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なぜこの10年で高校野球部員の半数が消えたのか…野球離れを悪化させた「甲子園を目指す野球」の罪深さ

プレジデントオンライン / 2022年12月18日 13時15分

Liga大阪で優勝した大阪学芸高校のメンバーと小笹監督 - 筆者撮影

なぜ高校生の野球離れが止まらないのか。ライターの広尾晃さんは「大きな原因は『甲子園を目指す野球』にある。勝利至上主義はスポーツの本質からずれている」という――。

■高校球児の未来を守るために始まったリーグ戦

高校野球のリーグ戦であるLiga Agresivaは、今年、20都道府県に広がり、参加校も133校と全国に広がりつつある。

2015年に大阪から始まったLiga Agresivaは単なるリーグ戦ではない。「アメリカのピッチスマートに準拠した球数制限」「低反発金属バット、木製バットの使用」「ベンチ入り選手の全員出場」「スポーツマンシップの学び(座学)」などを前提としている。

単に野球をするだけでなく、選手の心身の成長を促すことを目的にしているのだ。

■甲子園を目指す野球に子供はつまらなさそう

8年目を迎えるLiga大阪は、10月末に決勝トーナメントが行われ、大阪の私立大阪学芸高校が大阪府立今宮高校を12-0で下して優勝した。

試合が終わって喜びの声を上げる選手たちに、大阪学芸高校の小笹(こざさ)拓監督は話した。

「君たちは今年、頑張って優勝した。それは素晴らしいことだが、プロ野球を見てもわかるように、野球と言う競技は優勝するようなチームでも勝率6割台だ。つまり勝ったり負けたりするスポーツなんだ。勝ったからと言って慢心せず、負けたからと言ってがっかりせず、これからも野球を通じて成長しよう」

小笹監督は石川県の名門、星稜高校で正捕手をつとめた。甲子園には出場できなかったが、立教大学でも正捕手として活躍。引退後は地元の独立リーグ石川ミリオンスターズでプレーしたのちに、立教大学に戻って教員免許を取得し、大阪学芸高校に赴任した。

小笹監督
筆者撮影
大阪学芸高校の小笹監督 - 筆者撮影

当初は甲子園を目指して、自分が教わったようなスパルタ方式の指導をしていたが「子供たちがつまらなそうな顔をしている」ことに気が付き、指導法を改めた。

「子供たちが将来もずっと野球を好きであり続けられるような」指導にチェンジしようと考えたのだ。そんな時に、高校野球リーグであるLiga Agresivaに出会い、その趣旨に賛同して参加した。

■勝利と同じくらい「人間的成長」が大事

群馬県でもLiga Agresivaは行われている。群馬県立渋川工業高校の小泉健太監督は、群馬県立前橋高校、東京学芸大学を通じて野球をした。当時の東京学芸大は東京新大学リーグの1部に所属し、国立大としては屈指の強豪だった。

卒業後は定時制高校の教員を経て、渋川工業に赴任し、野球部監督になった。

「指導者になって初めて高校生に接したときに、自分の高校時代とは違った印象を受けたんですね。少しも楽しそうじゃないし、心ここにあらずで、その場しのぎで野球をやっている印象だったんです。

野球ってこんなにつまらないスポーツだったっけ? とショックを受けた。でも、もしかしたらこれが今の日本野球のスタンダードになのかもしれない、と思って危機感を抱くようになりました。

その後、Ligaについて知って、同じ渋川市内の群馬県立渋川青翠高校の清水哲也監督とまずは2校で対抗戦をはじめ、それを発展させてリーグ戦にしました」

Liga群馬では今年は8校でのリーグ戦が行われた。

「うちは『ダブルゴールリーグ』っていう独自の目標を掲げています。ダブルゴールのひとつは野球の試合で勝利するとか、上達するとか、野球選手が目指すゴールです。

もうひとつは失敗から立ち上がるとか、ミスしても切り替えて前向きに取り組むとか、将来の幸せにつながる人間的な成長をゴールととらえています。指導者にも失敗しても怒鳴らない、前向きの声をかけようと言っています、指導者同士も交流し合い問題意識を共有しています」

Liga群馬での学び
提供=渋川工業高校・小泉監督
Liga群馬で行われたスポーツマンシップの学び - 提供=渋川工業高校・小泉監督

■新聞の部数を拡大した「甲子園」

野球=Baseballと言う競技は、18世紀にアメリカ東海岸で誕生し、19世紀にはプロチームが誕生した。初期のプロは各地を転戦したが、次第に同じ相手と何度も戦って優劣を決するリーグ戦が成立するようになる。一説にはプロスポーツのリーグ戦は、野球が発祥だとも言われるが、野球というスポーツは「リーグ戦」で発展したのだ。

日本には、1872年にホーレス・ウィルソンがもたらしたとされるが、日本でも当初は大学間のリーグ戦で広がっていった。しかし1915年に大阪朝日新聞が、今の「夏の甲子園」の前身である全国中等学校優勝野球大会を創設してから、独自の道を歩むようになる。

若者が、一戦必勝のトーナメントにまなじりを決して挑む姿が、ファンの注目を集め、野球人気は全国に広がった。主催する朝日新聞は、熱戦の様子を大々的に伝え、新聞部数を拡大させた。

1925年、ライバルの毎日新聞社も選抜中等学校野球大会を創設。「春の甲子園」も始まった。

春夏の甲子園は、大きな注目を集め、全国の中等学校、商業学校などに野球部ができ、競技人口は一気に増えたのだ。

甲子園は幾多の有名選手を輩出し、プロ野球と共に、野球を日本の「ナショナルパスタイム」にするうえで、大きな貢献をした。

■トーナメントで生まれた弊害

しかし「一戦必勝」のトーナメントと言うシステムは、多くの弊害を生み続けた。

まず「絶対に負けられない」ために、チームは全試合「ベストメンバー」で試合をすることを強いられる。常にエースがマウンドに上がり、腕も折れよと全力投球する。

トーナメントを勝ち上がると最後は連投になる。甲子園に出たエースの中には、過去の記事でも紹介した沖縄水産の大野倫など肩肘を損傷して投手を断念する選手が続出した。

また、投手以外のレギュラーも固定されるため、控えはほとんど出場機会が与えられない。強豪校には、3年間一度も公式戦にでたことのない「選手」がたくさんいる。「一将功なりて万骨枯る」という状態になってしまうのだ。

さらにトーナメントでは「勝利以外は無価値」になるため極端な「勝利至上主義」がまかり通る。失敗した選手を叱責し、時には暴力を振るう指導者、相手選手の失策を笑い、ヤジり倒す選手。サイン盗みなど不正をしてでも勝とうとするチームが存在した。

これまで高校野球とは「そういうもの」だった。しかし、近年、「怖くて楽しくない」野球は敬遠されるようになった。

■ここ10年で高校野球部の競技人口は約半分に

中体連の調査によると2012年時点では、男子中学生の運動部活の競技人口は軟式野球部が26万1527人で第1位、サッカー部が、24万8980人で2位だったが、2021年にはサッカー部が16万7256人で1位、バスケットボール部が16万4005人で2位、野球部は14万9485人で3位。14万6937人で4位の卓球部に抜かれようとしている。

少子化によって各競技の人口は増えてはいない。この10年で高校生世代の人口は89%に減ったが、野球部の競技人口は57.5%とそれを大きく上回る勢いで減少している。

スポーツの選択肢が増えたことが大きいが、若者世代では野球は「人気スポーツ」の座から滑り落ちようとしている。

指導者は現場で「選手が減っている」ことをひしひしと感じている。Liga Agresivaのような取り組みは、まさにこうした危機感から生まれたと言ってよい。

■少年野球でリーグ戦を導入する効果

じつはリーグ戦を始めたのは高校生だけではない。小学校でもリーグ戦を始める地域が全国に出てきた。岡山県と広島県ではこの春から「山陽フロンティアリーグ」がスタートした。

岡山でのリーグ戦の様子
筆者撮影
山陽フロンティアリーグの様子 - 筆者撮影

地元の小学生チームが4チーム集まって3回戦、シーズン12試合を戦った(現在は5チーム)。

創設を主導した倉敷ジュニアリバティーズの後藤尚毅GM兼任監督はリーグ戦のメリットについて

「いろんな選手を使えるのがいいですね。“絶対勝たないとだめ”ではなく、野球を通じて楽しく交流を深めることができます。子供たちはのびのびできますし、シーズン通して対戦がありますから、お互いのチームの選手を覚えることもできます。うちの選手は少なくとも投手、捕手を含めて3つくらいのポジションは守れるようになろうと考えています。そのチャンスを与えることにもなります」

■勝つことよりも大事なことがある

また新潟県でも昨年から学童野球の新潟信濃川リーグが始まった。実行委員長で新潟島ベースボールクラブ(新潟IBC)監督の加藤雅之氏は

「負けたら終わりの既存のトーナメント戦では、勝利のためのオーダーにならざるを得ません。結果として、野球の一番面白いところであり醍醐味でもある試合に出場しない選手もでてしまいます。

劣等感を抱いたり、野球そのものに失望を感じて卒業してしまうこともあります。卒業後に伸び盛りをむかえる、そういう子を出すことが、野球人口を減らす要因にもなっていることに気づきました。

学童期には志したすべての子どもに野球は楽しいと言う気持ちを植え付けて、継続してもらうことが一番大事だと改めて感じました。もちろん勝利を目指すことに間違いはないのですが、全員出場というルールでリーグ戦を行えば、育成も勝利も目指せます。

また、リーグ戦によって、近隣地域のクラブ同士のコミュニケーションが豊かになって、地域活性化にもつながり、協働して学童野球を盛り上げようという機運が醸成されつつあると感じます。また、低学年の選手も出場するため、応援観戦やクラブをサポートする保護者の数も増え、活気も出て試合自体も盛り上がるように思いました」

■甲子園のアンチテーゼとして

Liga Agresivaは7年目の今年、20都道府県133校に広がった。

強豪校の指導者の中には、

「普通の高校が集まって練習試合みたいなのをやっているだけじゃないか。弱い者同士仲良く試合をしていたって、強くなるわけがない」と陰口をたたく人もいたが、神奈川県でLiga神奈川に参加している慶應義塾高校は、秋季大会で好成績を収めて、来春の甲子園への出場を確実にしている。

また、来春センバツ大会の21世紀枠の候補としてLiga Agresivaの参加校の広島県立神辺旭高校がエントリーされた。リーグ戦の成果は確実に上がっている。

Liga Agresivaに参加しているあるベテランの指導者は

「今年、中日からFAでソフトバンクに行った又吉克樹は、高校時代までプロなんか『冗談でしょ』という選手で、身体も小さかったんだ。でも大学で急に身長が伸びて、独立リーグ香川の時に投手として開眼してプロに行った。

子供がいつ伸びるか、いつ急成長するかは、誰にも分からないんだ。目の前にいる子供が小さくて動きも鈍いからと言って試合に出さなかったら、可能性の芽を摘んでしまう恐れもあるんだ。

指導者は、どんな選手にでもチャンスを与えないと。そして失敗しても励まして伸ばしてやらないといけないんだ」

Liga Agresivaは「甲子園」のアンチテーゼになりつつある。来季も期待したい。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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