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中国でEVを売るためなら…トヨタと日本製鉄の「鉄の結束」を壊した自動車業界の大変化

プレジデントオンライン / 2021年10月30日 11時15分

水素エンジン車による24時間耐久レースの出走前、記者会見を行うトヨタ自動車の豊田章男社長=2021年5月22日、静岡県小山町の富士スピードウェイ - 写真=時事通信フォト

■約200億円の損害賠償を求める訴訟に発展

日本製鉄が特許侵害でトヨタ自動車を訴えた。日本を代表する2社が角を突き付けあう状況に、自動車業界や鉄鋼業界の幹部は驚きを隠さない。

日鉄が問題にしたのはハイブリッド車(HV)など電動車の性能を左右する「無方向性電磁鋼板」と呼ばれる高性能鋼材だ。モーターの回転効率を左右するため、日鉄にとっての「虎の子」の技術だ。

日鉄は2021年10月14日、電磁鋼板の特許権を侵害されたとして、トヨタ自動車と中国の鉄鋼大手・宝山鋼鉄を相手取り、それぞれに対して約200億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。

日鉄は、宝山鋼鉄が複数のトヨタ車からモーターを取り出し、電磁鋼板を分析することで、特許権を侵害する電磁鋼板をトヨタに供給したとしている。

さらにトヨタに対しては、対象となる電磁鋼板を利用したHVなどの国内での製造・販売差し止めの仮処分を申し立てた。

■かつて両社は「盟友」関係にあったのだが…

かつて両社は「盟友」関係にあった。トヨタの海外進出に合わせて日鉄も海外の拠点を整備。錆びず塗装もおちない日本車の高品質を支え、同社の海外での販売拡大を支えた。環境問題への関心が高まると車両の軽量化につながる技術開発を共同で手掛けたり、円高やリーマン・ショックなどで業績が悪化した際には取り扱う鋼材の種類を削減することで原価低減を推進。まさに「鉄の結束」で支えあっていた。

しかし、ここ数年で「鉄の結束」が揺らぎ始めている。その端緒となったのが2年ほど前に起こった「特殊鋼」を巡る価格改定問題だ。

特殊鋼とは、車輪やステアリングに使われるベアリング、エンジン部品、サスペンションなどに使われるバネなど、特殊な加工を施した鋼材だ。

これまで自動車に使う鋼材価格は、トヨタなど自動車メーカーがグループ会社の分なども含めて一括して購入する「集中購買」の際に決まる「集購価格」が基準となってきた。集購価格は「大量に買うのでそれ相応の値引きをしてくれ」という自動車メーカーの要望に、鉄鋼メーカーも品質を確保しつつ優先的に安定供給を担うという互恵的な形で1970年代から採用されてきた。なかでもトヨタと日鉄の両社による価格交渉は「チャンピオン交渉」と呼ばれ、他社などもその動向を参考にしながら、主要鋼材の価格交渉をする際のベンチマークとなってきた。

ほぼ同じ品質の鋼板と違い、様々な部品に用いられる特殊鋼は集中購買に向かないため、部材・部品メーカーは日鉄から時価で特殊鋼を購入する。これまで特殊鋼の価格は、長年の取引慣行で「集購価格」を参考に決められていた。集購価格と特殊鋼の価格はほぼ連動していたが、ここ数年はコスト削減を急ぐトヨタの意向で集購価格は据え置かれた一方で、特殊鋼の価格は原材料の値上がりや需給の逼迫(ひっぱく)で高騰した。

■日鉄は「5年間で1万人規模」という経営合理化を進行中

日鉄から特殊鋼を買って部品を製造するメーカーにしてみれば「高い材料を買ってバネを作ったのに、トヨタに納める価格が据え置かれたり、値下げを求められたりしたら採算が取れず、経営はなりたたなくなる」と各所から悲鳴が上がった。

「鉄には鉄のサプライチェーンがある。このままでは特殊鋼を使った部品の安定供給もままならなくなる」。当時の営業担当の副社長など日鉄の幹部たちはさまざまなメディアのインタビューなどを通じて、集購価格の引き上げや特殊鋼を使った部材・部品の納入価格の引き上げなどをトヨタに申し入れた。普段は鋼材交渉については口をつぐむ日鉄だが、大口取引先のトヨタに対して声をあげたことは波紋を広げた。

特許侵害を巡る日鉄のトヨタへの提訴は、そうした行き違いの帰結ともいえる。ある自動車メーカーの幹部は「脱炭素への対応を巡って、資金確保のために両社とも一歩も引けない泥沼の戦いになる可能性がある」という見解を示す。

鉄鋼業界は産業別の二酸化炭素排出量が多く、「脱炭素」では常にやり玉にあがる。その最大手企業である日鉄にとって、脱炭素への取り組みは大きな経営課題だ。

自動車工場
写真=iStock.com/gerenme
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gerenme

日鉄は21年3月期まで2期連続で最終赤字となり、構造改革のために5年間で1万人規模という経営合理化を進めている。今期は新型コロナウイルスの収束に伴う鉄鋼需要の高まりなどもあって最高益を更新する見通しだが、それでも25年度までの中長期経営計画の期間中に製鉄所閉鎖や高炉休止などで製造生産能力を2割減らすことを盛り込んでいる。

■電動化分野で覇権を取るには、宝山を止める必要がある

リストラを進めながら、脱炭素への投資をしなければならない。切り札とされる水素製鉄などの実現には、設備投資に日鉄1社だけで4兆~5兆円かかる見通しだ。こうしたなかで、政府主導による再編で巨大化する中国勢に対抗するには、独自の技術を守り収益を確保しながら、脱炭素への投資資金を捻出する必要がある。日鉄の虎の子技術を使って取引先を広げる世界最大手の宝山が相手とあらば、日鉄も黙ってはいられない。

日鉄は世界の自動車向け電磁鋼板の需要は25年度に17年度比で7倍程度に増えるとみている。宝山の電磁鋼板は、海外の自動車会社でも採用が続いているとみられ、鉄鋼業界にとって主戦場となる電動化分野で覇権を取るには、宝山の動きを止める必要がある。

一方のトヨタ。業績こそ好調だが、ガソリン車からEVへの変革期にあたって、ガソリン車で使っていたエンジンや変速機(トランスミッション)の既存部門をどう残していくかが大きな課題となっている。

脱炭素に対する政策次第では、エンジン工場が集積する地元・豊田市の命運も左右される。日本自動車工業会の会長も務める豊田章男・トヨタ社長が「EVだけが脱炭素化の解ではない」として、水素エンジン車の開発を進めているのも、脱炭素の時代にもエンジンや変速機の技術をつなげたいという思いからだ。

■自動車業界の主軸はガソリン車からEVに変わっていく

だが、世界最大の自動車市場である中国では、政府の方針でEVが躍進している。そこでシェアを伸ばしていくには現地で安価かつ安定的に部品調達できることが必須の条件となる。EVの性能を左右する電磁鋼板の調達について、現地の宝山製を採用するというのは自然の流れだ。

他方で、日鉄は自社の技術に絶対の自信を持っている。宝山から電磁鋼板を調達する自動車メーカーが増えていることについて、日鉄の宮本勝弘副社長は、2020年8月の電話決算説明会では「当社の体制が整うまでの渡りの期間の話かな、と認識している」と発言していた。宝山からの調達が期間限定ではなく、恒久的になる恐れがあることから、危機感を強めたともみられる。

今後、自動車業界の主軸はガソリン車からEVに変わっていく。そうした大変化では、電磁鋼板以外の部品でも、自動車メーカーと部品・素材メーカーとの間での訴訟トラブルが続出する恐れがある。

特に電池やモーターの技術は、素材や材料を含め、日本企業が多くの基幹特許を押さえている。今回の電磁鋼板の問題では、日鉄は過去に韓国の製鉄最大手ポスコに対して裁判を起こし、その後、和解している。この件では、日鉄の技術を韓国側のスパイが盗んで違法にポスコ側に流したとされる。今回の宝山のケースも中国の「産業スパイ」が存在したとの疑いもある。

■対立したままで、世界競争に打ち勝てるのか

自動車業界では米テスラが7~9月期決算で売上高が前年同期比57%増の137億5700万ドル(約1兆5700億円)、純利益は4.9倍の16億1800万ドルと、四半期ベースで過去最高を更新した。販売台数も73%増の24万1391台と、念願の年間100万台が視野に入ってきた。

そのテスラは中国にも工場を設け、着々とシェアを伸ばしている。近く米テキサス州やドイツにも工場ができる。中国の工場からは日本向けに輸出、日本のEV市場をリードする存在になった。ディーラーを介さないメーカーによる直接販売で浮いた費用で高圧・高電流の急速充電設備も自前で設置。国内メーカーのEVより速く充電できる体制を整備している。

2016年11月15日、深圳市テスラのスーパーチャージャー・ステーションでバッテリーを充電するテスラモデルS
写真=iStock.com/DKart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DKart

かつて日本のガソリン車は「低燃費・低公害」で世界を席巻した。今度はEVの普及で、日本車が席巻される側に移る恐れがある。EVの中心技術である電池やモーターでは国内に有力メーカーが多くある。かつて車メーカーと素材メーカーがタッグを組んでハイブリッド車を開発したように、世界競争に打ち勝つためには、対立ではなく協業を前提とする必要があるだろう。

(プレジデントオンライン編集部)

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