大谷翔平、ダルビッシュ有、田中将大…プロ野球屈指の名捕手が「圧倒的ナンバーワン」と呼ぶ投手の名前
プレジデントオンライン / 2022年8月6日 13時15分
※本稿は、谷繁元信『勝敗はバッテリーが8割』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■松坂大輔の意中の球団は「横浜」だった
1998年に横浜高校の松坂大輔が甲子園春夏連覇を果たした。その秋、横浜ベイスターズが日本一。松坂本人が「意中の球団は横浜ベイスターズ」と語っていたドラフト会議では、日本ハム・横浜・西武の3球団の指名が競合した。
相思相愛――正直、僕は「入ってほしいな」と思っていたし、ベイスターズが当たりクジを引いていたらバッテリーを組めていたが、残念だった。
西武に入団した松坂は、1999年から2001年まで史上初の高卒3年連続最多勝に輝いた。
僕と松坂の初顔合わせは、2004年の日本シリーズだった。レギュラーシーズン2位から勝ち上がってきた西武と、セ・リーグ覇者の中日が激突。4勝3敗で西武が日本一になった。松坂は第2戦の敗戦投手、第6戦の勝利投手だった。
第2戦、まず僕は松坂から勝ち越しとなる押し出しの四球を選んだ。次の打席では黒星をつける勝ち越しタイムリーを放った。狙い球をスライダーに絞って、初球から打って出た。第6戦でも松坂からヒットを放っている。
松坂は、コントロールはそんなにいいほうではない。ストレートは迫力と威力があった。スライダーは曲がりが大きいし、キレがある。
2006年のWBCでは、ブルペンで松坂の球を受けた。肩・ヒジ・手首の使い方が巧い、器用な投手だと思った。
捕手目線でいうと、腕を振って少したってから球が出てくるような感じだ。松坂本人は「理想の自分の球というのは、初速と終速の差が5キロしかない160キロ」と語っていたらしい。まさに「球離れが遅いスピードボール」のイメージだ。
打者目線では、腕の振りとその球の勢いが合わなくて、タイミングが取りづらいかもしれない。力感あるように見える投球フォームだが、実際はそんなに力感はない。でも迫力を感じる不思議な投手――それが僕の松坂に対する印象だ。
■平成の怪物と呼ばれるワケ
2007年はレッドソックスで15勝を挙げ、ワールドシリーズも制覇。2008年は18勝3敗で貯金15。2009年はWBCで2大会連続MVPに輝いた。
しかし、2011年に右ヒジを痛め、トミー・ジョン手術を受けた。以降は故障に悩まされることとなる。現役23年間の実に半分がケガとの闘いだった。
僕が2016年を最後に中日監督のユニフォームを脱いだあと、18年に中日で松坂は6勝を挙げた。そういう意味では僕と松坂は、残念ながら縁がなかったのかもしれない。
日米通算170勝。「平成の怪物」と呼ばれた本来の実力からすれば、もう少し勝てたのではないかという思いもある。
だが松坂は、1998年春夏の甲子園大会、2002年・04年のパ・リーグ、04年の日本シリーズ、07年のワールドシリーズ、06年・09年のWBCと、すべてのカテゴリーで優勝経験を持つ。やはり「平成の怪物」と呼ばれて間違いはなかった。
■まったく打てる気がしなかったダルビッシュ
僕はダルビッシュ有の投球を受けたことはないが、日本ハム時代の2006年と07年の日本シリーズで打者として対戦している。両年ともダルビッシュは1勝1敗で、2006年は日本ハム、07年は中日が日本一だった。
僕は1998年の対西武をはじめ日本シリーズに6度出場、計27安打しているが、ダルビッシュから打ったヒットは、トップ3に入るぐらいうれしいヒットだった。内角高めのストレートを詰まりながらセンター前に持っていった。
ダルビッシュの球は全部が脅威で、自分のなかでは打てそうな雰囲気がまったくなかった。だから、どの球種を狙って打ちにいったというより、各打席で来そうな球を単純に狙った。
初めて僕と対戦した日本シリーズの2006年から、ダルビッシュは6年連続2ケタ勝利、07年から5年連続防御率1点台という成績を残した。
メジャーでも、2013年に野茂英雄さんに次ぐ日本人2人目の最多奪三振のタイトルを獲得した。シーズン277奪三振で、9イニング平均奪三振は11.89個。これは2019年の、千賀滉大(ソフトバンク)の日本記録11.33個を上回る。メジャーにおいて日本記録を上回る驚異的な数字を残したわけだ。
2020年は新型コロナの影響で大幅に縮小されたとはいえ、シーズン全60試合で8勝を挙げ、日本人初の最多勝に輝いた。
■11種の変化球すべてが勝負球になる
「一種の表現なので、変化球というのは。セットポジションから動き出すそのタイミングから、キャッチャーのグローブに収まるまでが一つの変化球。一つのアート」(『クローズアップ現代+』NHK総合、2021年4月14日)――そうダルビッシュが語っているだけあって、変化球は多彩だ。10種類とも11種類ともいわれ、代表的なものはスライダー、カットボール、シンカー、カーブ、フォーク、チェンジアップ……。
球種が11種類もあれば、どれかは劣るものだ。しかし、ダルビッシュはそれどころか、全部を勝負球で使える。11種類を操るだけの技術を持っているということだ。だから僕が対戦した投手のなかで、圧倒的ナンバーワンはダルビッシュだ。
一方で、もっと勝っていてもいい投手だと思う。その要因はケガであったり、チーム事情で勝ち星が伸びなかったりということもあるだろう。打順・相手打者・自分の体調・感情によって、少し手を抜くというか、スタミナ配分を考えているようにも感じる。もし一切手を抜かずに投げ続けたら、とんでもない成績を残すはずだ。
だが逆にいえば、ダルビッシュほどの投手でも勝てないときはあるのだから、野球はやはりバッテリーで協力しなくてはならない。あらためてそう思う。
■田中将大は本格派か技巧派か
マー君こと田中将大について、捕手出身の野村克也さんは「新人時代のマー君はスライダーがいいから使いたくなった。技巧派だ」と語った。一方、投手出身の江夏豊さんは「技巧派に見えるほど繊細なコントロールを武器にした、大胆かつ細心な本格派だ」と言う。
僕はマー君を、両方を兼ね備えた「パワーのある技巧派」と見ている。
菅野智之とタイプは一緒だ。それは数字が証明している。菅野の9イニング平均与四球は1.77個、平均奪三振は8.03個。マー君の9イニング平均与四球は1.82個、平均奪三振は8.39個だ。先述したように与四球が2.00以下だとかなりコントロールがよく、奪三振が8.00個以上だとかなり多い。
マー君の球種のなかで、打者にとって一番邪魔なのはスライダーとフォークだ。2種類の変化球の質がよすぎるのだ。だから投球に幅ができる。打者にとっては嫌な投手だ。さらにストレートを含め、すべての球種をコントロールよく操れるのも強みだ。
2021年、マー君は新人の佐藤輝明(阪神)にヒザ元のスライダーを本塁打にされた。帰国した同年、楽天で思うように勝ち星が伸びなかった。どうしたって2013年の「24勝0敗」のイメージで見てしまうのだ。
しかし、メジャーで6年連続2ケタ勝利をマークした「試合を作る技」はさすがだ。イニング数もしっかり稼いでいる。
メジャー経験をいかしてベース板の上で球を動かした黒田博樹(広島)、本格派から技巧派に転身して中日で6勝を挙げた松坂大輔のように、これまでの投球スタイルを見直していくことになるだろう。
2021年終了時点で、日米通算181勝90敗、勝率.668。これは通算180勝の斎藤雅樹さんの勝率.652をも上回っている。相変わらず負けない男である。
坂本勇人(巨人)と少年野球でバッテリーを組んでいた同級生だ。坂本は2020年に通算2000安打を達成した。マー君の通算200勝も射程圏に入っている。
■大谷翔平が変えたメジャーの“あるルール”
大谷翔平が日本にいた2013年から16年までのセ・パ交流戦で対戦している。
2015年の大谷は、最多勝・最優秀防御率・最優秀勝率のタイトルに輝いた。
2016年は当時日本最速の165キロをマーク(21年に巨人・ビエイラが166キロで更新)。投打二刀流で日本一に貢献し、MVPに輝いた。
この2016年から投手と野手の両方でのベストナイン受賞が認められるようになった。1940年から77年間続く日本プロ野球のベストナイン表彰のルールを大谷が変えてしまったのだ。
メジャーでも1年目、2018年の「10登板・20本塁打・10盗塁」は史上初の快挙だった。2021年は権威あるメジャーのオールスターゲームに、本来ならありえない「1番DH・投手」で出場。日本でのベストナイン表彰に続き、メジャーのルールも変えてしまった。しかも、この「先発投手・DH兼任」は2022年シーズンから適用されるようになった。
2021年は9勝・46本塁打の大活躍で、メジャーでMVPを獲得した。ベーブ・ルースの1918年「13勝・11本塁打」、19年「9勝・29本塁打」以来、2人目の偉業なのである。
■いつまで投手を続けられるのか
投球は、大谷が本来やろうとしている理想に徐々に近づいているようだ。ストレート、スライダー、フォークボール。大谷は「パワーピッチャー」だ。「打者を圧倒できる」ことが、僕がいうパワーピッチャー系の定義となる。
菅野智之やマー君は打者を圧倒はできないが、打者にとって嫌な投手だ。だから「パワーのある技巧派」。しかし、ダルビッシュや大谷は打者を圧倒できる。僕が対戦した打席では、ものすごい「圧倒力」を体感した。
バッティングは、2020年までは左中間に流し打った打球が伸びたときにスタンドインする印象があったが、翌2021年はレフトに力強い打球を飛ばし、高さ11.3メートルの「グリーン・モンスター」越えを放った。一方で、ライトに思い切り引っ張って本塁打にすることも増えた。
もともとスイングスピードが速かったところ、体が一回り大きくなってスイング力もついた。だから相手投手の球にまったく力負けしない。
打ち方、タイミングの取り方、バットの軌道も変えて、相手投手に対応できるような形は、いま完成に近づいている。
大谷の投打二刀流に関しては賛否両論あるが、現在はいいと思う。二刀流ができる間は続けてもいい。いま大谷がやっていることは、僕たちの次元を超えている。なにしろベーブ・ルース以来、100年に1人なのだから。誰にも判断できないのだ。
ただ、投手を続けるのが絶対無理なときは来る。とくに大谷はパワー系だから、力が落ちるときは来る。投手ができなくなったとき、しっかりと打者に専念する判断をしてほしい。最終的には打者一本で最後までやることになるだろう。ベーブ・ルースも最後は打つだけだった。ただ、どうせならベーブ・ルースの記録を全部抜いてほしい。
■100年に1人の逸材を見られる幸せ
もしも、投手・大谷を僕がリードするとしたら……。
「このあたりにどうぞ、ストレートを思い切って投げてください」「はい、スライダーをこのあたりから曲げてね」。そんな、おおまかな感じで大丈夫だろう(笑)。
では、打者・大谷を僕が討ち取るとしたらどうだろう。内角気味の球でファウルを打たせながらカウントを稼ぎ、内角高めの邪魔な球で打者を嫌な感じにさせて、外角に落とす。これが基本になるだろう。
それにしても、メジャー100年に1人の選手が、同じ日本人だというのは誇りだ。次にこんな選手が出るとしたら100年後。僕は大谷を同じ世代で見られてよかった。もはやファンのような感覚だが、別次元のプレーを見られる幸運をみんなで楽しみたい。
“It’s SHO-TIME!”
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野球解説者
1970年、広島県生まれ。右投げ右打ち、176センチ・81キロ。島根・江の川高校(現・石見智翠館高校)卒業。1988年ドラフト1位で横浜大洋ホエールズ入団。2002年、中日ドラゴンズに移籍。2014年からはプレーイング・マネジャーを務め、2015年限りで現役を引退すると、翌年に専任監督就任。通算成績は2108安打、打率.240、229本塁打1040打点。通算3021試合出場は日本記録、捕手として2963試合出場は世界記録。ゴールデングラブ賞6度、ベストナイン1度、最優秀バッテリー賞4度受賞。オールスターゲーム12度出場。
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(野球解説者 谷繁 元信)
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