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なぜ日本のマスコミは「マスゴミ」と呼ばれるようになったのか

プレジデントオンライン / 2021年4月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

なぜ日本のマスコミは「マスゴミ」と呼ばれるようになったのか。それは「調査報道」という機能が正しく伝わっていないからではないか。シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」理事長の船橋洋一さんと専修大学教授の澤康臣さんの対談をお届けする――。(聞き手=スローニュース社長・瀬尾傑さん)

※本稿は、3月30日にClubhouseで行われた対談の内容を再構成したものです。

■「権力監視」を超えた役割

——今回、澤さんが事務局長を務める報道実務家フォーラムと私(瀬尾)が代表を務めるスローニュースで、「調査報道大賞」を創設しました。くしくも船橋さんのAPIでも「PEP(ペップ)ジャーナリズム大賞」を創設したばかりです。なぜ今、調査報道に注目が集まっているのでしょうか。まずは澤さん、船橋さん、「調査報道」とは何だとお考えでしょうか。

【澤】一般的には社会的な問題を、政府や捜査当局の動きを報じるという形ではなく、記者独自の調査によって明らかにしていく報道スタイルのことです。

代表的なものとして、立花隆さんが文藝春秋に発表した「田中角栄研究―その金脈と人脈」(1974年)、朝日新聞のスクープが発端となった「リクルート事件」(1988年)があります。最近の例では、共同通信による、関西電力の八木誠会長(当時)など経営幹部らが福井県高浜町の森山栄治元助役から大量の金品を受け取っていた問題、秋田魁新報社が、防衛省のイージス・アショア(地上イージス)配備のための適地調査の報告書のずさんさを告発した記事などがあります。

船橋洋一氏
船橋洋一氏(撮影=Seiichi Otsuka)

【船橋】かつては「政府のスキャンダルを暴いて退陣に追い込む」といった、映画『大統領の陰謀』的な報道が調査報道のモデルとされていましたが、今は医療や福祉、教育など生活に関わる報道にまで、裾野が広がってきています。

とりわけインターネットで個人が自らの体験を書くようになって、「一般市民も調査報道の担い手である」という、新しい時代に入っていると感じます。

 

■「ほめる」ジャーナリズムが必要だ

——お二人が新たに調査報道に関する賞を創設されたのは、どういった思いからでしょうか。

【船橋】公共の問題に対して、社会の側からの課題設定とそのための調査、検証が不十分だと思うからです。そして、独立した立場でそれらの課題に対する考えを深め、多様な視点を提供し、想像力のある提案をする論評が足りないと思うからです。それから、ただ政府を批判するのではなく、生活の現場の問題に対する調査報道から新しい政策提案につなげていく動きを大切にしたいとも思いました。「PEP(ペップ)」とは「Policy Entrepreneur's Platform(政策起業家プラットフォーム)」の頭文字です。

新型コロナ対策で行政のIT化の遅れが明らかになりましたが、いったいなぜそうなったのか。事実をしっかりと検証して、提案していく。そうした形の調査報道は今後、ますます必要になってくるのではないでしょうか。

新しい試みを社会に取り入れていく中では、失敗は避けられません。もしメディアがそれらの試みが失敗したというのでたたいてばかりいたら、みんなが萎縮してリスクを取らなくなってしまう。日本全体がリスクを回避し、問題を先送りにする社会になってしまわないためにも、ジャーナリズムにはもっと上手に「ほめる」ことも必要ではないか、という思いもありました。

澤康臣氏
澤康臣氏(本人提供)

【澤】ぼくらの賞の新設にも、「ジャーナリズムの世界じたいを『ほめて伸ばす』ようにしていこう」という思いがありました。たたくだけでリスクをとらないのは、減点法の社会、寒い社会になってしまうと思うんです。

メディアが人びとをほめるというより、まずジャーナリズム自体が向上していくために、いいニュースの伝え方、いい取材の進め方といったものを認めてもらえる場がほしい。いい仕事が顕彰される例示があると、新しいアイデアもどんどん出てきますから。

 

■記者の頑張りをもっとオープンにする

【澤】今のメディアの世界の大きな問題として、お金がなくなってきたということがありますが、それ以上に「おまえたちは取材先に迷惑をかけている」という報道批判が強くなって、それが現場の萎縮を生んでいる印象があります。「この話にふれるのはやめておこう」といったチェックが細かく入るようになり、最近は個人情報保護もきびしくなって、それに拍車がかかっています。

書いて怒られることはあっても、ほめられることは少ない。そういう息苦しさは、現場の記者はみな感じているんじゃないでしょうか。

——個人情報保護法や報道被害の問題では、「いろいろ問題はあるにしても、やっぱり世の中には報道の自由があったほうがいい」という共通認識があれば、世の中の反応は変わっていたかもしれませんね。

【澤】それはぼくも、ひしひしと感じますね。一つには一般の人に報道現場の努力が知られていないということがあります。大学のジャーナリズムの授業でも、東京医大など医大入試の男女差別が問題となったことはみんな知っているのに、それがメディアの調査報道で明らかになったことだという事実は知らない。

もちろん我々ががんばっていい仕事をしていくことが第一ですが、ささやかながらいい仕事をしても知られないという状況を変えていくことも、すべき努力の一つでしょう。その意味でも賞を設け、現場のがんばりをオープンにしていくことが必要と考えました。

■「調査報道大賞」と「PEPジャーナリズム大賞」の中身

——それぞれの賞の特徴を教えていただけますか。

【澤】毎年審査がある賞はふつう、それに先立つ1年間に発表された記事を対象にしますが、調査報道大賞ではそこが3年間になっています。さらに10年前のニュースでも、この3年の間にその影響が明らかになったものは審査の対象になります。「最近、法律が変わって話題になっているけど、そのきっかけは何年も前の○○新聞の報道だって」というようなケースですね。

調査報道は取材を進めるにも、発表の影響が出るにも時間がかかるので、そこはとくに留意したいと思っている点です。

【船橋】PEPジャーナリズム大賞は表彰部門が三つあり、第一の「大賞」では「質の高いジャーナリズムを、特に次世代を担うインターネット・メディアにおいて根付かせること」を目的とし、対象は「インターネット上に公表された日本語の記事」となっています。

かつては月刊誌がフリーのジャーナリストを育てていましたが、そういう場が今は非常に少なくなっているので、新聞社や雑誌社のデスクの代わりになって、ジャーナリストを育てていければいいなあなどと内心思うところもあります。ネット空間でフリーランスで記事を書いているような人を発掘し、応援したい。

第二の「現場部門」では、「生活ジャーナリズム」といいますか、日々の生活の場で身近な課題を発見し、それを報道して済ませるだけでなく、その課題を社会に訴え続け、インパクトを及ぼすような報道が対象です。

第三は「オピニオン部門」です。私は「正論を吐く」ことより「質問をする」ことが、ジャーナリズムの一番大切な役割と思っています。これはオピニオン部門そのものではないけもしれませんが、待機児童問題で「保育園落ちた日本死ね!!」と書いた匿名ブログのような、「最初の問題提起」をした論考などをぜひ、発掘していきたいと思っています。

■これからの調査報道の在り方

——「生活ジャーナリズム」について、少しくわしく教えていただけませんか。

【船橋】コロナ、ゴミ問題、待機児童の問題、シングルマザーの貧困問題、多民族共生の課題など、身近に社会問題はたくさんあります。

絶望的なホームレス人々
写真=iStock.com/BeyondImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BeyondImages

そういった現場に密着して取材し、一緒になって解決の方法を考える。報道して終わりではなく、行政につないだり、議員立法で法律をつくってもらうなど、少しでも問題解決を前進させようとする。「ジャーナリストはアクティビストになってはいけない」と思いますが、より社会に深くかかわり、その課題解決のための政治プロセスまでしっかり見届けるジャーナリズムを元気づけたいという思いもあります。

——問題解決を優先していくと、どんどんアクティビストに近づいていきそうですが、線引きはどこにあるんでしょうか。

【船橋】定義は難しいですが、私自身の話をさせていただくと、私が記者として一番最初に取材したのは熊本の水俣病の患者さんたちでした。彼らの話をとことん聞くことから取材は始まります。そして、彼らを支援するそれこそアクティビスト——そういう言葉は当時は使いませんでしたが——の方々とも信頼関係を結びました。

【船橋】しかし私は、彼らが敵と思っているような人たちにも話を聞くわけです。これは記者としては当然のことなのですが、支援者の人々の中には「裏切られた」と感じて、「やっぱり船橋さん、あっち側なんだね」と言う人も出てきます。私はそう言われたときも説明はしませんが、本当のところは「どっち側」でもないのです。“記者側”でしかありません。独立ということです。記者としてのこの心構えはとても大切なことだと思っています。

【澤】そこは本当に難しいですね。『ジャーナリズムの原則(The Elements of Journalism)』(日本経済評論社)という本でも「ジャーナリズムに絶対必要なものの一つは、取材先から独立していること」と書かれています。船橋さんが「両側から話を聞く」という姿勢を守ろうとするのも、まさにそういうことなのだと思います。ぼくも外国人労働者の家に泊まり込んだりしていましたが、それはあくまで記者としてであって、彼らの代理人にはなれない。記者としては、その覚悟が大事です。

■「ジャーナリズムには世の中をよくする力もある」

【澤】ただ思い入れのある問題であればあるほど、解決者になりたい。これは人として当然のことでしょう。それについて「ソリューション・ジャーナリズム」という言葉があります。苦しんでいる人を取り上げるだけでなく、さらに進んで、「これについて、何か解決策を考えている人はいないのか」ということまで目を配って、その紹介に力を入れていく。最近とくに地域メディアで、そういった動きが強まっていると感じます。

——私が以前いた週刊誌では、「社会的インパクトとは、大臣の首を取ること」でした。しかし生活者の目線に寄り添っていくと、価値観がまったく変わってきます。

【船橋】大事なのは世の中がよくなること、誰かが救われることで、不正をした政治家が公職を辞すのは大きなニュースとしても、報道を通じて新しい法律や制度が生まれ、それによって問題が解決に向かうとしたら、それ以上の持続的な社会的インパクトがあるわけです。

【澤】確かにそうですね。最近のケースでは、日本で働く外国人の家の子供たちがきちんと学校に行けておらず、就学しているかどうか不明の人が1万人以上もいるということを、毎日新聞さんが報道キャンペーンとして伝え、それによって文科省が制度の運用を変え、救われた人が大勢出たということがありました。ジャーナリズムには世の中をよくする力もあるんだということですね。

——ウォーターゲートのようなウォッチドッグ的な報道から身近な悩みを伝えるものまで、調査報道はこれまで以上にジャーナリズムの重要な機能の一つとなっていくでしょう。船橋さん、澤さん、本日はありがとうございました。

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船橋 洋一(ふなばし・よういち)
アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長
1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒。1968年朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長などを経て、2007~2010年朝日新聞社主筆。2011年、シンクタンクである日本再建イニシアティブ(2017年7月にアジア・パシフィック・イニシアティブに発展的改組)を設立し、理事長に就任。主著に『内部―ある中国報告』(朝日新聞社、1983年、サントリー学芸賞)、『通貨烈烈』(朝日新聞社、1988年、吉野作造賞)、『アジア太平洋フュージョン』(中央公論社、1995年、アジア太平洋賞大賞)、『同盟漂流』(岩波書店、1998年、新潮学芸賞)、『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋、2013年、大宅壮一ノンフィクション賞)などがある。

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澤 康臣(さわ・やすおみ)
ジャーナリスト、専修大学教授
1966年岡山市生まれ。東京大学文学部卒業後、共同通信記者として1990~2020年、社会部、外信部、ニューヨーク支局、特別報道室で取材。タックスヘイブンの秘密経済を明かしたパナマ文書報道のほか「外国籍の子ども1万人超、就学の有無把握されず」「虐待被害児らの一時保護所が東京・千葉などで受け入れ限界、定員150%も」「戦後主要憲法裁判の記録、大半を裁判所が廃棄」などを独自に調査、報じた。2006~07年、英オックスフォード大ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。2020年4月から専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。著書に『グローバル・ジャーナリズム―国際スクープの舞台裏』(岩波新書)『英国式事件報道 なぜ実名にこだわるのか』(金風舎)などがある。

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(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長 船橋 洋一、ジャーナリスト、専修大学教授 澤 康臣 構成=久保田正志)

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