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「妻は自宅、私は老人ホーム」65歳で施設に移り住んだ元数学教諭の終活設計

プレジデントオンライン / 2021年2月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RichLegg

人生の最期をどう迎えればいいのか。「元気なうちに移りたい」として、65歳で自宅から有料老人ホームに移った男性がいる。男性は妻と2人暮らしだったが、妻を自宅に残し、単身で施設に移った。なぜそこまで急ぐのか。ノンフィクション作家の髙橋秀実氏が聞いた――。

※本稿は、髙橋秀実『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■「動けなくなってからでは遅いんです」

「問題は、自分が動けなくなった時にどうするのか、ということなんです」

小出順さん(66歳/仮名)にいきなりそう言われ、私は虚をつかれたような気がした。

正直にいえば、その「問題」について私は考えたことがない。昨今の60代の方々はとても活動的。むしろ体力を持て余しているようで、どちらかというと「動けること」のほうが問題ではないかと思っていたのである。

実際、知人の女性も父親の活動で悩んでいた。なんでも会社を定年退職した途端、毎朝、近所の山に登り、昼頃に家に帰るようになったのだという。まるで山に通勤しているようで、娘としては転んでケガなどしないかと心配でならない。大体、なんで山に登るんですか? と彼女は問題視していた。

考えてみれば、かつて日本には「姥(うば)捨て」という風習があった。60歳になると「六十落とし」「終命(じゅんみょう)」(『日本伝説大系』みずうみ書房 昭和57~平成2年)となり、山に捨てられる。奇(く)しくも「姥捨て」は定年と同じ歳で、その歳を迎えると人は山に引き寄せられるかのようなのである。

「体が動くうちは、動けなくなった時のことなど考えないんです。でも、ある日突然、病気などで動けなくなる。そうなってからでは遅いんです」

■意識がはっきりしているうちに決める

——確かにそうですね。

うなずく私。動けるうちは動けなくなることなど考えたくない。私の母なども「動ける」ことを確認するために動いている節もあるくらいだ。

「私は自分で動いて、自分できちんと判断できるうちに準備しておきたい。自分の身は自分で処する。だから65歳でここに入居したんです」

現在、彼は伊豆にある介護付き有料老人ホームに住んでいる。入居金約3000万円で居室(2DK)と大浴場や図書室などの共用施設を終身利用できる。居室には緊急用コールや人感センサーが設置され、異常があればすぐにスタッフが駆けつける。

施設内の食堂を利用すれば食費は月約6万円(1人分)ほど。管理費や光熱費を含めると毎月、約15万円で生活できるという。

診療所も完備し、介護が必要になれば専用の居室への移転も可能。パンフレットによれば「ご家族や医師と綿密な連携をとりつつ、最後までご入居者本人の尊厳や意志を尊重した暮らしができる」そうで、まさに備えあれば憂いがないようなのである。

介護施設スタッフの横で絵を描く高齢男性
写真=iStock.com/Satoshi-K
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Satoshi-K

「きっかけは去年亡くなった母ですね」

小出さんが打ち明ける。

「5、6年前に認知症になりまして。それまでは保険証の番号まで暗記している頭のよい人で、私も『母には勝てない』とずっと思っていたんです。ところが、ある日突然わからなくなった。私のことを『近所のやさしいお兄さん』とか言い出したんです。あまりに突然のことで本当にショックでした。だから、私も意識がはっきりしているうちに決めなければいけないと思いましたね。子供に迷惑をかけたくないし、甘えたくありませんから」

小出さんは固い決心のようなのである。

■資産のピークは定年になった時

——しかし、ちょっと早くはないですか?

不躾(ぶしつけ)ながら私はたずねた。備えが大切なのはわかるが、65歳はまだまだ若い。施設内を眺めても、入居者のほとんどは80代。颯爽(さっそう)と歩く小出さんは何やら施設のスタッフのようなのだ。

「それは裕福な人の考え方ですね」

——裕福?

貧乏人である私は目を丸くした。

「いいですか。我々庶民の資産のピークは定年になった時です。その後は年金しか収入がないので、長生きすればするほど資産は目減りしていく。80歳になってこうした施設に入ろうと思ってもお金が残ってないんです。我々庶民は退職金があるピークの時しか入居金を払うチャンスがありません。唯一のチャンス。これはタイミングの問題なんです」

グラフを描くように彼は熱弁をふるった。同施設の入居の条件には「65歳以上」とあるが、実は65歳がラストチャンスらしい。

——タイミング、ですか……。

退職金もなく万事に無計画な私はうなだれた。私にはそのチャンスはなく、タイミングもすでに逸しているではないかと。

彼の合理性に圧倒されるばかりなのだが、聞けば、小出さんはもともと高校の数学の先生だった。現役時代のモットーは「学びに妥協なし」。人生の信念は「真理の追究は不断のテーゼ」とのことで、常に問題を立てて解答を導き出すアルゴリズムに生きているようである。

「勉強はひとつの習慣なんです。たとえできなくても取り組む。取り組むことで生きていく自信につながるんです。0点であっても鉛筆を握ること。やろうとする姿勢。できなくて悩む子がいれば、絶対わからせてやろうと気持ちがムラムラわいてくる」

■覚書に記された退職後のモットー

彼は私の取材に備えて履歴・職歴をまとめた覚書を用意してくれていた。それによると、26年にわたって教員をつとめ、教頭、校長になり、60歳で定年。再雇用で進路指導を担当する嘱託となるが、友人に「君は数学を教えている時に輝いている」と言われ、1年で職を離れて地方の新設校の立ち上げに参加。副校長兼数学の教員として生徒指導にあたり、65歳で退職した。

「卒業生の中から東大合格者も出て学校も軌道に乗ったので、自分の役割は終わったと思いました。その先は、社会へのご恩返し。何か人の役に立って、そっと生きていきたいと決めたんです」

覚書に記された退職後のモットーは次の通り。

セカンドライフはボランティア精神を発揮、小さく社会に貢献していく人であり続ける。

「子供に甘えたくない」「そっと生きる」「小さく貢献する」……。おそらく人に迷惑をかけたくない一心なのだろう。いずれにせよ彼はモットーに基づき、来日したミャンマー難民のサポート、市民大学での数学講師、さらには観光客に近隣の自然を解説するボランティア活動に励む。最近では老人ホーム内で入居者向けに「数学講座」を開いたそうだ。

「私自身は日本の美学、侘(わ)び寂(さ)びに興味があって、今、百人一首を全部暗記しようと勉強中です。和歌をすっと言えたり、解説できる人にもなりたくて。だから現役時代より忙しい感じ。もっと時間が欲しい」

ソファに座る男性と机の上のひらいた本、マグカップ、老眼鏡
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

■ひとりだと寂しいけど、ふたりは鬱陶しい

毎朝8時前に起床。食堂で朝食をとり、午前中は居室で読書と勉強。昼食は自炊して午後からボランティア活動に出かける。寸暇を惜しんで学ぶ「定年後」を送られているようなのだが、私にはどうしても気になることがあった。

——すみません。小出さんはひとり暮らしなんですか?

「はい」

淡々と答える彼。「奥様は……」と言いかけると、

「妻は今も自宅に住んでいます。彼女は彼女でやりたいこともあるから」

——えっ、それで問題はないんですか?

思わず私は問うた。そのほうが重大な「問題」に思えたのである。

「いや、特に問題は……」

——そうなんですか?

「もちろんここには夫婦で入居する人たちもいます。でも旦那さんのほうに訊くと『ひとりになりたい』とかこぼしていますよ。ひとりだと寂しいけど、ふたりは鬱陶しい。そのあたりの兼ね合いは難しいですね」

——奥様とは話し合って、入居を決められたんでしょうか?

「私たちは将来について心配する度合いが違うんです。私は自分ができるうちに判断したいと考えましたが、妻はそこまでは考えていない。それにお互い、やりたいことがあるんです。やれるうちはそれぞれ好きなことをしようと……」

■夫婦愛に正解はない

彼によると、夫婦の間には次のようなルールがあるという。

髙橋秀実『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』(ポプラ新書)
髙橋秀実『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』(ポプラ新書)

・責任をもって子育てをする。
・きちんと生活できれば、それぞれのやりたいことを尊重する。

ふたりの子供を育て上げた彼ら。ルールに照らし合わせると、別居は正解ということになるのだろうか。

「実は妻も教師で、現役時代はふたりとも忙しかったんです。土日も部活動などがありましたからね。ある意味、すれ違いの生活。地方に単身赴任していた時も身の回りのことは自分でやっていたので、私はひとりでも大丈夫なんです」

——寂しくないんですか?

私がたずねると彼は小首を傾げ、こう答えた。

「ここは書斎っていう感じですかね」

——書斎?

「昔から私は家に書斎が欲しかったんです。でも安月給ではそんな贅沢はできません。今になってようやく書斎が持てた。夢がかなったという感じですね。それに住むところがふたつあったほうがいいんじゃないかと思いますよ。別荘感覚で」

定時にチャイムが鳴るこの老人ホームはどこか学校に似ている。彼にとって馴染みのある場所なのかもしれない。

——奥様も来られたりするんですか?

「来ようと思えばいつでも来られます。来たければ来ればいいんです。居室はふたりで住めるし、子供部屋だってあるんですから」

——じゃあ、いずれはふたりで暮らすことも……。

「それは考えないようにしています」

——なぜ、なんですか?

「ここで私が『来てほしい』と言うと、彼女の今の生活を『やめろ』と強要することになるじゃないですか。やれるうちはお互いにやりたいことをやる。それがルールですから言いたくても言えない……」

数学的な問題と違って、夫婦の問題は「上手く説明できない」とのこと。これも切り出すタイミングの問題のような気がしたが、ふたりの間の「真理」は知る由もない。

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髙橋 秀実(たかはし・ひでみね)
ノンフィクション作家
1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社を経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノ スポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『TOKYO外国人裁判』『ゴングまであと30秒』『にせニッポン人探訪記』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『トラウマの国 ニッポン』『はい、泳げません』『趣味は何ですか?』『おすもうさん』『結論はまた来週』『男は邪魔! 「性差」をめぐる探究』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』『日本男子♂余れるところ』『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』『悩む人 人生相談のフィロソフィー』『パワースポットはここですね』『一生勝負 マスターズ・オブ・ライフ』など。

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(ノンフィクション作家 髙橋 秀実)

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