「白バイの過失についてダンマリの怪」東京マラソン"コース間違い"は一度ではなく二度あった
プレジデントオンライン / 2022年3月12日 11時15分
■2年ぶりの東京マラソンに水を差した「コース間違い」
2年ぶりの開催となった東京マラソン2021は大いに盛り上がった。男女の世界記録保持者が初参戦して、市民ランナーも3年ぶりに出走。東京都にはまん延防止等重点措置が適用されていたとはいえ、沿道には多くの観衆がつめかけた。
男子は、東京五輪金メダルのエリウド・キプチョゲ(ケニア)が2時間2分40秒の国内最高記録を打ち立て優勝した。
たが、途中で信じられないようなハプニングが起きた。10km過ぎを快調に飛ばすキプチョゲを含むトップ集団が走るコースを間違えたのだ。
テレビ中継をご覧になった方ならあのシーンだなとピンとくるだろう。選手たちが一度は右折した後、すぐにUターンした場面だ。
東京マラソン終了後の会見は分刻みでスケジューリングされているが、レースディレクターの会見は6分ほど遅れてスタートした。コース間違えについては、会見場にいた東京陸上競技協会の平塚和則理事長が以下のように説明した。
「間違えたところもコースの一部なんですが、若干迂回をしたかたちになりました。大きな車がいて、そのすぐ後ろに選手がいたもんですから、大きな車は迂回をしてUターンをするように設定をされておりましたので、選手がそのまま走って迂回のほうに行ってしまったと。若干ロスはあったと思うんですけど、大きなトラブルということはなかったのかなと思っております」
説明は要を得ていなかった。間違えたのは確かだが、誰がどのように間違えたのか、原因は何なのか。うまくイメージできなかったのは筆者だけではなかっただろう。その後、「大きな車」は「テレビ中継車」であることがわかったが、それでもまだ釈然としない。
「スタッフの誘導に問題はなかったのか?」という質問には、同理事長はこう答えた。
「そこにいた審判を呼んで話を聞きましたが、なかなか車が大きいので、立っているとひかれると思ってよけていたら車が通過した。戻ったらもう選手が車について行ってしまったということです。誰に責任があったかというとなかなか難しい。これから調査をして、来年はそんなことが絶対ないようにしたいなという反省点は持っています」
一方で早野忠昭レースディレクターはこう釈明した。
「ロスがかなり影響するかと思ったんですけど、その区間は10秒ぐらいのロスをしました。しかし、その後、1km2分54秒のペースに戻ったのでひと安心しました。あとでキプチョゲ選手のエージェントとも話をして、『ノープロブレム(問題ない)』と言ってくれました。ちょっと迷惑をかけたなと私自身は思っています」
筆者はプレスルームでテレビ中継を観ていたが、白バイが誘導ミスをしたように見えた。しかし、2人の口からは「白バイ」という言葉は一切出なかった。結局、彼らの説明を聞いても事情をうまく飲み込むことができなかった。
しかたなく帰宅後に問題のシーンを何度も見直した。さらに情報収集をして、自分のなかで整理して、ようやくコース間違いの全貌が見えてきた。
■コース間違いは一度ではなく二度あった
まず、選手たちが右往左往した10.5km付近。テレビ中継ではスローモーションでリプレイされたシーンだ。何度も見直したが、こんな感じだった。
事の発端は白バイだ。先導する白バイ2台のうち1台は右折、もう1台は左折した。バイクは真逆に進もうとしたのだ。キプチョゲら第1集団の選手たちは右折したバイクについていったが、青のジャンパーを着たスタッフが選手たちに反対方向を指示。さらにグレーのジャンパーを着た別のスタッフが小走りで選手たちに近づき、選手たちが進行したコースとは逆方向を示し「こっちだ!」という感じで選手たちに声をかけている。その結果、選手たちはUターンして正規のルートに戻ることができた。
以上が録画した中継映像からわかることだ。しかし、前出の平塚理事長の説明と照らし合わせてもうまくかみ合わない。実は、理事長の説明はこのシーンについて語っていたのではなかった。つまり、コース間違いは2回あり、理事長は一度目の間違いについて説明していたのだ。
事実は次の通りだ。
上野広小路の折り返し地点(10.6km付近)の手前約250mに「上野三丁目」のY字路がある。選手たちは右のメイン通りといえる道を走るが、中継車は車体が大きくその後の折り返し地点を回りきれないため、このY字路で左の道を進み、次の交差点で右折。その後、再び右折して、正規のコースに戻る手はずになっていた。
この中継車は予定通りの行動だ。誤算は、白バイ2台がつられるかたちでY字路の左の道に進入したことだ。当然、選手たちも追随する。ここが1回目のコース間違いだ。外国人選手の8人(うち3人がペースメーカー)が本来と異なるルートを走ったことになる。さらに次の交差点を右折した後、白バイの1台が右折したことで、前述した「コース間違い」(二度目の間違い。テレビ中継でリプレイされた場面)のシーンにつながっていく。
本来ならばトップ集団をバイクで追いかけているレースディレクターがコースを間違えた時点で、正規のコースに戻すための指示を出さなければいけないはずだ(※規定のコースと違うルートを走った場合は「失格」や「参考記録」扱いとなるケースが多い)。
しかし、記者会見時、早野レースディレクターは自身の非については一切言及せず、平塚理事長も具体的な名前を出すのを避けていたように感じた。そして白バイだ。二度のミスを犯したにもかかわらず、大会側は白バイについては口を閉ざした。違和感を抱いたのは筆者だけではないだろう。
今回の件で、ネットでは「白バイ不要論」が相次いだ。しかし、白バイの役割は単なる道案内だけではない。選手たちの安全を確保するために、360度すべてに気を配りながら走っている。だからこそ、わかりにくい道などは、現場の役員が明確に指示して、専門スタッフも無線などでしっかりと確認する必要があったはずだ。
■コース間違えがなければ世界記録は出ていたのか⁉
二度のコース間違いの“被害者”はトップ集団にいた5人だ。特に優勝したキプチョゲは世界記録を出せる可能性もあっただけに、“ダメージ”は大きかった。
第1集団は1km2分54秒ペースの設定で、コース間違えのあった10~11kmのラップは3分09秒に後退した。タイムロスだけで15秒ほどあったと考えられる。さらに無駄なUターンをしたことで体力が削られ(※第1集団は50m8.7秒ペースで走っており、Uターンするためにペースを落とし、再びペースを上げることに体力を使う)、メンタル的にも影響したはずである。また集団の隊列が崩れたことで、それを立て直すのにペースメーカーはさらに余計なエネルギーを使ったことになる。
結果的に見れば、キプチョゲは26km付近でペースメーカーの前に出てレースを進め、大会新&国内最高となる2時間2分40秒で優勝した。世界記録(2時間1分39秒)には約1分及ばなかった。
終盤が向かい風になったため、順調にいったとしても世界記録の更新は難しかったかもしれない。だが、2度のコース間違いがなければペースメーカー(30kmまで引っ張る予定だった)にも選手たちにも体力や精神的な余裕があり、上位3人のタイムは20~40秒ほど上がっていたと予想する。
大会側は「大きなトラブルはなかった」という認識のようだが、レース終了後、他の選手などから「上位3人は規定のコースと違うルートを走ったから失格ではないのか」という抗議があった場合は大きなトラブルになった可能性もある。
日本人トップに輝いた鈴木健吾(富士通)は4位。賞金は100万円だが、上位3人が失格となれば、「繰り上げ優勝」になる。そんな優勝はうれしくないだろうが、手にする賞金は100万円から1100万円にUPすることになるのだ。
■キプチョゲから学んでほしい
東京マラソン2021を制したキプチョゲは優勝賞金1100万円と大会記録ボーナス300万円を獲得したが、世界記録なら3000万円のボーナスが出ていたことになる。コース間違いがなければ世界記録にもっと近づけはずだが、キプチョゲは大会に対する不満を一切口にすることはなかった。それどころか感謝の言葉を述べている。
「2時間2分台で走れて、大会記録を更新できてハッピーです。東京五輪のマラソン会場が札幌に移転したことで、東京に戻ってくると約束していました。そして良い走りができて、多くの人たちにインスピレーションを与えることができた。それをうれしく思っています。東京を走らせていただき、ありがとうございました」
コース間違いのことなどまったく気にしていない様子で、終始穏やかな表情だった。記者会見の時間は10分。司会者が終了を告げると、キプチョゲは自らマイクを持って語り出した。
「皆さま、本当にどうもありがとうございました! 皆さまの幸福を祈っております。世界は今、本当に困難な状況にあります。ロシアとウクライナの問題もそうですが、皆が団結すれば必ず解決案は見いだせます。この世にはふたつの人種しかいません。ひとつは問題を起こす人たち。もうひとつは問題を解決する人たちです。われわれが団結して問題を解決するグループになりましょう」
大会側はキプチョゲの言葉から何を感じたのだろうか。
東京マラソンはこれまで海外のメジャーレースと比べても遜色のない素晴らしい大会との評価を得ている。それに筆者も同意する。大会の雰囲気やホスピタリティ、観衆のマナーなどを含めて、全体的に洗練されている印象があるからだ。
またトップ選手からしても東京は走りやすい。海外のメジャーレースもペースメーカーはいるが、東京ほど“正確”ではない。予定していたペースで進まなかったり、ペースが不安定になったりということが少なくないのだ。ペースメーカーの人選と教育。加えてレースディレクターがきっちりと指示を出すなど仕事をまっとうすることでレースの評判は高まっていく。
今回の東京の大会運営に関しても十分に合格点が出せる内容と言えるだろう。好タイムが出たことで、来年以降も海外からビッグネームのランナーが集まってくる可能性もある。
しかし、それだけにコース間違い後のどこか腰の引けた“対応”は残念だ。
人間は誰もがミスをする。だから、そのことをとがめるつもりはないが、原因を明確にする姿勢をもっと打ち出すべきなのではないか。二度にわたるコース間違いがなぜ起きたのか。その要因を大会側は忖度なしにしっかりと説明すべきだろう。それが東京マラソンの“ブランド力”をさらに上げていくことになるのだから。キプチョゲの言葉のように、団結して問題を解決してほしいと思う。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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