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「日本人は『許すこと』を学んだほうがいい」哲学者マルクス・ガブリエルの考える日本人の問題点

プレジデントオンライン / 2022年3月13日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Josiah S

日本人のコミュニケーションにはどんな特徴があるのか。哲学者のマルクス・ガブリエル氏は「日本人とコミュニケーションを重ねる中で、ある確信を抱いた。それは相手が期待に沿わなかった時に、心の刀を抜くことだ」という――。

※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■「物言わぬ日本人」は幻想

日本のメディア、大学、友人たち、編集者の方々――非常に多くの皆さんとたえず交流が持てていることは私にとって嬉しく、光栄に思いますし、幸せを感じています――すばらしいことです。心から楽しんでいます。私は日本が大好きです。多方面で魅力を備えた国なのですから。これは周知の事実ですね。

特筆すべきは、そんな交流の中で、日本とやりとりを重ねるにつれ確信するようになった仮説です。交流の中で必ず経験することがあります――特にビジネス交渉において。その交渉の進め方に非常に感心するのです。日本人はある段階で自分の利害を明確に伝えてくるのです。

ご存じの通り、西洋には物言わぬ日本という幻想が時としてあります。日本は社会的に非常に声が大きいですよ。物言わぬ日本などというものはありません。自分の利害をしっかり主張します。非常に強いビジネスカルチャーです。さまざまなことがこのメンタリティに通じています。日本と交渉するときは自分も利害を明確に伝えなければなりません。日本人は多くの人が思っているよりずっと物事を明確にするし、はっきりものを言います。

■期待に沿わない時は心の刀を抜く

しかしそのことが、鬱や不安や怒りなどを引き起こす場合があります。暴力的な面も大きくあります。それで「メンタル空手」という造語を考案しました。究極のフレンドリーさ、もてなし、他者の欲求を先回りすることと地続きに、そのうえでもし相手が期待に沿う行動を取らなかったら「心の刀」が抜かれるのです。シャキーンとね。

読者の皆さんのほうがよほどよくご存じでしょう。日本語話者として、メンタル空手に使うさまざまなツールを熟知しているのですから。これは言語において非常に精緻な役割を果たしていると思います。

■「承認」を求めて、死ぬまで戦う

でも想像してみてください。私が気づいたのは、メンタル空手をしている状況になると人々は死ぬまで戦ってしまうということです。ヘーゲルが『精神現象学』(※)でこれについて述べています。ヘーゲルはこれを「承認を求める戦い」と呼んでいます。そして人は死ぬまで戦うのだとも。

空手の蹴り技が決まった瞬間
写真=iStock.com/Andreyuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andreyuu

このような「心の不安」を乗り越えるために必要なこと――それは、一種の和平条約です。受け入れて、武器を収める地帯がなければなりません。メンタル空手で今あなたを殺すこともできるが、そうはしないと。これが技の一つになるべきですね。

※:『精神現象学』ヘーゲルが1807年に著した書籍。人間の意識が、感覚から絶対知に至るまでの過程を、意識、自覚、理性、精神、宗教、絶対知の六段階に分けて解説したもの。

■アメリカ人はノーを簡単に言いすぎる

例えばドイツも、アメリカに比べると日本以上に空手的です。アメリカではフレンドリーさともてなしは別物です。誰もが知っている表面上のフレンドリーさはあっても、アメリカ人には簡単にノーが言えるところがあるのです。

ちょうど最近、ニューヨークから有名な先生が客員教授として訪れていました。とても興味深い人物がドイツに来ていたわけです。そこで彼をパーティーに招待しました。ドイツ人の常識ではパーティーに出席しないなどありえない。ところが彼はアメリカ人の常識で、今夜は行けませんとあっさり断りました。ドイツでは大変失礼なことです。でも私はアメリカ人を知っています。

私としてはメンタル空手のドイツ人バージョン、そうですね、ピストルを抜くこともできたわけです。ふだんであれば相手のふるまいに対して社会的に相手を撃っていたでしょう。一種の社会的な処刑です。でも私は引き下がってノーを受け入れました。彼はパーティーに来たくないのだな、それでかまわないと。

■日本人はノーを許さない

日本ではもっとやっかいだったでしょう。このような場合、日本ではみんなが戦いを仕掛けてくるのです。私がパーティーに行きたくないと言ったとします。「そうですか、わかりました」。その後で、日本人の友人から今夜パーティーがあると電話がかかってきます。「あれ? もうお伝えしたけれど、私は出席しません」「そうでしたね、忘れていました」。

でも、今度は別の人からパーティーの件で電話がかかってくる。「もう○○さんにお伝えしたけれど、私は欠席します」「そうでしたか、失礼しました」。そうしたら今度はドアをノックしてくるのです。「パーティーにいらっしゃいますか?」と。日本ではこうなる。結局パーティーに行くことになります。最終的にこちらが降参する。死ぬまで戦うと先ほど言ったのはこういう意味です。

ホームパーティー中
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

このような同調圧力に代わって、相手が行きたがっていないことを素直に受け入れる和平条約があってもいいのではないかと思います。これは日本ではとても難しいのでしょうね。ドイツのほうがもう少し楽ですが、それでも同調圧力に関して日本とドイツは似ています。ただドイツのほうが和平条約が成立する余地があります。とはいえ、いろんな言い訳をしなければなりません。社会的シチュエーションから抜け出すのは大変です。

一方、アメリカでは社会的シチュエーションから抜け出すのが簡単すぎます。だからドイツと日本とアメリカ、この3つの選択肢の間に程よいレベルを定める必要があると思います。3つを合体させればいいのかもしれません。もっと平和にやることを想像してください。日本はあまり平和ではありません。アメリカやドイツなど他国のやり方を知るのは大事だと思います。相手を許すべきかもしれない、あるいは別のやり方があるかもしれない、などと考える契機になりますから。

■「他者は自分たちのようではない」と知るべき

この「許すこと」は、非常に重要なポイントかもしれません。ささやかな社会的無礼を本当に許して忘れること、です。日本はいまだにかなり同質性の高い社会ですから、私のような外国人が日本に入ってくれば、この人はわかっていないのだから、と皆さんが許さなければならないことがたくさんあるのは十分に承知しています。

一緒に食事をしているとき、私が食事中にしている間違いの中から皆さんが注意すべきものを選んでいるのは知っています。これは大変な心の修行にちがいありません――これは見なかったことにしておこう、この人はドイツ人でわかってないのだからと。私を受け入れる際に心の中でいろいろなことが起きているはずです。まさにこのような類いの実践です。

マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)
マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)

私たちの社会的空間の中にこういうものがもっと必要だと思うのです。次のような言い方ができるのではないでしょうか。許しは日々行う類いの実践であるべきだ。とても難しいことですが、実はこれは他者との出会いの始まりなのです。

他者とは、相手が自分と同じでなくても許すことをあなたが常に学ばなければならない、そんな存在です。それでいいのです。私たちが他者に「こうであってほしい」と望むのはまったくかまわないと私は考えています。それが私たち人間ですから。私たちは自分のしていることがいいと思っている、だから当然、他の人にも自分たちのようであってほしいと望みます。しかし加えて、他者が自分たちのようではないことを知って、それを許すレイヤー(層)が必要なのです。

それが誠実な態度です。誠実な態度とは自分の勝手な願望を受け入れたうえで、許しでもって他者を承認することです。ヘーゲルも『精神現象学』でまさに同じことを言っています。ヘーゲルが述べた承認を求める戦いの解決策は、ドイツ語でVersöhnungとVergebungと言いますが、和解と許しです。

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マルクス・ガブリエル(まるくす・がぶりえる)
哲学者
1980年生まれ。史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の正教授に就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。さらに「新実存主義」、「新しい啓蒙」と次々に新たな概念を語る。NHKEテレ『欲望の時代の哲学』等にも出演。新著『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)が好評発売中。

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(哲学者 マルクス・ガブリエル)

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