「今年、メンタル不調を何人出した?」研修講師がトイレで聞いた恐ろしい会話【2021編集部セレクション】
プレジデントオンライン / 2022年5月8日 10時15分
※本稿は、見波利幸『平気で他人をいじめる大人たち』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■トイレで聞こえてきた恐ろしい会話
私がメンタルヘルス研修の講師として呼ばれたある会社でのことです。
研修が始まる前にお手洗いに行くと、そこの社員とおぼしき四十代くらいの男性二人が大きな声で話しているのが聞こえてきました。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、なにしろ大きな声でしゃべっているので聞きたくなくても耳に入ってきます。
二人の会話は次のようなものでした。
先輩A:「今日は何の研修だっけ?」
後輩B:「メンタルヘルス研修ですよね~」
先輩A:「うわっ、めんどくせえ。受けたくないけど、上が受けろって、ほぼ強制だよなあ。しょうがないから受けるけどさ」
後輩B:「ですよねー。ダルいですよね」
先輩A:「ところでさ、お前さあ今年に入ってから部下何人くらい不調になったの?」
後輩B:「今年に入ってからだと、まだ二人だけですね」
先輩A:「俺なんか四人だよ」
後輩B:「へえー。さすがですね」
先輩A:「お前は、まだまだ甘いんじゃないの」
■部下をメンタル不調にさせたことを自慢する人たち
二人の会話からもうおわかりいただけたと思いますが、彼らは自らの手で部下を何人メンタル不調にさせたかで競い合っていたのです。特に、メンタル不調者を多く出した先輩Aの方は、ものすごく得意げに話していました。それを聞く後輩Bの方も、本気でAを尊敬しているらしいのですから驚きました。
ですが実際に、部下をメンタル不調にさせて、それを自慢にしている人たちというのは、少なくない数で存在しています。
それからまもなく研修が始まりました。
私が講師として、会議室の教壇の前に立つと、さっきの二人が私の顔を見てびっくりした表情を浮かべて座っていました。どうやら彼らは、お手洗いにいた私の存在に気づいていたようでした。
■人の噂に尾ひれをつけて拡散する人たち
世の中には「なぜ、そんなことで得意になれるのか?」と思うようなことに、喜びを感じる人がいます。前述した「メンタル不調者を何人出したか」で競い合っていた人たちもそうですが、ここで紹介するのは面白半分に人の噂を拡散する人たちです。
会社内の噂話、ご近所の噂話、ワイドショーでの芸能人のゴシップ、最近ではSNSによる真偽不明の噂話など、本当に世間の人はゴシップネタが好きなのだなと思います。
そして噂話をすることで、憂さを晴らしたり、得意になったり、「他人の不幸は蜜の味」と言わんばかりに深い満足感を感じる人さえいます。
以前、私がカウンセリングをしていたある会社では、社内の人間同士の噂話のせいで、精神的に追い詰められてしまう人が何人も出ていました。
そこで私が介入して、噂話の真相を精査していくと、どの噂話にも共通する点があることがわかってきました。それは何かというと、噂話に尾ひれがついて拡散されることでした。最初はたいした話ではなかったものが、人から人に拡散されていく過程で尾ひれがついていき、最後には、最初の話とは全然違うものになっていた、なんてケースもありました。
たとえば、「この間、会社の近くにある△って居酒屋あるじゃない? あそこで、同期と飲んでたの。そしたら、課長と経理のIさんが二人で一緒に飲んでるの見ちゃったんだよね」と最初の噂が立つとします。
噂が人づてに伝わっていく過程で、「ねえ、ねえ知っている? 課長と経理のIさんって付き合ってるんだって」と尾ひれがついてしまいます。「えー課長って既婚者だよね。それって不倫だよねー。あの二人って最低」とまでなってしまう場合もあります。
ところが事の真相は、課長とIさんは確かに二人で飲んでいたけれど、遅れて参加した別の社員が数十分後には合流しているので、正確には二人だけで飲んでいたわけではなかったのです。
■悪気なく“伝言ゲーム”を楽しんでいる
このように、蓋を開けてみればたいしたことがないのに、面白半分に尾ひれをつけて噂を広める人たちがいるから、大事(おおごと)になってしまうのです。噂を拡散する人たちは、この伝言ゲームを楽しんでいます。本当はゲームなどと言ってはいけないのですが、彼らにとってはゲームです。
しかし噂の当事者にとっては……。いたたまれなくなって「もう、会社を辞めようか」というくらいショックを受けます。噂を拡散している人たちは、人を陥れてやろうとまでは考えていないのかもしれませんが、被害者にとってはまさに「いじめ」です。
■知らぬ間に“加害者”にならないように
噂話の被害者はどうすればいいのでしょうか。
実は被害者にできることは、ほとんどありません。
考えてみれば当然なのですが、噂話の当事者になることを避けるのは簡単ではありません。自分がそこにいないかのように、存在感を消して目立たなくしているしかないのかもしれません。でもそれだって万全じゃありません。どんなに存在感を消そうがどうしようが、存在していることは確かなのですから、何かの拍子に噂の的になってしまう可能性がなくなることはありえません。
ここで大切なのは、「被害者にならないように」と小さくなって生活することではありせん。むしろ、自分が加害者にならないように注意すべきです。
人生においては、知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまう、ということが往々にしてあります。噂話を広める行為はその典型かもしれません。
誰かから聞いた話を面白可笑しく尾ひれをつけてしゃべってしまった。それが噂の当事者にとって「会社を辞めたい」とか「死んでしまいたい」と思うほどに、追い詰められることなるとも知らずに。
もし自分が流した噂のせいで、誰かの人生が狂わされてしまったとしたら?
悪気はなかったのだけど……では済まされません。ですから、自分は噂話を広めるような人間にはならないようにしよう、という覚悟を一人ひとりが持つことが抑止効果につながると思います。
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日本メンタルヘルス講師認定協会 代表理事
1961年生まれ。大学卒業後、外資系コンピューターメーカーなどを経て、98年に野村総合研究所に入社。主席研究員としてメンタルヘルスの研究調査、研修開発に携わり、日本のメンタルヘルス研修の草分けとして活躍。2015年より日本メンタルヘルス講師認定協会の代表理事に就任。20年かけて開発した2日間の「ヒューマンスキルを強化するマネジメント研修」は大企業を中心に絶大な支持を得ている。著書に『心が折れる職場』『上司が壊す職場』(以上、日経プレミアシリーズ)など多数。
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(日本メンタルヘルス講師認定協会 代表理事 見波 利幸)
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