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「定年65歳引上げで年金1000万円を失う」国に翻弄され死ぬ働きアリの生涯

プレジデントオンライン / 2021年5月12日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RobinOlimb

4月末、公務員の定年を65歳に引き上げる国家公務員法等改正案が衆議院を通過し、今国会での成立が確実だ。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「国の狙いは、今回の改正をテコに民間企業の法定定年年齢を現在の60歳から65歳にし、いずれ公的年金支給開始も65歳から70歳に遅らせること。生涯年収は増えるが、男性の場合、年金5年分約1000万円を失う恐れがある」という――。

■公務員の定年65歳引き上げの後に政府が狙っている恐ろしいプラン

公務員の定年を65歳に引き上げる国家公務員法等改正案が4月末に衆議院を通過し、今国会での成立が確実になった。現行の60歳定年が2023年度から61歳になり、以後3年おきに1歳ずつ延長され、2031年度から65歳となる。

一方、民間企業の法定定年年齢は60歳だ。高年齢者雇用安定法(高齢法)によって65歳までの雇用確保措置が義務づけられているが、定年が延長されることとは大きな違いがある。

雇用確保措置には①65歳までの定年引き上げ、②定年制の廃止、③65歳までの継続雇用制度(再雇用制度など)――3つのいずれかを選ぶ必要がある。

実際には再雇用制度などを導入している企業が76.4%、従業員301人以上では86.9%と圧倒的に多い(2020年6月1日時点、厚生労働省調査)。

なぜなら再雇用制度は定年引き上げと違い、60歳でいったん退職(雇用契約終了)した後、再び有期契約で雇うために給与を大幅に引き下げることが可能になるからだ。実際にフルタイム勤務であっても60歳定年前の5~6割の給与で働いている人が多い。

しかし定年が65歳に延長されると給与の引き下げができなくなる。もし60歳以降の賃金を下げると「労働条件の不利益変更」に抵触し、法的リスクが高まるからだ。

■一般ビジネスパーソン65歳定年法定化を見据えた地ならし

ではなぜ民間企業に先駆けて公務員の定年を延長するのか。公務員にも民間の再雇用と同じ「再任用制度」が義務化されている。にもかかわらず、今回、定年を正式に延長するのは公務員優遇ではないかという批判も当然あるかもしれない。

だが、それは表面的な見方と言える。政府の本当の狙いは民間企業の65歳定年法定化を見据えた地ならしだからだ。

民間企業の65歳定年法定化の後、政府は最終的には、公務員よりはるかに勤労人口が多い会社員の公的年金の支給開始年齢を現在の65歳から70歳に引き上げることにある。

公務員の定年延長によってその布石を打ったのである。

■公務員の定年延長が庶民の年金支給開始年齢の引き上げにつながる理由

なぜ公務員の定年延長が、私たちの年金の支給開始年齢の引き上げにつながるのか。それは、これまでの政府の動きや定年延長と年金の関係の経緯を見れば明らかだ。

そもそも定年の引き上げと年金の支給開始年齢は切っても切れない関係にある。

古くは1954年に厚生年金法改正で受給開始年齢が55歳から60歳に段階的に引き上げられたことで、法定定年年齢を55歳から60歳に引き上げる原動力となった。

高齢法の65歳までの雇用確保義務も1990年代から2010年代にかけて進められた厚生年金65歳までの段階的引き上げに対応するためであった。

つまり公的年金の支給開始年齢の引き上げに伴う空白期間を穴埋めするために定年を引き上げてきた。

それでは、公務員の定年を先に引き上げる理由は何か。

実は公務員定年延長法案は2020年3月に国会に提出されたが、当時の担当大臣の武田良太国家公務員制度担当大臣は記者会見で「国家公務員から率先垂範し、民間企業のロールモデルとして役割を果たす」と述べている。

つまり民間企業に導入にするために公務員からやりますと言っているようなものだ。

ビジネスパーソンたちのシルエット
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

実は公務員の定年延長は与党の自民党から提起されたものだ。そのきっかけは2017年5月10日に出された「自由民主党一億総活躍推進本部」の「一億総活躍社会の構築に向けた提言」だ。

■「65歳完全現役を推進し人生二毛作の発想を支援すべきである」

同本部は当時の安倍晋三政権が掲げる一億総活躍社会を後押しするべく女性や高齢者の就業促進の政策を提言している。その中で特に推進すべき取り組みのひとつとして公務員の定年引き上げを掲げ、こう述べていた。

「公務員の定年(60歳)につき、2025年度に65歳となる年金支給開始年齢引上げにあわせて定年引上げを推進すべきである。また、民間企業における65歳完全現役を推進するため、新たな活躍の場の発掘や出向支援・学び直し等(人生二毛作の発想)を支援すべきである」(提言)

一億総活躍をうたいながら公務員の定年引き上げはやや突飛な印象を受けるが「かつて完全週休二日制が公務員主導で社会に定着していったように、公務員の定年引上げが民間の取り組みを先導し、我が国全体の一億総活躍社会をけん引することも期待される」(65歳以上のシニアの働き方・選択の自由度改革PT提言)と書かれているように民間企業の65歳定年制を促す狙いがあった。

同本部で中心的な役割を担った国会議員は筆者の取材に定年引き上げの理由についてこう語っていた。

「中小企業はすでに65歳定年を超えて70歳以上でも継続して働いている。中小・零細企業は元気であればずっと働いてほしいという時代に変わってきたが、変わっていないのが、大企業と公務員だ。今までいろんな議論があったが、まず公務員の現場から変えていくことで、民間も含めて70歳現役社会にしていこうということだ」

公務員の定年の引き上げによって民間の65歳定年を促進し、法定定年年齢を65歳にしたいとの思いがある。

■「欧米では公的年金支給の70歳近くまでの引き上げに着手している」

公務員の定年延長が確実となった今、民間企業の定年延長も秒読みの段階に入ったといえる。先に述べたように「公務員優遇批判」の世論が高まれば、その時期も早まるかもしれない。

その先にあるのがいよいよ公的年金の支給開始年齢の引き上げだ。実は2018年4月に財務省の財政制度審議会で公的年金の支給開始年齢を現行の65歳以上に引き上げる案が浮上し、メディアで話題になった。あわてた厚生労働省は65歳の支給開始年齢は引き上げない方針を示し、火消しに走った経緯がある。

しかし、2040年にかけて年金を受給する高齢者人口の増大とそれを支える現役世代の急減は確実とされている。

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社会保障に詳しい自民党の大臣経験者の国会議員は「すでに欧米諸国では公的年金支給の70歳近くまでの引き上げに着手している。年金財政を考えると事情は日本も同じだ。できれば70歳に引き上げたいが、最初は70歳への引き上げを提起し、世論の反発を考慮して、落としどころは68歳だろう」と語る。

すでに外堀は埋められつつある。

70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする改正高齢法がこの4月から施行された。努力義務だが、政府のスケジュールでは第2段階として2025年度以降の義務化も視野に入れている。

■年金の受給開始を選択できる年齢を「75歳に繰り下げ」が意味すること

実は今回の70歳雇用の検討過程で政府内では「65歳定年を実現しておくべきだ」という意見もあったらしい。70歳雇用義務化の法改正の中で65歳定年が盛り込まれる可能性がある。

もう一つの外堀は、年金の受給開始を選択できる年齢75歳に繰り下げることで受け取る年金が増額される年金改革法が2020年の通常国会で成立した。

これも支給開始年齢を70歳に引き上げるための伏線とみることもできる。

ちなみに政府の年金財政検証(2019)によると、経済成長率が横ばいだと、65歳で年金支給が始まる人と同じ水準の年金をもらえる年齢は今の20歳と30歳が約68歳になると推計している。落としどころの68歳支給と奇妙な一致だ。年金支給開始年齢の引き上げの外堀は着々と埋められつつある。

■定年65歳の影響で、不要社員は若くしてさっさと解雇される

民間企業の法定定年年齢の65歳への引き上げと、年金支給開始年齢の70歳への引き上げは当然若い世代を直撃する。定年延長、そして70歳までの雇用確保措置の義務化によって、65歳までの再雇用時代よりは給与も多少アップし、生涯年収も増えるだろう。

一方、本来60歳でもらえる予定だった退職金支給が65歳になり、そんなに長く働きたくない人にとってはデメリットともいえる。

また、定年が延長されると、本来60歳で役職を外れるはずの先輩社員が長く居座ることになる。若い世代の昇進の機会が減少し、いくつになっても平社員という人が増える可能性もある。

それだけならまだよいかもしれない。実は企業も70歳雇用に関して大きな不安を抱えている。大手総合電機メーカーの役員はこう言い切る。

「70歳まで雇用するのはいいが、会社として必要な仕事とその仕事を遂行できるシニアとがマッチングできないと、とんでもないことになる。会社としては必要な仕事もできないシニアを雇ったとしても、負担でしかない」

その負担を解消するには①人件費を捻出するための賃金の削減、②会社にとって不要な社員の早期リストラ――が起きる可能性が高い。

■定年65歳&年金支給開始年齢70歳へ引上げで年金1000万円を失う

いわば国の年金制度の維持など社会保障政策を企業が担う条件として、今後経済界から「解雇の金銭解決制度」の導入など解雇規制緩和の要望が強くかるかもしれない。

そして年金支給開始年齢が65歳から70歳に引き上げられると、当然、老後の生活は苦しくならざるをえない。

沈む札束
写真=iStock.com/fatido
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年金支給開始年齢が70歳になると、年金が増額される繰り下げ受給年齢も当然変わる可能性が大だ。現行の65歳支給の場合、繰り下げできるのは65歳~だが、支給開始が70歳になると、繰り下げも70歳~ということになる。つまり、増額の恩恵は70歳以降に受給しないと受けられなくなる。

現行の65歳支給では、繰り下げして70歳からもらうようにすると42%増額される。それが、70歳支給開始になると、42%増加するには75歳からもらう形にしなければならなくなるのだ。寿命のリミットが決まっている以上、結局、年金収入の総額は減ることになる。

現在の厚生年金の月額平均支給額は約16万6000円(男性)。支給開始年齢が65歳から70歳に延びることになれば単純に5年間で996万円。今の世代と比べると若い世代はもらえるはずだった約1000万円を失うことになる。

少なくとも今の20~30代世代は定年延長に伴うリストラなどの不測の事態や年金支給開始年齢の引き上げを想定し、自らのキャリアプランとライフプランを再設計するべきだろう。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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