「女性のわりには話が通じるね」という"褒め言葉"を素直に受け取ってはいけない理由
プレジデントオンライン / 2023年5月1日 11時15分
※本稿は、森山至貴『10代から知っておきたい 女性を閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。
男性B:部長は仕事が雑だからなあ……。部下が指摘すると怒るし
女性A:怒らせても面倒なんで、こっちで適当に直しておきますね
男性B:ありがとう。酒井ってそういうところ、女性のわりには話が通じるね
■「わりには」は唐突にやってくる
え、この流れでなぜ「女性のわりには」みたいな話になるの? というか「わりには」って何? と思いますよね。たとえば、「女性のわりには男性用トイレの間取りについて詳しいね」はたしかに「女性のわりには」の適切な用法かもしれません。仕事でトイレ掃除をしているなどの状況がなければ、たしかに女性は男性用トイレの間取りに詳しくはないでしょうから。
裏を返せば、こういった例外的な状況を除く、「女性のわりには」と言われてしまう場面の大半は、「わりには」と言われて当然だと思えるものではありません。「性別は今は関係ないよね?」という状況に唐突に差しはさまれる、こうした「女性のわりには」について、考えてみましょう。
そもそも、この状況で言われたら、イラッとしませんか? 要するに「女性は話が通じない」と言われているわけですから。話が通じないのは私ではなく、仕事が雑なうえに部下が指摘すると怒る部長のほうだろう、と言ってやりたくなります(男性こそ話が通じない人たちで、部長も男性だから話が通じない、と言いたいわけではありません。また、部長が女性だとしても、女性としての「連帯責任」を問われて「話が通じない」扱いされるいわれはないでしょう)。
性別は関係ないと思われる場面に唐突に差しはさまれ、その場での仕事に女性は不向きである、という前提を強調され、無理強いされるわけですから、「話が通じる」と褒められて気分がよい、というわけにはいかないのも当然です。褒められてうれしく思っているうちに、女性が不利になるルールを受け入れたことにされてしまうわけですからね。
では、女性を働きにくくするこういった職場環境は、どのように改善されるべきなのでしょうか?
■「女性らしさ」に合わせた職場環境にすればいいのか
男性と女性は仕事の進め方や会話のモードが異なるにもかかわらず、職場環境は男性の仕事の進め方や会話のモードが標準になっているから女性は働きにくいのだ、という側面はたしかにあります。「男の子として」「女の子として」育てられることによって、男女で仕事の進め方や会話のモードが異なってしまっているということはありそうです。
では、女性のやり方や会話のモードに「配慮」して職場環境が整備されればよいのでしょうか? でも、これは結局、女性の「女性らしさ」に合わせて職場環境を整備する、ということですよね。女性は「女性らしく」活躍することを推奨される、というのは余計なお世話ではないでしょうか。男女の性差はあくまで傾向の違いですから、いわゆる「女性らしさ」を持たない女性もいます。そういった女性にとってはこの環境整備はかえって不利になってしまう点も問題です。
■男性は「融通が利く」のか
ここで先ほどの会話に戻ってみましょう。焦点になっているのは、「融通が利く」という長所ですが、それって本当に男性に特有の長所なのでしょうか? 「性別は今は関係ないよね?」と思うのであれば、この前提をそもそも疑ってよいはずです。
たとえば、逆に女性の長所として「融通が利く」ことが挙げられる場合も珍しくないと思いませんか? だから、まったく同じ含みを持たせて、「男のわりには話が通じる」と女性が発言することも可能です(が、やはり正しくない気がします)。
「女性のわりには」にイラッとする理由には、この点もじつは含まれているのではないでしょうか。つまり、「女性のわりには」と男性が発言することで、発言した男性はいつの間にか「融通が利く」という長所を持っていることになっている、その前提が不当だからではないでしょうか。
ましてやこの男性は、その前提のもとに女性をジャッジしているわけですから、「男ってだけで自分が融通の利く人間だと考えるのはただの自惚れ」と言ってやりたくなるのも当然だと思います。
「男中心」の環境とは、「男性の得意なこと」が評価される環境であるだけでなく、評価されるべき能力を男性(だけ)が持っていると前提してもらえる環境でもあるのです。この観点から考えると、女性が働きやすい職場とは、男性の仕事の進め方や会話のモードを標準としないだけでなく、職場での能力を「男性の長所」として男性が独り占めしてしまう雰囲気を持たない職場だ、と言えるでしょう。
■評価されるべき能力はそもそも何か
その仕事に必要な能力は何か。その能力は性別によって習熟の度合いが違うものなのか。特定の性別がその能力をより多く持っている、という前提はかえってその能力の向上や共有を難しくしていないか。
「女性のわりには」はこうした重要な問いについて考えることを放棄する言葉です(もちろん「男性のわりには」も同様です)。言われた側はうっかり喜んでしまって言った側をつけあがらせないために、言いそうな側は根拠のない自惚れに足を取られないために、性別に関係なく、「評価されるべき能力はそもそもなんなのか、それを性別と結びつけることで曖昧なままごまかしていないか」に注意を向ける必要があるでしょう。
■抜け出すための考え方
「男中心」の環境とは、「男らしい」特徴が有能さの基準となっているだけでなく、有能さの基準を「男である」というだけで満たしていると前提してしまう環境のことでもあります。「女性のわりには」を好意的な評価として放置せず、必要とされている能力そのものの中身に焦点を戻す必要があります。
もっと知りたい関連用語
【性役割】
「男性ならばこうすべき/でない」「女性ならばこうすべき/でない」といったふるまいに関する要求は、単独で作用するのではなく、組み合わさって「男性とはこういうもの」「女性とはこういうもの」というイメージとなって個々人に課されます。こうした、期待されるふるまいの組み合わせ全体のことを性役割と呼びます。仕事の進め方や会話のモードも、多くの場合は複数の要求の組み合わせとして課されるので、性役割の一例と考えることができます。
もっと深まる参考文献
大沢真理、2020『企業中心社会を超えて――現代日本を〈ジェンダー〉で読む』岩波現代文庫
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早稲田大学文学学術院准教授
1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』『LGBTを読みとくークィア・スタディーズ入門』『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』『10代から知っておきたい 女性を閉じこめる「ずるい言葉」』。(プロフィール写真:島崎信一)
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(早稲田大学文学学術院准教授 森山 至貴)
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