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「大谷翔平選手が国民栄誉賞を辞退」高齢者限定の勲章制度は、日本社会のためになっていない

プレジデントオンライン / 2021年12月12日 12時15分

日本政府から国民栄誉賞の授賞を打診されたが、「まだ早いので」との理由で断ったとされる大谷選手(2021年10月3日のエンゼルス対マリナーズ戦にて) - 写真=AP/アフロ

■『セレブ』が跋扈し、『エリート』が消滅した日本

現今の日本に出現しているものの一つは、「『セレブ』が跋扈し、『エリート』が消滅した」風景である。

筆者は、先にプレジデントオンラインに寄せた論稿中、ドナルド・J・トランプ(前米国大統領)とコリン・L・パウエル(元米国国務長官)を対比させた上で、「セレブ」と「エリート」の違いを指摘した。

「セレブ」とは、富や才能、社会的立場を含む「恵まれた境涯」が専ら己のためだけにあるかのように振る舞っている意味において、結局のところは、「自分が可愛い人々」なのである。片や、「エリート」とは、自ら仕える高い「価値」を持ち、それぞれの社会における「真善美」の基準に沿って社会に規範を示す人々のことである。前に触れた自らの「恵まれた境涯(きょうがい)」によって公益に貢献できると考えるのが、「エリート」の「エリート」たる所以なのである。

「『セレブ』の跋扈と『エリート』の消滅」の風景が暗示するのは、日本における価値意識の侵食である。それは、日本社会全体に静かに「害毒」を行き渡らせるものになっている。そして、それは、平成期を通じて明白に現れた「『経済大国・日本』の凋落」の風景よりも、憂慮されるべきものであろう。

■「社会に規範を示す」という役割

後世、令和初期の日本の世相を語る際に確実に言及されるのは、小室圭・真子夫妻の結婚であろう。日本では、社会における「真善美」の基準を体現しつつ、「社会に規範を示す」役割の中核に位置するのが、天皇陛下を初めとする皇族の方々である。小室夫妻の結婚が国民一致の祝意に包まれるものにならなかったのは、彼らの結婚に至る経緯が「社会に規範を示す」皇族の立場に照らし合わせて誠に疑義の多いものであったという事情に因っている。彼らの振る舞いは、結局のところは、「セレブ」、即ち「自分が可愛い人々」の類のものであると世に印象付けられたのである。

無論、小室夫妻の動静は、事の本質ではない。「自ら仕える高い『価値』を持ち、それぞれの社会における『真善美』の基準に沿って社会に規範を示す」役割が実質上、皇族の方々に押し付けられ、その役割を補完する「エリート」たる人々が社会の中で適宜、位置付けられていないということにこそ、事の本質がある。

■華族制度/勲章制度が担っていたもの

戦前までの日本では、「誰が社会に規範を示す人々であるか」を世に伝える社会制度上の枠組は、華族制度から諸々の勲章制度、さらには宮内省御用達制度に至るまで、多彩に整えられていた。こうした枠組は、社会に対する「貢献」を積み重ねれば、それに応じた「名誉」が順次、与えられるという趣旨で、「名誉の階梯」としての体裁を伴っていたのである。

メダル
写真=iStock.com/charliebishop
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/charliebishop

たとえば小村寿太郎は、日向飫肥藩士出身のテクノクラート(技術官僚)として、日英同盟樹立や日露戦争時のポーツマス条約締結といった局面で明治外交を牽引した功績によって、男爵から順次、昇爵して侯爵に至っている。また、渋沢栄一も、三菱・岩崎、三井、住友といった財閥家の当主が高々、男爵にとどまっていたのとは対照的に、その公益に対する姿勢によって財界からは異例の子爵の地位に列せられている。小村や渋沢の足跡は、往時の「名誉の階梯」の意味を物語る。

■「時代錯誤の代物」なのか?

然(しか)るに、戦後、こうした枠組は大方、「帝国の遺制」として一掃された。民主主義の趣旨が平等化、平準化、凡庸化にあるという誤解が定着していく中では、このように人々を序列付ける制度上の枠組を構築し直そうという試みは、民主主義の趣旨には相容れぬ時代錯誤の代物として受けとめられるようになった。

昭和三十年代後半に生存者対象のものが復活した現行勲章制度は実質上、現役を退き七十歳前後に達した人々に対して、一生に一度だけ叙勲するものになっている。故に、それは、「人々の一生をランク付けしている」という世評を招くことはあっても、前に述べた「社会に対する『貢献』を積み重ねれば、それに応じた『名誉』が順次、与えられる」という「名誉の階梯」の枠組としては全く機能していない。

日本国家による栄典の枠組として勲章制度に並ぶものと位置付けられている褒章制度にしても、その対象となる分野や人々の年齢は勲章制度よりも広いとはいえ、「特定分野の発展」に寄与した人々を称えるという制度の趣旨は、「社会に規範を示す」人々の顕彰という目的には決して重ならない。

■「社会に規範を示す」責任と切り離されたエリート

そもそも、「社会に規範を示す」責任を果たす際には、誰もが難儀な日常を引き受けることを求められる。そうした難儀な日常が世からの敬意や「名誉」によって遇され報いられなければ、そうした責任をあえて果たそうとする人々は、決して多くないであろう。

結果として、現今の日本における「エリート」とは、「社会に規範を示す」責任とは切り離され、専ら「能力や才能に秀でた人々」を指すものになっている。人々が「秀でた能力や才能」を自分の便益や声望の実現だけに使おうとするならば、それは、もはや「エリート」ではなく「セレブ」の振る舞いになる。筆者が指摘した「『セレブ』の跋扈と『エリート』の消滅」の風景とは、そうした戦後七十余年の足跡の果てにあるものだといってよい。

■「小室問題」が投げかける問い

故に、小室夫妻の一件を機に、皇室制度の有り様についての議論が世の関心を集めたけれども、そうした議論は、皇室制度の現状だけを題材にしても大した意味のないものなのではないか。前に触れた「名誉の階梯」を機能させるべく再構築して、皇族の方々の「社会に規範を示す」活動を補完し責任を分担する人々を登場させ、社会の中で適宜、位置付けない限り、皇族の方々に過重な負担がかかる現状は、変わらないからである。

特に小室家に降嫁した秋篠宮家の内親王が、皇族という「エリート」の頂点に位置する立場に伴う責任と諸々の制約を厭い、そうした責任や負担とは無縁の「自由」を渇望したところで、そのこと自体は大した批判の対象にはなるまい。それは、「エリート」すなわち「社会に規範を示す人々」を退場させた戦後日本の縮図なのである。今後、皇位継承の有り様を含めた皇室制度の議論に際しては、このことは適切に留意されるべきものであろう。

■令和日本の「名誉の階梯」を再構築せよ

それでは、令和日本にあっては、筆者が指摘した「名誉の階梯」は、どのように構築し直されるべきか。一つの考え方としては、前に指摘したような勲章制度の現状を改め、折々の功績に即して二、三十歳代からでも勲章授与の対象にすることである。平成十五年の制度改正は、結局のところは「平等主義」の論理を制度に色濃く反映させるためのものであって、「名誉の階梯」としては全く機能していない現行叙勲制度の不備を根本的に正すものではなかった。

折しも、米国MLB(メジャーリーグ・ベースボール)で今季MVP(最優秀選手賞)に選ばれた大谷翔平(ロスアンゼルス・エンジェルス所属)には、国民栄誉賞授与が打診されたものの、彼は辞退したと報じられた。大体、国民栄誉賞は、スポーツや芸能の世界の著名人士を対象としているという意味で「セレブ」を顕彰する枠組としての性格が濃厚であるばかりか、その授与対象となった著名人士の当座の人気に便乗しようという折々の政治思惑が反映されやすい枠組である。

仮に勲章制度が「名誉の階梯」として機能していれば、大谷のようなケースに際しては、現下の機に勲三等か勳四等に相当する勲章を授与し、彼が今後も活躍を続け無事に現役を退き、引退後も「社会に規範を示す」活動に携わるならば、その折々にさらに上位の勲章を授与していくという仕方は、当然のように考えられたであろう。

■大谷が「大谷卿」と呼ばれる日

大谷翔平という偉才の活躍が野球を通じて「社会の善」、「日本の声望」、あるいは「日米関係」への貢献に結び付いているのであれば、彼を適宜、「エリート」として遇することは、今後の日本社会の有り様を展望する上では、重要な意味を持つことになろう。

大谷のような偉才に関しては、「年棒を幾ら得るか」などという「セレブ」次元の視点で物事を語らないことが、日本社会の「品位」を占う上で大事になってこよう。加えて、有功の人々に「サー(Sir)」や「ロード(Lord)」といった称号が与えられる英国の事例に倣えば、前に触れた「名誉の階梯」の再構築に併せ、大谷のような偉才を先々に「大谷氏」や「大谷さん」ではなく「大谷卿」と呼び習わす社会的な合意が出来上がれば、「誰が社会全体として尊敬に値する人々であるか」は、明瞭な体裁をもって認知されることになるであろう。こうした仕組を一つひとつ、構想していくことが、大事なのである。

■現在進行形の尽力や功績を顕彰の対象に

そして、二、三十歳代からでも勲章授与の対象にするということは、現役世代の人々による現在進行形の尽力や功績をも適宜、顕彰の対象にすることを意味している。

たとえば、特に平成期以降の日本は、「国際貢献」を一つの大義にしていたけれども、その大義の下で海外に派遣され過酷な任務に携わった自衛隊関係の人々、あるいはJICA(国際協力機構)や国際交流基金を含めて「国際協力」や「国際交流」の第一線で活躍した人々は、どのような名誉をもって遇されたのか。

また、阪神大震災や東日本大震災のような自然災害が頻発する中では、災害救助対応の現場で精励した自衛隊、警察、消防関係の人々には、どのような敬意や謝意が払われたのか。加えて、現下の「戦時」とも評すべきパンデミック最中の対応に際して、その対応の最前線で精励する医療職や看護職の人々の尽力には、日本社会は、どのように報いるのか。ワクチンや新薬の開発に成功した研究職や技術職の人々が登場すれば、彼らの功績は、どのように称えられるべきか。

こうした尽力、功績や貢献は、その都度に顕彰の対象とされなければ、「何が社会全体として尊敬や感謝を示すに値する行為であるか」は世に伝わらない。それは、「高い報酬や厚い待遇を提供する」という次元で語るべきものではない。「名誉の階梯」の不備は、日本社会における「真善美」の基準を曖昧にすることを促している。その不備が早急に正されるべき所以が、ここにある。

二〇二〇年七月、エリザベス二世(英国女王)は、トーマス・ムーア(英国陸軍退役大尉)をナイト・バチェラー(勳爵士)の地位に叙した。ムーアは、齢九十九にしてパンデミック下に医療支援のための募金活動に乗り出し、日本円にして実に五十億円相当近くを集めたけれども、女王は、そのムーアの気概と功績に即時に報いたのである。

女王の姿は、「帝国の栄光」が遠くに去った現下の英国において、「名誉の階梯」の枠組が確りと機能している事情を示す。それは、近代以降に永らく英国に範を求めた日本にとっては、再びもって銘すべき挿話であろう。

■「安全保障」が守ろうとしているもの

筆者は、政治学徒としては主に対外関係や安全保障を考究や論評の対象としてきた。筆者が本稿で披露した議論は、対外関係や安全保障には直接の関わりを持たない畑違いのものであるかもしれない。ただし、戦後国際政治学の世界に多大な足跡を刻んだ高坂正堯(国際政治学者)が、四半世紀前に遺稿の中で次のような記述を残した事実は、現今でも確認されるに値しよう。

「安全保障は決して人生とか財産とか領土といったものに還元されはしない。日本人を日本人たらしめ、日本を日本たらしめている諸制度、諸慣習、そして常識の体系を守ることが安全保障の目標なのである」。

高坂は、「国民の生命・身体・財産を守る」と一般に説明される安全保障の目標が、「その国をその国たらしめている諸制度、諸慣習、常識の体系を守る」というものであると指摘したのである。

■名誉を与えることで示される国の理念

本稿で指摘した「名誉の階梯」とは、それぞれの国々の「諸制度、諸慣習、常識の体系」の護持に対する尽力や貢献の度合いを反映している。逆にいえば、「どのような人々に名誉を与えるか」という問いは、それぞれの国々で護持されるべき「諸制度、諸慣習、常識の体系」の中身に結び付いているのである。

米国ならば、その「諸制度、諸慣習、常識の体系」の根幹を成すのは、自由や民主主義に絡む「建国の理念」であろうし、英国ならば、それを反映しているのは、王室や国教会を頂点とする「英国の国制」であろう。フランスならば、それは、フランス語に代表されるフランス文化や「革命の理念」になろう。

それならば、日本において護持されるべき「諸制度、諸慣習、常識の体系」とは、何を指すのか。筆者は、それが日本語に代表される日本文化であり、天皇陛下を推戴する立憲君主国家としての「日本の国制」であると自明のように考えているけれども、皇室制度に絡む昨今の議論の様相は、そのことについての合意が曖昧になっている事情を示唆している。

そして、この「何を護持すべきか」についての合意が曖昧になっている現状にこそ、令和の御代に入った日本の危機の本質がある。「何を護持すべきか」が曖昧なままに構想された安全保障政策が「砂上の楼閣」の類に過ぎないことを思えば、それは、なおさらのことである。〈文中、敬称略〉

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櫻田 淳(さくらだ・じゅん)
国際政治学者、東洋学園大学教授
1965年生まれ。北海道大学法学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。衆議院議員政策担当秘書などを経て現職。専門は国際政治学、安全保障。著書に『「常識」としての保守主義』(新潮新書)『漢書に学ぶ「正しい戦争」』(朝日新書)『「弱者救済」の幻影―福祉に構造改革を』(春秋社)など多数。

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(国際政治学者、東洋学園大学教授 櫻田 淳)

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