歴史の年号を丸暗記して何の役に立つのか…子供にそう聞かれたときに歴史評論家が用意している「3つの答え」
プレジデントオンライン / 2024年5月11日 10時15分
■「歴史なんか勉強しても役に立たない」は間違い
中学生や高校生のころ、「歴史なんか勉強しても役に立たない」という声を聞いて、残念に思ったことが何度もありました。もちろん、その後も。
私自身は、大学では歴史以外の学問を専攻するつもりはないと早々に決め、公言する偏屈な少年でした。それはそれで「歴史は役に立たない」という思い込みと同じくらい視野が狭かったと思います。しかし、「歴史は役に立つ」と少年時代に感じて以来、それが外れていたと思ったことは、これまでに一度もありません。むしろ、少年時代に想像したよりもはるかに、歴史は役に立つ。それが、これまで生きてきての結論です。
そして、それを子供たちに伝えることができれば、歴史を学ぼうという意欲も喚起されるのではないでしょうか。親が「歴史は役に立つ」と実感し、それを子供に伝えることができるなら、それに越したことはありません。
では、歴史はなんのために、どのように役立つのでしょうか。最初にいいたいのは、人間とはどんなときにどう考え、どう行動する動物なのか、については、歴史をとおして考えなければわからない、ということです。
■人間はとんでもない愚かな行為をする生き物
たとえば、中学生や高校生に身近な例を挙げるなら、あなたたちが当たり前だと思っている学校も、受験も、昔からあったわけではない、ということです。
昔は上流階級を除けば、読み書きができる人は少なく、江戸時代に寺子屋が普及して以後も、教わるのはせいぜい読み、書き、そろばん。明治に学制が定められてからも、当初は小学校の就学率は40%程度にすぎず、「国民皆学」をめざしたところで、上級学校に進学できる子供は、ごく一部の富裕層などにかぎられました。
いま、こうしてだれもが一定以上の学びを得られるのは、しかも、歴史をふくめ、こんなに多岐にわたって学べるのは、どう考えても幸せなことだと思います。でも、歴史を知らなければ、いまが学びに関して幸せであることに気づけません。歴史を知っているから、過去の人たちにくらべて、いまを生きる自分たちが幸せだと知ることができるのです。
また、過去のとんでもない話を、現代に生きる私たちは「昔のことだから」と笑っていられるでしょうか。わずか80年ほど前、日本の陸海軍は本土決戦を決意し、「一億玉砕」だの「一億総特攻」だのと本気で唱えました。そのことから、人間とは追い詰められると、そんなことを本気で実行しかねない生き物なのだとわかります。
織田信長は伊勢長島や越前の一向一揆、伊賀の国一揆などを鎮圧する際、万単位の人を虐殺しましたが、そのことも、人間とは許されれば、そういう残虐な行為をする生き物だということを物語っています。豊臣秀吉が大坂城内に数百人の妾を囲っていた、というのも、人間の本性を物語る逸話だと思います。
■「鎖国が日本をダメにした」と考えるワケ
いまの日本社会のまずさについても、歴史に照らすとよく見えます。
私は常日ごろから、日本では過去が検証されず、そのせいで発展が阻まれていると強く感じています。たとえば、あれほど大騒ぎをし、3年にわたり日本の社会や経済を沈滞させたうえに、財政状況を著しく悪化させ、いまに大きな禍根を残しているコロナ禍の対策や政策について、まったく検証されていません。これは恐ろしいことです。
パンデミックは、いつ私たちをふたたび襲うかわかりません。そのとき、また右往左往して大混乱を繰り返すのでしょうか。
私は、日本人が検証を避ける原因の一つを、200年以上続いた鎖国に求めます。詳細に書く余裕はありませんが、大雑把にいうとこういうことです。
私が「鎖国が日本をダメにした」というと、「鎖国しなければ日本は西洋に侵略されていた」と、よく反論されます。たしかに、16世紀後半から17世紀前半に来日した宣教師らのなかには、日本の侵略を促す発言をした人もいました。しかし、一方で、イエズス会の巡察師ヴァリニャーノのように、日本の侵略など絶対に無理だと主張していた人も数多くいました。
当時、日本の人口は1200万人程度。それなのに、秀吉や徳川家康が20万人を超える大軍勢を簡単に率いることができました。つまり、世界に冠たる軍事大国だったわけで、それをはるか遠方から攻めにきても、侵略できたとは思えません。しかし、幕府は貿易の独占というねらいもあって、鎖国を強引に推し進めました。そして、気づいたときは、欧米にはとても追いつけない後進国になっていました。
■鎖国が日本人の心理に与えた影響
そのおくれを一挙に取り戻そうとしたのが、徳川幕府を倒した明治政府でした。彼らは日本の伝統や社会のあり方、継承されてきた文化の善し悪しなどについて一切検証せず、過去の日本に蓋をして、欧米の猿マネをはじめました。西洋かぶれがあまりにも極端なので、時々、国粋主義が台頭しましたが、たがいに検証し合うことはありませんでした。
そして、そんな明治政府の行きついた先として、先の敗戦を迎えると、戦争を招いた悪い因習におおわれた悪い社会として戦前はすっかり否定され、まったく検証されずに否定されました。
戦前の善し悪しを検証して、欠点は否定し、次代に受け継ぐべき良風はしっかり継承する、ということができれば、日本人のアイデンティティはもっと守られたでしょう。しかし、実際には、戦前は悪い時代だったというレッテルを張られ、蓋をして終わりにされたのです。
その結果、日本の景観も、日本人のライフスタイルも、ものの考え方も、断絶してしまいました。日本人は伝統という根っこを失ってしまいました。
戦後にせよ、高度経済成長にせよ、バブルにせよ、失われた30年にせよ、そのたびにちゃんと検証していれば、日本はもっと持続的に成長し、生きやすい社会になったように思います。しかし、鎖国から覚めてみれば欧米に圧倒的なおくれをとっていた、という焦燥感が、検証する暇があるなら先に進もう、という焦りとして、いまなお私たちに影響をあたえているように思います。
日本人が検証しない理由について、私の説に異論がある人もいるでしょう。それはそれで構わないのです。ただ、歴史を学んでこそ、こうして現代の問題がなにに起因しているのか、本質的に考える契機になる、ということは伝わったのではないでしょうか。
■アイデンティティの根幹にある歴史
アイデンティティの喪失について少し触れましたが、私たちのアイデンティティを確認するためにも、歴史を学ぶことが不可欠です。
2024年3月の訪日客数は、単月ではじめて300万人を超えました。それ以外に、いまや仕事でも外国人との接触が避けられない時代になり、今後、ますますそうなっていくと思われます。そのとき問われるのは、日本で生まれ育った私たちは、外国人とどう違い、どんな歴史と伝統を背負い、どんな長所と欠点があるのか、ということです。
人間はみな平等なのだから、という姿勢ではダメです。それでは外国人に受け入れてもらえません。外国人と接すると、彼らが歴史や伝統をふくめた自身のアイデンティティに誇りをいだき、相手のアイデンティティについて知りたがっていると感じます。
彼らは自分の優位性を感じたいのではありません。たがいに尊敬し合うためには、たがいの差異を知り、それを尊重し合う必要があると認識しているのです。
私たちも、それに応えるためには、自分たちの歴史を知り、外国人の歴史も知ることが大切です。ちょっと風呂敷を広げた表現にはなりますが、世界中に友好の輪を広げたければ、たがいの歴史を知ることが不可欠だといえます。歴史を知らなければ、いまなお世界各地で深刻な対立が絶えない理由もわかりません。
■歴史を学んでいると人脈が広がる
もうひとつ、歴史を知っていると、将来にわたって人との会話が弾む、ということを挙げておきます。世のなか、「歴史は役に立たない」と思っている人が多いわりには、歴史が好きな人が各方面にいます。そして、いろんな分野に人脈を広げる際に、歴史の会話が役に立つことが多いのです。
なにも歴史の先生のように滔々と話せる必要はありません。相手が語る歴史物語に耳を傾け、理解できるだけでも、その人との距離はぐっと縮まります。その意味では、歴史はほかの教科よりも、社会に出てから役立つといえるのではないでしょうか。
まとめれば、「なぜ歴史を勉強しなければいけないのか」と聞かれたら、返す答えは以下の3つになります。
「人間とはどう考え、どう行動する動物なのか、歴史を学んではじめてわかる」
「グローバル社会のなかで私たちのアイデンティティを守るためには、歴史を学ぶしかない」
「社会で各方面に人脈を広げるために、歴史の話題がとても役立つ」。
■無味乾燥な年号を覚える意味
そう返答しても、「なぜ年号のような無味乾燥なものを覚えなければいけないのか」と反発されるかもしれません。でも、年号とはとても便利なものなのです。
歴史の事象をたくさん知れば知るほど、それを年代順に並べるのが難しくなります。でも、年号という番号を記憶していれば、簡単に、正確にならべることができます。
年号とは、大事な知識を整理するための道具で、これがあるために、知識の整理がめっぽうラクになるのです。しかも、日本史にも世界史にも適用できるという魔法のような番号で、じつは、年号があるからこそ歴史は勉強しやすいのです。
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歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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