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日本政府がEV普及を後押しするのは意味不明…「バッテリーは中国製がダントツ」という不都合な真実

プレジデントオンライン / 2023年5月5日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marcus Lindstrom

欧米諸国では、ガソリン車を避けて電気自動車(EV)を積極的に普及している。モータージャーナリストの岡崎五朗さんは「この『EVバブル』ともいえる状況には、重要な問題点が欠けている。欧州の真似をすれば、日本はますます貧しい国になる」という――。

※本稿は、杉山大志(編集)、川口マーン惠美、掛谷英紀、有馬純ほか『「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

■EU各国は「EV一本足政策」に転換

2021年7月14日。EUの行政執行機関である欧州委員会が、2035年にハイブリッド車を含むエンジン搭載車の新車販売を禁止する「草案」を提出した(※)。2035年と言えば、わずか14年後。

次のクルマはエンジン付きが許されるが、その次に買うクルマはEVかFCEV(水素燃料電池で発電した電力で走る電気自動車)か合成燃料に限定される、というタイムスケジュールだ。ただしFCEV開発で遅れをとっている欧州の状況を考えれば、事実上EVに絞った一本足政策と考えるべきだろう。

※2023年3月28日、欧州委員会は合成燃料であればエンジン車の新車販売を一部認める内容で正式に合意した。

電気自動車? 電気は足りるの? 発電するときに二酸化炭素出してない? 航続距離が短いよね? 充電にも時間かかるんでしょ? そもそもうちの駐車場に充電器付けられないんだけど?

日本人が抱くであろう素朴な疑問は欧州人でもそうは変わらないはずで、少し考えればこの草案がいかに実情を無視したものであるかがわかる。加えて、詳しくは後述するが、すべてのクルマをEV化するだけのバッテリー生産量を確保できる見込みは薄く、仮に確保できたとしてもエンジン車はもちろんハイブリッド車と比べてかなり高価格になってしまう可能性が高い。

■そもそもEVはなぜここまでもてはやされるのか?

私はEVを全否定するつもりはない。最近はバッテリー性能が上がり、数百キロメートルの航続距離を実現したものも登場しているし、静かさと滑らかさと速さを高度にバランスしたドライブフィールも上等だ。自宅に充電器を設置でき、かつ割高な購入価格が気にならない富裕層には悪くない選択だと思う。複数台所有ならなおのこと1台はEVでもいいだろう。

しかし、欧州委員会が打ち出してきた、エンジン車やハイブリッド車を完全に排斥し、すべてをEVにするという極端な案となると話は別だ。EVの開発はまだまだ発展途上であり、広く庶民に行き渡らせるには幾重の技術的ハードルを越えなければならない。そんな商品を普及させるにはとんでもない額の補助金を付けて無理やり売る必要があるが、コロナで疲弊した各国経済にそれを許し続けるだけの余裕はない。

そもそもEVはなぜここまでもてはやされるのだろうか。

背景にあるのが温暖化対策の枠組みであるパリ協定の長期目標だ。地球温暖化によるさまざまなリスクを軽減するため、2050年の気温上昇を産業革命前に対してできれば1.5℃、少なくとも2℃に抑える。そのためには温室効果ガスである二酸化炭素を大幅に削減する必要があるのだ、という学説に基づいて導き出されたのがカーボンニュートラル、あるいは脱炭素というキーワードだ。

■「EVバブル」で見落とされている重要な問題

ハイブリッドは燃費低減効果はあるものの、エンジンを使っているため走行中に二酸化炭素が出てしまう。ガソリンを燃やす以上、二酸化炭素は減らせてもゼロにはならない。その点、バッテリーに蓄えた電力でモーターを駆動するEVからは、二酸化炭素が一切出ない。とてもシンプルな話だ。たった数行で説明できる。このわかりやすさがEVバブルの本質である。

しかしこの議論には重要な視点が欠けている。果たしてその電気はいったいどこから来るのか、という点だ。自宅の屋根にソーラーパネルを付けている人は別として、EVは発電所から送られてくる電気で充電する。その発電所が火力発電所であれば、二酸化炭素の出口がクルマの排気管から発電所の煙突に変わっただけだ。発電構成は国によって異なるが、石炭火力発電の多い中国やインドではハイブリッドからEVに置き換えると二酸化炭素は逆に増えてしまう計算になる。

つまり、EVの普及と発電構成の改善はセットで進めなければ意味がない。さらに、EVの心臓部であるリチウムイオンバッテリーは、製造時に大量の二酸化炭素を発生する。クルマが製造されてから廃棄されるまでのトータルでの二酸化炭素排出量を示すLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)で眺めるとEVはさらに不利になる。

■「100%EV」にするだけでは脱炭素にはならない

LCAはまだ学問的に確立されたものではないため、前提の置き方によって結果に差が出るが、世界はLCA基準で二酸化炭素排出量をカウントする方向へと向かっている。その際、個々の工場や企業、あるいは地域単位で「うちは再生可能エネルギーを使ってバッテリーを生産していますよ」と言ったところで、書類上はクリーンになるのかもしれないが、トータルでの二酸化炭素削減にはつながらない。

つまり、もし本気で二酸化炭素を減らしたいのであれば、製造時やリサイクル、廃棄時に使われる電力を含め、すべての電力を原子力発電や再生可能エネルギー由来にしなければ、たとえ100%EVにしても脱炭素にはならないということだ。

EV以外は決して認めようとしない原理主義者たちは、「発電構成がどんどんよくなるのだから、それに備えてEVを選ぶのが正義だ」と簡単に言う。たしかに石炭火力発電が減り、LNG(液化天然ガス)や石油も減り、太陽光や風力発電が順調に増えていけばそういうことになる。

しかし、すでに面積当たりの太陽光発電容量がダントツ世界一の日本には、太陽光パネルの設置場所がほとんど残されていない。だから森林を伐採してまでメガソーラーを建設している。水力発電用のダム好適地も、あらかた開発し尽くしている。頼みの綱の風力発電もコスト競争力改善のめどは立っていない。当然ながら、原子力発電をそうやすやすと増やせない事情が日本にはある。

■脱炭素のためにますます貧しい国になってしまう

それでも再生可能エネルギーを主体にしていくというのなら、電気料金が現在(2021年)の2倍に跳ね上がることを覚悟する必要がある。家庭用は歯を食いしばって耐えたとしても、製造業はそうはいかない。安い電力を求めて海外に出ていくしかなくなる。そうなれば雇用は失われ、GDPは落ち込み、日本はますます貧しい国になっていくだろう。それでもカーボンニュートラルが重要だと強弁するのなら、もはや「健康のためなら死んでもいい」と同じ理論である。

EVを推進していくうえで解決しなければならないことはまだある。価格の高さと十分なバッテリー量の確保、人権、環境汚染問題だ。まずは価格から。「EVはたしかにまだ高い。でもパーツ点数が少ないから大量生産が進めばコストは劇的に下がっていく」と言う人がいる。河野太郎行政改革担当大臣(当時)もそのうちの一人だ。開いた口が塞がらない。

たしかに一昔前と比べるとEVの価格は下がってきた。それはEVの心臓部であるリチウムイオンバッテリーの価格が下がったからだ。そしてEV推進派の人たちは、これまでも下がってきたのだから今後も下がり続けると主張する。

車を運転する女性
写真=iStock.com/Young777
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Young777

■金属資源を適正な価格と方法で確保できるのか

しかし、ことはそう単純ではない。EVのコストを引き上げているバッテリーに注目すると、ニッケル、リチウム、コバルトといった原材料コストがその3分の2を占める。問題は、世界中で計画されているバッテリー大増産計画に見合うだけの原材料が確保できないことにある。

需要と供給のバランスが崩れれば原材料コストは上がり、バッテリー価格も上昇する。そうなれば、販売価格を引き上げなければ利益が出なくなる。つまり、売れれば売れるほどEVは高くなる可能性があるのだ。国の舵取りの一端を担う国務大臣が、その程度のことも理解していないのは困ったものだ。

次に量の確保と人権、環境汚染問題。現在、バッテリー原材料の多くは中国が握っている。世界各地に鉱脈は存在するが、中国との価格競争に敗れて閉山に追い込まれた鉱山も少なくない。その背景には安い労働力と、精製時に発生する有害物質の処理に十分なコストを払っていないからこその高い価格競争力があった。

バッテリーの発火リスクを下げる役割を担うコバルトはコンゴ民主共和国が埋蔵量、生産量ともに世界1位(その多くが中国に輸出されている)だが、児童労働がたびたび問題視されている。

■やるべきことは山ほどあるのに政府の動きは鈍い

つまり、安いバッテリーを求めれば中国に頼らざるを得ず、しかし環境汚染や人権問題を考慮すればコストの高い国での生産に切り替えるしかない。これもバッテリー価格の上昇圧力となる。いま、多くの自動車メーカーが意欲的なEV生産計画をぶち上げ各地にバッテリー工場の建設を始めているが、コスト削減が目論見どおりにいかなければ(おそらくそうなる)計画は立ちゆかない。

弁当屋を立ち上げたはいいが、米の仕入れ価格が高くなり薄利多売のビジネスモデルが崩壊し、大量に準備した炊飯器の稼働率が落ちて赤字に陥る……といったことが実際に起きる可能性はかなり高い。

日本のGDPにおける製造業の割合は20%。政府の言う「日本はデジタルとグリーンで戦っていく」などという言葉は、5兆ドルの20%=100兆円という現実の数字を前にして空しく聞こえる。それでもカーボンニュートラルとEVシフトを進めるのであれば、最低でも国内での自動車生産量に見合ったバッテリー工場と原材料、安くてクリーンな電源、半導体の確保に政府は全力で対応するべきだ。

しかし、政府の動きは鈍い。南鳥島近海で発見されているレアアースの採掘にしても、民間でやりたいところがあるならどうぞという消極的な姿勢であり、その間に周辺海域には中国の調査船が多数押し寄せている。2021年3月11日、豊田社長(当時=編集部注)は日本自動車工業会会長としてこのように語った。

■70万人以上の雇用に影響が出てくる恐れ

「同じクルマでも日本の工場で生産したクルマと、(原子力発電の多い)フランスの工場でつくったクルマとでは生産段階を含めたトータルの二酸化炭素量が大きく異なります。日本でつくったクルマは二酸化炭素を多く排出するからダメだとなったら、自動車産業が稼いでいる外貨15兆円が限りなくゼロになり、自動車業界で働く550万人のうちの70万から100万人の雇用に影響が出てくることになります」

杉山大志(編集)、川口マーン惠美、掛谷英紀、有馬純『「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社新書)
杉山大志(編集)、川口マーン惠美、掛谷英紀、有馬純『「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社新書)

それでもトヨタが潰れることはないだろう。日本を捨て、工場、あるいは本社ごと海外に出て行けばいいだけの話である。しかし、日本という国に逃げる場所はない。ここでやっていくしかないのだ。だからこそ、この国を繁栄させ国民の幸福を最大化する環境を整えるのが政府の存在理由である。

にもかかわらず、再エネ資源に乏しい自国の立ち位置を説明することもなく、日本が誇るハイブリッドをはじめとする優れた各種省エネ技術をアピールすることもなく、ただただ海外の目を気にし、カーボンニュートラルと決めたからキミたち頑張ってねと民間に無理難題を押し付けるだけの政府。

経済一流、政治は三流と言われて久しいが、このままでは経済までもが三流になってしまう。

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杉山 大志(すぎやま・たいし)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
東京大学理学部物理学科卒、同大学院物理工学修士。電力中央研究所、国際応用システム解析研究所などを経て現職。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)、産業構造審議会、省エネルギー基準部会、NEDO技術委員等のメンバーを務める。産経新聞「正論」欄執筆メンバー。著書に『「脱炭素」は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『中露の環境問題工作に騙されるな!』(かや書房/渡邉哲也氏との共著)、『メガソーラーが日本を救うの大嘘』(宝島社、編著)、『SDGsの不都合な真実』(宝島社、編著)などがある。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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掛谷 英紀(かけや・ひでき)
筑波大学システム情報系准教授
1970年大阪府生まれ。93年東京大学理学部生物化学科卒。98年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。NPO法人「言論責任保証協会」代表。著書に『学問とは何か 専門家・メディア・科学技術の倫理』『学者のウソ』など。近著に『「先見力」の授業』(かんき出版)がある。

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有馬 純(ありま・じゅん)
東京大学公共政策大学院特任教授
1982年、東京大学経済学部卒業、同年、通商産業省(現経済産業省)入省。IEA(国際エネルギー機関)国別審査課長、資源エネルギー庁国際課長、同参事官などを経て、JETRO(日本貿易振興機構)ロンドン事務所長兼地球環境問題特別調査員。2015年8月より東京大学公共政策大学院教授、2021年4月より同大大学院特任教授、現職。著書に『私的京都議定書始末記』(2014年10月、国際環境経済研究所刊)、『地球温暖化交渉の真実 国益をかけた経済戦争』(2015年9月、中央公論新社刊)、『精神論抜きの地球温暖化対策 パリ協定とその後』(2016年10月、エネルギーフォーラム刊)、などがある。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山 大志、作家 川口 マーン 惠美、筑波大学システム情報系准教授 掛谷 英紀、東京大学公共政策大学院特任教授 有馬 純)

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