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「初の日本人対決の裏側」全米女子オープンで3位に終わった天才ゴルファーの悲劇

プレジデントオンライン / 2021年6月20日 11時15分

4番、ティーショットの行方を厳しい表情で見詰めるレキシー・トンプソン(米国)=2017年5月4日、茨城GC西 - 写真=時事通信フォト

ゴルフのメジャー大会「全米女子オープン」で、19歳の笹生優花が初優勝した。『書斎のゴルフ』元編集長の本條強さんは「プレーオフは笹生優花と畑岡奈紗との日本人対決となった。その裏には、首位を走っていたレキシー・トンプソンの信じ難い崩壊があった」という――。

■自分を抑えた我慢のゴルフをすると思われたが…

全米女子オープンゴルフで、笹生優花が日本人初、それも大会史上最年少タイ記録で優勝した。しかもこの優勝は畑岡奈紗との日本人対決によるもの。マスターズを制した松山英樹に次ぐ、日本ゴルフ界における歴史的快挙である。

しかし、冷静に考えてみると、この全米女子オープンでの笹生の優勝や畑岡との日本人対決は、首位を走っていたレキシー・トンプソンの信じ難いバックナインでの崩壊によって起きた幸運と言っていい。それは前半のハーフを1アンダーの35で上がっていながら、後半のハーフを5オーバーの41というトンプソンのスコアからも明らかである。

実力ナンバーワンのトンプソンは、なぜ崩れ落ちたのか。私的考察を試みたい。

トンプソンは3日目に5バーディ、ボギーフリーの66という完璧なゴルフを行使。2日目を終えて首位にいた笹生を1打逆転して首位に躍り出た。これは彼女の武器であるドライバーを封印、ティショットを刻んでフェアウェイキープを第一義に考えたことに他ならない。3日目を終えたあとに彼女は語っている。

「怒らずに自分を抑えてプレーできた。最終日は自分を追い詰めず、結果を考えずに楽しくプレーしたい。1打1打を大切にしていけば……」

その後の言葉は「必ず優勝できる」というものだったに違いない。私はこれらの言葉から最終日も3日目のような自分を抑えた我慢のゴルフをするものだと思っていた。

■「勝利は間違いない」レキシー・トンプソンの実力

ところが最終日のトンプソンは圧倒的なパワーを見せつけて笹生をネジ伏せにかかった。

スタートの1番パー5で難なく2オン、ピン下3mにつけてイーグルチャンスとしてバーディ。その後も180cmの長身とフィットネスで鍛え上げたボディビルダーのような肉体で、攻め続ける。攻撃は最大の防御というゴルフだ。これが彼女の言う「結果を考えずに楽しくプレーする」ということだったのかもしれない。

Lexi Thompson
Lexi Thompson(出典=Wikimedia Commons)

トンプソンのパワーゴルフの前にさすがの笹生も自分を見失い、2番、3番で連続ダブルボギー。1打の差は一気に5打に広がる。

トンプソンは前半で1つ伸ばして通算8アンダーとし、笹生へのリードは5打と変わらない。ここまでトンプソンの攻撃ゴルフは功を奏したように見えた。解説の岡本綾子でさもトンプソンの実力と経験を持ってすれば勝利は間違いがないと思ったようだった。

トンプソンは1995年生まれの26歳。19歳の笹生とは7歳の年齢差があり、3年前のANAインスピレーションというメジャー大会では、笹生はギャラリーのひとりとしてトンプソンに自らのグローブにサインをしてもらった憧れのゴルファーである。

それもそのはずでトンプソンは12歳で全米女子オープンの本選に出場して予選を通過し、天才少女と騒がれた。15歳のときに史上最年少プロとなり、16歳でツアー初優勝、それも最年少優勝を成し遂げ、19歳でメジャー大会のクラフトナビスコ(現ANAインスピレーション)を史上最年少で勝ち取る。

美人でスタイル抜群のうえに、攻撃一筋のゴルフは魅力満載、押しも押されもしない全米一の人気選手となった。そんな彼女の悲願は世界中の女子プロの誰もが手中にしたいと願う全米女子オープンのタイトル。その悲願がまさに達成されようとしていたわけである。

■バックナインで起きる逆転ドラマ

しかし、ゴルフの試合では、特にメジャー大会はサンデーバックナインで勝負が決すると言われている。つまり日曜後半の9ホールで筋書きのないドラマが生まれる。

首位に立つ者がそのまますんなりと逃げ切れないことがとても多いのだ。追う者は強く、追われる者は弱い。そこに逆転のドラマが生じるというわけだ。

特にセッティングが非常にタフとなるメジャー大会はわずかのミスがボギーとなりダボにもなる。このザ・オリンピッククラブレイクコースはメジャー大会で数々のドラマを生んできた名門コースだ。

1955年の全米オープンではかのベン・ホーガンが無名のクラブプロ、ジャック・フレックに破れているし、1966年にはアーノルド・パーマーがビリー・キャスパーに大逆転負けを喫している。

パーマーは最終日前半が終わった時点で2位のキャスパーに7打もの大差をつけていた。ところが全米オープンの最少スコア記録を作ろうとして無理なプレーを連発、遂にキャスパーに並ばれた。18ホールのプレーオフでも逆転を喫して破れ去ってしまうのである。パーマーは試合後に言った。「ちょっとした見栄がすべてを台無しにする」と。

■「攻撃一辺倒ゴルフ」の盲点

果たして、こうしたドラマは全米女子オープンにも起きるのだろうか。

トンプソンは後半に入っても持ち前のパワーゴルフを実行する。3日目には封印していたドライバーを使って攻め続ける。多くの選手が難渋しているラフに入っても、自分のパワーを持ってすれば大丈夫という自信があったからに違いない。

確かに身長があればあるほどラフの草がヘッドネック近くのシャフトに引っかかることは少ない。「3日目は借りてきた他人のゴルフ。本来の私のゴルフはこれよ」とばかりにドライバーで攻め続け、たとえラフに入っても想定通りにグリーンをとらえることができた。

アーノルド・パーマーは帝王ニクラウスに「私は刻むことなど考えたことはない。もしそれを考えたらもっとたくさん勝っていただろう。しかしそれは私のゴルフではない」と言い放っている。トンプソンもパーマー同様のチャージゴルフが持ち味だ。それも超ダウンブローの低い球筋も同じ。これぞアメリカンゴルフなのだろう。

しかし、パーマーが言っているように、攻撃一辺倒のゴルフは時に勝利を逃す。攻撃が防御にならないときがある。それは己の力を過信したときだ。「自分のゴルフを全うする」は聞こえはいいが、自分勝手なエゴイズムに陥ることもある。そのときに勝利が逃げていくのだ。

夕方、サンセットの時間にゴルフコース
写真=iStock.com/Wand_Prapan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wand_Prapan

■11番パー4の、予期せぬダブルボギー

11番パー4はパーをとるのも難しいホールだ。フェアウェイは狭いがドライバーで飛ばせばたとえラフに入ってもショートアイアンでグリーンを狙えるから心配ないと思っていたのかもしれない。

解説の岡本綾子は危険を察知していたようだったが、アナウンサーは「ギアをもう一段上げましたね」と肯定的だった。

果たしてトンプソンのドライバーショットはわずかに左に曲がりラフ。セカンドは7番アイアンでグリーンを狙うが、大きくショートした。クラブが振り抜けなかったのだ。それは午後になってラフが伸びて強くなり、午前のラフとは異なるものになったことでもある。

ラフはほんの数センチ伸びるだけでも打ちづらくなる。しかし、体勢を崩したものの、ボールはフェアウェイにある。奥のピンまでは50ヤードほど。3オンは確実、うまく行けばピンに寄せられるだろう。

ところがこのアプローチショットを打つまでに凄く時間がかかる。何度も素振りを繰り返すトンプソン。ナーバスになっているのがわかる。そして打ったショットはまさに「チャックリ」という音を発するダフリでグリーンにも届かない。

岡本綾子は「この人はアプローチに難がありますからね」と解説。第4打はパターを使って寄せに行くが、1m半の距離を残し、パットを押し出してダブルボギーを叩いてしまったのだ。

■狂いだすトンプソンのスイング

トンプソンは強く打つことは得意だが、柔らかく打つことは苦手なのだろう。アプローチでもフルショット同様に上から叩きつける。ソールを滑らせて打つことができない。フワッと打つことができないのだ。

パーオンができればいいが、外したときに弱点が露わになる。アプローチはスコアメイクの鍵。そのアプローチが弱点となれば、メジャー大会では致命傷になる。

予期せぬダブルボギーにトンプソンはショックを受けていた。加えて2位に浮上していたフォン・シャンシャンとの差が一気に2打に縮まった。

シャンシャンは元世界ランク1位、2012年全米女子プロの覇者である。逞しい体から放つパワフルショットが持ち味。笹生だけを見ていたトンプソンは、思わぬ強敵が姿を現して吃驚したかもしれない。自分を死に追い詰める刺客が突然現れたと。

このホールからトンプソンのスイングが狂い出す。元々ジャンプアップする変則スイングだが、変則も固まっているうちは何の問題もないが、一度狂うと変則だけに元に戻しにくい。

それでも何とかパーを拾っていくが、14番でほころびが広がりボギーを打つ。まだリードは保っていたものの、じわりじわりと焦りが生じてくる。何とかバーディを取って楽になりたいと思う。

女性ゴルファー
写真=iStock.com/amenic181
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/amenic181

■息を吹き返す笹生、1打差に迫る畑岡

16番のパー5は絶対にバーディが欲しい。自分のパワーを持ってすれば取れるはず。ところがバーディパットがわずかに入らずにパーで終わる。流れが悪いときは得てして普段なら入るパットがわずかに切れてしまう。

一方で一度は連続ダブルボギーで死んでいた笹生が密かに息を吹き返し、自分のゴルフを立て直していた。このホールをバーディとしてトンプソンとの差を2打としたのである。さらに一組先を回る畑岡もこのホールでバーディを奪っており、トンプソンとの差はわずか1打にしていた。

17番もパー5である。前日の3日目同様にトンプソンはドライバーを握った。しかし、このショットが「風を読み間違えた」と左の深いラフに入り、「これまで見たこともないひどいライだった」と嘆く。

それでもパー5ならまだまだバーディにするチャンスはあったはずだ。セカンドをフェアウェイに出し、3打目は142ヤードとトンプソンならばショートアイアンで難なく乗せられる距離だ。9番アイアンで放ったショットはピンにぴったりのはずだった。

ところが何とグリーンにも届かない。世界のトッププロが上りを計算に入れなかったとは思えない。であれば、風の影響か。トンプソンのショットは強く打つだけにスピンが強烈にかかる。アゲンストの風ならば大きく戻される可能性は十分にある。

■ピン2メートル、打ち切れず致命的なボギーに

次の4打目、絶対にミスができないアプローチをトンプソンはウェッジを使わずにパターを選択。確かにミスは起きにくいが、寄せるとなると芝の抵抗をどれだけ読むかが難しい。うまく打ったが、ピン2mに寄せるのが精一杯。このパットを打ち切れずに致命的なボギーを喫した。

笹生はバンカーからスーパーショットを披露してバーディを奪い、遂にトンプソンをつかまえた。しかも前を回る畑岡もトンプソンと並んだのだ。

攻撃ばかりに目が向くと守りが手薄になる。攻撃がうまく作用しているときはいいが、一旦流れが悪くなったときに崩れてしまう。ゴルフにおいての守りはアプローチショットである。グリーンをはずしたときにもパーが取れる。それが勝利の生命線となるのだ。

最終ホール、トンプソンはティショットを懸命にフェアウェイに放つ。勝つためにはバーディが必要である。トンプソンはグリーン手前に切ってあるピンを目がけた。

しかしこのショットがまたもや短い。グリーン手前のバンカーにずっぽりと入ってしまったのだ。バンカーショットは当然の如くグリーンを5mもオーバー。悲しいのはこの下りのパットを打ちきれずにショートしたことだ。

■自分の持ち味が「無謀なゴルフ」になりうる

「ネバーアップ、ネバーイン。カップに届かなければ決して入らない」

150年前のレジェンド、トム・モリスの言葉は今も生きている。笹生はバーディパットがカップ横をすり抜けてパー。前を回った畑岡もパー。トンプソンは1打の差で勝利を手にすることがなかった。

最終ホールでピンを狙わずに確実にグリーンに乗せてパーを取っていたらプレーオフには持ち込めた。しかし、それこそトンプソンのゴルフではないだろう。

最終日、3日目のようにドライバーを封印して徹底して刻んでいたら、結果は違っていたかもしれない。しかし、最終日は自分のゴルフで勝ちたかったのだ。ドライバーで270ヤード以上をかっ飛ばして勝ちたかったのだ。それが無謀なゴルフになり得ることを11番のダブルボギーで自覚する必要があった。

しかし、トンプソンはそれでも刻むことをしなかった。「自分のゴルフを全うする」ことに意地を張り続けた。アプローチという守りが苦手でも攻撃さえうまくできれば勝てるはずだ。それこそアメリカンヒロインだと。しかしそれはやはり自分勝手のエゴイズムに他ならなかったのだ。

アーノルド・パーマーは「少しの見栄ですべてを失う」と言ったが、トンプソンの場合は「自分のエゴですべてを失った」ということかもしれない。

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本條 強(ほんじょう・つよし)
『書斎のゴルフ』元編集長、スポーツライター
1956年東京生まれ。スポーツライター。武蔵丘短期大学客員教授。1998年に創刊した『書斎のゴルフ』で編集長を務める(2020年に休刊)。倉本昌弘、岡本綾子などの名選手や、有名コーチたちとの親交が深い。著書に『中部銀次郎 ゴルフの要諦』(日経ビジネス人文庫)、『トップアマだけが知っているゴルフ上達の本当のところ』(日経プレミアシリーズ)、訳書に『ゴルフレッスンの神様 ハーヴィー・ペニックのレッド・ブック』(日経ビジネス人文庫)など多数。

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(『書斎のゴルフ』元編集長、スポーツライター 本條 強)

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