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人はなぜ戦争ができるのか…哲学者マルクス・ガブリエルが語る「非人間化」のワナ

プレジデントオンライン / 2022年3月12日 10時15分

欧州最大の原発ザポリージャ原発があるエネルホダルから避難してきた市民が、2022年3月9日、ウクライナのザポリージャに到着した。民間人はバス12台、車両約100台で立ち退いた。 - 写真=AA/時事通信フォト

戦争や虐殺はなぜ起こるのか。哲学者のマルクス・ガブリエルは「たとえばナチスはユダヤ人を非人間化することで虐殺を実行した。そのうえで現代のソーシャルメディアは、真の人間ではないステレオタイプなアイデンティティを作り出すという点で、非常に危険だ」という――。

※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■ソーシャルメディアは人を「非人間化」する兵器

ソーシャルメディアが我々に及ぼす影響の一つに、「非人間化」(※1)という大きな問題があります。ソーシャルメディアは兵器の一部です。たしかインターネットは軍事目的で作られたもので、この技術自体に数多くの軍事用途があります。

ソーシャルメディアがビデオゲームやドローン攻撃と同様に私たちを非人間化するのは、真の人間ではないステレオタイプなアイデンティティを作り出すからです。真に人間的な自己決定は、ステレオタイプなアイデンティティではなく、非常に複雑なアイデンティティによって決まる関数です。

ソーシャルメディアが私を非人間化するのは、私が私自身について「ステレオタイプなアイデンティティとは異なるもの」として考える自由を奪うからです。ソーシャルメディアは私の他者性を攻撃し、現実には私と共通点のない他の人々に私を似せていくのです。

※注1:非人間化(dehumanization) ガブリエル氏は、「我々には普遍的な道徳的価値観(universal moral value)があり、違う文化がそれを覆っているだけだ」と述べている。「もし我々が皆、普遍的なヒューマニティ(人間性)に気づいていたとしたら、残忍な戦争を始められるはずがありません。真の本格的な戦争を始めようと思ったときに求められるのは、相手の非人間化(dehumanization)です」と述べている(PHP新書『世界史の針が巻き戻るとき』68頁)。

■ナチスはユダヤ人を「動物化」し虐殺した

私は非人間化には2種類あると思っています。

人間を動物として考える「動物化」と、人間を機械として考える「機械化」です。例えば脳をコンピュータと考えるのは、非人間化の一つの形です。このような発想のもとでは、意識をソフトウェアプログラムと同じように考えることができますが、現実は違います。

他者を動物として考えることについて、例えば、最も過激な形をとったのがナチスですが、反ユダヤ主義ではユダヤ人を虫、サル、ヘビなどと考えました。いつの時代も特定の人の集団を動物として見るのが差別の手法になっているのです。

ポーランド・オシフィエンチム市のアウシュヴィッツ第一強制収容所
写真=iStock.com/Marcus Lindstrom
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marcus Lindstrom

人種がその代表ですが、ジェンダーもそうですね。女性差別をする人々は典型的に、女性は子どもを産めるから、その特性ゆえに家にいるべきと考えます。女性を動物にしているのです。再生産する動物的な機能で捉えている。これが動物化です。

■哲学は「人間性」を守る思想

哲学には何千年も前から非人間化に抵抗する伝統があり、そこから人間性についての概念が作り上げられました。ですから哲学とは、人間から人間性を守る思想として読むこともできます。ハーバード大学で教鞭を執り、2018年に亡くなったアメリカ人の哲学者、スタンリー・カヴェル(※2)のすばらしい言葉があります。

「みずからの人間性を否定したいという願望以上に人間らしいものはない」

近著『The Meaning of Thought』(未邦訳)(※3)で述べたように、人間とは一生懸命、動物にならないようにしている動物なのです。私たちは人間という動物であるまいとしている。常に自分でないものになろうとしている。哲学はこの性向と戦っています。哲学は私たちに鏡を見せ、これがお前だ、人間という動物だと言うのです。

私たちは他の動物と同じ、ただの動物なのではありません。人間という動物なのです。非常に独特な生き物です。哲学は人間という動物を人間自身から守っているのです。

注2:スタンリー・カヴェル(1926-2018)アメリカの哲学者。ハーバード大学名誉教授。「新しくもいまだ近づきえぬアメリカ」の哲学を求めて個性的な思索を続けた現代アメリカを代表する哲学者。
注3:『The Meaning of Thought』原著タイトルはDer Sinn des Denkens.『なぜ世界は存在しないのか』(原著2013年、講談社選書メチエ)、『「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学』(原著2017年、講談社選書メチエ)に続き、マルクス・ガブリエル氏による一般書「三部作」の最終作となる著書。2018年発表。未邦訳。

■難民を拍手で迎えることに対する違和感

他者を「非人間化すること」についての、教訓となる事例があります。2015年に、何百万人という規模でシリアからの難民の方々がドイツにやってきました。そのとき、彼らがミュンヘンにおいて拍手で迎えられたのです。このことに私は衝撃を受けました。彼らはただの人間であると私は思っているからです。

拍手する人々の手元
写真=iStock.com/webphotographeer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/webphotographeer

私が電車でミュンヘンに行っても駅で私に拍手してくれる人はいないでしょう。でもシリアの方々がミュンヘンに来たときには何百人もの人々が拍手した瞬間があり、それがドイツでは「難民を歓迎する文化」と呼ばれました。しかし歓迎する文化は間違った態度です。これらの人々には単純に権利があるのですから。

誰かが拍手しながら「マルクス、あなたには人権がありますよ」と言ったところを想像してください。私はその相手が怖くなります。あのシリアの方々の中にもドイツ人を怖いと思った人がたくさんいるのではないでしょうか。

■「美化」も「非人間化」

難民に拍手するのは、間違った態度だと私は思います。難民には単純に権利を与える必要があるだけです。2015年のインタビューで、私はシリア難民には嫌な奴になる権利もあると言いました。彼らを美化してはいけない。彼らはただの人間です。あなたや私と同じです。ただシリアから来たというだけです。

彼らは故郷で苦難に遭いました。筆舌に尽くしがたい辛酸をなめました。しかしそれは私だったかもしれない。ドイツで内戦が起きていたかもしれない。ドイツに独裁者が現れていたかもしれない。ドイツにもかつて独裁者がいました。そうしたら私が徒歩でシリアに逃れていたかもしれません。それでも私はただの私にすぎません。同じように彼らも等身大の人間です。彼らを人間として考えようじゃありませんか。

彼らを歓迎するのは非人間化することだと私は思います。彼らを美化しているからです。私たちが本当にすべきなのは彼らを庇護の権利などの権利を持つ人間として、自分たちと完全に平等に扱うことです。それが正しい態度であったはずです。

■「彼らを自分の身に置き換えて考える」

マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)
マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)

この問題に対する私の態度は、ドイツにいるすべての人間をその人の権利を通じてドイツ社会に完全に統合しようということです。難民は庇護を求めて来ており、彼らには明確に定められた権利がありますから、我が国の憲法を通じて彼らが持っている権利をすべて与えなければなりません。それ以上でもそれ以下でもないのです。

つまり、彼らを自分の身に置き換えて考えなければなりません。自分があの16歳のシリア人だったかもしれない。あの42歳のシリア人だったかもしれない。自分だったかもしれないのです。それが倫理の形だと私は思います。

つまり、他者について考えるときは、他者を自分とまったく同じように考えなければなりません。自分があの人だったかもしれない。すると相手との接し方がまったく変わってきます。本気で相手の身になるのです。外見の違いなどどうでもいいことです。向こうから見れば私だって違うのですから。

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マルクス・ガブリエル(まるくす・がぶりえる)
哲学者
1980年生まれ。史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の正教授に就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。さらに「新実存主義」、「新しい啓蒙」と次々に新たな概念を語る。NHKEテレ『欲望の時代の哲学』等にも出演。新著『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)が好評発売中。

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(哲学者 マルクス・ガブリエル)

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