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日本の総人口に匹敵するデータがある…アップルが4%超の高金利で預金を集める本当の狙い

プレジデントオンライン / 2023年5月1日 9時15分

米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO) - 写真=AFP/時事通信フォト

■行き詰まったIT先端分野からの大転換

アップルが急速に金融事業を強化している。一つの取り組みとして、4月17日、米国での預金サービスの開始が発表された。プレスリリースによると、サービスの対象になるのはアップルカードのユーザーで、日本ではサービスを利用することができない。口座管理に関しては、米金融大手ゴールドマンサックスのシステムを活用する。

預金金利は4.15%(年率)と高い。利用者には多様なメリットがもたらされる。買い物時の決済など利便性は高まり、より多くの利息を受け取ることもできる。

一方、アップルにより多くの利用者の個人情報や財務状況など、膨大なデータが集中することが懸念される。最近、米国などのIT先端分野ではサブスクリプションなどのビジネスモデルの行き詰まりが深刻だ。アップルとしては、金融ビジネスに進出し、より多くのデータによって成長を図る考えは強まりやすい。主要先進国にとって、個人情報の保護や公正な競争環境の維持などに関して、法制度など何らかの枠組みが必要になるだろう。

■銀行業界への参入障壁がぐっと下がった

近年、アップルは金融ビジネスを強化してきた。その狙いは、自社の製品やサービスの販売増加や、新しい需要創出に向けた取り組みの強化にある。背景の一つとして、世界経済のデジタル化は大きい。世界各国でこれまで銀行などが一手に抱えてきた預金、口座振替決済、金融仲介などの機能が非金融の分野に急速に溶け出している。

多くの銀行などが預金の管理や信用審査、リスク管理などのためにITシステムを強化してきたことを踏まえると、そうした変化はある意味で必然だ。アップルの預金サービス開始は、銀行業界の垣根(参入障壁)の低下を示す、象徴的な出来事といえる。

2014年にアップルは“アップルペイ”を開始した。アップルペイはわが国でも利用している人が多い非接触型の決済システムである。同社はスマホなどのITデバイスやアクセサリー、音楽配信などのサブスクリプション(継続課金制)ビジネスなどの利用に伴う決済システムを内製化した。

それによって、他社に流れ出てきた決済の手数料を取り込むことができる(バリューチューンの強化)。同社はユーザーの好みや支出額の傾向など、多種多様なビッグデータをより多く手に入れるようにもなった。

■アップルのクレカ、後払いサービスも誕生

2019年には米国でクレジットカード、“アップルカード”の利用が開始された。アップルカードの利用開始以降、アップルはゴールドマンサックスと組んで金融サービスを強化している。

投資銀行ビジネスを強化して成長してきたゴールドマンにとっても、アップルの金融ビジネスは金融規制に対応しつつ個人向け金融ビジネスの成長を目指すために重要性が高まっている。なおアップルカードには決済データと個人の情報が紐づかないよう設計が施された。

2023年に入って以降、アップルは金融分野での取り組みをさらに強化している。3月には米国でモノやサービスの購入代金を後払いする金融サービス、“BNPL=バイ・ナウ・ペイ・レイター”のサービスがはじまった。審査、融資の実施、与信の管理などは子会社であるアップル・ファイナンシングが担当している。その上で4月17日、アップルは預金サービスの開始を発表した。

■不振の銀行に取って代わる存在として魅力的

預金サービス開始により、アップルカード利用者にとってのメリットは増える。まず、より高い金利を受け取ることができる。米連邦預金保険公社(FDIC)によると、4月17日時点で米国の預金口座の金利は平均で0.39%だ。アップルは4.15%とはるかに高い金利をつける。

3月上旬以降の米国では、一部中堅銀行の経営不安が高まった。アップルという企業の経営体力、ブランド競争力、潤沢なキャッシュフロー創出力などに裏打ちされた預金サービスは、アップルカード利用者にとって財産を守るための有効な手段に映るだろう。

加えて、決済など金融サービスの利便性も高まる。アップルのプレスリリースによると、預金サービスの利用者は口座間の資金移動などのために自分の口座と他行の口座を紐づけることができる。日次ベースでアップルの口座に入金を自動で行うこともできる。口座開設の手数料はかからない。一定の条件の下であれば、送金手数料もかからない。それによって、例えば音楽や動画視聴の料金支払いを自動化し、かつコストを抑えることが期待される。

■日本の総人口に匹敵するデータを手中にできてしまう

一方、アップルによるデータ占有の懸念は高まるだろう。今回も個人情報保護に関する文言は付記されているが、理論的に考えると、アップルはiPhoneなどを経由して行われるお金の流れのすべてに関するデータを取得することができそうだ。

個人のキャッシュフローのデータを手に入れることによって、その人の収入水準、保有している金融資産などの残高、さらには消費のデータから類推される嗜好(しこう)や価値観など多種多様なデータを手に入れる可能性は高まる。

米国におけるiPhoneユーザーの正確な数はわからないが、報道によるとその数は1億人を超えるようだ。ざっくりとしたイメージとして、わが国の総人口に匹敵する個人のデータが、より多く、急速にアップルに吸い取られる可能性は高まっている。

主要先進国において、世論が納得し、信頼できるデータ管理の体制を確立するには至っていない。その状況下でアップルがより多くのビッグデータを手に入れる可能性が高まっている。これまで以上にビッグデータの占有が高まることへの社会の意識は高まるだろう。

iPhoneのウォレットにカードを登録中
写真=iStock.com/martin-dm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/martin-dm

■4.15%という高い利回りを設定した狙い

今後、必要になるのは、データの保護などに関する法整備などの枠組みだ。わたしたちの生活にとって、ネット空間は欠かせないものになっている。つまり、ネット世界は公共の場としての性格を強めている。

IT先端分野を中心に、ビッグデータを手に入れて新しい需要を創出し、成長を加速させようとする企業は世界全体で増えている。足許のIT先端分野ではSNSやサブスク型のビジネスモデルが行き詰まっている。音楽配信などの分野でも競争激化は鮮明だ。類似のサービスが増えることによって、アップルにとって当該分野のうまみは薄まっている。

新しい需要を創出して高い成長を実現するために、アップルにとって金融サービスを強化する意義は増す。アップルが預金口座に4.15%という高い利回りを設定した狙いは、急速にユーザーを増やしてより多くのデータを個人情報に配慮しつつ獲得し、その利用の可能性を模索することだろう。

■データの適切な保護と運用体制が求められる

ある意味、アップルの預金サービス開始は、ビッグデータの重要性が一段と高まり、その獲得のために金融ビジネスに妙味がある、という旗印を世界のIT先端企業に示した。アップルに続けとばかりに預金、資金運用など金融分野での事業運営体制を強化し、ユーザーを囲い込んでシェアを高めようとする企業は増えるだろう。

重要なポイントは、人々の生活の利便性の向上と、信頼、安心できるデータ保護体制の整備バランスだ。近年の世界経済ではサイバー攻撃などによって企業が管理していた個人のデータが社外に流出するケースは増えている。犯罪や社会心理への影響など、わたしたちの生活に負の影響が及ぶ可能性は高まる。

今後の展開次第では、アップルの預金サービスはそうしたリスクを一段と押し上げる恐れもある。デジタル化の加速とともに金融ビジネスなどがIT分野に流れ出ることは止められない。それに合わせて、個人のデータ保護、問題発生時の対応方法などを社会全体で議論し、データの世紀にふさわしい法規制を整備する重要性は急速に高まっている。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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