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混雑時にリュックを前に抱えるのは「マナー違反」…鉄道各社が「荷物は手に持って」と呼びかける理由

プレジデントオンライン / 2023年3月17日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Blue Planet Studio

■これまでは「前に抱えて」が常套句だった

関西の鉄道事業者19社局が展開中の共同マナーキャンペーンが興味深いと担当編集者が教えてくれた。「手荷物の持ち方・置き方は、まわりの方にご配慮ください」とした上で、具体的には「大きな荷物は網棚に」「リュックは手に持って」「手荷物はヒザの上に」と呼び掛けているのだという。

当たり前のことではないか、何が興味深いのかと思われるかもしれないが、これまでの手荷物に関するマナーキャンペーンは「リュックサックは前に抱える」が常套句だった。それが今回、その文言を一切使っていないのである。

同じく関西各社が2018年3月に行った共同マナーキャンペーンは、「そのリュックサック迷惑な技かけてない?」として、「車内でのリュックサックは、前に抱えるか網棚の上に置く」よう呼びかけていた。関東においても駅員や車掌の肉声放送、一部事業者では自動放送で同様の表現を用いている。

なぜ5年で文言が変わったのか。キャンペーンを取りまとめる関西鉄道協会に話を聞くと、「過去は前に抱えてという表現も使っていたが、身体的な理由など、何かしらそれができない人がおり、前に抱えられない人はどうしたらいいかと指摘されることがあった」という。

■東京メトロでは「迷惑な人」の描写に変化が

そこで問題の本質は「背負ったままでは迷惑」と整理し、「前に抱えることばかり注目されるが、まずは背負っている荷物を肩からいったん外して手に持つ、網棚に乗せる」ことを訴えることにしたという。なるほど「関西人の合理性」が背景にあるようだ。

関東のマナーキャンペーンはどうなっているのか。各社のウェブサイトを眺めていたら、鉄道事業者のマナーキャンペーンでは最も有名かつ長い歴史を持ち、かつ筆者の古巣でもある東京メトロのマナーポスターが目に留まった。

東京メトロは2015年以降、毎年1度は車内の手荷物マナーを題材にしたポスターを制作している。2015年8月のポスターを見ると、どのように持つべきか明言されていないものの、リュックを前に抱える人と網棚の上の荷物がイラストで描かれている。

続く2016年、2017年のポスターは荷物を背負ったままの「迷惑な人」が描かれているが、周囲への気づかいを促すのみで具体策に触れていない。2018年5月のポスターは3年ぶりにリュックを前に抱える人のイラストが描かれている。

ところがこれ以降、描写は変化する。2019年5月、2020年7月のポスターは手荷物を網棚の上に乗せる人と手に持つ人を描き、2021年5月と2022年5月は同様のイラストに大きな荷物は足元に持つか荷棚に上げるとの文言を添えている。

(左)2015年8月のマナーポスター/(右)2018年5月のマナーポスター
(左)2015年8月のマナーポスター(画像=メトロ文化財団ホームページより)/(右)2018年5月のマナーポスター(画像=メトロ文化財団ホームページより)
(左)2021年5月のマナーポスター/(右)2022年5月のマナーポスター
(左)2021年5月のマナーポスター(画像=メトロ文化財団ホームページより)/(右)2022年5月のマナーポスター(画像=メトロ文化財団ホームページより)

■「迷惑行為ランキング」で手荷物マナーが1位に

筆者は恥ずかしながらこの変化にまったく気付いていなかったので、どのような事情があったのか東京メトロに聞いてみた。すると、マナーポスターを担当する本社広報部と公益財団法人メトロ文化財団の打ち合わせの中で「車内が混雑してきたときは前に抱えても邪魔」との問題意識があがり、すべての時間帯で推奨できる「足元に持つ」形に統一したという。

関西鉄道協会も東京メトロもアプローチはやや異なるが、本来は「周りへの配慮」を伝えたいところ、荷物の持ち方ばかりに注目が集まってしまうことから、シンプルなメッセージに改めたという点が共通していると言える。

鉄道各社にとって手荷物マナーはどの程度の位置付けなのだろうか。全国の民営鉄道が加盟する日本民営鉄道協会は2000年以降、乗客に対して利用時に迷惑と感じる行為について「駅と電車内の迷惑行為ランキング」を発表している(3つまで選択可)。

このうち「荷物の持ち方・置き方」について、2012年から2018年の推移を見てみると、8位(17.0%)、6位(20.5%)、6位(22.3%)、6位(23.9%)、4位(27.3%)、3位(29.8%)、1位(37.3%)と右肩上がりにランクアップし、ついに2018年に1位になった。

■「スーツ姿にリュック」の流行が要因か

2018年から関東大手民鉄9社(東急、小田急、京王、京急、東武、西武、京成、相鉄、東京メトロ)と関西大手民鉄5社(近鉄、南海、京阪、阪急、阪神)の地域別ランキングが発表されているが、同年の「荷物の持ち方・置き方」は関東1位、関西2位だった。

なぜ2010年代に手荷物マナーが注目されたのか。ここにはいくつかの要因が考えられる。そもそも車内がすいていれば(手回り品として認められた範囲であれば)どのような大きさの荷物であっても問題ないが、混雑が激しくなるほど小さな荷物でも影響は大きくなる。混雑という観点で見れば、大手民鉄16社(前記14社と名鉄、西鉄)の輸送人員が2011年の93億9000万人から2018年の105億1000万人まで高い伸び率で増加したことも背景のひとつだろう。

ただそれ以上に影響していると思われるのがリュックサック(バックパック)の流行だ。2018年1月23日付プレジデントオンライン〈なぜ“スーツにリュック”の人が増えたのか〉は、「『スーツ姿にリュックを背負って電車通勤する人が増えた』――と初めて記事に書いたのは2016年の冬だった。これ以降もリュック姿のビジネスパーソンは増え続けているように感じる」との書き出しで始まる。2016年以降、ランキングで「荷物の持ち方・置き方」が増加したことと、リュックの流行到来は無関係ではないだろう。

■スマホが使いやすくなったぶん、配慮が疎かに

記事は「以前よりは、デイパックやリュックサックが増えています。当社の小売店に来られるお客さまからは『外出先でも、スマホに仕事関係のメールが来るし、初めて行く場所はスマホの地図を頼りに歩くので、両手が空くリュックは使い勝手がよい』という声もあります」という吉田カバン担当者のコメントを紹介している。

クールビズの定着などビジネスシーンのカジュアル化や、モバイルパソコンやタブレットを持ち運ぶ機会の増加など流行の素地はさまざまだが、やはり両手が空くためスマホを使いやすいという点が大きいように思う。そうなると、手元のスマホに夢中になって背中を疎かにする人に冷たい視線が集まる光景が浮かんでくる。

ラッシュアワーの品川駅のホーム
写真=iStock.com/ooyoo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ooyoo

そもそもリュックは手荷物の中でも特にかさばる存在だ。一般的に使われる機内持ち込み可能サイズのスーツケースは「3辺の合計が115cm以内かつ3辺それぞれの長さが55×40×25cm以内」、つまり厚さは25cm以下である。

対するリュックの厚みは、筆者のAmazonアカウントでリュックサックと検索し「おすすめ」に表示された5件から拾ってみると、20cm、20cm、16.5cm、13cm、21cmだ。スーツケースを抱えて持つ人はいないが、リュックは身体で最も厚い胸周りに装着する。

■関西は定期輸送人員が90%程度まで回復

鉄道は冬に遅れやすくなるが、これはコートなどを着込むことで一人あたりの体積が増える「着ぶくれ」で混雑が悪化するためだ。リュックは着ぶくれどころの話ではない。成人の胸板の厚さが22cm程度であることをふまえれば、リュックを背負った人は2人分の厚みがあることになる。

意識が届かない背中より前に抱えるほうがいいのは間違いないが、後ろであれ前であれ、胸元にこれほど厚みのあるものを置くのは混雑にとって悪影響でしかない。

ただ鉄道の混雑事情は2018年以降、大きく変化している。言うまでもなく新型コロナである。国土交通省の調査によれば、東京圏の朝ラッシュ時間帯主要路線混雑率(ピーク1時間平均)は2019年の163%から2020年は108%、2021年は107%へ、関西圏は126%から103%、104%へと大幅に減少した。

期せずして混雑解消が実現したことで、2020年の迷惑行為ランキング(総合)では「荷物の持ち方・置き方」は前年の3位から6位に後退し、割合も前年比11ポイント減の21.0%となった。2021年は同6位ながら2ポイント減の19.0%だった。

鉄道経営に甚大な影響をもたらした新型コロナだが、今年度に入り徐々に日常を取り戻しつつある。関東・関西大手民鉄14社の第3四半期(10月~12月)の輸送人員は、2020年がコロナ前の75~80%程度、2021年度は80~85%程度だったのに対し、2022年度は85~90%の水準まで回復。定期輸送人員に限れば、首都圏よりテレワーク実施率が低いこともあり、関東が80~85%程度なのに対し、関西は90%程度まで回復している。

■肩から下ろすなら、足元に置くしかない?

利用の回復に伴い2022年の迷惑行為ランキング(総合)では「荷物の持ち方・置き方」が5ポイント増の24.0%で4位に浮上。さらに地域別に見ると、関東9社ではトップ5に入らなかったのに対し、関西5社は1位となったのである。コロナ以降の輸送状況が東西で異なる傾向を示す中で、手荷物マナーにも温度差が生じているようだ。

関西が混雑に敏感なのは、関東の通勤電車がほとんど4ドア車なのに対し、関西では3ドア車が主流なことも関係しているかもしれない。ドアが少ないと乗客がドア付近に滞留し、混雑に偏りが生じる傾向がある。平均混雑率では関東を下回っているが、局所的にはトラブルになりやすい環境かもしれない。

これらをふまえ、新たなキャンペーンの実効性を考えてみると、実はリュックとの相性が悪い部分があるように思える。リュックの利点は、前述のように空いた両手でスマホが使える点、肩で背負えるため重い荷物を持ち運んでも疲れないという点が挙げられる。

だがリュックを前に抱えれば両手は自由に使えるが、手に持ってはそのメリットがなくなってしまう。また背負う前提の荷物を手で持つのは楽ではない。リュックを肩から下ろすよう求められれば、多くの人は足元に置くことだろう。

■手に持つ行為はあくまで「気配り」のひとつ

混雑した列車の足元、つまり死角に荷物があったら、乗降時など人が出入りする際につまずいて転倒するリスクがある。それだけに関西各社、東京メトロともに荷物は「手に持って」と強調している。

重い荷物は網棚に置くのが望ましいのだが、混雑した車内で着席する乗客の頭上に載せるのは容易ではないし、気を使う。また筆者もそのひとりだが、忘れ物や盗難などへの不安から網棚を使いたがらない人が増えているそうだ。

結局、問題の本質は「気配り」である。「手に持つ」も「前に抱える」も選択肢のひとつでしかなく、何が「適切」かということは、周囲の状況に応じて変化する。

これまで見てきたように、手荷物マナーは混雑と深い関係にある。しばらく下車しないのであれば、混雑したドア付近にとどまるのではなく、比較的すいた通路の奥まで入るほうが望ましい。それだけで荷物の持ち方は変わってくるはずだ。

新キャンペーンはより広い人に、より本質的なメッセージを訴求するために表現を変更した。「手に持つ」ことの是非ばかりが注目されては、「前に抱える」の繰り返しでしかない。車内は利用者だけでなく付随する荷物も空間を占有している。そこに気付き、意識する人が増えるだけで車内環境は変わるはずだ。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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