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「プライバシーはまったく存在しない」習近平政権がデジタル監視を強める本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年12月9日 11時15分

中国の中央人材工作会議が27日から28日まで北京で開かれ、習近平共産党総書記・国家主席・中央軍事委主席が出席し、重要演説を行った。 - 写真=中国通信/時事通信フォト

習近平体制の中国では、「ネット世論の誘導」が年々巧妙になっている。ジャーナリストの高口康太さんは「大きな特徴は騒ぎになるまえに対処すること。政府に不利な書き込みはできず、ネット上には都合の良い発言しか残らない。だからコロナ封じにも成功した」という――。(第1回)

※本稿は、高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集しています。

■中国共産党によるネット検閲の実態

監視大国・中国。こう言われるようになって久しいが、果たして中国で実際に何が行われているのか、なぜ監視大国となったのか、何を目的としているのか、こうした点について、日本ではまだ広く知られていない。

本稿ではインターネットの発展がもたらした中国共産党の統治の危機と、それに反発する形で打ち出されたネット世論対策について取りあげる。多くの読者にとっては意外な話となるだろうが、こうした監視、ネット世論対策は政府が開発した技術ではなく、民間企業によって育て上げられたテクノロジーに依存している。

そして、今や最前線の取り組みは、インターネットという仮想空間にとどまらず、現実社会をいかに監視するかに焦点を移しつつある。

「人民網・ネット世論分析師の2020年第3期研修班がスタートします。党および政府機関の幹部向けの内容です。約3週間、16コマの授業で、CETTIC(中国就業研修技術指導センター)の修了証書を授与。その他、1年間にわたり選択クラスも受講可能です。受講費は5980元(約10万2000円)です」

これは中国のネットに掲載された広告だ。中国共産党が厳しいネット検閲を実施していること自体は日本でも広く知られるようになったが、その実態についてはほとんど知られていない。

■ネット世論の監視員を国家資格化

実は中国のネット検閲は重層的な構造となっている。

ニュースメディアや検索サイトのグーグル、ソーシャルメディアのフェイスブックなど、中国共産党にとって不都合な海外サイトとの接続を遮断するGFW(グレート・ファイアー・ウォール)。ウェブサイト開設にあたって中国政府への登録が必要となるICP(インターネット・コンテンツ・プロバイダー)登録。さらに中国IT企業による自主検閲と当局による企業への窓口指導。共産主義青年団などから動員された“ボランティア”によるチェック……。

多くの監視の網があるが、その一つに地方政府の各部局や国有企業によるチェックも含まれる。政府部局や国有企業はネット世論監視のソフトウェアを導入して、自分たちに関連するネット世論の情報収集を続けているが、そのノウハウを学んだことを証明するのが、先に述べた「ネット世論分析師」という資格である。

2013年に国家資格としての認定が始まった。体系的な担当者の養成が行われていることは、ネット世論の監視が国の任務にとどまらず、あらゆる部局が取り組む重要課題であることを示している。なぜ、中国共産党はここまでネット世論の監視に力を入れているのだろうか?

それを理解するためには、2002年から12年の胡錦涛(フージンタオ)体制における、インターネットとメディアの商業化がもたらした世論統制危機という歴史を踏まえる必要がある。

監視ストリートカメラ
写真=iStock.com/ismagilov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ismagilov

■「メディアの民主化」によって相次いで官僚が失脚

中国において、メディアは「党の喉と舌」(中国共産党の代弁者)と呼ばれている。新聞、雑誌、映画、テレビと、あらゆるメディアは党の統制下に置かれてきたが、そうした規制ではなかなか縛れなかったのがインターネットであった。

伝統的なメディアでは新聞社やテレビ局など発信者の数は限られているが、インターネットでは誰でも発信者になりうる。膨大な発信者すべてを監視することなど不可能だ。発信者の数は年々増加している。

インターネットの利用者数が増加していることに加え、ネット掲示板、ブログ、ソーシャルメディアなど、新しいサービスが誕生するたびに、より使いやすく、簡単にメッセージを公開できるようになっていく。この状況は「メディアの民主化」と呼ばれる。

インターネットで発信されるメッセージ、ネット世論は、今や政治と社会を動かす大きな力の一つになった。かくして胡錦涛体制の、とりわけ2000年代後半から2010年代初頭にかけての後期は、中国共産党がネット世論に翻弄された時期となった。

インターネットによって地方政府の問題や不作為が暴かれ、官僚が失脚するといった事件が相次いだ。

代表的な事例には、07年のアモイPX(パラキシレン)事件(携帯電話のチェーンメールを通じて、化学プラント建設反対のデモを実施。計画は撤回となった)、10年の宜黄事件(地方政府による暴力的な土地収用に住民が焼身抗議。

北京市に陳情に向かう住民を地方政府関係者が取り押さえるなどの経緯がインターネットを通じて、リアルタイムで発信された。地元の県政府トップが解任)、11年の温州市高速鉄道事故(高速鉄道の衝突脱線事故。救助活動が終わらぬうちに車両を土に埋めて隠蔽しようとしたなどの問題が追及された)などがあげられる。

■中国共産党がもっとも恐れているもの

ネット世論の追及により、地方官僚が解任された事例も少なくない。トカゲの尻尾切りとはいえ、選挙で政治家を選ぶ仕組みはあるが機能していない中国において、民意が政治に影響を与えたことに、少なからぬ人々が衝撃を覚えた。

今から振り返ると、インターネットで政治が変わる、政治転換が起きるなど、現実離れした話のようにも思えるが、少なくとも中国共産党が強い危機感を覚えていたことは間違いない。

1989年の天安門事件以後、彼らがもっとも恐れていたのは「和平演変」(平和的体制転換)である。21世紀に入った後も、旧ソ連国家で起きたカラー革命に触発され、体制維持は最優先の課題となった。かくして、12年に誕生した習近平体制においてネット世論は最重要課題の一つとなった。

その結果、人員の動員とテクノロジーとを組み合わせた検閲体制の強化が進められていく。ネット世論分析師が国家資格となったのは13年のこと。これもまた習近平体制における検閲強化の一環というわけだ。

中国におけるインターネットスパイ
写真=iStock.com/Bjorn Bakstad
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bjorn Bakstad

■国有メディアと民間IT企業が世論監視ソフトウェアを展開

中国全土津々浦々(つつうらうら)の政府部局や国有企業に資格を持った担当者が配属されただけではない。彼らが使う世論監視ソフトウェアも進化している。その担い手は大きく二つの系統に分けられる。中国共産党の機関誌である『人民日報』傘下の「人民網世論データセンター」に代表される国有メディアが第一の系統である。

そして、第二の系統が、メッセージアプリ大手のテンセントや検索サイト大手のバイドゥなどによるIT企業だ。こうした企業は何も中国共産党のために、ゼロから世論監視ソリューションを構築したわけではない。インターネットの発展はビッグデータという新たなビジネスのリソースを生み出した。

インターネットの閲覧者がどのような人物かをデータから解き明かし、もっとも適切な広告を表示させるターゲティング広告は有名だが、それだけではない。インターネットの書き込み、ネットショッピングの買い物履歴、ネット金融の契約など、さまざまな情報から個人の特徴を分析する技術が急速に成長している。

さらにインターネットで発信される膨大な情報を収集、分析する技術も広く使われるようになった。一例をあげよう。中国発のネット専売ファストファッションブランドにSHEIN(シーイン)がある。

最先端のデザインを手頃な値段で販売することから米国、欧州、日本の若者たちの間で人気だ。SHEINの強みは安さだけではない。他社の販売サイトやSNSの分析を通じて、最新の流行デザインをいち早く発見し、それをすばやく市場に投入するというデータ分析企業としての強みも兼ね備えている。

民間企業が自らのビジネスのために発展させてきた消費者分析やネット情報分析の技術を、少し変更するだけで中国政府がネット世論監視ソリューションとして活用できる。今やGAFAと並び称される存在となった中国IT企業の実力が世論監視の分野でも発揮されているわけだ。

■同僚とのグループチャットの内容すら検閲されている

習近平時代のネット検閲の特徴をあげるならば、大きな騒ぎになる前に、まだ予兆の段階からトラブルの芽を摘み取ろうとする点にあるだろう。

胡錦濤時代においては抗議集会を開く、デモを呼びかけるといった直接行動は取り締まられたものの、政府に苦言を呈する、あるいは現状に疑義を申し立てるようなメッセージがあっても問題視されることは多くなかったのだ。

習近平時代の変化、それを象徴するのが、同僚とのグループチャットにSARSの感染者報告をしただけで行政処分を受けた李医師の事件だろう。予防的なネット検閲、言論統制が実施されるようになったわけだ。

ここまで習近平体制下で起きた中国のネット検閲体制の強化について語ってきた。おそらく読者の方には一つの疑問が浮かんでいるのではないか。すなわち、「ここまで言論を監視される社会は息苦しくないのか? 中国人は反発しないのか?」という疑問だ。

ちょっと気になる情報を同僚とシェアしただけで処分される……李医師のような事態に遭遇すれば、誰もが「こんなことまで見張られているのか」と検閲の恐ろしさを感じるだろう。だが、こうした経験をする人はごくごく一部に過ぎない。一般の人が普通に生活し、普通にインターネットを使っているだけでは問題となることはほとんどない。

それどころか、中国共産党が検閲を強化しているという事実にすら気づくことはない。そう、検閲はますます巧妙になっている。

■検閲があったかどうかすら分からなくなっている

かつてはインターネット上の記事が検閲によって消去されると、「この記事は見つかりません」という記述が残されるなど、検閲によって削除されたという痕跡が残った。記事そのものを読むことはできなくても、検閲があるという事実、そして中国共産党が何を問題視しているかを感じとることができた。ところが今では記事がなくなったという痕跡すらわかりづらくなっている。

以前、私は中国に住む友人にウイグル問題に関する記事をメッセージアプリで送ったところ、いつまでたっても返事が来ない。興味がなかったので無視されたのかとも思ったが、念のために記事が届いたか問い合わせてみると、「何も届いていない」との返答だった。

「この記事は違法な内容を含むため送れない」「問題がある記事のため削除した」といったメッセージが出れば検閲の存在は誰の目にも明らかだが、こうしたわかりづらい手法を使われれば、果たして検閲があったのかどうかすら、わからなくなってしまう。

ネット掲示板やウェブメディアの記事のコメント欄もそうだ。中国共産党を支持するメッセージばかりが並んでいるので、ともすると中国人はみな熱烈な愛国者なのかと受け止めてしまいがちだが、体制批判のメッセージはひっそりと隠されて目につかなくなっているだけだ。

面白いのはメッセージを書き込んだ当人にすら検閲されたことが通知されない点だ。反応がないので誰も自分のメッセージに興味を持たなかったのかと誤解し、次第に体制批判のメッセージを書き込むことすらやめていく。こうした目に見えない思想統制が広がっている。

■洗脳するのではなく「都合の良い意見」だけで取り囲む

コロナ対策でも、見えない統制は力を発揮した。中国政府の感染対策はなぜ信頼されたのか。SF作家の劉氏は海外の失敗と比較することで、感染を抑え込んだ中国当局の手法が支持されたと話している。しかし、それだけではなかったのではないか。

中国当局の力によって政府への批判は見えなくされた可能性がある。中国のソーシャルメディアのメッセージを分析している、あるマーケティング企業に話を聞いた。同社は2020年1月下旬から2月中旬にかけて、中国のSNSウェイボーのデータを取得し、新型コロナウイルス感染症流行下の中国で人々が何を求めているかを分析した。その際に発見したのが、湖北省からの発信が極端に少ないという点だった。

なぜ発信が少なかったのか、その原因を特定することはできないが、流行が進み、医療資源も不足している湖北省の状況を外部に知らせないために発信が消された、外部からは見えなくされた可能性は否定できない。

政府にとって不都合な情報が消され、都合の良い情報だけ残される。ある特定の意見を押し付けて洗脳するのは大変だが、人間は周りに流される生き物だ。普段目にする情報には容易に影響される。

政府の意見を押し付けられてもなかなか言うことは聞かないが、都合のいい意見だけが残された言論空間では、「それがみんなの考えだ」と自然に受け入れてしまう。ワクチンがまさにそうだ。

■世界トップレベルのワクチン接種率を達成できたワケ

2021年11月3日時点で10億7038万6000人が接種を完了している。全人口の74%を超える、世界的トップレベルの水準である。医療問題が繰り返されてきた経緯もあり、中国人は健康問題について政府を信用しない。緊急開発されたワクチンに対する抵抗感は他国以上だとの、私の予想は裏切られた。

高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)
高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)

新型コロナウイルス感染症の流行初期に知人と話していた時は、「即席で作ったワクチンなんか絶対に打たない」という人が多かったが、接種が始まると急激にムードが変わった。

一部では接種率を上げるためになかば強制のような形もあったほか、ワクチン接種で卵や牛乳をプレゼント、あるいは抽選で自転車が当たるというキャンペーンもあったが、それ以上に大きかったのが世論誘導だった。

不安の声はかき消される。残っているのは「ワクチンを打ったけど大丈夫だった」との話ばかり。となると、人々の不安も消えていく。無理に意見を押し付けるよりも、巧妙な手法だ。習近平体制成立から約10年、この間、検閲体制は目覚ましい発展を遂げている。たんに情報収集と処罰が強化されただけではなく、より人々に気づかれにくい、ソフトな手法まで用いられている。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)

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