「なぜ人は結婚が決まると太りだすのか」経済学が解き明かす"幸せ太り"のメカニズム
プレジデントオンライン / 2022年4月16日 11時15分
■『ジャングルの王者ターちゃん』のヂェーンと「幸せ太り」
皆さんは『ジャングルの王者ターちゃん』という漫画をご存じでしょうか。
徳弘正也先生の名作で、『週刊少年ジャンプ』に1988年から1995年まで掲載されていました。アラフォー世代の方には懐かしい作品ではないでしょうか。
主人公は圧倒的な強さでジャングルの平和を守るターちゃんです。このターちゃんには妻のヂェーンがおり、結婚前はモデルをしていました。結婚後、ターちゃんと暮らす中で太ってしまい、結婚前とは別人のような姿になっています。
このヂェーンのように、結婚後に体重が増えてしまう傾向を「幸せ太り」という場合があります。
「幸せ太り」は昔から言われる現象ですが、そのメカニズムには諸説あります。今回はこの「幸せ太り」のメカニズムを経済学の視点から解き明かしてみたいと思います。
■結婚後、実際に肥満度は上昇するのか
「幸せ太り」は結婚後に体重が増えてしまう傾向を指していますが、そもそもこれは実際に観察されるのでしょうか。
日本とアメリカのデータを用いた研究結果を見ると、その答えは「YES」です(*1)。
研究では世界各国で比較可能なBMI{体重(kg)÷身長(m)の2乗}が指標として使用されていますが、結婚直後の数年間でBMIが増加し、肥満度が高くなることがわかっています。
図表1は日本の結婚直後の数年間におけるBMIの推移を示していますが、結婚後に緩やかに上昇しています。女性の場合、結婚直後の数年間で妊娠・出産を経験する場合が多いのですが、そのような場合を除外しても、やはり結婚後にBMIが増加する傾向にあります。
また、日本の研究では、結婚によるBMIの上昇は、主にもともとBMIの高い人で強いこともわかっています(*2)。
以上の点から、日本とアメリカでは確かに「幸せ太り」と一致する現象が確認できると言えるでしょう。
ではなぜ、人は結婚直後に体重が増加してしまうのでしょうか。
実はこのメカニズムを経済学でうまく説明することができます。
(*1)①佐藤一磨(2019)「幸せ太りは本当に存在するのか?」日本人口学会第71回大会、2019年6月1日(土)、香川大学にて発表。②Averett, S., Sikora, A., & Argys, L. For better or worse: relationship status and body mass index. Economics & Human Biology, 6, 330–349 (2008).
(*2)Sato, K. Relationship between marital status and body mass index in Japan. Review of Economics of the Household 19, 813–841 (2021).
■結婚相手探しの経済理論=メイトサーチ・モデル
「幸せ太り」のメカニズムを説明するために、ここではメイトサーチ・モデルという理論を使っていきたいと思います。
メイトサーチ・モデルは、結婚相手探しの経済理論です。もともと「労働者の職探し」の行動を説明するための理論としてジョブサーチ理論があり、それを「結婚相手探し」へと応用したものです(*3)。
モデルの概要はこうです。
まず、職探しのための求職市場ならぬ、結婚相手を探すための「結婚市場」が存在すると想定します。ここで結婚相手を探すわけですが、結婚は重要な決断ですので、誰でもいいというわけにはいきません。
通常、「最低でもこれはゆずれない」という条件があると考えられます。
例えば、女性が男性に求める条件として、年収は450万円以上、学歴は大卒か、もしくはそれ以上、勤務先は大企業か国家公務員といった例があげられます。
相手に求める条件の中にはこういったお金や仕事の面だけでなく、人柄や健康、身体的魅力も含まれます。
このような「求める最低条件」以上の相手の中から、結婚相手を選んでいくわけです。
(*3)メイトサーチ・モデルの詳細については、橘木俊詔・木村匡子(2008)『家族の経済学 お金と絆のせめぎあい』(NTT出版)をご参照ください。
■「結婚相手に求める最低条件」が高いほど、婚期が遅れる
「相手に求める最低条件」は、このメイトサーチ・モデルで重要な役割を果たします。
「相手に求める最低条件」を高く設定すればするほど、結婚相手の候補者の数は少なくなります。
近年、よくニュースになる「結婚相手に求める年収」は、「相手に求める最低条件」の一例であり、その水準を高く設定すると候補者の数が絞られ、結婚時期が遅れるようになると予想されます。
■「自分の持つ条件」も結婚相手探しには重要
メイトサーチ・モデルでは「相手に求める最低条件」と並んでもう1つ重要な要因があります。
それは、「自分の持つ条件」です。
これはいわば自分のスペックであり、自分の持っているお金や仕事といった社会経済的地位や身体的魅力を指しています。
自分の持つ条件が高いほど、結婚市場で望ましい結婚相手として認識され、出会いが多くなり、結婚確率も高くなるというわけです。
■BMIを管理することで、最適な結婚相手を探す
以上の話を整理すると、結婚相手を探す際、「相手に求める条件」と「自分の持つ条件」が重要です。この2つの条件を勘案して、結婚相手を探していくわけです。
さて、結婚相手を探す際、多くの人が自分の理想に近い相手と結婚することを望むと考えられます。
この目的を達成するには、「自分の持つ条件」を改善させるのが合理的な方法の1つとなります。
ここで出てくるのがBMIです。BMIは、結婚市場における「自分の持つ条件」の要素の一つです。肥満度は身体的魅力と密接に関連しており、多くの先進国で高い肥満度と身体的魅力はマイナスの関係にあると指摘されています(*4)。
ここで、自分の望んだ相手を探し出し、うまくマッチングするためにも、BMIを管理するインセンティブが出てくるわけです。
インセンティブの大きさは人それぞれですが、極端にBMIが高くならないよう注意を払うはずです。ただし、このような努力を続けるのはなかなか大変です。
(*4)①Cawley, J., Joyner, K., & Sobal, J. Size matters: the influence of adolescents’ weight and height on dating and sex. Rationality and Society, 18(1), 67–94 (2006). ②Mukhopadhyay, S. Do women value marriage more? The effect of obesity on cohabitation and marriage in the USA. Review of Economics of the Household, 6(2), 111–126 (2008). ③Hitsch, G. J., Hortaçsu, A., & Ariely, D. What makes you click? Mate preferences in online dating. Quantitative Marketing and Economics, 8(4), 393–427 (2010).
■結婚した後、BMIを管理するインセンティブは消失する
さて、もし結婚相手を見つけ、結婚市場から退出した場合、BMIにはどのような変化がもたらされるでしょうか。
その答えは単純です。
すでに結婚相手をゲットしているため、体重を管理する努力を続ける理由はありません。このため、結婚直後からBMIが増加してもおかしくないはずです。
これがいわゆる「幸せ太り」だと解釈できるのではないでしょうか。
■「幸せ太り」はごく自然な現象
理想の相手と添い遂げ、幸せに暮らしたいと願うのは、人間の自然な欲求です。これを達成するためにも、さまざまな努力を行うのもごく自然で、合理的な行動だと考えられます。
この行動の一環として、BMIの管理が行われるわけです。そして、結婚という形で市場から退出する際、BMIを管理する圧力もなくなるため、自然と体重も増えていく。なお、図表1を見ると、結婚1年前から結婚年までBMIが急上昇していますが、これは結婚相手が見つかった(婚約)段階で気が抜けてしまうことを意味しているのかもしれません。
以上が経済学の視点から見た「幸せ太り」のメカニズムです。
さて、このメカニズムが働いている場合、離婚して再度結婚市場で相手を探すようになると、自分の体重や見た目に気を配るようになると予想されます。
また、結婚しているのに恋愛関係となる相手を探す不倫でも、同じように自分の体重や見た目に気を配るようになると考えられます。
市場の中で「職探し」ならぬ、「相手探し」を行う際、目標達成のために人々の行動が変化するというわけです。
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拓殖大学政経学部准教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部准教授 佐藤 一磨)
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