顔中の肉を銃剣でそぎ落とす…捕虜救出のため中国に潜入したアメリカ人工作員に中国共産党が行ったこと
プレジデントオンライン / 2022年7月23日 12時15分
※本稿は、江崎道朗監修・山内智恵子著『インテリジェンスで読む日中戦争』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
■「中国共産党は共産主義者ではない」という神話
1930年代から第二次世界大戦後にかけて、アメリカの世論やアカデミズムや軍と政府の要人たちの間で、中国共産党について2つの「神話」、つまり、根本的に間違った2つの知識が信じられていました。
1つは、「中国共産党は共産主義者ではない」というものです。1930年代、中国共産党は封建的な土地制度の改革を求めている農業改革者であって、「共産主義では全くない」という見方が「ノーマルな」ものとして受け入れられていました(バーバラ・W・タックマン『失敗したアメリカの中国政策 ビルマ戦線のスティルウェル将軍』p184)。
この間違った理解が広まった背景には、ソ連と中国共産党の巧みな宣伝工作がありました(佐々木太郎「太平洋戦争下におけるアメリカと中国共産党のインテリジェンス関係」、軍事史学会編『日中戦争再論』p266,269)。
第二次世界大戦でソ連がドイツに対して攻勢に転じ、戦況が改善してきた1943年夏頃になると、腐敗している国民党の蒋介石政権よりも、中国共産党の方が「民主的」であり、大衆の支持を得ているという宣伝がアメリカを中心とする国際社会において強化されていきました。
そうした宣伝の中には、「[中国共産党が全綱領の基礎としている土地改革を]共産主義と呼ぶことは、どんなに概念を拡張してもできないだろう。これこそ農業社会に適用されたブルジョワ民主主義に他ならない」と主張するものさえあります(Thomas Bisson, China’s Part in a Coalition War, Far Eastern Survey, Vol.XII, No.14, July 15, 1943. 日本語訳は長尾龍一『オーウェン・ラティモア伝』p65)。
この宣伝に乗ってしまった人々が米軍や米政府の幹部の中に大勢いました。
共産主義や中国共産党の実態に対してあまりにも的外れな理解だったとしか言いようがありませんが、これは決して過去の問題ではありません。
■中国が豊かになれば、民主主義や人権を尊重するはず
歴史家・戦略家で、軍事史及び現代中国の専門家であるマイルズ・マオチュン・ユ教授は、フーバー研究所ホームページに掲載した記事「トランプ政権の中国政策が直面する課題と好機」(2021年10月8日取得)で、一般的にアメリカは共産主義のイデオロギーに対する関心が欠けていることを指摘しています。
ユ教授によれば、共産主義への関心の欠如は2つの問題を生んでいます。
第一に、内政や外交で中国共産党の指導者たちを動かしている原動力を考察できていないということ。第二に、中国が多かれ少なかれアメリカと同じように行動するに違いないという思い込み。この思い込みがあるから、アメリカは、中国を国際的なルールに基づく貿易体制に組み込めば、アメリカと同様にルールを守って行動するだろうと期待したし、アメリカと同様に中国も経済的繁栄を通じて進歩や政治的自由の拡大を実現していくだろうと考えたわけです。
アメリカが中国を経済的に豊かになるよう支援すれば、やがて中国共産党政権も民主主義や人権を尊重するようになるはずだ、単に時間の問題だというのが、大失敗した関与政策の考え方でした。関与政策の根底にはアメリカの共産主義イデオロギーに対する無関心や無知があったということです。
■中国北部での中国共産党軍vs日本軍の実態
もう1つの「神話」は、「蒋介石の国民党軍がアメリカの膨大な支援を受けながらろくに日本と戦っていないのにひきかえ、中国共産党軍は血を流して日本と戦っている」というものです。中共軍と日本軍との熾烈な戦いは、アメリカ人が入れない、従って情報収集ができない中国北部で展開されていることになっていました。
実際には、中共軍は中国北部であまり戦わずに日本軍及び汪精衛軍(※)と共存しており、汪精衛軍に賄賂を渡して日本製の武器の横流しを受けていました。
第一の「神話」は戦後になってもしばらくは生き残るのですが、第二の「神話」は第二次世界大戦末期の数カ月の間に露見します。ウェデマイヤーによる情報機関指揮系統の統合が整い、それまでずっとアメリカ情報機関が実現できなかった、中国北部への工作を開始したからです。
※汪精衛軍:1940年に成立した対日協力政権の軍
■工作員チームの任務は汪精衛軍との協力関係を探ること
1945年5月、対外情報機関の戦略情報局(the Office of Strategic Services/OSS)は、コード名を「スパニエル」という工作員チームを河北省阜平(ふへい)に派遣しました。阜平というのは、日本の占領地区からわずか800メートルの地点で、中共の支配地域でした。スパニエル・チームがパラシュートで着陸したところ、事前に連絡を受けていなかった地元の中国共産党員が直ちに全員を拘束し、監禁しました。
中国戦域米軍司令官のアルバート・ウェデマイヤーは、汪精衛軍に賄賂を払って武器を買うための費用を中共から求められたことがありますから、中共と汪精衛軍との間に相当のコネがあることは当然わかっていました。中共は、汪精衛軍と上手く接触できるのは自分たちだけだと主張していましたが、中共が汪精衛軍から手に入れる武器はいずれ中共と国民政府との決戦に使われるはずです。なので、ウェデマイヤーは、汪精衛軍とのコネをアメリカの金と武器を得るための中共の専売特許にさせておくわけにはいかないと考え、米軍が自ら汪精衛軍との協力関係を作るべきだと決意しました(OSS, p.220)。
スパニエル・チーム派遣の目的は、汪精衛軍の将軍たちと協議して、情報収集や工作のためのネットワークの構築、心理戦のための基地設置、日本軍の通信線や重要インフラに対する破壊工作などについて、どのような協力が取り付けられるかを知ることにありました(OSS, p.221)。
■OSSの活動を阻止しなければならない4つの理由
中国共産党としては、OSSが中国北部で独立して活動するのを絶対に許すわけにいきませんでした。
第一に、自分たちだけが汪精衛軍と上手に接触できるという主張の信頼性がなくなります。第二に、中国北部で中共と汪精衛軍がずっと協力してきたことが露見すれば、ワシントンと重慶から非難される恐れがあります。第三に、OSSと汪精衛軍が協力したら、汪精衛軍は中共軍を敵として戦うようになる可能性があります。第四に、事前通告なしでOSSが中国北部に入ってくれば、中共が日本軍と激戦しているというプロパガンダの嘘が明るみに出てしまいます。
スパニエル・チームがパラシュート降下してきたのは、まさに中共軍と汪精衛軍が平和共存している地域でした。放っておけば、スパニエル・チームはこの地域の実情を報告するにきまっています(OSS, pp.221-222)。
事実、スパニエル・チームは拘束される前に、「八路軍(中共軍)によって行われた実際の戦闘は非常に誇張されている。日本軍や汪精衛軍と真剣に戦わないことが中共の方針であり、時々奇襲攻撃を行った程度だった」とウェデマイヤーに報告を送っていました(p.183)。
■OSSが戦略的重要地点としたのは山東半島
中国共産党はスパニエル・チームを4カ月間軟禁し続け、外部との連絡を許しませんでした。その間、司令部もOSSも、スパニエル・チームに何が起きたのかわからないままでした。
その間にOSSは西安に基地を作り、中国北部、北東部、満洲、朝鮮に潜入する計画を準備していました。その中で恐らく最良の成果を上げていたのが、山東半島を作戦地域とする「R 2Zミッション」というチームでした。ミッションの目的は、北京から黄河流域に至る地域で12の情報収集・工作ネットワークを作ることにありました。リーダーのジョン・バーチ大尉は、中国語に堪能で、中国をよく知っており、日本の占領地内に豊富な人脈を持つ最優秀の情報士官だと評価されていました(OSS, pp.227, 235)。
OSSの分析によると、山東半島は戦略的に極めて重要な位置にあります。第一に、日本・中国中央部・朝鮮と中国東北部・満洲とを結ぶシーレーンを擁し、第二に、山東省を占領する軍隊は中国中央部と北部を南北に結ぶ二つの鉄道路線のうちの1つを押さえることができます。第三に、山東省に情報工作基地を置けば、河北、察哈爾、熱河、満洲、朝鮮をカバーできます。そのため、OSSは山東半島への潜入を以前から切望していました。山東半島からOSSが入手できた情報は乏しく、唯一成果を上げていたのがバーチのミッションでした(OSS, p.236)。
■ヤルタ会談後、中国共産党の米軍への態度は一変
1945年8月上旬、日本の降伏が近いと知ったOSSのドノヴァン長官や、中国戦域の米軍とOSSの幹部らは、中国北部、満洲、朝鮮への工作を加速させます。ドノヴァンは、ソ連が占領したら入れなくなるから、一刻も早く入っておかなければならないと檄を飛ばしました。
一方、中共は1945年2月のヤルタ会談以降、米軍への態度を一変させていました。1945年1月までは、中共は揉み手で米軍やOSSに接近していました。中共支配地域にある連雲港を上陸地点とする共同作戦を米海軍に持ちかけたり、朱徳が汪精衛軍への大規模な浸透工作をOSSに提案して2千万ドル貸すよう求めたり、といったことです。
ところがヤルタ会談の密約でソ連が戦後、旅順と大連を得ることになったので、米軍を中国北部や中央部に入れないよう、強硬に抵抗する方針に変わりました。
■戦争捕虜救出作戦に向かった工作員の最期
そういう中で8月15日に日本が降伏し、バーチは連合軍の戦争捕虜救出作戦の一環として、江蘇省経由で山東省に行くよう命じられます。8月20日、バーチのチームは徐州経由で山東省に入りました。任務の一つとして、バーチは、汪精衛政権の淮海県主席兼守備隊司令官の郝鵬挙との接触を命じられていました(OSS, pp.236-237)。
実は、郝鵬挙の指揮下にある4人の師団長のうちの2人と幕僚のほとんどが、何年も前から中共の秘密工作員で、1942年以来、中共が淮海司令部をコントロールしていました。また、郝鵬挙は蒋介石の任命を受けて第六路軍の司令官となったのですが(正式発令は1945年9月)、この第六路軍も隅々まで中共に浸透されていました。
バーチ一行が出発した頃、中共は、第六路軍を引き連れて中共軍に加わるよう、郝鵬挙を説き伏せようとしている最中でした。バーチ一行の来訪に協力するよう命じる公電が郝鹏举に届くと、中共の情報機関が傍受し、なんとしても一行を阻止するべく活発に捜索を始めます。そして8月25日、バーチら一行は黄口駅で中共軍に武装解除を命じられ、バーチは左腿を銃で打たれ、縛り上げて引きずられた末、銃剣で刺殺されます。
後日行われた米軍の現場調査の報告によると、身元がわからないように銃剣で切り刻まれた顔面は、2本あった義歯すら失われてほとんど骨しか残っておらず、喉は耳から耳まで、刃物で切られたか、あるいは、側面からダムダム弾で撃たれたようにぱっくり開いていました(OSS, pp.237-239)。
■中共と友好的関係を持てるという幻想は吹き飛んだ
ウェデマイヤーは8月30日、重慶を訪れていた毛沢東と周恩来に、バーチ事件とスパニエル・チームの拘束事件について強硬に抗議しました。周恩来はその席で、スパニエル・チームの解放に同意しました。ところが、この会談の翌日に中共は、OSSが直隷省(ほぼ現在の河北省にあたる)に派遣した別のチームを拘束しています。OSSは組織をあげて行方を捜索し、国民政府の情報機関「軍統」のリーダー戴笠や、降伏した日本の憲兵らにも情報を求めました。中共が直隷チームの解放に応じたのは、9月後半にOSSがようやく所在を突き止めてからのことです(OSS, pp.240-241)。
戦争末期、OSSは、日本と激しく戦っていたという中共軍の主張が嘘だったことを認識しました。そして、スパニエル事件、ジョン・バーチ殺害事件、直隷チーム拘束事件の3つの事件によって、中共と協力して情報工作を行うことが可能だとか、中共と友好的関係が持てるといった幻想も根こそぎ吹き飛んでしまいました。
※本文中の(p. XX)は『The Dragon's War : Allied Operations and the Fate of China 1937-1947[龍の戦争――連合軍の作戦と中国の運命 1937~1947年]』(Naval Institute Press, 2006, 未邦訳)の参照箇所を指す
※本文中の(OSS, p, XX)は『OSS in China: Prelude to Cold War[中国のOSS――冷戦の序曲]』(Yale University Press, 1997, 未邦訳)の参照箇所を指す
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評論家
1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、国会議員政策スタッフなどを経て2016年夏から本格的に評論活動を開始。主な研究テーマは近現代史、外交・安全保障、インテリジェンスなど。社団法人日本戦略研究フォーラム政策提言委員。産経新聞「正論」執筆メンバー。「江崎塾」主宰。2020年フジサンケイグループ第20回正論新風賞受賞。主な著書に『日本は誰と戦ったのか』(第1回アパ日本再興大賞受賞、ワニブックス)、『知りたくないではすまされない ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』(KADOKAWA)、『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』(PHP新書)などがある。
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日米近現代史研究者
1957年(昭和32年)東京生まれ。国際基督教大学卒業。津田塾大学博士後期課程満期退学。日本IBM株式会社東京基礎研究所を経て現在英語講師。近年は、アメリカのインテリジェンス・ヒストリー(情報史学)や日米の近現代史に関して研究し、各国の専門書の一部を邦訳する作業に従事している。著書に『ミトロヒン文書 KGB(ソ連)・工作の近現代史』(監修:江崎道朗 ワニブックス)がある。
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(評論家 江崎 道朗、日米近現代史研究者 山内 智恵子)
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