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レタスや牛乳はスーパーで買えなくなる…「技能実習制度廃止」が日本の食卓に深刻な影響を与えるワケ

プレジデントオンライン / 2023年6月1日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Office TK

外国人技能実習制度の廃止が、日本の食に深刻な影響を与える恐れがある。ジャーナリストの山口亮子さんは「日本の農業は生産性の低い小規模農家が多く、技能実習生のような安価な労働力がなければ成り立たない品目もある。レタスや牛乳などの農産物がスーパーなどで安価に買える時代はもう終わりかもしれない」という――。

■レタスの最大の産地は外国人なしに成り立たない

「レタスの生産量は日本一ですが、みなさんの力を借りなければ、農家さんも経営が成り立ちません」

自らのホームページで外国人にこう呼びかけるのは、レタスの出荷量が全国トップの長野県川上村。標高1000メートルを超え冷涼な気候であることから、レタスや白菜といった葉物野菜の生産が盛んだ。

収穫をはじめ、作業には多くの人手を要する。しかし「重労働で、日本人のアルバイトには敬遠される状況にある」と村役場産業建設課長の原恭司さんは嘆く。そこで貴重な労働力となっているのが、外国人だ。コロナ禍前は住民の2割を占めるまでになり、新宿区よりも外国人の割合が高い村として紹介されてきた。

「農家戸数は400戸余り。農業に従事する外国人は例年およそ1000人なので、農家1戸当たり2、3人の計算です」(原さん)

■コロナ禍で外国人の割合は20→5%台に

コロナ禍では、水際対策強化により外国人が入国できない時期が続き、村の労働力確保は厳しい状況に置かれた。村内の外国人の割合は2021年末には5.7%まで下がった。この間、大阪のブローカーが不法就労のベトナム人を事情を知らない村内農家の元に多数送り込み、職業安定法違反で有罪となる事件も起きている。

今はコロナ禍で入国が制限されていた反動で、東京の入管での入国審査が滞って多くの外国人が入国できておらず、依然として十分な働き手を確保できていない。

目の前の人手不足に悩む一方で、新たな不安も生まれている。それが、「技能実習制度の廃止」だ。

■長時間労働や賃金未払いなどの問題が山積していた

技能実習制度などの見直しを検討する政府の「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」は5月11日、技能実習制度の廃止と新たな制度の創設を求める中間報告書を法務大臣に提出した。

同制度は、発展途上国の出身者が「技能実習」の在留資格で最長で5年間、技術を学ぶしくみだ。技能を身に付けた外国人を帰国させることで、現地に技能移転し国際貢献する名目で1993年に導入された。だが現実には、農業や建設業、縫製業などで労働力を確保する手段として使われている。

こうした目的と実態の乖離(かいり)は繰り返し批判されてきた。長時間労働や賃金の未払いなど、一部の受け入れ企業や生産者による法令違反や人権侵害が続いてきた。

原則3年間は職場を変えられないため、労働環境や賃金に不満を持つ実習生が行方をくらます「失踪」が相次ぐ。とくに地方の農業現場は賃金が安くなりがちで、職場によっては残業が少ないため、稼ぎが悪いと見切りを付けられがちだ。

失踪者は、都市部でより稼ぎのいい仕事に就くこともあれば、行き場をなくして窃盗といった犯罪に手を染めることもある。

技能実習制度への批判が国内外で高まったのを受けて、2022年12月に有識者会議が設置された。「制度が直面する様々な課題を解決した上で、国際的にも理解を得られる制度を目指す」(有識者会議事務局)としており、同制度が廃止されるのではないかという見立ては当初からあった。それがいよいよ現実になろうとしている。

■自分が異邦人と錯覚するほど外国人が多い農業現場も

農業現場を支えるのは外国人。そんな産地や農業法人は川上村に限らず、全国に存在する。共著『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)でも触れたが、人手を集めにくい地方ほど、外国人が欠かせない職場になっている。

窪田新之助、山口亮子『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)
窪田新之助、山口亮子『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)

かつて訪れた苗生産大手の作業場では、ベトナム出身の女性たちが黙々と作業をこなしていた。数百ヘクタールを耕作する農業法人の農舎では、女性たちが東北なまりのきつい中国語でよもやま話に花を咲かせながらニンジンを洗っていた。JAの出荷調製施設から終業時間に出てきて自転車で家路につく人々は、ベトナムとカンボジアの出身だった……。

そんなふうに、外国語が飛び交い、一瞬、自分の方が異邦人であるような錯覚に陥る現場をいくつも見てきた。

農業分野の外国人労働者数は22年に4万3562人に達している。これは、12年の2.7倍に上る。

農林水産省「農業分野における新たな外国人材の受入れについて」令和5年3月
図表=農林水産省「農業分野における新たな外国人材の受入れについて」令和5年3月

■新制度は「転籍」が認められる

一方で農業就業人口は、1960年を境に右肩下がりを続けてきた。野菜や果樹、花卉といった園芸作物や、酪農といった畜産の大産地ほど、労働力不足を補う存在として早くから外国人を受け入れてきた。

外国人のうち、最も多いのが技能実習生。次いで多いのが、特定技能外国人だ。特定技能制度は、農業を含む人手不足の14分野で、外国人が働ける在留資格「特定技能」を与えるもの。一定の専門性と技能を持つ外国人を即戦力として受け入れる。

職場を変えにくい技能実習生と違い、特定技能外国人は職場を変える「転籍」が条件付きながら認められている。技能実習を終えた外国人が、特定技能に在留資格を変えることもできる。

有識者会議は、批判が集中していた技能実習制度を廃止しそれに代わる新たな制度を創設、特定技能制度は引き続き運用――という方向性を打ち出した。この決定が農業関係者から不安視されている。というのも、新制度が転籍を認める方向だからだ。

有識者会議は「中間報告書(概要)」で、技能実習制度の転籍のあり方について次のようにまとめている。

「人材育成に由来する転籍制限は残しつつも、制度目的に人材確保を位置付けることから、制度趣旨と外国人の保護の観点から、従来より緩和する」

■「3年間同じ職場でなければ身に付けられない技能などない」

農水省就農・女性課外国人グループは「転籍はまったくダメだとすることは、もう無理という状況になっていると思う」と受け止めている。

中間報告書はこれまで行われてきた転籍の制限を次のように手厳しく批判する。

「その業種特有の技能についても、現行の技能実習制度のように3年間同じ職場でなければ身に付けられないものが今の技能実習制度の職種にあるとは考えられない」

希望者に職場の変更を認めることは、労働者に本来与えられてしかるべき権利ではある。ただ、これは同時に、地方の農業現場を危機に陥れかねないことでもある。

自由に転職できるようになれば、最低賃金の低い地方の職場に外国人がとどまる理由はなくなってしまう。高い賃金を求めて地方から都市部へ労働力が流出する事態が、日本人だけでなく外国人でも起こりうる。

川上村の原さんは「まだ転籍がどのように扱われるかよく分からない」としつつ、「外国人が転籍で村外に出て行ってしまうことが危惧されます」と不安を口にする。

「賃金の高い東京などの都市部に働き手が流れて、地方が後回しになってしまうのではないか」

■牛乳や葉物野菜の価格高止まりは避けられない

技能実習制度は転籍を認めていないこともあり、コロナ禍前の2018、19年はいずれの年も約9000人が失踪していた。うち、農業分野の失踪は18年に1342人、19年に1132人だった。新たな制度が転籍を認めるようになれば、農業現場からの流出は一層進むだろう。

もしそうなると、技能実習生を多く受け入れてきたレタスやキャベツといった葉物野菜や、仏花として欠かせない菊、生乳などの不足や値上がりが起きうる。

葉物野菜は、天候不順などを理由に価格が数割上昇する事態が現状でもしばしば起きている。主力産地が恒常的な人手不足に陥れば、供給が減り価格を高止まりさせかねない。当たり前のようにスーパーでレタスが山積みにされ、消費者がいつでも手軽な値段で購入できる光景は今後なくなるかもしれない。

酪農は北海道に集約される流れにあり、多くの牧場で外国人が欠かせない労働力となっている。今は生乳の供給過剰が騒がれ、乳牛の頭数を減らしているが、いずれその反動で供給不足となる可能性が高い。労働力を減らせる搾乳ロボットなどが市販されているものの高額で、今は乳価が安いぶん、農家はロボットへの投資をしにくい。それだけに今後、頭数と人手の不足が重なれば記録的な高騰もあり得る。

並んで搾乳中の牛たち
写真=iStock.com/Toa55
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Toa55

いまの日本はただでさえ不景気と賃金安、円安に苦しんでいる。かつて外国人労働者を引きつけた賃金の高さという魅力は、年を追うごとに失われてきた。農業の人手不足を外国人で補う――。そんな対応が、いよいよ限界を迎えつつある。

有識者会議の中間報告書には、地方から不安の声が上がっているのに対し、こう記されている。

「育てた人材が地方から大都市圏に大量に移動してしまうことを懸念する意見もあるが、転職が認められている特定技能外国人が大都市圏に大量に流入しているデータは今のところ見当たらない。むしろ、受け入れた企業が、給与水準を含め、キャリアアップをどのように示すのかが非常に重要な要素であり、自治体が外国人と共生するための環境整備をどれだけ行って、地域の魅力を引き出しているかも関係している。このため、在留資格と結びつけて法的に転籍を拘束する必要性はない」

■なぜ農業は「魅力的な労働条件」を示せないのか

給料面も含めて、転籍を希望されないだけの魅力的な条件を受け入れ側が整備せよという、しごくもっともな指摘である。だが、現状でそんな好条件を示せる農業現場は少なく、「特定技能外国人によそへ移られてしまった」という話をよく聞く。

農業が魅力的な条件を示しにくい理由は大きく二つある。一つは、天候や作物の生育具合に作業が左右されること。このため、労働基準法の一部が適用除外とされ、労働時間や休憩、休日などの規定が適用されない(※)。そもそも労働条件を改善しにくい制約があるのに加え、農家が経営者意識を持ちにくく、改善の動きが遅いという構造的な問題もある。後述するが、農業は産業として未成熟な部分が大いにあるのだ。

※特定技能外国人も適用除外となる。ただし、技能実習生は適用除外とならず、農業に従事する際も労基法に準拠しなければならない。

農業や建設業といった重労働の現場は、現状ですら外国人に不人気だ。人手のかかる作業の機械化は避けて通れない。

先進的な農業法人には、外国人が帰国後に日本で学んだノウハウを生かして仕事を続けられるよう、現地に農場を設けたり、現地のパートナーに日本市場向けの農産物を作らせて輸入したりするところがある。農業関係者の大宗は、外国人を短期の置き換え可能な働き手として見てしまいがちだが、長期にわたる事業のパートナーとして扱わなければ、いずれ外国人を集められなくなるだろう。

■国の「保護農政」が農業の魅力を失わせてきた

農業の生産性を上げ、働きたいと思えるような待遇を用意する。日本の農業はこれを長年実現できてこなかった。最大の原因は、零細な農家の離農を食い止める「保護農政」が取られてきたからだ。

先進国は商工業で培った豊富な資本を農業に投じることができる。それによって農業でも技術革新が起き、生産性を高めてきた。

ところが、日本では農業の生産性を高めて農家の所得を上げるのではなく、農家が日雇い労働や会社員、公務員などを主な収入源としつつ、就業時間外に農作業をこなす兼業化が進んだ。農業以外で稼いでいる兼業農家は、生産性を高める意欲は乏しくなる。

さらに拍車をかけたのが、農水省や都道府県、市町村、最大の農業団体であるJAなどだ。農業を保護すべき対象とみなし、稲作を中心に補助金や交付金などの財政出動を盛大に行った。

こうした保護農政は農業の魅力を損なわせ、結果として多くの農家を後継者や働き手の不足に陥らせている。高い関税や、農産物の価格を意図的に高止まりさせる価格支持により、収益性の低い農業を手厚く守る。そんな初期の目的とは裏腹に、現実には農業の生産性を低いままに保つという負の効果を発揮してきた。

いまや「農業の成長産業化」という積年の宿題に取り組むことが、待ったなしの状況になりつつある。

■人手不足解消の道は「労働条件改善」以外にない

有識者会議は今秋をめどに最終報告書をまとめる。政府は24年にも法案を国会に提出する見込みだ。

野村哲郎農水相は4月11日の記者会見で、「我々としても農業会議所の方ともよく話をしてみたいと思います」と全国農業会議所との対話に言及した。同会議所は全国に置かれる農業委員会の全国組織で、技能実習制度を農家に紹介したり、技能実習生を評価する試験を運営したりしており、有識者会議の委員でもある。

おそらく、農水省としては農業現場を混乱に陥れないよう、転籍の許容範囲を狭めるといった調整に努めることになるかと思う。対症療法としては正しい選択だろうが、長期的に見れば、農業を稼げる産業にするということ以外に人手不足を解消する方策はない。

そのためには、総産出額が9兆円を割り込んでいる農業生産の枠内にとどまるのではなく、90兆円規模の食品産業と積極的にタッグを組むことが重要だ。農産物を単なる原料として売るのではなく、加工や流通、小売りといったサプライチェーンの各領域のプレーヤーと連携して、最終的な消費形態に合わせて供給し付加価値を生む。こうして付加価値をつないでいくことは「フードバリューチェーン」と呼ばれる。

生産者が、コンビニエンスストアに商品を納めるベンダーや外食チェーン向けに契約栽培をしたり、商品開発に参画したりといった事例が増えている。そうしてフードバリューチェーンを構築することが、農家の所得向上につながり、最終的には農業現場の待遇向上にもつながる。

人口減少が進み、外国人も含めて売り手市場に傾斜していく。その流れのなかで、他産業に劣る労働条件を「農業だから」と言い訳することは年々難しくなる。他産業並みの待遇を用意し、人手不足と無縁の経営をする農業法人も出てきた。農業の所得を上げ、労働条件を改善する以外に、人手不足を解消する道はない。

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山口 亮子(やまぐち・りょうこ)
ジャーナリスト
京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。著書に『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)、『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)などがある。

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(ジャーナリスト 山口 亮子)

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