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北海道だけはイオンには負けない…崖っぷちスーパーの連合体「アークス」が北の大地で勢力を伸ばすワケ

プレジデントオンライン / 2023年1月30日 10時15分

アークス外観 - 撮影=本田匡

勝ち残るローカル企業は何が違うのか。日本経済新聞の白鳥和生記者は「北海道のスーパーグループ『アークス』にヒントがある。イオングループへの対抗策として生まれた連合体が、結果としてスーパー業界の不況をチャンスに変えつつある」という――。

※本稿は、白鳥和生『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■逆境に苦しむスーパーの「駆け込み寺」に

「うちもグループに入れてもらえないだろうか」――。

収益環境が厳しくなる中で、スーパーマーケットの駆け込み寺のような存在がある。北海道と北東北を地盤とするアークスの横山清社長に寄せられるM&A案件が日増しに増えている。

アークスは北海道のラルズと福原が2002年11月に経営統合したのが始まり。その後、北海道のふじ(現・道北アークス)や札幌東急ストア(現・東光ストア)などがグループ入りしたほか、津軽海峡を渡って青森県のユニバース、岩手のジョイス(現・ベルジョイス)の東北勢が加わっている。

スーパーマーケットは全国にざっと2万店ある。食べなければ生きていけない人間の胃袋を相手にしているため景気に左右されにくい業界でもある。新型コロナウイルスの感染拡大で外食や百貨店、観光レジャーが大打撃を受ける一方、スーパーマーケットは家庭内での食事機会が増えて大きな恩恵を享受した。

■10月までですでに12件、倒産が増えている

しかし、行動規制がなくなり消費者の日常が徐々に正常化して外食需要が回復。さらに食品の相次ぐ値上げによる買い控え、電気料金の高騰などでスーパーマーケットの収益環境に逆風が吹き始めた。加えて急速に進む少子高齢化・人口減少は、特に地方のスーパーマーケットの存立基盤を脅かす。

実際、倒産も増えている。「行動制限緩和に加え、最近の相次ぐ食品値上げにより徐々に厳しい運営を強いられるスーパーが増加してきた。特に22年3月にまん延防止等重点措置が解除されてから、スーパーの倒産(負債1000万円以上の法的整理)は増加しており、4~10月までの累計で12件と、21年度の年間13件にすでに肉薄している」(日経産業新聞2022年11月24日付「苦境の地場スーパー、倒産増加 値上げ逆風、地方で進む優勝劣敗(企業信用調査マンの目)」)という。

■イオンの拡大戦略への対抗で生まれた

アークスは「対イオン」の対抗軸として生まれた面は否定できない。イオンのM&A(合併・買収)戦略は巧みだ。「ゆるやかな連帯」を掲げて少額出資をしたり共同出資会社を作ったり、機が熟した段階で経営統合を迫る。

北海道への本格進出に当たっても1992年1月に石黒ホーマ(のちのホーマック、現DCMホールディングス)、1993年9月に札幌フードセンター(のちのマックスバリュ北海道、現イオン北海道)、1995年1月にツルハ(現ツルハホールディングス)と業務・資本提携を締結し、北海道に楔を打ち込んだ。2000年9月の釧路店が直接進出の第一号。同年11月から2003年6月にかけて札幌平岡、札幌元町、札幌桑園、札幌苗穂の4店舗、2004年4月には旭川西店がオープンした。マイカルの破綻でマイカル北海道(のちのポスフール)も手に入れた。

道内の流通関係者にはイオンの拡大戦略は手ごわく映った。特に横山社長は全国各地でマックスバリュ(イオングループのスーパーマーケット)の攻勢を受けている情報をボランタリーチェーンのシジシージャパン(CGC)の会合で聞かされていた。北海道の地区本部である北海道シジシーのメンバーも相当な危機感を持っていた。そこで「オール北海道」で戦わなければならないという気持ちが醸成されていった。いわば大企業に対するカウンターベーリングパワー(拮抗(きっこう)力)が生まれ、アークスの経営統合スピードも速まった。

■屋号はそのまま、バックオフィスを一本化する

イオンの攻勢は北海道・東北だけではない。イオングループはスーパーマーケット「マックスバリュ」を全国展開し、最近は「ビッグ」といったディスカウントストアを武器に地域のプライスリーダーになっている。こうした競争激化とともに、消費者の買い控えや電気料金の高騰などののっぴきならない課題が、多くのスーパーマーケット経営者の視線をアークスグループに向けさせる。

アークスは北海道、青森、岩手ではスーパーマーケット市場のシェア25~40%を握る。横山社長は「肝心なのはこれから限りなく(経済などの)条件が悪くなってくる部分を技術や経営資源で補い、どう新しいスーパーマーケットに持っていくかということ。一つの答えが地域のシェアを上げることだ。後継者がいない、相続の手法が分からないといったことはアークスに集約することで解決できる」と話す。

アークス 横山清社長
撮影=本田匡
アークス 横山清社長 - 撮影=本田匡

その旗印となってきたのは持ち株会社の下で各社が同列に並び、自主独立を重んじる「八ヶ岳連峰経営」モデルだ。統合後も経営はそのまま創業家などに委ね、原則として傘下に入った企業の屋号は残す。営業・店舗運営など顧客に直に接する部門は各社の組織を維持する一方、経営企画や法務部門、事務集中センターなどバックオフィスの部門は徐々にアークスに移管して一本化を図っている。各社の店舗運営や地場商品仕入のノウハウを損なわずに生かすためだ。

■資本力ありきの買収は成功しない

横山社長はM&Aを「Mind & Agreement(心と意見の一致)」と意訳。基本的に、同社は資本力を背景に企業を買収するのではなく、アークスの精神に共感し自ら望んで傘下入りする企業が現れるのを待つ。だから入札によって買収金額が吊り上ることもなく、良好な条件で企業を傘下に収めることができる。「待ち」の姿勢にもかかわらず、全国スーパーマーケット協会会長やシジシージャパン副会長を務める横山社長のもとを訪れる企業は後を絶たない。

アークスの規模拡大は1997年6月に解禁された純粋持ち株会社の可能性を、横山社長がいち早く気付いた点にあった。中央集権によって成果の出やすい分野(システム開発など)は持ち株会社、地域ごとに対応すべき分野(商品政策、売り場づくりなど)は事業会社――という形で「課題の分離」を明確化し、トレードオフになりかねない事態を回避させている。

アークス店内
撮影=本田匡
アークス店内 - 撮影=本田匡

アークスグループ各社は毎年度末に、次年度の売上高や利益の目標をそれぞれ定め、アークスに提出する。経済環境や地域ごとの市場規模を踏まえながら、業績目標が過大ではないか、さらなる成長を目指す目標になっているかなどを精査し、アークスの取締役会で決議。各社はそれを基に経営し、数値目標に対して責任を負う。月ごとの売上高などの経営情報は定期的にグループで共有し、それぞれがライバル意識を高めて切磋琢磨(せっさたくま)する。

■ノウハウの横展開、競争で売り上げアップ

例えば、札幌市中央区のアークス本社近くで、ラルズと東光ストアが300メートルの距離で競い合う。北海道旭川市に本社を置く、ふじ(現道北アークス)が既存店売上高を40カ月近く伸ばし続けたことにグループ各社が刺激を受けるといった具合だ。

また、ラルズが「生活防衛価」と銘打って、買いやすい価格で欠品のない販売をめざした取り組み(2020年に2000品目から再スタート)、いわゆるEDLP(エブリデーロープライス)もグループ各社に横展開する。

統合前には岩手のベルプラス(現ベルジョイス)が「一物三価」のコンセプトを打ち出した「ビッグハウス」業態をラルズが手掛けたり、ビッグハウスを進化させた「スーパーアークス」業態もラルズだけではなく、道北アークスなどで展開したりしている。

■共通の基盤づくりでコストを削減

アークスグループの各事業会社の社長がアークスの取締役もしくは執行役員を務め、事業会社の会長もしくは相談役に横山社長が付く。各社の経営判断は2段階で取り組む。小規模な店舗改装などの投資はグループ各社が独自に判断し、実行する権限を与える一方、金額が大きい店舗改装や新規出店、閉店、役員人事などの重要事項は、各社の取締役会で決めた上で、アークスの取締役会に諮って決議する。各社ともある程度の独立性は保ちつつも、重要な決定事項はアークスが決裁権を握る体制をとっている。

白鳥和生『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』(プレジデント社)
白鳥和生『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』(プレジデント社)

各社の役員が一堂に会してグループ全体の重要事項を話し合う「グループ経営会議」も定期的に開いている。グループ経営会議とアークス取締役会の出席メンバーは同じだが、毎月初めに開くグループ経営会議では各事業会社が売上状況を報告。アークス取締役会は毎月中旬に開催し、各事業会社が利益の状況を報告する。経営を相互にチェックしつつ、20を超えるグループ横断の委員会やプロジェクトも含めて活発に議論できる環境を整えている。

2019年10月には約150億円以上を投じ、大手の欧米小売業をクライアントに持つドイツのソフトウエア企業SAPの新基幹システムを全面稼働した。グループ共通の基盤として、購買データをはじめとした経営情報の分析や間接業務の標準化・集約化などに活用し、グループシナジーの創出やコスト削減につなげている。

■再編=スケールの拡大ではない

M&Aによる業界再編では、バイングパワーの発揮を掲げ、グループ入りした企業の組織を大幅に入れ替えて営業や店舗運営も含むすべての部門を中央集権化することは珍しくない。グループ経営の効率化では確かに有効だが、地域に適した営業や店舗運営のノウハウなどが失われてしまう欠点もある。かつてのGMS(総合スーパー)企業の失敗の歴史がそれを証明する。

横山社長は「再編が企業統合によって、ただスケールが大きくなることとイコールだとすれば全くの間違い。自分たちがいま持っている店、組織、人を集めて小売という業態のなかで未来投資しながらメシが食えるかどうか、在来型のやり方でできないとすればどんな方法があるかだ。変化の対応ではなく変化の真っただ中でいかにしっかり自分流に泳いでいくか。一番確かなことは自主自立をなんとか保ち、いまの状況での勝ち組同士が手を結んでもっとしっかりした経営の技を磨いていくことだ」と言い切る。

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白鳥 和生(しろとり・かずお)
日本経済新聞社 編集 総合編集センター 調査グループ調査担当部長
明治学院大学国際学部卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。編集局記者として小売り、卸・物流、外食、食品メーカー、流通政策の取材を長く担当した。『日経MJ』デスクを経て、2014年調査部次長、2021年から現職。著書(いずれも共著)に『ようこそ小売業の世界へ』(商業界)、『2050年 超高齢社会のコミュニティ構想』(岩波書店)、『流通と小売経営』(創成社)、新刊『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』(プレジデント社)などがある。消費生活アドバイザー資格を持つほか、國學院大学経済学部非常勤講師(現代ビジネス、マーケティング)、日本フードサービス学会理事なども務める。

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(日本経済新聞社 編集 総合編集センター 調査グループ調査担当部長 白鳥 和生)

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