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佐藤優「ウクライナ戦争は10年続いてもおかしくない」長期戦を決定づける今年中に現れる"2つの山"

プレジデントオンライン / 2023年6月19日 9時15分

ウクライナ東部ドネツク州ウグレダル周辺で兵士を慰問するゼレンスキー大統領(中央)(大統領府提供)=2023年5月23日 - 写真=AFP/時事通信フォト

ウクライナ戦争はいつまで続くのか。作家の佐藤優さんは「膠着状態が長引いて“10年戦争”になってもおかしくない。ただし、今年中に2つの条件をクリアした場合だ」という――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「10年戦争」になってもおかしくない

【手嶋】ウクライナ戦争はいつか終わります。ただ、戦いの最終盤ほど要注意です。アジア・太平洋戦争でも、1945年の8月にソ連の参戦や広島・長崎への原爆投下と幾つもの悲劇に見舞われています。

【佐藤】そうです。追い詰められたプーチンが、戦術核のボタンを押してしまう恐れがあります。この場合、正確には“地球の終わりの始まり”と言ったほうがいいかもしれません。戦術核戦争が戦略核戦争に発展する可能性があるからです。

【手嶋】ロシアが核を使えば、米軍をはじめNATOの地上軍は、その報復としてウクライナの戦域に攻め入り、ロシア本土にも攻撃を加える可能性があります。劣勢に立ったプーチン大統領は、戦略核のボタンにも手を伸ばす恐れもなしとしない。これこそウクライナ戦争の“最悪のシナリオ”と言っていいでしょう。

【佐藤】確かに最悪の事態ではありますが、その場合は比較的早く戦いにけりがつくことになります。私はこのウクライナ戦争は、膠着状態が長引いて「10年戦争」になってもおかしくはないと真面目に思っています。

【手嶋】欧州での戦争が10年の長きに及べば、その負の影響は計り知れません。

■「ロシア対西側連合」の戦いに様相を変えつつある

【佐藤】アメリカとドイツは、それぞれの主力戦車「エイブラムス」と「レオパルト2」のウクライナへの供与を決めました。これに先立ちイギリスも、やはり主力戦車の「チャレンジャー2」の供与を表明しています。ロシアの脅威に晒されているポーランドは、自国が所有する「レオパルト2」などをウクライナに早々と提供し始めています。

【手嶋】これら西側陣営の戦車に座上して戦うのはウクライナの兵士ですが、外側から見ればロシアの戦車群とNATOの戦車群が激突する構図となります。

【佐藤】ロシアは、西側諸国がこの戦争に直接関与していると反発しており、「ロシア対ウクライナ」から「ロシア対西側連合」の戦いに様相を変えつつあります。

一方、2023年1月11日、ロシア軍の制服組トップ、ゲラシモフ参謀総長が、対ウクライナ戦の総司令官に就任しました。この人事は非常に大きな意味があります。ロシアは、ウクライナ侵攻を「特別軍事作戦」と称し、その矮小化に努めてきました。しかし、ゲラシモフが名実ともに作戦の指揮をとることで、ロシアという国家の総力を挙げた戦争だと意思表示をしたことになるからです。

【手嶋】現実は争いのフェーズを切り上げながら、長期戦の様相を濃くしていますね。

【佐藤】ただ、“10年戦争”は、今年中に“二つの山”を越えた場合にという条件付きです。

■食料とエネルギー不足という「二つの山」

【手嶋】戦争は兵糧が尽きれば継続できません。具体的にいかなる条件が戦争の前途に待ち構えているのでしょうか。

【佐藤】一つは、23年の春から夏にかけてのウクライナの食糧不足です。旧ソ連圏の諸国はどこも厳しい冬に備えて食糧の備蓄が欠かせません。ウクライナも、春までの食べ物は一応あるはずですが、穀倉地帯はロシア軍に占領されている東部と南部が中心ですので、戦争の影響で穀物の収穫が十分にできなければ、戦争の遂行に影響が出てきます。ロシアによる電力インフラの破壊で電力も不足し、鉄道による物資の流通も滞っています。

【手嶋】23年中に兵糧が尽きてしまえば、確かに戦争を続けることは難しくなりますね。

【佐藤】二つ目の山場は、23年の秋から冬にかけ、欧州各国がエネルギーの不足に見舞われ、ウクライナ支援に支障がでるケースです。特に苦しいのが、開戦前までロシアの天然ガスに大きく依存してきたNATOの要のドイツです。ロシアのかわりに欧州がアメリカから輸入している天然ガスの価格は、ロシア産の4倍です。エネルギー価格の高騰に抗議する民衆のデモが各国で起きています。23年の冬は、さらに深刻なものになるでしょう。

トップの日の出霧霧に手を振る旗竿織布のドイツ国旗
写真=iStock.com/Oleksii Liskonih
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

ウクライナと西側陣営は、戦況とは別に、ともに食料とエネルギーの不足に悩まされています。でも、この二つの障害をなんとか乗り切ってしまえば、戦争はだらだらと果てしなく続くかもしれない。戦争続行のシステムさえ整ってしまえば、10年に及ぶ長期戦になる可能性があると考えています。

■「ウクライナ戦争税」の請求書は日本にも回ってくる

【手嶋】ウクライナが今後も戦い続けるには、財政面でアメリカなど西側陣営から継続的な支援を受けなければなりません。アメリカの連邦議会では下院の共和党強硬派を中心に「ウクライナに白紙の小切手を渡すべきでない」というアメリカ・ファーストの声が出始めています。

【佐藤】これはロシア側からの情報ですが、現在、ウクライナ政府は十分に税金を集められず、予算額の半分くらいしか充当できていません。危機的な財政状況になっています。ですから、公務員給与などは、米国が肩代わりしているんです。この情報については西側政府筋からも確認を取っています。この先も、西側諸国が「自由と民主主義のための戦い」を支持するなら、膨大な財政支援を続ける覚悟が必要でしょう。西側陣営は、それぞれの国家予算に「ウクライナ戦争税」といった別枠を設ける必要もあるかもしれません。当然、その請求書は、日本にも回ってきますよ。

■戦略的連携に動く習近平とプーチン

【手嶋】ウクライナ東部の要衝バフムトの攻防を巡って、いまこの瞬間も、ロシアとウクライナ両軍の兵士は死闘を繰り広げています。こうしたさなか、中国の習近平国家主席が、2023年3月20日、ロシアのプーチン大統領をクレムリン宮殿に訪ねて会談しました。

【佐藤】ウクライナ戦域で戦いが始まって以来、習近平主席がモスクワを訪れるのはこれが初めてです。しかも両首脳は、クレムリン会談の冒頭の模様をメディアの前でそのまま公開しました。これもかなり異例のことです。

【手嶋】習近平主席は、ウクライナ戦争に関する12項目の和平提案を2月に明らかにしています。このモスクワ会談でプーチン大統領がこの中国提案にどう応じるか。国際社会の目はこの一点に注がれていました。

【佐藤】まずプーチン大統領が会談の冒頭で「ウクライナの深刻な危機の解決を目指す中国の提案をよく承知している」と述べ、中国の「12項目の和平提案」を「建設的」だと評価し、真剣に受け止めていると伝えました。これを受けて習近平主席は「中ロは包括的・戦略的協力パートナーシップ関係にある」と述べ、緊密な両国の関係をテコに和平の糸口を探っていくと応じました。

■岸田総理には「ウクライナに行かない」選択肢もあった

【手嶋】ただ、このクレムリン会談でロシアのプーチン大統領は、停戦に同意したわけではありません。そもそも中国の和平提案なるものには、領土の具体的な扱いが全く示されていません。中ロは水面下でかなり具体的なやり取りを交わした模様ですが、ロシア側はいまの時点では和平交渉のテーブルに着くことに難色を示したのでしょう。

【佐藤】ロシア側としては、14年に併合したクリミア半島の親ロ派が支配するドンバス地方に加え、22年の侵攻で併合したとする4州の大半を固めて、より有利な状況で交渉のテーブルに着こうとしているのだと思います。

【手嶋】ただ、今回のモスクワ訪問で、仲介役を自任する習近平主席は、プーチン政権の側に一段と寄り添った。その一方で米国のバイデン大統領もキーウを電撃訪問し、続いてG7(先進7カ国)のヒロシマ・サミットで議長をつとめる岸田文雄総理もウクライナを訪問し、揃って全領土の奪還を目指すゼレンスキー大統領を支持する姿勢を鮮明にしました。

G7の首脳でウクライナを訪れていないのは岸田総理だけでした。ただ、ウクライナ側としては、バイデン大統領を迎えることを最優先していましたから、岸田総理の現地入りは後回しになったのです。行くならもっと早く、もしくは、敢えて行かないという選択肢もあったと思います。

■中ロ両国はかつてない緊密な関係に

【佐藤】岸田総理がキーウに入らないのはそれなりの思惑があってのこと――国際政局の表裏に通じる欧米の外交専門家はそう思っていた節があります。しかし、結局、“バスに乗り遅れた”だけというのでは様になりません。だから岸田総理は3月21日に電撃的にキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談したのでしょう。

手嶋龍一・佐藤優『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中公新書ラクレ)
手嶋龍一・佐藤優『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中公新書ラクレ)

【手嶋】総理の身辺警護を定めた法律がなく問題だという指摘もありました。米国のシークレット・サービスを永く取材してきた経験から言えば、“必要は法律を超越する”のです。米大統領の身辺警護だって、建前をいえば訪問国の警察の担当です。ですが、米国は大統領専用車を送り込み、武装したシークレット・サービスがすべてを取り仕切り、相手国に警備を委ねたりはしません。日本も自前でSPが警備すればいい。要は覚悟と訓練の問題です。

【佐藤】いずれにせよ、ゼレンスキー政権は、西側からの戦費と武器を支えに、奪われたすべての領土を奪還する――と少しも譲る気配はない。西側陣営はこうしたゼレンスキーの主張を全面的に支持しており、いまやロシアとウクライナの溝は一層深まっています。

【手嶋】停戦の機は遠のいているように見えますね。

【佐藤】ロシアはウクライナ戦域で米国と“間接戦争”を戦い、中国は台湾危機で米国と対立を深めています。中ロ両国は、米国を共通の敵として、かつてない緊密な戦略的パートナーとなりつつあります。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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