者の心理なので、100%それだとは言い切れませんが、恐らく高級版を隣に並べたことで、元々の商品が「割安に見え出したから」なのではないでしょうか。
これは「選考逆転」と言われている心理です。ある対象となる選択肢について、それが提示された状況や順番などによって、選考態度が変化してしまう心理を指します。
これを使った手法は、おとり効果(Decoy effect)と呼ばれるもので、色々な場面で使われています。
例えば、あるお弁当屋さんは、元々1種類だった幕の内弁当(490円)をもっと売るために、ラインナップを「450円、上490円、特上690円」の3種類に増やしました。そうすると、「上490円」が一番売れ、幕の内弁当全体の売上は前年比で大幅な増加を達成したそうです。
3つのグレードの二段階目が最安値に寄っているので、何となく割安感を抱いたからかもしれません。レストランのメニューでも、そういう並べ方をしているものは多いです。
生活者側に、絶対的な価値判断のスキルがない、もしくはあるようで実はない、という状況において、あたかも「合理的に見える判断の基準」ごと提供され、それに乗せられてしまった、ということなのでしょう。
■新商品が有名ブランドとコラボする理由
ケース2:「それが何の仲間か?」が重要
ある、全く新しい色の真珠の開発に成功した人がいました。彼は早速、その真珠を発売しましたが、当初は思うように売れません。
この状況を打開すべく、彼は友人である、ある超高級ジュエリーショップの店長にお願いし、その店のショーウィンドウにその真珠を陳列してもらうことにしました。それに加え、元々の価格よりもさらに高い値札をつけてみました。
![イタリア・シエナの市場にいくつものオレンジブラウンの革製バッグが置かれている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/e/670/img_4e1e1257a9cf70ccc8ecf698ed484bce423579.jpg)
また、ハイステータスな雑誌に、ダイヤモンド、ルビーなどの横に、その真珠を並べた全面広告も掲載。するとまもなく、どんどん売れ始めていったとのこと。一連の取組みで、その真珠は、ダイヤなどと同類の、非常に価値のあるものだと認識されたのではないでしょうか。
これは、生活者が問題解決や購買決定などの行動を決定する際、簡略化されたプロセスを経て結論を得ようとする、「ヒューリスティクス」と呼ばれる心理に基づいています。
このケースでは、その「見たこともない新しい商品」について、元々何の価値判断のスキルもないところに、すでに高い価値が認められている商品と「同カテゴリーのもの」に見せることによって、「この新しい商品もきっと同じような価値があるはずだ」と、短絡的に判断させたのです(この方法は、マーケティング戦略においてかなり多く登場します)。
割と新しめのブランドが、有名ブランドとのコラボレーションを展開するのも、まさに狙いは同じです。注目を集めるきっかけをつくるだけでなく、そんなメジャーなブランドとのコラボができるなんて、きっとそのブランドも凄いのだろうと、印象付けようとしているのです。
■「生存する確率が90%」と言われたほうが患者は安心する理由
ケース3:角度を変えると、印象も変わる
ある時、あなたが重篤な病気にかかってしまったとします。それを治療するためには、非常にリスキーな手術を受けなければならない、ということをドクターから伝えられ、その手術について詳しく説明を受けることとなりました。
さて、ここからが皆さまへの問いです。2通りの説明方法があるとして、どちらの方がより「その手術を受けてみよう」と思えるでしょうか?
②この手術は、生存する確率が90%あります。
2つの説明から受ける印象は大きく異なります。きっと、多くの人が②を選ぶことでしょう。論理的には、実は全く同じことを言っていることに皆さまはお気付きですよね。
これは「フレーミング理論」と呼ばれているもので、同じ内容だったとしても、別の角度で見せられる、伝えられることで、与えられる印象が大きく変わる可能性があるというものです。
こんなケースもご紹介しましょう。ある斬新な技術を利用した、新しい「オーディオシステム」をどうアピールするか? という話。そのオーディオシステムは、今までのオーディオでは再生が不可能だった音域を再生することを可能にしました。
さて、これを生活者に訴求する際、どのように表現するべきでしょうか?
■消費者は「得すること」より「損しないこと」を重視する
「この商品で、新しい音域を聴くことができます」とするか、「これ以外の商品では、その音域を聴くことはできません」とするかで、印象は大きく異なります。
皆さまはどちらのメッセージにより強く反応するでしょうか。
![メリットとデメリットの付箋とビジネスコンセプト](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/c/670/img_4c20b4914440e82d32723a2f25da43d3453985.jpg)
本ケースは、最初は前者のような訴求方法を行いましたが、ターゲットに全く刺さらず、ほとんど商品が売れない状況に陥っていたそうです。ターゲットであるオーディオファンは、比較的保守的であり、今までのものを否定するようなメッセージに嫌悪感を抱いたのかもしれません。それは変化を嫌う「現状維持バイアス」という心理です。
そこで、あるコンサルタントの指導に基づき、メッセージを後者のように変えたところ、一気に売れ出した、というエピソードです。
これらの事例は「損失回避性」という理論が関係しています。
生活者は無意識に、得することよりも損することを避けようとしてしまうという心理です。実は同じ内容を言っているにもかかわらず、「損をしてしまう」「リスクがある」という側面で伝えることによって、よりインパクトを出しているのです。
■バリエーションを減らしたら購入率が10倍に
ケース4:豊富な選択肢があると、逆に買わない
ここでは『選択の科学』(文藝春秋)という名著で紹介されている興味深い実験の話を引用します。あるスーパーのジャムの試食コーナーで、①24種類のジャムを用意、②6種類のジャムを用意というように2つに分けて、どちらが売れるかの実験を行いました。
論理的に考えると、選択肢が多い方が細かいニーズに対応できるはずなので、多くの種類がある方が有利に思えます。しかし実験の結果としては、6種類のジャムを用意した場合のほうが、試食に来た人の中の購入した人の割合が10倍となったそうです。
もちろん、実際は陳列方法だとか、商材の種類にもよるかと思いますので、一概には言えませんが、少なくとも言えることは、単純に選択肢が多ければ多いほど、必ずしも買いたくなる訳ではない、ということです。
■多すぎる選択肢はストレスを生む
なぜそういう現象が起こるかと言えば、生活者は選択肢が多くなると、混乱とストレスが生じ、物ごとを新たに選択することを回避し、今と同じ日常をそのまま送っていくことを選択しようとする、という傾向があるからです。
それは「選択回避の法則」と呼ばれる心理です。
あえて選択肢を限定的にすることで、選択時におけるストレスを低減するとともに、一つ一つの選択肢により注意を払うことができるので、結果として購入に結びつきやすくなるのです。皆さまも、選択肢が多すぎて、結果的に選べなかったというような経験はありませんか?
![店内の棚に完璧に折りたたまれたさまざまな色鮮やかなカラーシャツ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/c/670/img_fc5693b1df75e79a80bea6379bfbb5d8463201.jpg)
あるアパレルの通販サイトは、期間限定で、あるブランドに特化し販売するという手法で成功を収めています。
私自身もこのサイトをよく使っています。多くのブランドが、ここで初めて知るものなのですが、しっかりフィーチャーされているゆえに、見ているうちに興味を持って、買ってしまっていることが非常に多くあります。しかも、割と衝動買いに近い感覚で。
しかし、それらがECサイトの平場に、その他大勢と並んでいたとするならば、きっとそのブランドを購入していませんし、そしてそのカテゴリーのアイテム自体購入していなかったような気がします。あくまで自分の経験としての話ですが。
■「非合理な消費者」を狙い撃ちにする重要な武器
以上のように、ケースとして冷静に眺めてみると、なぜこんな非合理的な判断をするのだろうかと思えてしまいますが、その場その状況にいる生活者とはそんな判断をするものです。
以上、行動経済学に関する、いくつかの有名なケースをご紹介しました。
![楠本和矢『トリガー 人を動かす行動経済学26の切り口』(イースト・プレス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/4/200/img_74dc3d356cc4d538aad1a5882a143024144546.jpg)
行動経済学とは、コトラー教授のマーケティング戦略とは異なり、先程説明した「ホモ・エコノミクス」を前提とせず、実際の生活者による実験や観察に基づいた、心理的、感情的側面に即した分析を行うもので、現実の世界にある様々な要因がもたらす、生活者の行動パターンの究明を目的としたものです。
調査をしても、生活者の「欲しいもの」「やりたいこと」が見つからない、生活者の「論理性や合理性」だけを拠り所としても手がかりが見つからない、そんな成熟社会におけるマーケティングをいかに考えるべきでしょうか。
行動経済学の、生活者が非合理に判断してしまう可能性を突いた、「あたかも、元々欲しかったような気持ちにさせる」「自然に購入してしまう流れをつくる」というアプローチは、まさにこれからの時代におけるマーケティング戦略策定において、非常に重要な武器となると考えています。
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HR Design Lab.代表 株式会社博報堂コンサルティング執行役員
大阪府立茨木高校、神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発・育成業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括役として、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は、「マーケティングとHRの融合」をテーマに、行動経済学をはじめとした、現場での実践に基づいた様々なソリューションを開発提供している。企業内研修やセミナー、講演等は、直近3年で300回以上実施し、平均満足度は98%を超える。「一人一人の知恵や経験が存分に引き出され、活用されている社会をつくること」をミッションとする。青山学院大学専門職大学院国際マネジメント研究科非常勤講師(2015年度、2016年度)。
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(HR Design Lab.代表 株式会社博報堂コンサルティング執行役員 楠本 和矢)
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