「商売だけではいかん」松下幸之助が財界の先輩たちの前で経験した"42歳の大恥"
プレジデントオンライン / 2022年2月27日 9時15分
■各国首相やVIPを相手にお茶会を実施
日本の代表的な伝統文化として、国際的にも知られているのが茶道である。元々薬として渡来したお茶は、戦国時代に千利休によって精神的な修養を重んじる茶道として大成。武将や天下人に好まれた。
長い歴史を有する独自の芸道であるにも関わらず、現代ではその奥深さを説明できる日本人は少ないのではないか。
本書では、茶道の歴史を紐解きながら、その精神性や込められた特有の美意識、道具や作法にまつわる基本的な知識などを案内。
禅の修行と密接に関わり、謙虚さや落ち着きなど内面的な成長を促す茶道の鍛錬が、今日のビジネスパーソンにも示唆を与えることを説いている。
著者は茶禅の代表取締役、国際伝統文化協会理事長。日本IBMを退社後、茶禅を創設し銀座と浅草に茶室を開設。年間世界30カ国の人々に日本の伝統文化を教えるとともに、各国首相やVIPを相手に多数のお茶会を実施している。
2.なぜエリートは茶道の虜になるのか
3.これだけは知っておきたい日本の伝統文化「茶道」
4.ビジネスや日常に活かしたい千利休の七つの教え(利休七則)
5.知っていると一目置かれる、日本人としての品格
6.知っていると自信が持てるお茶会の作法 ―楽しむための知識―
■茶道の精神を表した「和敬静寂」
茶道の精神は、「和敬清寂」という4文字の中に凝縮されています。これは、「茶を点てる主人と客がお互いの心を和らげて、つつしみ敬い、お茶室や茶道具だけでなく心をも清浄な状態に保ち、こだわりのない境地に達することこそが茶道の精神ですよ」という意味を表しています。
それぞれ一文字ずつの意味をみていきましょう。「和」は和合、調和。聖徳太子の「和をもって貴しと為す」という言葉がありますが、全ての人、もの、ことを尊重し、お互いに心を開き思いやり、和(仲良く)することが大切なことですよという意味です。お茶を共にする人たちの「和」を生みだすのが茶道の目的の1つでもあります。
「敬」は尊敬、敬意。自らを謙虚に慎み、他者を敬い、人にも、ものにも礼を尽くし、大切に丁寧に扱うことです。「実るほど頭のさがる稲穂かな」という言葉がありますが、茶人であり経営の神様といわれた松下幸之助は、どんなに立派になられた後でも、人と会った時には、自ら先に名刺を出し、「松下幸之助でございます」と腰低く挨拶をされたそうです。これこそ、茶道の「敬」の心であり、かけがえのない人として、謙虚に相手を敬う心があってこそ、相手からも敬愛されるのだと思います。
■心の汚れを清め、動じない心を育てる
「清」は清潔、清廉。目にみえるものだけでなく、心の中も清らかにするということです。表面的なものの汚れは目にみえて、すぐに掃除することができますが、心の汚れはみえないですし、気がつきにくいものです。ですから茶道を通して、自分の心の汚れやわだかまりに気づき、清めようとすることが大切です。茶道のお点前では、袱紗(ふくさ)という布を使ってお茶道具類全てを綺麗に清めます。その時に、自分自身の心も整えて、清めていくといわれています。
「寂」は静寂、閑寂。何事にも動じない心を持つということです。世界一のプロゴルファーであるジョーダン・スピースさんに茶道を披露した際、「ゆるぎない姿勢や心がとても美しいですね」というお言葉をいただきました。プロの世界でもこの動じない心というのは大切なもののようです。茶道では、心静かに落ち着いてお点前を鍛錬することで、この動じない「寂」の心が育ちます。
■お抹茶を点てることは、精神修養することでもある
ただ一椀のお抹茶を点てるために、袱紗という布で道具を清めたりする一連の所作であるお点前をみて、「茶道の美しい動き(お点前)はなぜ必要なのですか」という質問を受けることがあります。
茶道が始められた最初の頃は、別室に茶湯所が設けられ、そこでお抹茶を点ててから客室へ持ち運ばれる形式でした。それが安土桃山時代になり、四畳半のお茶室が生まれると、お客様の目の前で道具を清め、お抹茶を点てる形式に替わりました。それは何もやましいことはしていないことを証明するため、また、点てたばかりの熱いお抹茶をお客様に召し上がっていただきたいという心遣いの表れでもありました。
お点前は、袱紗を規則的に折り畳み、道具類を清めたり、お茶碗を温めたりすることから始まります。この一連の所作には全て意味があり、最小限の無駄のない動きは合理的でありながら、流れるように美しい形となっています。外国人のお客様からは、「まるで舞踊をみているようでした」「芸術的でとても美しい」という声が聞かれるように、彼らはお点前が始まると誰もが静かになり、じっとみつめています。
お点前はただ単に手順や形が決まっているだけのものではありません。お点前をすることで、自分自身の精神や呼吸を整え、お道具を清めると同時にお茶室内も清浄にし、お客様の心も清めて落ち着かせるという意味もあります。精神的な心の在り方が大切なものなのです。茶道は動く禅ともいわれ、静かなお茶室で精神を統一してお抹茶を点てることは、精神修養することでもあります。
■松下幸之助の経営観を支えた茶道
茶道には伝統文化としての価値だけではなく、ビジネスや不安な世界を生き抜くための智慧も多く含まれています。例えば、松下幸之助の成功の陰には、茶道があったといわれています。幸之助の経営観の根底には「素直な心」がありました。仕事をする心構えとして素直な心を大切にし、その素直な心を育てるのが茶道であると考えていたのです。
素直な心を一言でいえば、“囚われない心”。つまり、誰に対しても耳を傾け全てに学ぶ謙虚さ。異なる意見が出た時でも、まず受け入れ、良いことは良いと認識できる心を持つこと。「和敬清寂」=「素直な心」になれば、物事がありのままにみえてくる。それを仕事に活かし、成功を収めたのです。
幸之助と茶道の出会いは、幸之助が42歳の時に招かれたお茶会でした。たまたま正客(一番の上客)に推された幸之助は、茶道の嗜みを知らずに、招待客の前で大恥をかきます。当時は多くの政財界の方々が、茶道を教養として嗜んでいたからです。そこで財界の先輩方から、「商売だけではいかん。日本文化も知らなあかん」と、強く茶道を勧められました。
■どんなに忙しくても毎朝自分で一服のお抹茶を点てた
幸之助は、そこから本格的に茶道の世界に入り、その奥深い精神世界に強く惹かれていきました。数百年の伝統によって育まれた茶道には、先人の教えが多く詰め込まれています。お茶を嗜むことで、人間の深い教養を身につけることができたのです。
また、幸之助はどんなに忙しくても、毎朝自分で一服のお抹茶を点てて、心を整えてから仕事に就いていたそうです。静寂なお茶室での一服は、安らぎやゆとりを感じ、心が洗われ、気分を落ち着かせてくれます。仕事に追われ、忙しいからこそ、いっときそこを離れて、自分の置かれている状況を客観的にみる。無になる時間はとても大切な時間です。
現代においても、成功を収めている多くの経営者が茶道を嗜むのは、茶道を通じて、自分と向き合い、動じない心を身につけることができるからなのです。幸之助が、次世代リーダー育成のために創設した「松下政経塾」でも、茶道は必修科目となっていて、塾生は、おもてなしの心や礼儀作法を学んでいるそうです。
■「不完全なものを敬う心」が茶道にはある
茶道は禅宗と深く関わり「わび・さび」という精神文化を生み出しました。侘び・寂びは日本の美意識の1つで、元々は別の意味を持ちます。
さびは時間の経過と共に色あせて劣化することで出てくる味わいや趣ある美しさをいいます。わびはさびの味わい深さを美しいと思う心や内面的な豊かさを表します。両方が併さり、落ち着いて、静かで質素な、枯れたものから趣が感じられることをわび・さびといいます。
明治時代に、岡倉天心が『The Book of Tea』(茶の本)で日本の茶道や日本人の精神性を紹介しました。この中で、「茶道の根本は、不完全なものを敬う心にあり」と記しています。この不完全なものという表現が「わび」をよく表していて、日本の美意識として世界へ広められました。
現代の機械化され、ものにあふれた日本社会を見渡すと、日本からわび・さびの繊細さや感性が消えつつあるように感じ、寂しさを覚えます。しかし、コロナ禍がもたらした現在の鎖国のような不自由な時代の中でこそ、物質的な豊かさではなく、質素さの中にある内面的な美意識や、古いものの美しさを感じ取る日本人としての感性を再構築できるのではないかと思っています。
■コメント by SERENDIP
女性の習い事のようなイメージのある茶道だが、元々は武士や武将が、明日の命も知れない日々の中で身に着けてきたものだったと本書では解説されている。心を落ち着け、自分の内面を客観的に見つめる時間は、戦乱の世のみならず情報が過剰に溢れる現代においても求められるものだろう。未邦訳のカナダで出版されたMichael Harris 『Solitude: A Singular Life in a Crowded World』によると、むやみに外部の情報とつながらずに、自分の心と向き合うことで創造性が高まり、他者との関係性も豊かになると示唆されている。とすれば茶道は、充実したパフォーマンスを発揮するためにふさわしい「仕掛け」ともいえるのではないだろうか。
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(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)
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