「政権担当能力なし」と見なされ自滅…立憲の「提案型野党」が自公政権を利するだけに終わったワケ
プレジデントオンライン / 2022年8月22日 16時15分
■立憲の執行部刷新が関心を引かないのは良いこと
7月の参院選で敗北を喫した立憲民主党。続投を表明した泉健太代表は、10日に出された参院選の総括を踏まえ、近く新執行部の人事を行う見通しだが、ほとんど世論の関心を引いていない。
良いことだ、と筆者は思う。民主党の政権転落以降のこの10年、大きな選挙で負けるたびに「解党的出直し」と騒ぎ立てては、外野の声に振り回されて代表選や執行部人事に明け暮れ、党内の「バラバラ感」を露呈して国民の信頼を失うという「野党お決まりの姿」にうんざりしてきた者としては、良い意味で動揺の少ない党の現状が、むしろ清々しい。
だからと言って立憲にとって、参院選が大きな敗北だったことに論評の余地はない。良くも悪くも永田町が静かな今のうちに、筆者としても立憲の参院選を総括しておきたい。
■「提案型野党」は国民民主党が既に失敗している
参院選における立憲の最大の敗因は「昨秋の衆院選の評価を誤った」ことだと、筆者は考えている。「決して負けてはいなかった」選挙結果を「惨敗」と思い込んだ立憲は、あふれるほどの「野党は批判ばかり」批判にあおられ「提案型野党」という無用の路線見直しにひた走った。
しかし「提案型野党」は、立憲への合流を拒んだ国民民主党が打ち出し、すでに失敗が見えている路線だ。
「提案型野党」というと何か新しい概念のように聞こえるが、要は20年以上も前から「是々非々」路線と呼ばれてきたものだ。二大政党のどちらにもくみしない「第三極」政党が、何度となくこの言葉を掲げて誕生しては、やがて「与党寄りか野党寄りか」で党内対立を起こして分裂し、消えていった。国民民主党自身、3年前の前回参院選のころは立憲と野党第1党を争う存在だったのに、気が付けば泉代表を含む多くの議員が立憲に流れ、今や党単体で野党の中核となるのはほぼ不可能になっている。
「提案型野党」にせよ「是々非々」路線にせよ、参院選で6議席を獲得する程度の支持なら得られるかもしれないが、衆院で二大政治勢力を志向する小選挙区制を導入している日本で、その旗印を掲げて政権を争う政党になるのは、どだい無理な話である。
そんな先細りの路線に「色目を使った」ことによって、立憲はコアな支持者の信頼を低下させたばかりか、自公政権に対峙(たいじ)できる野党を求めた非自民系無党派層の大量離反も招いた。
立憲は衆院選の総括を誤った結果、参院選で「本当に負けてしまった」のだ。
■立憲は野党の中で「頭一つ抜け出した存在」と言えたはずだった
改めて昨秋の衆院選から総括してみたい。
立憲は「公示前議席を減らした」というが、同党が前回の2017年衆院選で獲得したのは、わずか55議席。野党第1党としては戦後最少の議席数だった。そこから同党は、選挙を経ずに国民民主党の大部分や社民党の一部の合流を経て所属議員を増やし、昨秋の衆院選の公示前には自らの基礎体力以上に議員数が膨らんでいた。それが選挙を経たことで、地力に欠ける党の基礎体力並みの議席数に落ち着いただけのことだ。
一方の日本維新の会について、メディアは「大躍進」というが、同党が2017年の衆院選で獲得したのは、わずか11議席。この選挙は小池百合子東京都知事率いる「希望の党」が存在していた特殊事情があり、維新は党の基礎体力を大きく下回る惨敗を喫していた。昨年の衆院選では、希望の党の消滅で従来の維新支持層が回帰し、元の勢力を取り戻したに過ぎない。
公示前議席を減らしたとは言え、立憲の野党第1党としての力は、衆院の議席という「リアルパワー」の面では、民主党が下野した2012年以降で最も強いものとなっていた。
立憲が2021年の衆院選で獲得した96議席は、民主党の下野後の野党第1党の獲得議席としては最も多い。また、野党第2党の日本維新の会は衆院選で議席を伸ばしたが、野党第1党の立憲と、第2党の維新との議席差(55議席)は、民主党下野後の選挙では最も大きい。
昨年の衆院選は「多弱」と言われた野党の中で立憲が頭一つ抜け出し、野党の中核として定着し始めたとの評価が可能な結果だった。
■泉執行部の経験の浅さが招いた失敗
それでもメディアは、公示前議席との比較という1点に着目して「立憲惨敗、維新躍進」という印象を演出し続け、「敗因」の十分な分析もないまま「批判や抵抗ばかりの姿勢」「共産党との『共闘』」に容赦ない批判を立憲に浴びせ続けた。発足したばかりの泉執行部は、こうした批判に対抗するには経験が浅過ぎた。自ら選挙結果を冷静に分析する前に、必要以上に「惨敗」に振って評価してしまい、それが彼らの党改革を「提案型野党」という間違った方向に向かわせてしまった。
■「批判」か「提案」かは二者択一ではない
「提案型野党」がなぜ間違っているかというと、その言葉自体に「提案型なのだから批判を前面に出してはならない」という圧力があるからだ。野党の役割は「批判も提案も」が当然であり、二者択一を迫る必要は全くない。それなのに、野党批判勢力が「批判か提案か」の選択を迫るのは、野党の役割を一部に限定させ、結果として弱体化させる狙いがあるからだ。泉執行部はそれを見抜けなかった。
最大の失敗は、野党合同ヒアリングをなくしたことだろう。「提案型なのだから批判しているように見えるのは良くない」という、野党にあるまじき考えに陥ってしまった。共産党との選挙協力に当初消極的だったのも、連合への配慮というより「批判勢力に見られたくない」という意識があったとみられる。
こうして立憲は、衆院選以前に野党の存在感を高め、各種地方選挙などで野党勢力を勝利させ、衆院選直前に菅義偉首相の退陣という成果を生んできた最大の「武器」を、わざわざ放棄した。立憲は、国会での存在感をみるみる失っていった。参院選の敗北は火を見るより明らかだった。
「国会での存在感のなさ」という意味では、立憲と野党第1党の座を争う維新も、実は似たようなものである(その最大の原因は岸田政権の国会軽視にあることは言うまでもないが)。しかし、党幹部が大阪府知事や大阪市長の立場でメディアに露出する分、少なくとも有権者には維新の存在感の方が際立った。それが既成政党に飽き足らない層の「ふわっとした民意」に影響し、両党の比例票の得票差につながったことは否定できない。
「提案型野党」の失敗は、「提案型」それ自体にあるのではない。「提案型」を意識し過ぎて「批判」という野党固有の使命を忘れ、自公政権に居心地のいい国会を作ってしまったことにあるのだ。
■立憲が提案すべきなのは政府案への「修正案」ではない
「提案型野党」については、もう一つ指摘しておきたいことがある。そもそも「提案型とは何を意味するのか」ということについて、大きな事実誤認があるということだ。
野党批判勢力が求めてきた「提案型野党」とは、政府が提案する個別の法案への「対案」「修正案」を提示する野党、ということだ。「提案の一部でも政府が取り入れたら、野党も賛成に回れ」という無言の圧力がそこにある。
もちろん、日々の国会活動において「政府案をより良い方向に修正する」ための活動が日常的に存在すべきなのは言うまでもない。しかし、政権の選択肢となる野党第1党が行うべき「提案」とは、そういうものではない。立憲が現在の自公政権に取って代わり、自らの政権を樹立した時に「自公政権とは違うどんな社会像を描き、その実現に向けてどんな政策を用意するのか」を、パッケージで見せることだ。
■立憲のキャッチフレーズが見せた自公政権との違い
実際に立憲が使った二つのキャッチフレーズを使って説明したい。
参院選で筆者が気に入っていたフレーズは「生活安全保障」だった。「安全保障」について日本人が思い描く概念を変える力がある言葉だと思ったからだ。
安全保障と言えば軍事面のこと。私たちは冷戦時代からそのようにすり込まれてきた。そのことは、防衛力の増強に慎重な野党勢力に「政権担当能力なし」というレッテルを貼ることにも、都合良く使われてきた。国際政治の現場には「人間の安全保障」という言葉が普通に使われているのに、国内の政治を語る時には、意図的に無視されているかのようだった。
ロシアによるウクライナ侵攻という非常事態を前に、実際に自公政権の側から、防衛費の増額など「軍事面」からの安全保障論が盛んに聞こえてきた。維新からは「核共有」「非核三原則の見直し」などといったことまで提示されていた。
しかし、非常事態に国民の生命と暮らしを守るためにまず考えるべきことが、常に軍事力であることは、本当に正しいのだろうか。戦闘のあおりで食糧やエネルギーの輸入価格が高騰したり、輸入自体が難しくなったりしたら、軍事力以前に国が持たなくなるのではないか。
■同じ提案でも「国の進むべき道の選択肢」を提案すべき
安全保障とは軍事的なものだけを指すのではない。この非常事態に立憲民主党は「食糧安全保障」「エネルギー安全保障」をより重視した上で、今なすべき具体策を示す――。野党第1党にはそういう「提案」を求めたい。自公政権とは違う「国の進むべき道の選択肢」を提示するのが、本来の「提案型野党」の姿ではないだろうか。
ちなみに前述の「生活安全保障」だが、そのキャッチフレーズの下にぶら下がった3本柱が、①物価高と戦う、②教育の無償化、③着実な安全保障――となっており、筆者は少々落胆した。もちろん、個別には大切な政策の柱だろうが、これではこのキャッチフレーズを「軍事的安全保障を重視する自公政権に対する選択肢」という形で位置づけることはできない。
野党第1党なら、常に「政権と対峙し選択肢を示す」形で、重要政策の選定から広報までを一貫して考えてほしい。
■「もっと良い未来」には方向性がない
もう一つ筆者を落胆させたフレーズに「もっと良い未来」がある。
選挙で政権を奪取し、現政権より「もっと良い未来」を目指すのは、野党第1党にとって当然だ。だが、この言葉には方向性がない。自公政権が作ってきた弱肉強食の自己責任社会を転換するのかしないのか、それがはっきりしない。同じ方向性のまま「どちらがうまく政策を実現できるか」を競っているかのように聞こえてしまう。政権交代前の民主党で2005年、前原誠司代表(現国民民主党)が当時の小泉政権に「改革競争」を挑んだ、あの時と同じテイストさえ感じさせる。
そんな意図はなかったのかもしれないが、言葉選びには慎重に気を配ってほしい。
かつて自民党の安倍政権は「この道しかない」と繰り返し説いた。これに対し「本当にこの道しかないのか」「別の道があるのではないのか」を政権に突きつけ続けるのが、野党第1党の役割だ。この「別の道」こそが、野党第1党が行うべき「提案」なのである。
■高い授業料を払って「提案型野党」の誤りに気付いた
立憲が公表した参院選総括には、衆院選の総括を誤り「提案型野党」を標榜したことへの一定の反省がみられた。野党合同ヒアリングも、参院選後の8月になって旧統一教会問題をテーマに復活。ようやく野党の活動が少しずつ目に触れるようになってきた。
衆院選から半年余りという早い段階で、自らの誤りに気づけたのなら、不幸中の幸いというものだ。「高い授業料だったが早いうちに負けておいて良かった」と言ってもいいのかもしれない。
しかし「なぜ『提案型野党』が間違いなのか」を十分に掘り下げておかなければ、いつか再び「野党は批判ばかり」批判を浴びせられた時に、また持ちこたえられなくなってしまう。
だから繰り返す。「提案型」という言葉に惑わされ、批判を忘れてはいけない。政府の問題点をしっかりと提示し、批判すべき点は批判して、世論を味方に引きつけてほしい。
そもそも、政権の政策や政治姿勢を批判し、自らのそれと何が違うのかを明示できなければ、誰も政権交代の必要性を感じてはくれないだろう。立憲が国会の現場で政権としっかり対峙し「現政権を変えなければいけない」と伝えることができて初めて、有権者は政権交代のリアリティを少しずつ感じるようになる。そうすればいつかは「政権を取って自らの手で実現する政策」の提案に、耳を傾けてもらえるようにもなるだろう。
「提案型野党」とは、本来そういうものではないのか。少なくとも、現在の政府案に対案や修正案を提示し「政府に採用してもらって喜ぶ」ことであるわけがない。
まっとうな批判ができない野党が、まっとうな提案型野党になどなれるはずはないのだ。
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ジャーナリスト
福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)。
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(ジャーナリスト 尾中 香尚里)
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