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カリスマ女優には156億円の罰金…中国で「芸能人」より「公務員」の人気が高まっているワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月7日 11時15分

中国の有名女優、范冰冰さん=2018年5月11日、フランス・カンヌ - 写真=EPA/時事通信フォト

中国で大企業や富裕層への規制や締め付けが強まっている。フリージャーナリストの中島恵さんは「日本人には意外かもしれないが、多くの中国人はそうした規制を好意的に受け入れている。そこには日本にはない、中国特有の事情がある」という――。

※本稿は、中島恵『いま中国人は中国をこう見る』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

■巨大IT企業は多額の寄付などを次々と発表

中国政府は「報酬、税制、寄付」の3分野を通じて、格差是正のため所得分配を促しており、富裕層や成功企業に「より多く社会に還元することを奨励する」と寄付を呼び掛けている。この方針を受けて、巨大IT企業のテンセント、アリババ、ネット通販のピンドゥドゥなどが、低所得者支援や社会貢献、多額の寄付などを行うと次々と発表した。

政府がIT企業への統制を強めていることから、企業は政府の圧力を避けようと必死だ。学習塾チェーン最大手といわれ、双減政策で打撃を受けた「新東方」は、閉鎖した約1万5000カ所で使用していた学習机と椅子、約8万セットを農村の小中学校に寄付すると発表した。

2021年11月11日の「独身の日」セールでも、最大手のアリババは取引状況に応じて寄付を行ったり、貧困家庭への支援を打ち出したりするなど、社会貢献に取り組む姿勢をアピールしている。

芸能人やインフルエンサー(KOL)などの有名人や富裕層に対しても、規制や締め付けが強まっている。2018年、日本にもファンが多い女優の范冰冰(ファン・ビンビン)が巨額の脱税容疑などで8億8000万元(約156億円)の支払いを命じられ、その後、趙薇(ジャオ・ウェイ)、鄭爽(ジェン・シュアン)なども同様に罰金の支払いを命じられた。ライブ配信などで大人気となったインフルエンサーと呼ばれる人々も同様だ。

こうした動きに対して、中国の芸能関係、日本の放送業界ともつながりがあるという中国人男性に意見を聞いた。

■「芸能人ばかりがいい暮らしをしている」

「芸能人への規制強化について、私は大賛成です。多くの国民が、『スカッとした、いいことだ』と思っているのではないでしょうか。なぜなら一流芸能人のギャラが桁違いに高すぎるからです。

以前ある日本人が中国人の友人に、日本の映画の製作費は7000万~8000万円のものもあるというと、『それはドラマですか。金額があまりにも少なすぎる。信じられない』といわれたそうです。

中国の映画の製作費が高いのは、スケールが大きな作品でないと評価されにくいという以外に、出演者のギャラが高いからです。高すぎるギャラをもらいながら脱税するなんて許せない、芸能人ばかりがいい暮らしをしている、という不満の声は大きいと思います」

50代の中国人女性もいう。

「今の中国では中間層以上の人には大きな不満はありませんが、経済的に恵まれない人々の中には、富裕層を憎んでいる人もいます。でも、その不満は政府にはぶつけられない。ぶつけたら危険な目に遭いますから。そういうとき、芸能人や富裕層は恰好の標的となります。だから不満の捌け口として、彼らのSNSにひどい書き込みをする人も多いです。日本では芸能人に恨み辛みをぶつける人はそこまで多くないと思いますが、中国ではすごいですよ」

■政権選択が存在しない中国ならではの事情

ゲーム規制などについても同様で、「保護者たちは子どものゲーム中毒に頭を抱えていました。だから、ゲーム時間について規制をかけることも歓迎です」という。

別の男性は「今のさまざまな規制について、日本では、そんなことまで政府が介入するのかと思う人がいるかもしれません。でも、中国では半ば強制的にでも規制しなければ歯止めがかからなくなることがあるのです」と、政府の政策を評価した。

その男性は続ける。

「もし、今のやり方に対して、国民からの反発が高まりすぎると政府が判断したら、ここまでのことはやりません。政府は世論をものすごく気にしていますから。ここは日本とは大きな違いだと思います。日本では、中国政府は国民のことなど考えず、何事も強引に推し進めるというイメージを持っている人がいるかもしれませんが、政府は、この政策は国民からある程度支持されるだろうとわかっているから、やっているのです。

もちろん、一時的に、どこかで痛みは伴います。塾の経営者や利害が大きい業界、一部の層にとってはけっこう大きな痛手でしょうが、社会全体のことを考えたら、致し方ないというか、むしろ歓迎だと半数以上の中国人は思っているのです」

選挙で政権を選択するという政治制度が実質的に存在しない中国では、かえって世論の支持を得られなければ、政府の正統性について国民から認められない、ということだ。

■「第二の文革では?」に女性が大笑いしたワケ

さらに、数人の中国人に「日本では、今の富裕層や大企業をターゲットにしたやり方は『第二の文革(文化大革命)』だと報道する向きもあります」という話をしてみた。

文化大革命は1966年から1976年まで続いた大規模な権力闘争だ。毛沢東が主導し、紅衛兵(こうえいへい)と呼ばれる若者を扇動して、全国で文化財を破壊したり、知識人や、毛と対立する政治家を迫害したりして、数多くの犠牲者を出した。「共同富裕」も格差是正、とくに巨大IT企業や資産家をターゲットにすることから、日本のメディアには「文革を彷彿とするやり方」とする論調もあった。

ある女性はこういう。

「『第二の文革』ですって? 全然違う。笑っちゃうわ。今の中国でそんなことが起きるわけがない。それは日本人の願望ではないでしょうか? 日本人は中国で『第二の文革』が起きてほしい、また中国社会が混乱に陥ってほしいと思っているのではないですか?」

この女性はしばらくの間、笑っていた。大げさに笑っているのではなく、本当に驚いて笑っている様子だった。別の人たちも、同じく「そんなことはない」「それはいい過ぎですよ」という。「既得権益がある富裕層の間では、何が起きるかわからない、どこで仕返しされるかわからないと思い、留学している子どものところに資産を移すとか、リスクヘッジを急いでいる人もいることはいます。でも、特別に目をつけられている業界の人であったり、カリスマ的な人気のある人以外は大丈夫ですよ」と語る人もいた。

■建国当初の公平な社会を目指そうとしている

別の女性はこんな話をしてくれた。

「中国は文革の頃に戻るのではなく、1949年の建国のときに、少しずつ時計の針を戻そうとしているのではないか、と直感しています。つまり、計画経済の時代に戻っていくという意味です。この十数年、政府は国民にあまりにも自由にやらせすぎて、経済は発展したけれど、社会には不公平が生まれ、あらゆる面でバランスの悪い格差社会になってしまいました。それを正して、建国の理念に掲げたような、公平な社会にしていくことが究極の目的ではないでしょうか。

北京の中心業務地区
写真=iStock.com/dk1234
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dk1234

お金を稼ぎ過ぎた企業は寄付をして社会に還元する。これは当たり前のことだと私は思います。これからきっと、政府の管理が及ぶ国有企業が増えていくと思います。

最近では公務員試験の受験希望者も増えていると聞きます。中国でかなり公平なのは高考(ガオカオ=大学統一入学試験)と国考(グオカオ=国家公務員試験)だからです。

民営企業は一時的にお金が儲かるかもしれないけど、何が起こるかわからない。それならば、給料があまり高くなくても、安定した職に就きたいと考えている人が多いようです。噂では、政府が『共同富裕』を何十年かかけて進めていく上で、これから安月給だった公務員や労働者の所得を上げていくという話もあります。かなりの職業の収入格差がなくなる、平等に近い社会です。そのため、公務員を志望する人が増えているのかもしれません」

■公務員試験の受験者は157万人→212万人に

その女性と話したあと、2021年11月末、毎年行われる中国の国家公務員試験の受験者数が過去最多の212万人を超え、倍率は68倍になったという報道があった。公務員試験の受験者は毎年増えているが、2020年は約157万人だっただけに、急激な公務員人気の高まりが注目された。

ネット上には「やはり鉄飯碗(ティエファンワン)こそ最高だ」という書き込みもあった。鉄飯碗とは「割れない鉄でできたお椀=絶対的に安定している」という意味で計画経済時代によく使われた言葉だ。その女性は続ける。

「中国はたった一晩で変わる国です。中華人民共和国が建国される1日前、つまり1949年9月30日まで、中国には日本と同じような私立学校もたくさんあったのです。のちに大部分が北京大学に移管された燕京大学というアメリカ系の学校も私立学校でした。それが建国後になくなってしまった。

いろいろなことが一夜で変わったのです。あの頃に比べれば、今のやり方はまだましだと思えます。突然変わることを外国の人は『怖い』と思うでしょうが、何事も一気にやることは、逆に公平。例外は決して認められないので。そこまで強制的にやらないと、この巨大な中国は変わることができないのです」

■なぜ極端な政策でも中国国民は従うのか

最後に、別の男性はこう語ってくれた。

中島恵『いま中国人は中国をこう見る』(日経プレミアシリーズ)
中島恵『いま中国人は中国をこう見る』(日経プレミアシリーズ)

「なぜ中国で大きな反発が起きていないかというと、政府がこの巨大な国のマイナス面を何とかしてプラスに変えようと努力していることを感じ取っているからです。この国を変えていこうというメッセージは国民も共有している。それがわかっているから、国民はついていっているのだと思います」

共同富裕政策は「社会主義的」だとして、中国の成長を支えたIT関連を始め巨大企業などの競争力を削ぎ、中国経済に大きなダメージを与えるという見方も日本にはある。だが、自由競争の「弊害」として、多くの国民に不満が溜まっているのは確かだ。

もちろん、私に話してくれた人々の声は「外国人(私)に対して」という意味で、ある程度割り引かなければならないのかもしれない。だが、最後に話してくれた男性のように、政府が巨大企業や富裕層に対する不満を汲み取り、格差解消に向けて取り組んでくれている、と前向きに受け取る中国国民は少なくない。そのことを私たちは知っておくべきではないだろうか。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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