「予約ゼロから満席に」コロナ禍でも寿司屋経営をV字回復させた73歳大将の手法
プレジデントオンライン / 2021年2月21日 11時15分
■コロナ危機を乗り越えた1軒の老舗寿司屋
いつもお世話になっております。わたくし、「寿司リーマン」と申します。月給の6割を投資し、平均週4回全国の一流寿司屋を食べ歩いている28歳のサラリーマンです。累計10000カンの一流寿司を食べてきました。
私にとって一流の寿司屋とは、寿司を食べる場所ではなく、自己成長につながる場所、いわば「ビジネススクール」です。これこそが普通のサラリーマンである私が、時間とお金を投資し続けている理由です。
さまざまな角度から、「一流の寿司屋=ビジネススクール」という観点で、読者の皆さまにその魅力をお伝えできればと思っています。
今回は、「コロナで大打撃を受けるも、見事にその困難を乗り越えた1軒の老舗寿司屋」を取材しました。
飲食店に限らず、コロナ禍で不安な気持ちが募りがちな世の中。老舗寿司屋を切り盛りする73歳の大将に、時代の変化を受け入れ前進していくためのヒントを伺いました。
■コロナでどん底を味わった老舗寿司屋の逆転劇
「寿司屋として独立して45年。バブルやリーマンショックなど、時代の移り変わりとともにいい時も悪い時もあった。そんな人生の中で、2020年4月の新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の時が、最も経営的に苦しかった……」
そう語るのが、今回の主人公、寿司職人の堀川文雄さんです。
1975年創業、東京都世田谷区の下北沢駅から徒歩15分ほどの住宅街に立地する「鮨 ほり川」。地元客を中心に今では毎日席が埋まるほどの人気店です。大将の堀川さんは73歳。20~30代の大将が増えてきている寿司業界において、堀川さんは、職人歴53年の大ベテランです。
「昨年の緊急事態宣言の何がつらかったかって、2カ月近く営業することができないってこと。でもそんな時だからこそ、次はどうしよう、と打開策を自然に考えていましたよ」
女性アルバイトの方たちとさまざまなアイデアを出し合い、悩み抜いた結果誕生したのが、「ほり川スペシャル」というおまかせコースでした。
「若い人に本当にうまい寿司を知ってもらいたくてね。つまみの刺し身は毎日市場で仕入れた10種類程度のネタから好きなものを3つ選んでもらったり、トロやウニやエビなど、みんなが好きな王道のネタを盛り込んだ、いいとこどりの構成。コロナで暇になって深夜にランニングをしていた時にこの構成をひらめいたんだ」
いいアイデアを思いついただけでは、コロナ禍においてお客さんを取り戻すことはできません。73歳の堀川さんは、驚くべき行動にでます。アルバイトの女性に指導を仰ぎ、SNSの「note」で1本の記事をアップしたのです。
■SNSで客足は戻るどころか連日満席に
「試しにやってみよう」という気持ちで昨年4月4日に公開した記事「【73歳】現役で寿司屋をやっています【下北沢】」が大きな話題に。続いて開設したツイッターで、コロナの影響で予約が0件という旨を発信すると、当日に2人、翌日に7人のお客さんが来店し、客足は戻るどころか連日満席になるほどの話題店へとなっていきました。
実際に私寿司リーマンも店に伺い、8000円の「ほり川スペシャル」をいただきました。つまみはもずくサラダから始まり、自分で選べる刺し身の盛り合わせにエンガワのしゃぶしゃぶ。握りはいきなり大トロやウニなどの強力なネタをこれでもかと楽しめる。そして極めつきは、柔らかめでほんのり甘めのシャリと、季節の高級フルーツを組み合わせた、完全オリジナルの「フルーツ寿司」で締めくくるという、斬新でクリエイティブな衝撃的なコースでした。
この73歳の職人の頭の中をのぞきたくなり、他のお客さんが帰った後、堀川さんから話を聞かせていただきました。
■「飽き性」は変化に適応するための強みになる
【寿司リーマン】(以下、寿司)73歳の今もなお、時代の変化とともにご自身のスタイルを変え続けられる適応力がすごいなと感じます。何か意識されていることはありますか?
【堀川大将】(以下、大将)基本的に飽き性なんですよ。新しいものが好き。これが僕の強みなんです。
【寿司】毎日毎日同じ仕事を繰り返し続けることが寿司職人の美学、みたいなところがあるじゃないですか? しかも超ベテラン寿司職人って、頑固なイメージがあるから……(笑)。
【大将】昔から目新しいものを面白いと感じる性格。寿司屋が握りしかなかった時代に、アナゴの肝やヒラメの皮を炙(あぶ)ったものをおつまみとして居酒屋スタイルで提供してみたりもした。時代とともにお客さんのニーズも変わるんです。例えばバブル時代の寿司屋なんてのは、喫茶店代わりに使われていてね。みんなお金を使いたくて仕方なくて、高けりゃなんでもいいっていう時代だった。
【寿司】そんな時代もあったんですね。寿司屋の醍醐味(だいごみ)って、大将とお客さんがカウンターを通して直接触れ合えることだと思うんです。料理人であり、サービスマンであり、経営者でもある。常にお客さんの表情や声を現場で感じ取り、変えていける。新しいものへのアンテナはどのように張っているのですか?
【大将】若い子の意見を聴くことかな。noteなどのSNSを始めてみたのも、アルバイトの女子大生の子に教えてもらったんだよ。寿司屋はひとりではできないし、若いスタッフの子たちとの距離を縮めるために、上司として彼女たちとの会話についていけるようにしないとね(笑)。
【寿司】ステキですね。若い世代からしても、そうやって自分のことを知ろうとしてくれる上司についていきたいですもん(笑)。堀川さんのお店の空気感が素晴らしいのはそうしたところから来ているんですね!
■名物「フルーツ寿司」もお客さんとの会話がきっかけで生まれた
【大将】寿司リーマンさんが絶賛してくれたフルーツ寿司も、若い女の子のお客さんのふとした一声がきっかけだった。デザートでフルーツを切ってお皿に盛り付けて提供しようとしたら、「え、これは握らないんですか?」って言われたの。こちらもびっくりしたんだけど、「面白いかも」と思って握ってみたら、これが意外にイケるぞ! と。今ではウチのスペシャリテのひとつになりました。
【寿司】飽き性、というとネガティブなイメージもありますが、新しいものが好きで、まずやってみる性格、と言い換えるとポジティブですよね。そして、その新しいものへのアンテナは、若い世代の意見に素直に耳を傾けることで感度が高まる。そうした柔軟性が、堀川さんの強みですね。
■人を惹きつけるコンテンツづくりのヒント
【寿司】堀川さんが寿司屋として目指している姿ってあるんですか?
【大将】いつまでも「楽しい店」でいたいね。
【寿司】そのニュアンス、すごくわかります。おいしい寿司屋ではなく、楽しい寿司屋。堀川さんにとっての、楽しい寿司屋の条件を教えてください。
【大将】う~ん……3つあるかな。1つめは、当たり前だけど、味がおいしいこと。まずいのに楽しいなんてことはあり得ないから。
【寿司】楽しい店は、おいしい店というのが大前提。実際に堀川さんも毎日豊洲市場などに出向いて旬のおいしいネタを仕入れていますよね。
■多少はお客さんが「選べる」という余白を
【大将】2つめは、大将とお客さんが対等であること。今の寿司バブルはおまかせが主流になっていて、大将側がこだわり抜いたネタを“食べさせている”、という感じがするんだ。大げさにいうと、予約困難店になればなるほどお客さんが大将にこびている。寿司リーマンさんも言っていたけど、寿司屋の醍醐味はカウンターを通して繰り広げられる大将とお客さんのやりとり。だから、お客さん側も「あのネタを食べたい」、お店側も「今日はこのネタがオススメ」というフィフティフィフティの関係性から楽しさが生まれる。多少はお客さんが「選べる」という余白を作っておくことがとても大事。
【寿司】なるほど。寿司屋って即興のセッションという感じがしますよね。大将とお客さんという見ず知らずの2人が、お互いのしぐさを読み取りながら対話をし、その瞬間を作り上げていく、みたいな。それが“粋”というか。今日いただいたほり川スペシャルの中でも、堀川さんがネタケースを見せて、12種類の旬のネタの中から食べたいネタを3つ選んで、刺し身にして提供してくれるシーンがありました。お客さんが好きなネタを選べるという演出は、最近の高級寿司では珍しいし、やっぱり楽しいですね。
【大将】時代の変化で今はおまかせが主流になっているけれど、寿司屋って本来そういうものだと思うんです。おまかせを出す寿司屋を否定はしないけど、そのうちまた寿司屋の形態は、本来の姿に戻っていくかもしれないね。
■ギャップが大きいほど、コンテンツ力が上がる
【寿司】楽しい店の3つめの条件はなんですか?
【大将】意外性。毎回新たな発見があることかな。何度来ても、見たことがない、食べたことがないといった、未知との出会いがあるお店でいられるように意識しているよ。さっきも言ったけど、僕自身が飽き性ですから(笑)。
【寿司】私もどちらかというと飽き性なので、ひとつでもいいから初めての体験をさせてくれる寿司屋は大好きです。ほり川スペシャルの中でも、エンガワのしゃぶしゃぶ鍋、空芯菜の握りにイチゴやシャインマスカットの握りなど。食べる前は、正直「奇をてらっているだけでは」と思っていましたが、すごくおいしかったです。まさに、意外性のオンパレードでした(笑)。
【大将】そう言ってもらえてうれしいね。ちょっと前までは、亀の手をツマミに出していたんだけど、お客さんが口をそろえておいしい、楽しいって言ってくれて。亀の手なんて食べた事ないでしょ?
【寿司】食べてみたいです! 意外性って、ギャップの大きさに比例すると思うんです。例えばシャインマスカットの握りを、フレンチシェフが作ったのだとしたら、意外性はあるにはあるけど、ギャップは弱いですよね。「73歳」「寿司職人」「シャインマスカットの握り」という、一般的なイメージとはかけ離れたものによる組み合わせ。このギャップの大きさこそが、お客さんの心をつかむのでしょうね。これは寿司屋に限らず、“人々の心を動かす企画術”としてもすごく学びになりますね。
■完璧だとウケない
【大将】アンバランスだからこそ面白いんだよね。完璧はウケない。
【寿司】完璧はウケない……。深い言葉ですね。
【大将】でも、「完璧じゃない」ってすごく難しいんだよ。このバランスが大事。ちなみに、手元を見てごらん。鮨 ほり川のロゴである「ほ。」の文字が書かれているでしょう?
【寿司】よく見ると、「。」の部分が欠けていますよね⁈
【大将】Apple社のリンゴのマークって欠けているでしょう? 絶妙なアンバランス感でオシャレだよね。鮨 ほり川は、スティーブ・ジョブズよりも早い時期からこの手法を取り入れていますから(笑)。
【寿司】(笑)。スティーブ・ジョブズよりも最先端をいく73歳の寿司職人。これまた強烈な言葉で、堀川さんのキャラクターが際立ちますね!
【大将】その代わり、1つめの条件でも言ったように「おいしい」というのは大前提。おいしいものにほんのり遊び心を加えることで、「楽しい」を提供したいね。
■寿司には大将の人間性がまるごと詰まっている
73歳の元気でパワフルな職人が繰り広げる「ほり川ワールド」は体験の価値ありです。寿司屋はおいしい場所でもあり、楽しく学びが得られる場所だと改めて感じました。アルバイトの方も皆、口をそろえて「堀川さんは、本当に楽しい人」と言っていました。寿司には大将の人間性がまるごと詰まっているのです。
コロナ禍でも、「飽き性は強みになる」「完璧じゃない方が面白い」などと前向きにイキイキと寿司を握り続ける堀川さん。堀川さんのように、寿司屋の大将は魅力的な方が多いです。お気に入りの大将を見つけるということも、寿司屋に足を運ぶ醍醐味かもしれません。
東京都世田谷区代田1-46-3 フェニックスマンション1F
TEL 03-3413-8776
73歳すし屋のnote
https://note.com/sushi_horikawa
73歳すし屋のTwitter
https://twitter.com/sushi_horikawa
73歳すし屋のInstagram
https://www.instagram.com/sushi_horikawa/
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会社員
25歳で訪れた石川県の名店「太平寿し」をきっかけに寿司屋の奥深さを知り、全国200軒以上の予約困難店を食べ歩く28歳のサラリーマン。月給の6割を寿司に投資し、累計10000カンの一流寿司を食す。そこでの実体験から編み出した「一流の寿司屋はビジネススクール」という独自の価値観で、寿司の価値を再定義し、発信している。各種SNSはこちらから
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(会社員 寿司リーマン)
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