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なぜ中国語は「亜米利加」ではなく「美国」と書くのか…日本と中国で漢字表記がまったく違うワケ

プレジデントオンライン / 2023年4月30日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/carterdayne

中国語ではアメリカを表す漢字は「美国」だが、日本では「亜米利加」だ。なぜ国によって漢字表記が異なるのか。お茶の水女子大学の橋本陽介准教授の著書『中国語は不思議 「近くて遠い言語」の謎を解く』(新潮選書)より紹介する――。(第2回)

■日本のほうが古い表記が生き残っている

中国語を勉強し始めると、アメリカが“美国 měiguó”で、フランスが“法国 fǎguó”となっていて、日本語の「米国」「仏国」とは異なっていることに気づく。

日本語と中国語は別の言語なのだから、当てる漢字が異なっていても構わないのだが、とは言え、日中のずれがなぜ起こっているのか、気になるところだ。

日本語の「米国」は、「アメリカ」を音訳した「亜米利加」の「米」の部分を抜き出したもの。「メ」が「米」の字で当てられたわけだ。

千葉謙悟『中国語における東西言語文化交流 近代翻訳語の創造と伝播』(三省堂、2010年)によると、中国でももともとは「米」の字が使用されていたらしい。日本にはそれが伝わってきたのである。が、1860年をさかいに、中国では「美」の字が使用されることが多くなったという。

「フランス」も、もともとは中国でも「仏蘭西」のように、「仏」の字が使用されていたが、やはり1860年ごろをさかいに「法」の字が使用されることが多くなるという。つまり、日本のほうが古い表記が生き残っているのである。

■翻訳語の基準が変わった

なぜ中国のほうは変わってしまったのか。それは、翻訳語の作られる中心地が移動したためであるらしい。

「亜米利加」の表記は、広東語の音に基づいて作られたものであるが、上海語や北方の方言では「米」の字はmiと発音していた。それよりは、北方方言のmei、あるいは上海語でmeと発音する「美」の字のほうが、アメリカの「メ」の音に発音が近くなる。

フランスも、「仏」の字は上海語では子音がvになってしまい、fにならない。「法」ならば、上海語でも子音がfになる。

つまり、1860年ごろから、中国語の翻訳語の基準が広東周辺から上海に移ったために表記法が変わり、それが現在の日中の違いにも反映されているということだ。

■留学生が日本から持ち帰った言葉

外来語を漢字で音訳しようとすると、どの文字を採用するか考えなければならないから、日本語のカタカナのようにそのまま音訳するよりも手間がかかる。

だが、日本語の漢字語彙(ごい)は例外だ。日清戦争終結後の1896年から、たくさん中国人留学生が日本にやってくることになった。西洋に留学するよりも、地理的に近く、生活費も安いし、言語の学習も漢字を使っているので比較的容易であると考えられたのである。

その結果、中国は日本製の漢語をそのまま輸入することになった。すでに漢語になっているのだから、あとは現代中国語で発音するだけでよいので、とても簡単なのである。ちなみに、戊戌の政変で日本に亡命してきた清末の思想家、梁啓超(りょうけいちょう)は『和文漢読法』なる本を著している。

梁啓超(写真=Tung Wah News/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)
梁啓超(写真=Tung Wah News/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

「和文漢読」だから、「漢文訓読」の反対だ。「日本文を学ぶのは数日で小成し、数月で大成する」と書き、日本語を媒介に西洋の学を学ぶとよいと言っている。この『和文漢読法』はかなり売れたらしい。

学びやすいというのはあくまで文章語としての日本語であるが、当時の日本語、特に議論文などは漢文訓読体に近い文体が主流だった。もとが漢文訓読体なのだから、語順を変えればそのまま中国語の文語になりやすい。

「日本語は簡単!」と思われたのも理由がないことではない(この時代の文体については、齋藤希史『漢文脈と近代日本』〔角川ソフィア文庫、2014年〕などがわかりやすい)。というように、日本語から大量に流入したことは事実であるが、現在では翻訳語の形成と伝播の過程はそれほど単純な話ではないことが明らかにされている。

■「熱帯」という言葉はどこで生まれたか

荒川清秀『近代日中学術用語の形成と伝播』(白帝社、1997年)では、まず「熱帯」という語に着目した。この語は日本で作られた和製漢語で、それが中国にも輸入されたものだと考えられていた。

だが、日本人なら気温が高いことを表すのに、「暑」の字を用いるはずではないか。一方、中国語ではそれを表すのに「熱」の字を使う。とすると、これは中国で作られた語なのではないか。調査の結果、この語はやはり日本人による翻訳語ではなく、中国製の漢語であったことが明らかにされた。

では、なぜ日本で作られたと思われたのだろうか。実はこの語は、16世紀から17世紀に中国にやってきた宣教師と関連する語であった。宣教師といえば、日本ではフランシスコ・ザビエルがすぐに浮かぶが、中国で最初に名前が挙がるのがイタリア出身のマテオ・リッチ(1552~1610年)である。

マテオ・リッチは、ヨーロッパの知識を漢文で刊行したことで知られている。その中に『坤輿(こんよ)万国全図』(1602年)という世界地図があり、その漢文の注記に、「熱帯」の語が見出せるのだという(ただし、この段階ではまだ熟語になってはいない)。

このリッチによる世界地図の影響もあって、その後の中国では「熱帯」という語が熟語として成立し、それが日本にも渡来した。ところが、中国でこの語は次第に忘れ去られてしまい、19世紀末から20世紀に日本にやってきた中国人留学生が日本製の漢語だと勘違いして持ち帰ったのだという。

■宣教師による影響

「紅茶」も同様に中国に来た外国人が翻訳した言葉で、それが日本に伝来し、再度中国に逆輸入されたものに分類されている。以前、スリランカを旅行したとき、お茶の生産量ランキングを調べたところ、上位は中国を除くとインド、スリランカ、ケニアであった。全部イギリスの植民地である。

大英帝国のティータイムにかける情熱、おそるべしと思った。ちなみに紅茶の消費量で調べると、中東など、イスラムの国がランキング上位に来る。代々木上原にあるトルコ人のモスクを訪れたときも、「紅茶はトルコ人のガソリンです」と言っていたが、始終飲んでいるようだった。お酒が飲めない分、紅茶を飲むのだろう。

西洋言語の翻訳というと、日本では明治維新後に作られたイメージが強いが、江戸時代にも蘭学があり、翻訳語は使用されていた。その中には日本人が作り出したものもあるし、中国にやってきた宣教師が作り出したものもあった。

例えば、「病院」という単語も、中国に来た宣教師が作ったものだが、中国には定着せず(中国では「医院」という)、日本で定着したものである。

翻訳語は日本と中国の間で複雑な相互関係があることがわかる。

■蘭学者が生み出した漢字

アメリカにしてもフランスにしても、ひらがな・カタカナという便利な表記システムがあるのだから、固有名詞くらいわざわざ漢字をつかわなくてもいいような気がするが、明治時代くらいの感覚ではできるだけ漢字にするほうが普通だったようである。

「倶楽部」なども、日本人の生み出した表記法だという。画数が多くて面倒だが……。

韓国語などを勉強していると、外来語がカタカナで書いてあるありがたさを実感できる。ハングルでは一見すると外来語なのか本来の韓国語なのか判断がつかないのである。韓国人には自明かもしれないが、学習者にとっては自明ではない。

さて、そのほかに日本で作られた翻訳語をもう少し紹介しよう。リストを眺めていると、「大脳、膣、腺、盲腸、解剖」など、解剖関係の言葉が並んでいるのに気がつく。これらは、明治時代ではなく江戸時代の蘭学者が作り出したものだという。

国立科学博物館 に展示されている『ターヘルアナトミア』複製(写真=Momotarou2012/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
国立科学博物館 に展示されている『ターヘルアナトミア』複製(写真=Momotarou2012/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

中国医学では伝統的に人体をきずつける解剖を好まなかった。そのせいで漢語による用語がなかったのである。魯迅の『藤野先生』でも、魯迅が藤野先生に「中国人は霊魂を尊ぶと聞いていたので、君が死体の解剖を嫌がるのではないかと、心配していたのです」と言われるシーンがある。

蘭学の翻訳では『解体新書』が有名だが、『解体新書』は厳密にいうと日本語(和文)に翻訳したものではない。『ターヘルアナトミア』を漢文に翻訳したものである。

日本人が作った翻訳漢語の代表選手、「経済」は、もともとあった「経世済民」という言葉に由来すると言われている。本来的には「世の中を経(おさ)め、民を済(すく)う」の意味である。これをeconomyの翻訳語に転用したのである。

■ストゥーパ→卒塔婆→塔

中国語の外来語というと、日本語やヨーロッパの言語が話題に上ることが多いが、もちろんそれ以外にもある。古来、様々な言語が中国語に入ってきている。

橋本陽介『中国語は不思議 「近くて遠い言語」の謎を解く』(新潮選書)
橋本陽介『中国語は不思議 「近くて遠い言語」の謎を解く』(新潮選書)

例えば、仏教関係の言葉はインドのサンスクリットを漢語で訳したもので、「和尚」「釈迦」「阿弥陀仏」「菩薩」「比丘(びく)」など枚挙にいとまがない。

そして、それらは日本語にもそのまま輸入されている。東南アジア諸国を旅していると、ストゥーパと呼ばれる塔が建てられているのを目にする。このストゥーパを音訳したのが漢語の「卒塔婆」であり、それを略したのが「塔」だ。

「卒塔婆」というと、日本ではお墓に立てかけてある細長い板のイメージだけれども、もともとは建物の塔の意味なのである。

東京タワーは中国語で“东京塔 Dōngjīngtǎ”だから、「東京卒塔婆」である。

「葡萄」や「駱駝」なども、語源は正確にはわかっていないが、西方の言語を音訳したものと思われている。「獅子」もそうらしい。

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橋本 陽介(はしもと・ようすけ)
お茶の水女子大学基幹研究院准教授
1982年埼玉県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程単位取得。博士(文学)。専門は中国語を中心とした文体論、テクスト言語学。著書に、『日本語の謎を解く 最新言語学Q&A』(新潮選書)、『中国語実況講義』『中国語における「流水文」の研究 「一つの文」とは何か』(東方書店)、『「文」とは何か 愉しい日本語文法のはなし』(光文社新書)など。

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(お茶の水女子大学基幹研究院准教授 橋本 陽介)

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