「労働者の3分の1が公務員」汚職が起きやすく、経済は停滞…石油産出国を苦しめる「資源の呪い」の罪深さ
プレジデントオンライン / 2021年12月9日 9時15分
※本稿は、高尾賢一郎『サウジアラビア 「イスラーム世界の盟主」の正体』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■石油により国家財政を成り立たせている
日本を含む多くの国家は生産国家と呼ばれる。生産国家とは、原料や製品を生産して国内外で販売し、これによって得られる対価の一部を国家が税金として徴収し、財政が機能する国家を指す。
これに対して、サウジアラビアはレンティア国家と呼ばれる。語源であるレントは「地代」を意味する言葉で、経済学では投資や資産からの収益を指す。つまり、石油という天然資源による収入を分配することで国家財政を成り立たせているわけだ。「不労所得」といった、否定的な意味も込めた言葉で表現されることも多いレントは、国内経済だけでなく政治体制や社会構造にも大きな変化をもたらした。ここからは、産油国としてのサウジアラビアの特徴を国内の状況から見ていこう。
もし、自宅の庭から石油が湧き出たならば——こんな夢を見た人は少なくないはずだ。夢の続きは、大地からあふれ出す石油を売りさばき、働かずに富を得て裕福な暮らしを営むことだ。もっとも、これが成り立つには単純に考えて二つの条件が必要になる。一つは、石油が湧き出た場所が自分の所有する土地であること。もう一つは、十分な富を得るだけの量の石油が採れることである。この点、サウジアラビアをレンティア国家とさせた要因は、石油が発見された時点でアラビア半島東部が自国の領土であったこと、そしてそこで自国の需要を上回る量の石油が採れたことだといえる。
■テクノクラートの存在感を示した「オイルショック」
サウジアラビアの石油産業を支えたのは、SoCalの現地子会社、カリフォルニア・アラビアン・スタンダード・オイル・カンパニー(CASOC)である。同社は1944年、アラビアン・アメリカン・オイル・カンパニー、通称アラムコ(ARAMCO)と名を変えた。今日、石油の埋蔵量・生産量・輸出量でいずれも世界のトップ3に入る産油大国を支える、国営石油会社サウジ・アラムコの前身である。
サウジ・アラムコを支えてきたのは、サウジアラビアの近代化に貢献した技術官僚(テクノクラート)だ。1962年に任命されたアフマド・ザキー・ヤマニー石油大臣(1930~2021年)はその代表的人物の一人である。彼はメッカのウラマー家系に生まれながらテクノクラートという世俗エリートに転身したユニークな経歴を持つ。
財務省に入省後、アメリカとイギリスに留学して法学を学び、帰国後は再び財務省で税務に携わったほか、当時皇太子であったファイサル国王の司法顧問に抜擢されるなど、法務分野でも活躍した。石油大臣としては、産油国間の原油価格制定のための法整備やアラムコ国有化に向けた交渉役を担ったほか、1968年のOAPEC創設にかかわり、さらにはイスラエル支援国への石油禁輸措置、すなわちオイルショックを演出した。サウジアラビアの存在感を国際社会に示したオイルショックが、テクノクラートの存在感を示すものでもあったわけだ。
■国営企業を通じて石油の収益を握り、国家財政を潤してきた
1983年にアラムコ会長に就任したアリー・ナイーミー(1935年生)のもと、同社は1988年にサウジアラビアン・オイル・カンパニー、つまり現在の国営会社サウジ・アラムコとして再出発した。サウジアラビア東部の小村に生まれたナイーミーは、羊飼いの仕事を手伝いながら育ち、両親の離婚もあって12歳からは学校に通いながらアラムコの使用人として働いた。その働きぶりが幹部の目に留まり、社内で事務員として採用された後はアメリカ留学の機会を与えられた。そして帰国後は、国営企業へ移行するさなかのアラムコで技術職、管理職を務め、やがて頂点に上りつめた。
さらに1988年、ナイーミーはサウジ・アラムコの最高経営責任者(CEO)に就任し、1995年から2016年までは石油大臣も務めた。日本でいえば野口英世や松下幸之助を彷彿とさせる、立志伝中の人と呼ぶにふさわしい経歴だ(画像1)。
アラムコが国営企業となったことで、サウジアラビアは国有財産としての石油の収益を一手に握り、これを国庫に収めることで国家財政を潤してきた。石油部門による収益は国家歳入の7~8割、GDPに占める割合は1970年以降、最も高かった1979年に87%超を記録した(The World Bank)。この潤沢な資金によって、政府は国民に税金を課さず、一方で手厚い福祉や補助金政策を用意してこられたわけだ。
■労働者の3分の1は公務員、「資源の呪い」の実態
サウジアラビア人労働者のうち、約3分の1は公務員とされる。公共部門の労働者に範囲を広げると、その割合は7割ほどに拡大するともいわれる。日本では労働者全体で公務員が占める割合は1割以下で、その差は歴然だ。民間部門で働く人が少ないことの理由は、まずもって産業の少なさにある。
1960~70年代に世界の産油諸国で起こった石油国有化の波をへて、各国は歳入を拡大させることに成功した。しかし経済は停滞し、政治的にも民主化が進まない。こうした現象を、経済学や政治学では「資源の呪い」と呼んできた。ここでいう呪いとは、多すぎる富は人を堕落させるといった道徳論の類ではなく、大雑把にいえば以下のようなものだ(マイケル・L・ロス『石油の呪い』)。
資源——正確にいえば鉱物資源、さらにその大部分を占める石油——が、国家予算を賄うほどに豊富に採れれば、国家はほかの産業を必要としなくなる。しかし石油は、他国が必要とし、購入するという前提が成り立たなければ富をもたらさない。このため、石油に依存した経済は国際情勢に伴う市場の動向に大きく左右される。
■幸せになれるのは「優位な立場で無知を貫く人」のみ
また、国家が石油を管理する以上、収入は政府のものとなる。政府はキャッシュを税金の免除や補助金といった方法で国民に分配し、人々に豊かさを享受させる。一方、どれほどの富がどのようなプロセスで管理・運営されているかは不透明である。このため、石油に依存した国家では政府、あるいはその中枢による独裁や汚職が進む。市民が産油国で幸せを感じて暮らせるとすれば、エスタブリッシュメント側による権力の濫用や、それに伴う不平等な社会構造のなかで、自分が優位な立場にあるとともに、そのことに対して無知を貫き続けることが前提となる。
加えて、石油への依存は家父長制を助長し、女性の社会進出を妨げるとも指摘される。産業革命以来、繊維製品などを扱う工場での雇用の大半を女性が占めてきたことは広く知られている。日本では、2014年に世界遺産に登録された群馬県の富岡製糸場(1872年開業)が、女性の労働市場への参加を促したことで知られる。海外では、フィンランドのファッション・ブランドであるマリメッコ(1951年設立)が、雇用創出をとおして女性の自立に貢献してきた歴史を持つ。こうした製造業に対して、石油産業は女性を雇用せず、結果として彼女らの政治的・経済的エンパワーメントを閉ざしてきた。
■「再生可能エネルギーへの転換」では板挟み状態
このように、石油によって成り立つ経済は決して安定したものではない。安く売れば儲けが減り、高く売れば相手は買い控えたり、代替エネルギーの開発を進めたり、より安い国からの輸入を検討したりする。したがって、世界市場での石油の需要を見極めつつ価格を調整する必要がある。
2021年1月に発足したアメリカのバイデン政権は、「クリーン・エネルギー革命」を掲げて環境政策を大幅に見直す姿勢を打ち出した。ここには、中国が進める石炭・火力発電の輸出を牽制する思惑もあるとされる。これに対してサウジ・アラムコのアミーン・ナーシル現CEOは、3月に中国で開かれた開発フォーラムに寄せたビデオメッセージのなかで、「再生可能エネルギーへの転換は重要だが、現実問題としてそれが石油に取って代わるには時間を要する」と説明した。石油に代わるエネルギーの開発は、天然資源という限りある富を長持ちさせる一方、埋蔵されている石油の価値を奪って「座礁資産」とし、産油国というサウジアラビアの国際的地位を脅かすものでもある。国に向けたメッセージからは、板挟みともいえるサウジアラビア側の認識が滲み出ている。
■「その富を投げ打てばどれだけのことができただろう」
いくつかの不安要素は指摘できるものの、石油収入の分配のおかげで所得税、法人税、住民税が課されないサウジアラビアの生活は、世界の多くの人からすれば羨ましく思える。これがさらに嫉妬や憎悪を駆り立てるとしたら、それは富の源泉が天然資源だからであろう。
ある土地に囲いをして「これはおれのものだ」と宣言することを思いつき、それをそのまま信ずるほどおめでたい人々を見つけた最初の者が、政治社会〔国家〕の真の創立者であった。杭を引き抜きあるいは溝を埋めながら、「こんないかさま師の言うことなんか聞かないように気をつけろ。果実は万人のものであり、土地はだれのものでもないことを忘れるなら、それこそ君たちの身の破滅だぞ!」とその同胞たちにむかって叫んだ者がかりにあったとしたら、その人は、いかに多くの犯罪と戦争と殺人とを、またいかに多くの悲惨と恐怖とを人類に免れさせてやれたことであろう?
(ルソー『人間不平等起源論』)
これは、社会の発展が不平等を固定化することを指摘したルソーの金言である。仮に、サウジアラビアが国内で採れた石油を、「アラビア半島で採れたのだからアラブ地域全体の財産だ」「地球から湧き出たのだから全人類が共有すべき財産だ」と叫んで、貧困国や紛争国に配分したとしても、あらゆる問題が根本的な解決にいたるわけではないだろう。それでも、「その富を投げ打てばどれだけのことができただろう」とは、貧困や紛争の当事者でなくとも抱く想いだ。
■産油国は資金援助に活発な国々でもある
このことを、ほかならぬサウジアラビア、またUAEやカタールといった周辺の産油国はよく知っている。これらの産油国は、世界で最も資金援助を活発に行っている国々であり、とりわけ援助の対象には同胞であるムスリムが多数を占める国・地域が目立つ。筆頭に挙げられるのはパレスチナであろう。報じられるところでは、過去20年間、サウジアラビアは総額65億ドル以上の資金援助を、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)などをつうじて行っている(Al-Arabiya, August 15, 2020)。
オイルショックに見られたように、サウジアラビアはパレスチナ紛争(中東和平)についてはイスラエルを非難する立場を明示しており、パレスチナ人への支援はこの一環として続けられている。また近年では、2015年5月に現国王の名前を冠して設立されたサルマーン国王人道支援・救済センター(KSRelief)が、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の協力のもとでイエメンやシリアの避難民、またミャンマーからバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民(いずれも主にムスリムである)を対象に、やはり数十億ドル単位の資金援助を続けている。
■「人道支援活動」には厳しい声も聞かれる
いうまでもなく、こうした人道支援活動は国際社会、とりわけイスラーム諸国の間で、イスラーム世界の盟主としてのサウジアラビアの存在意義に影響するものだ。ほかにも、かつてのオスマン帝国の領土であった東ヨーロッパのバルカン半島諸国や、かつて「中国」として国交を築いていた台湾など、ムスリムが少数派の国・地域ではモスクの建設費の援助やクルアーンをはじめとした書籍の寄贈も積極的に行っている。
ただし、こうした活動でサウジアラビアが世界のムスリムの庇護者や、人権外交に勤いそしむ国家といった評価を得るわけでは必ずしもない。たとえば、「パレスチナ難民に金銭援助をする前に、彼らの人権状況が改善されるための外交的努力をイスラエルに対して直接に行えばいいではないか」といった非難は定番である。またKSRelieが支援対象に含むイエメン難民の増加は、サウジアラビア自体が2015年に軍事介入したことでイエメンの内戦が激化したことと無関係ではない。ロヒンギャ難民に関しては、「(難民を生んだ)ミャンマー政府を批判する一方で、中国新疆ウイグル自治区のウイグル族の状況は見て見ぬ振りか」といった厳しい声も海外メディアからは聞かれる。
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中東調査会研究員
1978年三重県生まれ。同志社大学大学院神学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(神学)。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、日本学術振興会特別研究員PD(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)などを経て、2019年4月より現職.専門は宗教学ならびに現代イスラーム思想・社会史。著書『イスラーム宗教警察』(亜紀書房、2018年)、『宗教と風紀』(岩波書店、2021年、共著)。訳書 サーミー・ムバイヤド『イスラーム国の黒旗のもとに』(青土社、2016年、共訳)。
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(中東調査会研究員 高尾 賢一郎)
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