「コールでも回し飲みでもない」保健所が見落としていた歌舞伎町の"本当の感染経路"
プレジデントオンライン / 2021年12月6日 15時15分
※本稿は、『ゲンロン12』(ゲンロン)の掲載論文「「ステイホーム」試論 記録された現実から見えること」の一部を再編集したものです。
■調査に対し頑なに口を閉ざした歌舞伎町の若者たち
第2波が直撃した2020年夏の新宿で、新型コロナウイルスに感染した患者やクラスター(集団感染)として報告が上がってきた中に、明らかにホスト特有の外見をした若者たちがいた。だが、彼らは調査に対し、肝心なことを何も明らかにしなかった。すなわち、職業を明かさず「無職です」と言い張り、歌舞伎町で働いていることも頑として認めなかった。自身の接触者についても「言いたくありません」と頑なに口を閉ざしたのだった。
対応に困ったのは、新型コロナウイルス対策の最前線で感染経路を追う新宿区の保健師たちだ。これでは調査は立ち行かなくなるとの声が上層部にまで上がってきた。これは多くの保健所関係者が認めるところだが、新宿保健所は、管区には国立国際医療研究センター病院があり、かつ長年HIVなどの感染症対策にも取り組んできた、感染症対策の経験を長年にわたって積み上げてきた保健所である。そこで対応できないということは、日本各地で繁華街対策が失敗することを意味する。
この頃、東京都知事の小池百合子が連呼していた「夜の街」という差別的な言葉はメディアを通じて社会に広がり、日増しに「昼の街」との分断を強める方向に機能していた。新宿区役所には「夜の街を閉めろ」「感染者が出た店の名前を公表しろ」との声が連日届いていたという。この社会に生きる多くの人にとって、「夜の街」は遠い存在であり、だからこそ安心して石を投げつけられる存在になっていた。
■新宿区が店舗名を公表しなかった理由
新宿区、そして新宿区保健所はそうした風潮に迎合しなかった。言葉よりも、実践のほうが彼らの取り組みを雄弁に語る。新宿区長・吉住健一は、歌舞伎町の有力ホストクラブグループ「Smappa!Group」会長で歌舞伎町商店街常任理事でもある手塚マキとコミュニケーションを重ねながら、ホストたちとのホットライン構築に向けて動き出していた。
新宿区側が一貫していたのは、「新宿区において店名公表は感染拡大防止にとって逆効果になる」という考えだった。現に彼らは感染者が出た店舗を一切公表しなかった。「店」を守ったのではなく、コミュニティを守ろうとしたからだ。店名を公表すれば、社会に広く蔓延している処罰感情を満たせるだろう。だが、それによって店側には、店名が公表されるリスクを取るくらいなら検査には協力しない、というインセンティブが働く。
仮に一地区の店を軒並み営業停止にしたとしても、ホストは「個人事業主」であり、生活のために別の職場を求めて地区外の店を転々とすることが容易に予想できた。それでは感染が他地域にも広がる。一方、より強硬に全国一斉に店を閉めさせるという策は現実的ではなく、仮に実現しても膨大な補償費用と失業者が発生する。コストは増大する一方だ。吉住も高橋も、社会的な制裁によって経路が把握できない感染を広げるより、より感染を防げる実務的なやり方を選んでいた。
■店の外で広がっていた意外な感染源は…
そんなやり方を取る中、保健所にとって何より大きかったのは、なぜホストたちの間で感染が広がってしまったのかという謎を突き止めたことである。彼らもそうだったが、メディアも社会も、ホストたち特有の営業形態――シャンパンタワーを作って大声でコールする、あるいは客やホスト同士で肩を組み、回し飲みで乾杯を繰り返す、無防備で刹那的などんちゃん騒ぎ――が原因で感染が広がるのだろうと想定していた。ところが、現実はまったく違っていた。
彼らが見落としていた感染経路は寮、すなわちホストたちの「ホーム」だった。ホスト業界でそれなりの家に住んでいるのは「カリスマ」と呼ばれる一部の人気ホストだけであり、地方から出てきたばかりの若いホストや、まだ売れないホストはマンションで共同生活をする。あるホストクラブの寮は、歌舞伎町近くの3LDKのマンションである。一部屋に二人、多くのスペースを共有で使い、毎日を過ごす。
ホストという仕事には、社会から弾かれた人々や底辺にいる人々の受け皿という側面が確かに存在している。他に帰る家を持たずに、歌舞伎町に飛び込んでくる人々は決して少なくない。外の社会に居場所がない彼らにも、歌舞伎町は居場所を用意してくれる。少なくとも、最初は。
■ホスト「だから」感染が広がるのではなく…
店や外では感染症対策を徹底できていても、多くの人たちと同じように家の中ではマスクを外す。彼らはともに生活し、ともに職場に向かい、また同じ家へと帰る。職場と居住空間が同じで、休日までともに過ごすことになる。生活形態はシェアハウスのそれであり、感染経路はむしろハイリスクとされる家庭内感染に近いものがあった。
ホスト「だから」感染が広がるのではなく、彼らの生活スタイルの中にリスクがある。手塚は、その危険性にかなり早い段階から気づいていた経営者でもあった。「ステイホーム」を呼びかけ、いくら教育しても、およそ居心地がよく快適とは言えない寮に24時間いられないホストは、外に出ていく。彼は4月末、『フォーブス・ジャパン』のコラムでこんなことを書いている。
事前に動画で、医療崩壊についてももちろん説明していた。少しでも具合が悪くなったら、行政のガイドラインに従った指示を、冷静に第三者が出来るようにチームを組んで対応を考えるという施策も組んだ。
しかし、微熱が出た従業員たちは、頭ではなく感情で動いてしまった。理想論は通用しなかった。[※]
■客の本名と連絡先の記入を求める徹底ぶり
手塚は結局、「ステイホーム」というアプローチを早々に諦め、方針を変えることになった。現実的に考えれば、「ホーム」がどこよりも快適という人はそんなに多くはない。家庭環境がそれほどよくなく、子どもの居場所がまったくないという家だって現実に存在している。ホスト同士の濃厚接触はゼロにはならないからこそ、衛生管理の担当者を決めて定期的に寮の見回りを始めた。
求めたのは、最低限、寮の中を清潔に保つことや、感染対策が徹底できていないバーに行かないことといった、ごくごく初歩的な事柄にとどめた。細かいところから体調管理も徹底し、それを自らにも、店舗にも課した。
店舗では、唯一、絶対の方針として客に本名と連絡先の記入を求めることも決めた。万が一、感染者が出た場合、速やかに連絡を取るために、客の情報を管理する必要があるからだ。「大切なお客様へ」と題されたA5のチェックシートがある。私も見せてもらったが、他の居酒屋や飲食店よりもはるかに厳格な情報管理を行うものだった。源氏名で生きていける街、歌舞伎町のルールを踏み越えるシートでもある。
「もし拒んだらどうするんですか?」と私が聞くと、経営スタッフは、「そのときはお引き取りいただくだけです。常連の方は皆さん協力してくれますし、むしろ、ここまでやるんですかと驚かれますよ」と淡々と言った。
■解決策に動き出したのは最前線の現場だけ
そこはコロナ禍の中、新規オープンした店舗だった。予算を組み替えてまで導入した「最も強力な換気システム」が動き出し、彼らは夜の営業に備える。原因がなんであれ、ここでクラスターが発生すれば、歌舞伎町を取り上げるメディアは、店舗側の努力などお構いなしに、「夜の街」でどんちゃん騒ぎをする「けしからん」ホストを写真に収め、大々的に報じていくだろう。多くのメディアは「最悪」の例に目を向けるが、最良の成果や実践には目を向けない。
手塚はホスト業界、もっと広く言えば歌舞伎町という街全体が「社会のセーフティーネット」として機能してきたと言っていた。どこにも居場所がない「やんちゃな子どもがそのまま大人になったような」人々や家族と縁が切れてしまった人々であっても、一人の人間として受け入れる。そんな街を社会の恵まれた人々は「感染を広げて迷惑」とバッシングするばかりで、現実的な解決策に動き出したのは、最前線の現場だけだった。(『ゲンロン12』へつづく)
※「『家に居ろ』が通用しない。新型コロナに悩む歌舞伎町の現実」、「Forbes Japan」、2020年4月28日。
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記者/ノンフィクションライター
1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスのノンフィクションライターとして雑誌・ウェブ媒体に寄稿。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。2021年、「『自粛警察』の正体」(「文藝春秋」)で、第1回PEP ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象』(小学館)『ニュースの未来』(光文社)『視えない線を歩く』(講談社)がある。
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(記者/ノンフィクションライター 石戸 諭)
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