1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「エッ、新聞代が上がるの?」iPadを常用する75歳の母親が愛読紙の値上げすら知らなかったワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月1日 8時15分

朝日新聞東京本社(写真=PRiMENON/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)

朝日新聞と西日本新聞が5月から購読料を1カ月4400円から4900円に引き上げる。フリーランス記者の亀松太郎さんは「75歳の私の母は50年以上の愛読者だが、値上げのことを知らなかった。いま新聞を購読している人たちの中には、残念ながら朝刊1面の社告すら読んでいない人もいる」という――。

■5月から500円値上げする朝日新聞と西日本新聞

朝日新聞は5月から、紙の新聞(朝夕刊セット版)の購読料を1カ月4400円から4900円に引き上げる。2021年に約400円アップしたばかり。この2年で、一気に900円も上がったことになる。

福岡に拠点を置く西日本新聞も同様に、4400円から4900円へ購読料を上げることを発表した。新聞業界の「横並び」の慣行からすると、毎日新聞や産経新聞など他の新聞も追随するのではないかとみられている。

一方で、読売新聞は3月25日の社告で、少なくとも向こう1年間は「購読料を値上げしない」と表明した。朝日新聞をやめて読売新聞に移る読者が続出するのではないか。そんな見方もある。

新聞の購読者たちは、1割以上の「価格上昇」をどう受け止めているのだろうか。

残念ながら、50代のウェブメディア編集者である私の周りには、紙の新聞を定期購読している人がほとんどいない。そこで、70代と80代の「新聞愛読者」に意見を聞いてみることにした。

■5000円に迫る購読料では「コア層しか残らない」

「これはきついですね。5000円という雰囲気ですもんね」

そうため息をつくのは、メディア研究者の校條諭(めんじょう・さとし)さん(74)だ。

ネット時代の新聞の生き残り策について、長年研究している。この4月には、朝日新聞のオピニオンメディア「論座」に、これからの新聞社へ期待することを提言する記事を寄稿したばかりだ。

校條さんは生粋の新聞愛読者、新聞マニアと言ってもよい。毎日新聞の朝夕刊(デジタルを含む)を定期購読しているほか、朝日新聞と日経新聞、米ニューヨーク・タイムズのデジタル版も有料契約している。

そんな校條さんからみて、今回の新聞の値上げは衝撃が大きかった。

「コアな読者は残るでしょうが、ボロボロと離れていくんでしょうね」

■「周囲の60、70代は購読をやめている」

校條さん自身は、たとえ毎日新聞が購読料を値上げしても購読を続けるつもりだ。しかし、周囲の60代、70代の友人たちをみると「新聞をやめている」。

「いまはみんなスマホを持っていますからね。スマホで、Yahoo!ニュースやLINEニュースやスマートニュースを読んでいる。新聞を取らなくても、ネットの無料ニュースで十分なんだそうです」

もう一つ、校條さんが懸念するのは、新聞以外の有料課金サービスとの競争だ。

「朝日の競争相手は読売ではなくて、ネットフリックスやアマゾンプライムといった情報サービスにお金を払っている人が多い。そうなると、新聞に月5000円も払えないという人も出てくるでしょうね」

■「紙はやめてもいいが、デジタル会員になって」

新聞を取り巻く状況は年々、厳しくなっている。朝日新聞は2021年から22年にかけて約60万部減少した。23年3月の朝刊部数は376万部だが、数年以内に300万部を切るのはほぼ確実とみられる。

「紙」の新聞の衰退は避けられない情勢だ。だが、海外ではニューヨークタイムズなど一部の新聞がデジタル化に成功し、経営を好転させている。日本の新聞社の将来も、デジタル化の成否にかかっているという指摘は多い。

新聞各紙とその電子版をタブレット端末で表示したもの
写真=iStock.com/scanrail
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/scanrail

朝日新聞は今年から、紙とデジタルを合わせた総合的な媒体力を示す「メディア指標」を公表するようになった。そこでは、新聞の朝刊部数と同時に、デジタル版の有料会員数やネットのID登録者数、ウェブサイトのユニークユーザー数などが紹介されている。

今後は、このようなデジタル関連の指標をいかに伸ばしていけるかが、生き残りのカギとなるだろう。そんな時代の趨勢が朝日新聞の値上げ発表にも表れている、と校條さんは指摘する。

「朝日新聞の社告をみると、最後に『デジタルのみの購読プランもお選びいただけます』という言葉が入っています。これまでは販売店に遠慮して、紙面でこんなことは書いていなかった」

そこには「紙の購読をやめてもいいが、代わりにデジタルの有料会員になってほしい!」という新聞社の悲痛な願いが滲(にじ)み出ているというのだ。

実際、朝日新聞デジタルの購読料は「紙」よりもかなり安い。複数のプランがあるが、標準的な「スタンダードプラン」は月額1980円。紙の新聞の半分以下だ。

今回の値上げによって、「紙からデジタルへ」という読者の大移動が起きるかもしれない。長期的にみれば、それは新聞社の経営にとってプラスに働くのではないだろうか。

■「朝日新聞の値上げは時期尚早」

「朝日は先走りじゃないかという気がするんですよね」

元毎日新聞幹部の佐々木宏人さん(81)はこう語る。

佐々木さんは経済部などで記者を経験した後、経済部長と広告局長を経て、中部本社の代表を務めた。新聞社の内情をよく知る佐々木さんからすると、朝日新聞の値上げは時期尚早に見えるという。

「現在、さまざまな物価が上がっていますが、今後、電気料金など大口の値上げが予想されます。そんな状況からすると、新聞も再び値上げしなければいけなくなる可能性がある。ならば、読売のようにしばらく様子を見てもよかったのではないか」

朝日新聞にはまだその余力があるのではないか、というのが佐々木さんの見方だ。

「僕は経営が厳しい会社(毎日新聞)にいましたからね。それに比べると、朝日は東京や大阪などの一等地にいい不動産をたくさん持っている。本当に背水の陣を敷くところまで追い詰められているのか、疑問なんです」

■販売店は人件費高騰と広告収入減のダブルパンチに苦しむ

むしろ購読料を上げることで、新聞離れがさらに進み、各地の販売店にダメージを与えるのではないかと危惧する。

「新聞の部数がどんどん減っていく中で、各地の販売店が相当に傷んでいるように見えます。僕の近所でも、朝日や毎日の販売店が2、3カ所なくなりました」

人手不足を背景にした人件費の高騰で、新聞の販売店はどこも苦しい。さらに、コロナの影響で折り込みチラシの広告収入が大きく落ちているのではないかという。

かつては、新聞の部数が増えれば、販売収入と同時に広告収入も増えるという好循環の構造があった。いまはそれが逆回転している。

朝日新聞は今回、購読料の値上げと同時に、東海3県(愛知・岐阜・三重)で夕刊の配達をやめることも発表した。「販売店の夕刊を配る能力がなくなってきたという面もあるんでしょうね」(佐々木さん)

「僕は夕刊の愛読者で、企画ものの記事を読むのを楽しみにしています。でも、今の新聞社の状況からすると、夕刊の廃止は仕方ないのかもしれないですね」

■新聞の値上げを知らない「定期購読者」

新聞業界に詳しくない「普通の人」にも話を聞いてみよう。そう考えて声をかけたのは、静岡県在住の主婦・E子さん(75)。私の母である。

私の実家では、父と母が結婚した当初、つまり50年以上も前から、朝日新聞を定期購読してきた。静岡県というと、ほとんどの家庭は静岡新聞か中日新聞をとっているのだが、我が家は例外的に「朝日派」だった。

そんな長年の朝日愛読者である母は、今回の値上げをどう思っているのだろうか? 感想をたずねると、驚くべき答えが返ってきた。

「えっ? 新聞代、いくらに上がるの?」

なんと、毎朝届いている新聞の購読料が4400円から4900円に上がることを知らなかった。朝日新聞の「購読料改定」は、4月5日の朝刊1面に社告として掲載された。それを見ていないというのだ。

だが、思い当たる節がある。私が年末年始に帰省したとき、新聞が配達された状態のまま、テーブルに置きっぱなしになっている光景を何度も見たことがあるからだ。

棚に積み上げられた新聞
写真=iStock.com/Wako Megumi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

母は最近、iPadがお気に入りで、YouTubeのチャンネルを見るのが日課となっている。ニュースもYouTubeで知ることが増えた。「ニュースは新聞よりもネットのほうが速いからね」と母はつぶやく。

■新聞は「最強のサブスクビジネス」

母と新聞の関係について、もう一つ、驚かされたことがある。

現在の購読料を正しく把握していなかったのだ。実際は1カ月4400円なのに「3500円くらいかと思ってた」と首をかしげている。

母は後期高齢者だが、まだ頭はしっかりしている。なのに、なぜそんなことになるのか。答えは「口座引き落とし」にあった。

かつては新聞代といえば、販売店のスタッフが各家庭まで集金にくるのが普通だった。しかしいまは、販売店の要請で、銀行口座の自動引き落としに移行している読者も多いようだ。

そのおかげで、自分が新聞の購読料として毎月いくら払っているのか、わからなくなってしまっていたのだ。

「4400円も払っているの?」とびっくりした母だが、「新聞がなくなると、ちょっと寂しい感じもするねえ」とも口にする。

半世紀以上にわたって続けてきた習慣をいまさら変えるのは難しいのだろう。おそらく、私の母と同じように、現在の購読料がいくらかを知らず、値上げも知らないまま、ずるずると「紙の新聞」にお金を払い続けている高齢者がほかにもいるのではないだろうか。

これぞ、定期購読(サブスク)ビジネスの強みともいえる。もし母と似たような高齢者が全国に多数いるのだとすれば、新聞社の経営はもうしばらく安泰といえるかもしれない。

だが、私から購読料の話を聞くと、母は少し気が変わったようだ。1週間後、母から「夕刊をやめて、朝刊だけにすることにしたわよ」と報告があった。

朝刊だけにすれば、値上げ後の購読料金は1カ月4100円で済む(母の地域の新聞販売店の場合)。とりあえず、それで様子をみるそうだ。

■「値上げしません」宣言は何だったのか

「朝日新聞はまだまだ値上げしないでがんばります!」

そんな新聞広告がネットで話題を呼んだのは、2019年の秋のことだ。

ところが、それからわずか4年の間に、朝日新聞は2度にわたり、新聞の購読料を値上げすることになった。

あの宣言はなんだったのか。当の朝日新聞自身も、まさかこんな展開になるとは予想していなかったのではないか。

----------

亀松 太郎(かめまつ・たろう)
フリーランス記者/編集者
大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

----------

(フリーランス記者/編集者 亀松 太郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください