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「日本は規制が厳しいから自動運転で遅れている」はむしろ正反対である

プレジデントオンライン / 2020年12月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

「日本は規制が厳しいから自動運転の実用化で遅れている」などと言われることがある。しかし自動車ジャーナリストの清水和夫氏は「現実は正反対だ。ホンダの新型レジェンドは『レベル3』の自動運転機能を備えており、日本が世界をリードしている証左だ」という――。

■高速道路の渋滞時には運転をクルマに任せられる

待ちに待った自動運転車が、正式に認可された。国土交通省は11月11日、「レベル3」の自動運転装置を搭載したホンダの高級車「レジェンド」に対し、量産や販売に必要な型式認定を行ったと発表した。

自動車のエンジニアにとっては長年の夢がかなった瞬間かもしれない。現在の市販車で実現されている衝突被害軽減ブレーキや車線逸脱防止支援などは、あくまで運転の主体はドライバーにあり、システムが人間のうっかりミスをカバーするというもの(いわゆる「レベル2」)。だが今回認可されたホンダのシステムはそれより一歩進んだもので、特定の条件下とはいえ、システムが主体となって状況を監視し、自律的に運転を行う。その意味では、本格的な「自動運転」の第一歩を切り開くものといえる。

複雑な混在交通の一般道路における自動運転の実現にはまだ時間がかかるが、高速道路であれば比較的早期に可能だとは考えられていた。今回形式認定を受けた新型レジェンドのシステムは、自動運転専用の高精度地図(ダイナミック・マップと呼ばれているもの)を搭載し、高速道路で渋滞したときの速度(時速30キロ未満で作動開始可能、時速50キロを超えると解除)に限定して自動運転を認可されたものである。

筆者は内閣府が主催するSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の自動走行システムプロジェクトの構成委員を2014年から務めてきた。そうした立場から見ると、自動運転車関連の報道の多くは期待過剰であったり、あるいは「日本は規制が厳しいから自動運転の実用化が進まない」というステレオタイプ的な主張であったりする(現実は正反対なのだが)。本稿ではファクトをしっかりと整理しながら、分かりやすく自動運転の現在地をリポートしたいと思う。

■社会問題の解決も担う自動運転の未来

SIP自動走行システムプロジェクトの当初の目標は、乗用車の自動運転の実用化だった。しかし、2016年ごろからMaaS(編集部註:Mobility as a Service、情報通信技術を用いてさまざまな交通手段をシームレスに結びつけ、移動を「サービス」として提供/利用する概念)という考え方が話題となると、乗用車以外のモビリティ(移動/移動手段)の自動化への期待も高まってきた。

例えば、地方のお年寄りや子供など、交通弱者といわれる人々の移動手段や、モノを運ぶトラックなどの自動化も期待できることから、安全性の向上や人材不足への対応といった、社会課題の解決を担う役割が望まれるようになった。また、コロナ禍で注目されたのは、食材などを運ぶデリバリーロボットだ。電動車椅子より小さいくらいのロボットが、無人でモノを運ぶ姿はいかにも未来的だ。

センサーとコンピューターを駆使し、AIが運転するさまざまなモビリティは、これからの社会に不可欠な技術となるであろう。

■自動運転のレベルの定義

ここでは当局の正式な許認可を取得した乗用車の自動運転について、詳しく説明する。自動運転を語るとき、レベル0~5の6段階の定義が使われるが、これはアメリカの自動車技術会「SAEインターナショナル」が定義したもので、自動車の機能や製品の優劣を表すものではない。簡単に説明すると、

・レベル0は加速・減速・操舵(そうだ)の自動化がないもの。
・レベル1は加速と減速を自動化(自動ブレーキやクルーズ・コントロール)。
・レベル2は自動化したハンドル操作を加えたもので、ドライバーには前方監視義務がある
・レベル3は部分的な自動運転で、スピードや天候、各種センサーなどの状況がシステムの運行設計領域(ODD)を外れたときはドライバーが運転する。
・レベル4は条件外となっても、システムだけで安全を確保する。
・レベル5は無条件の完全自動運転。

ここで大切なのは、レベル2まではドライバーが前方を見守る義務がある「運転支援システム」(運転の責任は通常の運転同様にドライバーが担う)であり、真の意味で自動運転(運転の責任をシステムが負う)と呼べるのはレベル3以上のシステムであるという点だ。

とはいえレベル3では、走行条件によってシステムと人との間で運転責任が行き来するので、この段階では「部分的な自動運転」と理解すべきかもしれない。

■前方監視義務があるかないか

すでに市販化されているレベル2の運転支援装置でも、部分的に自動でハンドルを操作し、車線を維持しながら前の車に追従して走るなどの機能はある。車によっては手放し運転も可能で、しばしばこれを「自動運転」と勘違いしてしまう人も少なくない。だがどんなに高度化しても、レベル2のシステムではドライバーは前方をしっかりと監視し、とっさのときにはすみやかに対応する義務を負う。あまり過信するのは危険である。

実際に、レベル2相当のシステムへの過信を原因とする交通事故がアメリカでしばしば報告されるようになったため、SAEの定義では「レベル2を自動運転とは呼ばない」ということが決まっている。

■レベル3運転に必要だった法整備

それではレベル3を実現するには、どんな制度改正が必要だったのか。実際にレベル2と3では技術的にも必要な法制度でも、大きな違いがある。まず法制度から見てみよう。

自動運転を実現するためには、自動車の技術基準を定める法律「道路運送車両法」と、ドライバーの義務を定める「道路交通法」を改正する必要がある。この二つの法律が定められた時代には、自動運転はまったく想定されていなかったからだ。

道路運送車両法では「保安基準」と呼ばれる、自動車の保安上・環境保全上の技術基準が定められており、これに適合しない乗用車は公道を走行できない。改正前の保安基準には、人間がシステムに運転責任を委譲するような自動運転技術に関する規定がなく、つまりレベル3以上の自動運転を公道で行うのは違法行為という状況だった。

道路交通法にも同様に自動運転の規定はなく、人間が運転することを前提として、各種の安全運転の義務が定められていた。

■日本の法改正は2019年に実現

これら2つの法律は、2019年度に相次いで改正された。国土交通省自動車局所管の道路運送車両法の改正では、保安基準の対象装置に自動運行装置が追加され、システムの整備やプログラムのアップデート等についての規定も整えられた。

また警察庁が所管する道路交通法の改正では、システムが操作する自動運転も「運転」という概念に含めることとし、レベル3の自動運転車を対象に、運行設計領域内でシステムが運転している間の、ドライバーの前方監視義務が免除された。同時に、自動運転中のドライバーの安全運転義務を明確化し、事故が起きた際の被害者救護義務もあることを明記している。

さらに両方の法律で、運転中のシステムの作動状態を記録するデータの保存も義務付けられた。

一方で、自動運転車による事故が起きたときの責任がどうなるのかは気になるところだ。現行法でも被害者救済を目的とする保険は支払われるが、自動車損害賠償保障法、製造物責任法、民法、自動車運転死傷行為等処罰法、刑法などの法律をどのように適用、あるいは改正すべきなのか。少なくとも刑法に関しては、さらなる議論が必要かもしれない。

■国際的な議論にも積極的に参加

国土交通省は国連が主導する多国間の会議、自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で、熱心に議論に参加してきた。自動運転という新しい基準の策定において、日本政府は共同議長のポストを得ながらも議論をリードしてきたが、その背景には自動車工業会や自動車技術会の協力体制があったことは見逃せない。

WP29で議論されてきた国際基準の施行は、2021年1月の予定だ。国際的には、自動運転の実用化には1949年に制定されたジュネーブ道路交通条約を改正する必要があり、その改正案が採択されたのは2015年だった。一方の日本では、2018年に法制度の整備大綱が策定され、2019年に改正車両運送法と改正道交法が可決・公布、2020年4月1日から正式に施行された。日本の自動運転関連の法改正は遅いどころか、むしろ世界をリードしていることになる。

■レベル3自動運転に必要な技術的水準

レベル3で認定される自動車には、どんな先進技術が搭載されるのか。まずは、「ダイナミックマップ」と呼ばれる高精度の3次元地図が必要となる。衛星利用測位システム(GPS)などの技術はトンネルや山岳路では使えなくなるので、車両のセンサーと高精度地図が不可欠なのだ。

出所:国土交通省
出所:国土交通省

また、自動運転が可能な運行設計領域から外れたとき、システムはドライバーにすみやかに運転を引き継ぐよう求めるが、運転の交代が行われないときには「ミニマム・リスク・マニューバー(最低限の安全性)」機能によって、車両は10秒後に自動的かつ安全に停止する。

システムの冗長性の確保も重要な課題だ。例えば自動でハンドル操作が行われているときに電源が喪失し、システムの機能が停止するようなことはあってはならない。電源や各種センサーを二重化するなどの安全設計が必要だ。加えて、いつでも運転の引き継ぎができる状態かどうか、ドライバーをモニターするシステムも不可欠となる。

■ユーザーにとっての具体的メリット

最後に、レベル3の自動運転にはどんなメリットがあるのかを考えてみたい。

今回型式認定を受けたホンダのレジェンドの場合、高速道路での渋滞時の追突リスクが大幅に軽減されるだろう。常に最適の車間距離を保ちつつ、最適のタイミングで自動的に加減速することで、渋滞の緩和にも貢献できそうだ。当然、ドライバーの疲労も低減でき、自動運転中はスマートフォンや車載TVなどを使用することも可能になる。

たったそれだけのメリットなのかとも思われそうだが、レベル3の運行設計領域を外れたときには、自動的に高度なレベル2の、前車追随や車線維持、自動ブレーキなどの運転支援機能が利用できる。高精度地図を使った運転支援は使い勝手がよいだろう。個人的には長距離トラックにレベル3を装備すれば、運転手さんには非常に喜んでいただけるのではないだろうかと考える。

レベル3システム搭載のレジェンドは11月11日に形式認定されたが、ホンダとしては正式な製品発表ではないため、詳細は未発表だ。しかし認定した国土交通省としては、法改正やWP29での議論で世界をリードしてきたこともあり、「世界初の認定」として積極的に情報を公開している。

■後世に記憶されるターニングポイントに

筆者はこれまで7年間にわたってSIPの議論に参加してきたが、日本の自動車産業界にとって今必要なのは、自動運転のような先進技術において、ルール作りと技術開発で先回りすることだ。SIPのようなオールジャパン的開発体制の意義も、そこにある。

さらに、自動運転技術を社会に実装するには、技術的進化だけでは不十分だ。目指すべき将来のモビリティのビジョンを描きながら、「実際の利用者にどういうプラスの価値を提供できるのか」「必要なコストや法的・倫理的側面について社会的合意をどう取っていくか」といった、「社会受容性」についての考察がきわめて重要である。

いずれにせよ、交通事故のない社会、誰もが自由に移動できる未来社会を目指した長い道のりが始まった。2020年は後世に記憶される重要なターニングポイントとなったのではないだろうか。レベル3自動運転車の市販を決断したホンダの動きに、他のメーカーが追随することを願っている。

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清水 和夫(しみず・かずお)
モータージャーナリスト
1954年生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年に自動車ラリーにデビューして以来、プロレースドライバーとして、国内外の耐久レースに出場。同時にモータージャーナリストとして、自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで活躍している。日本自動車研究所客員研究員。内閣府SIP自動走行構成委員。

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(モータージャーナリスト 清水 和夫)

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