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「小1の頃から兄の食事を介助」知的障害のある3歳上の兄を中心に回る家庭でスルーされ続けた妹の孤独

プレジデントオンライン / 2022年4月16日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urbancow

現在20代の女性には障害のある3歳上の兄がいる。小さい頃から家庭はいつも兄を中心に回り、女性が「かまってほしい」「寂しい」と思ってもそれを口にできない空気。女性も自主的に兄の食事介助などをしていたが、思春期に入ると兄の存在が煙たくなっていく。兄が大声を出したり、踊ったりするたびに、「冷たい感情」が湧き上がるのを感じたという――。
ある家庭では、ひきこもりの子供を「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように、被害者の家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーは生まれるのか。具体事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破る術を模索したい。

今回は、障害のある兄を持つ、現在20代の「きょうだい児」の女性の事例を紹介する。彼女は物心ついたときから孤独を感じながら育った。思春期を迎えると、公共の場で兄が周囲に迷惑をかけていることに罪悪感や羞恥心を抱くようになったが、両親に本心を打ち明けることはできなかった。彼女はタブーのはびこる「家庭」という密室から、どのようにして抜け出すことができたのか――。

※筆者註:「きょうだい児」は、「きょうだい」「きょうだい者」と呼ぶこともあるが、本記事では「きょうだい児」で統一する。

■障害児の兄

佐田架純さん(仮名・20代)は、中部地方でIT系の企業に勤める父親と、専業主婦の母親のもとに生まれた。3歳上に兄がいたが、兄は生まれて間もなく高熱を出し、それがもとで脳に障害が残り、重い知的障害と体のまひがある障害児だった。

「私が持つ兄に関する一番幼い頃の記憶は、3歳ごろ。私が泣き出した時に、母が私ではなく兄に駆け寄ったときの記憶です。兄には聴覚過敏があり、私の泣き声に反応してパニックになるため、母は私より先に兄をなだめに行ったのですが、私には、『泣かないで』と離れた場所から声をかけるだけでした。今となっては、なぜ自分が泣いたのか思い出せませんが、とてもショックだったことははっきり覚えています」

佐田家のすべては、兄を中心に動いていた。兄は、歩くことはできるがまひが強く、走ることはできない。知能と身体機能の面、両方の要因から、食事やトイレ、入浴には介助が必要だ。

誰に対しても世話好きで働き者の母親は、毎日のように兄にかかりきり。一方、寡黙で人間関係に不器用な父親は、仕事人間で家事や育児は母親任せ。兄の世話も佐田さんの世話も、父親が担うことは一切なかった。また、仕事のストレスを毎日の晩酌で紛らわしているようで、酒が入ると母親に怒鳴り散らす。

そのため母親は、父親の機嫌を損ねないよう、いつも神経を張り詰めていた。ただ、父親はどんなに不機嫌なときでも、兄に関わることだけは絶対に自分から話題に出すことはなかった。

車で10分ほどのところに住んでいた母方の祖母は、祖父の送迎で頻繁に母親の育児を手伝いに来てくれていた。母親が家事をしている間、兄や佐田さんの相手をしてくれたり、母親に用事がある時には、兄と佐田さんと一緒に留守番をしてくれたりした。祖母が佐田さんの家に来ることもあれば、佐田さんたちが祖父母の家に行くこともあり、母親と兄と佐田さんが祖父母の家に行くときは、食事や入浴を祖父母の家で済ませて帰宅。時には兄と佐田さん2人だけで祖父母の家に泊まることもあった。

「かまってほしい」「寂しい」と思っても、必ず兄のほうが優先されることを、物心つくかつかないかのうちに理解していた佐田さんは、わがままを言わないものわかりの良い子に成長。6歳になると兄は、住んでいる地区の小学校ではなく、養護学校へ入学。養護学校では、土日にバザーや学園祭、夏休みには遊びの会やキャンプなどのイベントが催され、佐田さんも母親に連れられて参加するようになった。

■小学生で介助を始める

佐田さんは小学校に入学し、友だちが増えるにつれて、兄に障害があることを意識するようになっていた。

「私の場合は、自分が生まれた時から家に障害児の兄がいたので、みんなに両親がいるのが当たり前のように、みんなの家にも障害児がいるものだと不思議と思い込んでいました。でも徐々に、違うことに気付いていきました」

小学生になって間もなく、佐田さんは自ら進んで兄の食事介助を買って出た。母親が忙しそうなときや、外食に出かけたときに、兄が食事の途中で時間を持て余さないように、母親とバトンタッチをしながら介助をするようになる。

ランドセルを背負って学校に向かう女の子
写真=iStock.com/Studio Yoshino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Studio Yoshino

「毎回の食事の介助全てが私の担当になったというわけではなく、あくまで母の手が離せない時のサポートだったので、介助自体を負担に思ったことはありませんでしたが、『なんで私が』という気持ちは常にありました」

うまく噛めない兄のために、大きなおかずは細かくして、スプーンで兄の口に運んだ。佐田さんは、仲の良い友だちや担任の先生には、兄の存在や障害について話していた。やがて家に友だちが遊びに来るようになったが、友だちたちは佐田さんの兄のことを目にしても、話題にすることはしなかった。

中学に上がると、勉強や部活、友だちたちとの付き合いが忙しくなり、佐田さんは家族や兄の介助から離れていく。

「異性だったこともあり、兄のトイレやお風呂の介助には関わったことはありません。その点については、両親の配慮には感謝しています」

小学生の頃までは、兄の養護学校の学校祭や発表会などのイベントを純粋に楽しめていたが、中学生になると、母親と共に兄の担当の先生や他の親御さんたちに挨拶をするなど、兄を見守る保護者のような立場に変わり、居心地が悪くなっていく。

「私の中では、養護学校のイベントは、定期的な行事として小さい頃から定着していました。退屈だと思う瞬間もありましたが、それでも、行きたくないと思ったことはありませんでした」

兄の養護学校の行事には、たいてい母親と佐田さんで参加していた。父親は兄の通院には遠方でも付き添ったが、養護学校には、「仕事が忙しい」「疲れている」などと言って、ほとんど来たことがなかった。

「“特別支援の教育の場”という本来訪れることのない場所に行き、当事者や支援者たちの様子を見られることは、私にとって視野が広がる良い経験だったと思います。私は後に教育系の大学に進学したため、授業の一環として特別支援学校を訪れる機会がありましたが、周りの同級生に比べて、とてもスムーズに適応できました」

■部屋の中の象

ところが思春期に入ると、佐田さんは兄の存在が煙たくてしかたなくなっていく。

ファミリーレストランやスーパーなどで兄が大声や奇声を上げる場に自分もいるときや、兄が家の中で大声を出したり、踊ったりしている様子を目にするたびに、佐田さんは自身の中に冷たい感情が流れるのを感じる。

「両親は、兄が他の人に触ったり、物を壊したりしたときは謝罪していましたが、兄の存在を恥じている様子は少しも見られませんでした。そんな両親に対して私は、『恥ずかしくないのか?』『もっとしっかり謝ったほうがいいのではないか?』『外出させないほうがいいのではないか?』と思っていました」

それでも佐田さんはずっと、何とも思っていないフリをし続けた。

「本当は今すぐ逃げ出したいのに、その場では平然と、家族としていなくてはならないこと、そしてその苦悩を誰にも話せなかったことがつらかったです」

佐田さんは、両親が大事にしている兄への受容的な雰囲気や、外出時の平然とした立ち振る舞いを壊すようで、両親には絶対に本心や悩みを言うことはできなかった。そして両親も、自分たちの気持ちや考えを佐田さんに話すことは、これまで一度もなかった。

「DV家庭での児童虐待の問題などを巡り、“the elephant in the room”という言葉を耳にしますが、まさにこれに当てはまるような気がします」

象
写真=iStock.com/amriphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/amriphoto

“the elephant in the room”という慣用句の意味は、“部屋の中に象のような巨大なものがいるにもかかわらず、そのことをあえて話題にしない、見て見ぬふりをする”ということ。

象のように大きな問題を抱えていて、家の中の誰もが悩んでいるはずなのに、家族の誰も口に出さない状況。まさに家庭のタブーだ。

佐田さんは本心を誰にも、友だちにも、先生にも、両親にも言えないまま、成長していく。

この先、佐田さんは、どのようにしてこのタブーを破ったのだろうか。どのように家庭という密室から抜け出したのだろうか(以下、後編へ)。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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