「五輪効果ではない」最高倍率111倍…あの"選手村マンション"が飛ぶように売れる本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年6月9日 10時15分
■誰も経験したことのないプロジェクト
――東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の選手村として活用された施設を新築住宅として販売する「HARUMI FLAG」。約1年半ぶりに再開された2021年8月~11月の販売時には平均倍率8.7倍、最も人気のあった最上階の部屋は111倍にもなりました。
古谷さんは営業畑が長かったそうですが、このプロジェクトをはじめて聞いた時、「売れる」「いける」と思いましたか。
【古谷歩さん】(以降、古谷さん)僕の仕事って、「いける/いけない」というよりかは、「いかせる」仕事なんですよね。ただ、約20年のキャリアの中で断トツで難しい案件だとは思いました。
――HARUMI FLAGの「難しさ」を具体的に教えてください。
【古谷さん】一番は、誰も経験したことのないプロジェクトだったことです。
たとえば、JRや地下鉄の駅から徒歩10分圏内で100戸程度の規模の新築マンションであれば過去にも似た事例があります。どんなお客さまに気に入っていただけるか等、ある程度見込みが立てられるわけですね。
方やHARUMI FLAGは、都心へのアクセスは新交通システムであるBRT(現:東京BRT、バス高速輸送システム)となっており、総戸数4145戸という桁外れの規模の分譲住宅が一斉に完成するという前例のないプロジェクトですから、参考にできるものがなかったんです。
■「BRT」の運行にも頭を悩ませた
――古谷さんが所属されている三井不動産レジデンシャルを筆頭に、三菱地所レジデンス、野村不動産、住友不動産等、日本を代表する不動産会社が参加しています。取りまとめるだけでも一苦労かと。
【古谷さん】HARUMI FLAGの分譲住宅事業に携わる事業者は11社となっており、それぞれの会社に風習があり、住宅に対する考え方も異なります。そんな中で、いろいろ議論をしながら物事を決めていったわけですが、たとえば会議も1社3人参加するだけで30人規模になってしまう。
加えて、HARUMI FLAGの重要な交通システムである、湾岸エリアと都心部をつなぐBRTの運行がどうなるのか、という問題もありました。
――解体した築地市場の地下に開通する予定の環状2号線本線トンネルを通って、ノンストップで都心まで行ける新たな交通システムがBRTですね。
【古谷さん】コロナや五輪の前に、築地市場の移転問題もありました。築地市場が豊洲に移らなかった場合は当然トンネル工事もできず、BRTの運行も暗礁に乗り上げます。
一時は、「街の重要な交通機関が開通しない状況で4145戸ものマンションを販売できるのか……?」と、頭を抱えた時期もありましたが、ご存知のとおり築地市場は無事、豊洲へ移転しましたので、みんなで胸をなでおろしました。
■想定外の事態「東京五輪の延期」
――築地市場移転問題を経て、2020年に入ってからは新型コロナウイルスの影響で東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が延期されるというまさかの事態が起こります。
【古谷さん】忘れもしない2020年3月、当時の安倍首相が東京2020大会を延期すると発表しました。報道を見て頭が真っ白になりました。
HARUMI FLAGは、東京2020大会の選手村として活用された後、新築住宅として完成するプロジェクトなので、大会が延期されたことで、当然、いろいろなスケジュールを変更せざるを得なくなりました。
延期が決まった段階では、940戸を売りに出した状況で、順調に売れていました。ご購入いただいたすべてのお客さまにスケジュールの変更などをお伝えしなくてはならなかったのですが、新型コロナウイルスの影響で延期となった2021年の大会が開催されるかどうか、開催直前まで分かりませんでした。そのため、確定したスケジュールをお伝えすることができず、心苦しかったです。
――そもそも選手村のときとはまったく部屋の仕様が異なるんですよね。
【古谷さん】お風呂やトイレ、フローリングなど、何から何まで作り変えるんです。ただ、大会が終わらないことには工事に入れません。当時、契約済みのお客さまの声として一番多かったのは、「早く確定情報をもらってすっきりしたい」。今後の予定が立てられないので、当然のお声だったと思います。
■売れた理由は「五輪効果」ではない
――一年延期で、2021年夏の開催が決まってからも抗議活動が続き、直前まで「本当に開催するの?」という雰囲気でした。“東京2020大会の選手村”として使われなかったら、マンションの売れ行きは変わっていたと思いますか。
【古谷さん】僕は2018年の平昌冬季大会の選手村として活用された分譲マンションを見に行ったのですが、すごく販売が好調だったんです。関係者に「売れた理由の一つに選手村として使われたというプレミアムはあったのですか」と聞くと、「全くなかった」と言っていました。
そのときは釈然としなくて、「少しは五輪効果があったんじゃないのかな」と思っていましたが、実際自分で販売してみると、平昌の人の言葉はそのとおりだったな、と思いましたね。
――東京大会は結果的に開催されましたが、開催の有無は不動産価値にさほど影響しない、ということですよね。
【古谷さん】大会期間中に、選手たちが部屋からの眺望写真をSNSにあげていたお陰で問い合わせは増えましたけれども、最後、契約書に印鑑を捺すときの決め手はやっぱり住宅としての価値だったと思います。何千万円もする一生に何度もない大きな買い物ですので、「オリンピックがあったから買う」という感じではなかったですね。
■購入者の決め手は「部屋の広さと環境」
――ずばりHARUMI FLAGを購入した方の「決め手」はなんだったのでしょう。
【古谷さん】お部屋の広さと環境だと思います。本来求めていたものを、妥協せずお買い求めになっている方が多いですね。
これまではとにかく利便性を第一に、少々狭くても、陽がそんなに入らなくても、景観が気に入ったものでなくても、「駅から近い」「都心」といった部分で飲み込んできたところがあったように思います。
――「都心に住めるなら多少のことは目をつぶろう」ということですよね。
【古谷さん】70平方メートルという広さはファミリータイプでいうとごく平均的な広さですが、正直、そんなに広くはないですよね。
きっと皆さん、総合的な判断でご納得の上でお買い求めになっていると思いますが、その広さで100%満足かというと、また違うような気がして。
そんな中で新型コロナウイルスの影響で家の中にいる時間が増え、本来、住環境に求めていた部分を見つめ直した結果、一日中家にいても窮屈さを感じない広さ、目の前が開けた開放的な景色、散歩に最適な自然環境といった部分を高く評価していただけたのではないかと思っています。
■「買い替え」をするケースが多い
――都内のマンション価格が高騰を続ける中、たとえば「PARK VILLAGE」第2期の場合、69.2平方メートル~106.82平方メートルで価格は5770万円~1億2900万円。最多価格帯は6900万円で、お手頃感があるように思います。
【古谷さん】価格だけではなく、本来求めていた広さを妥協せずにお買い求めになっている印象です。
たとえば他の都内のマンションで70平方メートル/1億円、HARUMI FLAGが同じ広さで7000万円だとします。普通であれば3000万円お得に70平方メートルの部屋が買えるのでそれでいいはずですが、HARUMI FLAGのお客さまの場合、1億円で90平方メートル以上の広いお部屋を選んでいただくパターンが多いです。
あと特徴的といえば、他の物件と比べると、買い替えをするお客さまも多いですね。
――現在すでに購入している住まいを売って、HARUMI FLAGに買い替える、ということですね。
【古谷さん】他の物件の場合、はじめて家を買うお客さまが大半ですが、HARUMI FLAGでは、すでに自宅を所有しているにもかかわらず、広さや眺望条件など、より良い条件を求めて買い替えをする方がとても多いです。
家族が増えて手狭に感じて買い替えを決めた方や、仕事がテレワークになり、日照条件や眺望条件、自然環境の方が駅からの距離よりも重要だと感じるようになった、といったお声を聞いています。
■どんなに倍率が上がっても、危機感は消えない
――HARUMI FLAGの好調な動きは、まさに古谷さんたちが「いかせる」努力をされてきたからですよね。ここまでくると安心して見ていられますか。
【古谷さん】平昌の物件はとてもよく売れましたが、全然ニュースにならなかったですよね。たいてい、売れなかったときだけ騒がれるんです。そういう恐怖は正直、今でもあります。
――抽選で奪い合いになっているような状況でも不安があるんですね。
【古谷さん】住宅販売における一番のリスクは、マーケットの変動です。HARUMI FLAGのように戸数が多くて販売期間の長いプロジェクトは、最初から大きなリスクが運命づけられているとも言えます。だからいまだに危機感が消えないのかな、と。
――話はそれますが、古谷さんのようなベテラン営業の方だと、買う人/買わない人がすぐわかったりするものですか。
【古谷さん】さすがにわかりません。何千万円もする大きな買い物ですので、多くの方は住宅ローンを利用されるのですが、そうなると、家族構成や勤務先、収入など、かなり生々しい話まで聞かないといけません。初めて会った営業担当者にそこまで最初から本音で話してくれないですよね。こちらが聞きたいことよりも先に、お客様が知りたいことに丁寧に答えるなど、真摯に対応し、お客さまに信頼できる相手だと思っていただけなくてはいけません。人生を懸けてくるお客さまに対し、自分も本気になって向き合うことを常に心がけています。
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編集者・ライター
1983年生まれ。TV制作会社を経て出版社に勤務。その後フリーランスとなり、書籍やフリーペーパー、映画パンフレット、広告、Web記事などの企画・編集・執筆をしています。ネタを問わず、小学生でも読める文章を心がけています。
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(編集者・ライター 小泉 なつみ)
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