1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』が、中国や韓国で『君の名は。』超えの日本映画新記録になったワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月2日 11時15分

2023年3月19日、中国・上海のワンダシネマで行われた映画『すずめの戸締まり』のプレミア上映に出席する新海誠監督 - 写真=CFoto/時事通信フォト

新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』が、中国や韓国で社会現象を巻き起こしている。どちらの映画市場でも「最もヒットした日本映画」となり、興行記録を塗り替えている。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「コロナ前まで約3000万人の訪日外国人が来ていたが、この3年間は来日できなかった。そうした日本好きの人たちの期待に応える内容だったことが、爆発的ヒットにつながったのではないか」という――。

※情報は記事執筆時点のものです。

■中国で最もヒットした日本映画になった

「宮崎駿監督とスタジオジブリ」、「細田守監督とスタジオ地図」と同様に、「新海誠監督とコミックス・ウェーブ・フィルム」が世界的なブランドになりつつある。

『すずめの戸締まり』(2022年11月11日本公開)が世界各国で記録的なヒットとなっている。海外市場で到達した高みは、日本映画史上かつて誰も経験したことのない社会的現象に発展している。

『すずめの戸締まり』公式サイトキャプチャ
出所=『すずめの戸締まり』公式サイト

日本に遅れること5カ月強、2023年3月24日にスタートした中国興行では、4月半ばに7億5200万元(約146.6億円、レートは公開当時。以下同)に到達。

これは「中国市場での最初の大ヒット日本映画」と言われていた『STAND BY ME ドラえもん』(2014)の5.3億元(約91億円)や、それまでの中国での日本映画記録を持っていた新海誠監督7作目の『君の名は。』(2017)の5.7億元(約94.6億円)を大きく飛び越えて、中国市場で最も売れた日本映画となった。

日本国内での『すずめの戸締まり』の興行収入は144.8億円(4月16日時点)なので中国のほうが売れている結果となっている。

■世界で最も売れている日本の映画監督

記録的ヒットはこれだけにとどまらない。

中国より約2週間ほど早い3月8日に公開がスタートした韓国においても、これまでの観客動員数が469万人(4月17日時点)を突破し、韓国市場で最も売れた日本映画になっている。

『すずめの戸締まり』以前の同記録を持っていたのは、今年1月に公開された『THE FIRST SLAM DUNK』だった。同作の累積観客数は、現在449.6万人だ(4月17日時点)。

中国や韓国だけでなく米国も含めた「海外で最も売れた日本映画」でいうと、1位が『すずめの戸締まり』(2022)の1.7億ドル(約227.3億円)、2位は『君の名は。』(2016)の1.5億ドル(約163.2億円)となっている。

3位の『千と千尋の神隠し』(2001)が1.17億ドル(134.5億円)、6位の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020)が0.88億ドル(95.9億円)であることを見ると、今や新海監督が世界一動員力のある日本アニメ監督といって差し支えない状況である。(売上データ:Box Office Mojo by IMDbProから引用)

これはたった10年の間に中国の映画市場が、101億元(2010、約2000億円)→641億元(2019、約1.2兆円)と急成長したことが大きい要因といえる。ほぼ「世界最大の米国映画市場がもう1個できた」レベルだ。

加えて、2010年代後半に世界で動画配信網が爆発的に伸び、日本アニメが米国・中国を中心に世界中に浸透し、アニメの劇場版に足を運びやすくなっていることも影響している。

10~20年前とは日本アニメが規模も浸透度合いもケタ違い、という市場自体の変化が前人未踏の記録を後押ししていることは間違いない。

■日本映画の歴史の中で特筆すべき年

日本映画の歴史は長い。1895年、フランスでリュミエール兄弟が世界初の映画撮影をした、2年遅れの1897年に日本でも映画撮影が行われている。中国(1905年)や当時の朝鮮(1919年)、台湾(1925年)などアジア諸国のなかでは最も早く映画を取り入れたのが日本だった。

そこから映画は戦前・戦後にぐんぐんと伸び、1958年の映画産業ピーク時、観客動員は年間11.2億人だった。最近(2019年)の1.9億人という記録とは比べ物にならない時代もあった。

テレビが浸透する1970~80年代は映画業界にとっては受難の時代である。1971年大映の倒産のタイミングに東宝も制作をやめて配給に特化していき、三船プロ・石原プロ・勝プロなど制作陣・俳優陣は独立してテレビ業界になだれこまなければ生存できない時代もあった。

そこからジブリの登場が天啓となり、アニメが映画産業をひっぱる時代に入る。

1998年『ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』が米国で8500万ドル(約110億円)という米国市場ではいまだ破られていない日本映画記録を打ち立て、2003年『千と千尋の神隠し』が米国アカデミー賞に輝く。ここが現在まで続く「クールジャパン戦略」が検討されはじめるタイミングでもある。

こうした125年の歴史をひっくるめて、間違いなく今この2023年が、日本アニメがマックスで世界に届いている瞬間である。それを牽引するのが新海誠作品であり、続く『THE FIRST SLAM DUNK』も中国では4日で4億元(約80億円)超え、『すずめの戸締まり』の最高記録更新も見えてきている。

日本アニメに一体全体何が起きているのだろうか?

■宮崎駿の引退宣言で起きたこと

まずは日本映画の環境変化から話を始めよう。多くの人にとっては『君の名は。』から新海作品を知り、『天気の子』でその評価を着実なものにした、というルートがスタンダードなのではないだろうか。

2013年宮崎駿監督の『風立ちぬ』を最後に、スタジオジブリの“国民的アニメ映画”を喪失したわれわれは、誰もが観に行っていて誰とも感想が共有できるこのポジションに代わる作品を模索した。

2014年からの数年間は完全に「ポストジブリ」の群雄割拠の時代にはいった。

トトロ
写真=iStock.com/CHENG FENG CHIANG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CHENG FENG CHIANG

■ジブリロス→日本アニメブームに

「ドラえもん」、「クレヨンしんちゃん」、「名探偵コナン」の毎年のGWアニメシリーズも、『バケモノの子』など細田守監督作品も、数年おきの展開をする「ドラゴンボール」「ワンピース」作品も、ほとんどのアニメ作品がこのポストジブリ時代に大きく成果を上げていた。

そうした中で圧倒的ナンバーワンのポジションを築いたのが新海作品だった。

新海作品を並べてみると、これほど如実に「桁」が変わったシリーズは他にない。

【図表1】新海誠作品の収入

監督5作目の『星を追う子ども』(2011)以前の作品はほぼ自主制作から始めた、典型的なインディー作品である。東宝が配給に入った『言の葉の庭』(2013)の興収は1.5億円。それが『君の名は。』(2016)で約170倍の250億円になる。なぜ2010年代半ばにこれほどの“確変”を見せたのだろうか。

■宮崎作品との共通点

新海誠監督は1973年に長野県南佐久郡小海町で生まれた。郡として2万人、町としても4000人という、いわゆる過疎化した地方の出身者である。

子供のころからSF・宇宙モノの本を愛読しており、母親の影響で絵も描いていたという。小学校でスピードスケート部、中学校でバレーボール部、高校で弓道部といった経験や、高校は毎日片道40分かけてJR小海線で通学していた話など、“出自”が彼の作品のそこかしこに感じられる。

いや、感じすぎるといった表現のほうが正しいくらいに、新海は自分の学生時代の風景を重ねて重ねて、各作品で引用し続けている。

恋人の存在とそこに世界的な命運まで背負わされる切なさ、学校と電車、上京する地方出身者が見る東京、純粋な天気や風景の美しさ、古事記や神話・民族伝承の引用。

「高校時代に黒板に映る夕日の陰影があまりに美しかった」という新海監督が長野時代に自分が得たインスピレーションを30年以上も描き続けている。“執念”のようなものが、彼の作品の根幹を支えているように思える。

それは「戦い続ける穢れない少女」にこだわり続けた宮崎駿作品にも共通している。

■最初に作った映画のテーマ

新海は『彼女と彼女の猫』(1999)と『ほしのこえ』(2002)を“自作”している。「英雄伝説シリーズ」などで有名なゲーム会社日本ファルコムの社員として1996年から勤務しながら、夜な夜なアニメ制作を行った。

監督・脚本・演出・作画・美術・3DCG・撮影・編集・声の出演をすべて自分の手作業で仕上げているのだ。非常に内省的なプロセスであっただろう。

30歳を手前に「このままゲーム会社にいていいのか」というモヤモヤをかかえながら、ほぼ初期衝動そのもので完成させたのが『彼女と彼女の猫』であり、2001年の退社後に25分アニメとして完成させたのが『ほしのこえ』である。

「恋人と引き裂かれる切なさ」や「日常の風景・天気の美しさ」といった現在も貫く新海アニメのテーマはこの作品からすでに確立している。

『ほしのこえ』は単館上映ながらDVDは国内6.5万枚という売り上げを上げた秀作である。

ニッチながらも新海作品の世界観に心を打たれた10万人単位の深いファンが、日本にも海外にもこの時期(2000年代前半)から存在していたことは、特筆すべき実績だろう。

■「二塁打がホームランに」

新海誠監督が描きたい“主題”はこの20年に出した9作のなかで、それほど変化していないように見える。『言の葉の庭』は『彼女と彼女の猫』の、『君の名は。』は『ほしのこえ』の語り直しの色合いが強い。メッセージや構図や関係性などはインディーズの時代から変わっていない。

だがそこに東日本大震災を想起させる社会的テーマを忍ばせ、マス向けには不釣り合いな枝葉の部分はうまく剪定(せんてい)した。

川村元気など名プロデューサーとのチームが組成され、RADWIMPSの劇伴など他のクリエイティブが秀逸に絡み合った上、東宝のような大手配給会社がバックアップしたことも大きい。(『言の葉の庭』は全国23館、『君の名は。』では試写会で東宝内での反応が良く一気に全国300館での封切りが決まり、『すずめの戸締まり』は420館だった)

その結果、「二塁打ぐらいいけばいいと思ってスイングすると、たまにあるじゃないですか、真芯に当たって場外ホームランみたいなことが。それが今回のケース(『君の名は。』)かなと思うんです[SWITCH SPECIAL対談 新海誠×川村元気(後編)]」と川村が評する事態に発展した。

■なぜ爆発的ヒットになったのか

作品が10万人(≒1.5億円)に強く響いていれば、100万人(≒15億円)に広げようという野心あるチームができる。チームの力で新海作品は広く受け入れられる形に“カルチャライズ”された、もともとの本質的な軸は残しながら。

そこに説明しがたい「時代性」(ポストジブリ時代であったこと、『シン・ゴジラ』と共鳴して東日本大震災後5年目で傷を癒やす物語が受け入れられるムードになったこと等)が偶然にも引火し、想定しない化学反応がおきたときに1000万人(≒150億円)を超える。

10万人と100万人との差を分けた要因はチームで説明がつくが、100万人と1000万人を分けた要因は作品や作家本人、チームだけではどうにも説明がしきれない。

それはコロナ禍で『「鬼滅の刃」 無限列車編』が受け入れられ、阪神大震災やオウム事件など社会全体が不穏な空気に包まれた時代に、『もののけ姫』や『ポケットモンスター』が生まれたことにも通じるだろう。

中国でもそれは同じだ。19年末の上映となった『天気の子』が50億円程度にとどまり、まさにゼロコロナ時代からの解放と共に始まる『すずめの戸締まり』が100億円を超えた。これを分けたのは、絶対的な時代性の差といえよう。

■世界一周ツアーのすごい効果

加えて新海監督は『君の名は。』の成功より10年以上前から、国内の地方から海外まで映画プロモーションで行脚を続け、自らの手で小説のサイン会を開催し続けた。これは、映画監督としては珍しい腰の軽さかもしれない。

『すずめの戸締まり』でもそれは遺憾なく発揮された。

国内24都道府県・72カ所をまわった後に、2023年2月のベルリン映画祭→フランス→イギリス→韓国→中国→アメリカ→メキシコ→アメリカ→タイ→インド→韓国と数カ月にわたり、世界中のイベントを行脚している。(韓国のファンに対し「観客動員300万人到達したらまた来ます」と新海監督が以前に宣言したため)

自らがファンと向き合い続けて踏み固めた10万人との絆が、現在の『すずめの戸締まり』観客4000万人(※)、海外7割を超えるファンに届かせる大きな礎となっていることは間違いない。

※2023年4月22日 日本経済新聞 朝刊

----------

中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。

----------

(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください