「深夜の射撃練習は止めて」そう注意したら妻子を撃ち殺された…米国の銃乱射が史上最悪で増える根本原因
プレジデントオンライン / 2023年5月31日 10時15分
■2022年に発生した銃乱射事件は50件
アメリカで銃の乱射事件が絶えない。米連邦捜査局(FBI)の発表によると、2022年に発生した銃乱射事件は50件(前年比11件減)だったが、死傷者数は313人(同70人増)で、18年以降の過去5年で最多となった。
英ガーディアン紙は、非営利団体Gun Violence Archiveのデータを引用し報じている。同記事によると、銃乱射によって4人以上が死傷した事件数は今年、ここ数年で最悪となりかねないペースで増えているという。
直近では5月16日、南西部ニューメキシコ州の荒野に囲まれたファーミントンの町で、18歳青年が凶行に及んだ。米CNNによると、AR-15型ライフルなど銃器3丁を乱射。400mほどのエリアを練り歩いて住人ら3人を殺害し、駆けつけた警官2人および民間人4人を負傷させた。犯人は射殺された。
10日前の5月6日には、隣接する南部テキサス州にて、ダラス郊外のショッピングモールで惨事が発生。現地報道によると、射殺された犯人とは別に被害者8人が死亡した。ニューヨーク・タイムズ紙は、犯行に及んだのは33歳男性で、白人至上主義者だった可能性があると報じている。
繰り返す過ちをなぜ止められないのかと、アメリカ国内からも疑問の声が上がっている。
ある専門家は、危険を感じればその場を離れるという発想がなく、銃で対抗しようと考える特性があると指摘する。米専門家からは、身を護るためにはとりあえず撃ってみた方が良いという「壊れたDNA」が受け継がれている、との厳しい指摘も上がっている。
■近隣住民の苦情に逆ギレ、5人を射殺した
乱射事件はアメリカ各地で場所を選ばず発生している。モールでの銃撃事件から8日前の4月28日、住宅街で別の乱射事件が起きていた。同じテキサス州内の、ヒューストン北部の田舎町での出来事だ。
AP通信は、町に住むフランシスコ・オロペサという38歳の男が、銃の乱射で隣人5人を殺害後に逃走したと報じている。
記事によるとオロペサ容疑者は、自宅の庭で銃撃の練習をしていた。時刻は深夜11時を回っていたようだ。
隣家に住む男性は銃声に頭を抱えていた。男性には生後1カ月の息子がおり、銃声で息子は泣き止まず、なかなか寝付けなかった。男性は他2人とオロペサ容疑者の家を訪れ、庭で銃を放つことは控えてもらえないかと「礼儀正しく」頼んだ。
銃声を諫められ、容疑者は激高した。恐怖を感じたガルシアさんたち一家は警察に5回も通報したが、いま警官が向かっていると繰り返し告げられるだけだったという。そうしているあいだにも容疑者は銃に弾を込め、男性が住む家にずかずかと歩み寄ってくる。当時家には教会の友人たちが集っており、中には15人ほどがいたようだ。
男性は妻に、奥に隠れているよう告げた。それでも友人を護りたい妻は、「女性の私を撃つことはないと思う」と気丈だったという。ついにオロペサ容疑者が家の玄関口にまで達し、発砲をはじめた。妻は銃弾を受け、玄関先で倒れた。まだ25歳の彼女は、事件の最初の犠牲者となった。
■緩すぎる銃規制が「銃乱射事件の震源地」になっている
事件で男性は、妻と9歳になる長男を失った。ほか、子供たちをかばおうとした2人の女性などが命を落とし、計5人が死亡する痛ましい事件となった。
AP通信は、「ヒューストン北部のこの田舎町で、人々がストレス発散に銃を放つことに住人たちは慣れている」と述べ、銃は町の日常風景の一部だと指摘している。警察は大規模な捜索を展開したが、地元紙ヒューストン・クロニクルによると、逃走する容疑者の身柄確保までに4日を要した。
事件の発生数には、地域による偏りも大きい。これを念頭に置くと、州法によっては緩すぎる銃規制が問題を招いているともいえそうだ。
米CNNは、過去8年間で最悪の死者数を出した10件の乱射事件のうち、半数がテキサス州内で発生していると報じている。テキサスは「ほとんどの家庭が銃を所有」しており、「銃乱射事件の震源地」になっているとの指摘だ。
調査によると、およそ60%の家庭で少なくとも1丁を備えているという。また、米疾病予防管理センター(CDC)のデータによると、テキサスでは全米平均を上回る速度で状況が悪化している。2021年までの9年間での銃による殺人事件の増加率は、全米平均で73%増とすでに高い数字となっているのに対し、テキサス州ではさらに高い90%を記録した。
■警察署長も困惑「善人と悪人を見分けるのが困難」
2021年9月には新たな法律が施行され、正規の手段で銃を所持しているテキサス州住民のほとんどが、許可証や訓練なしに銃を携帯することが可能となった。CNNは、推進派が公共の場で「自分自身と家族の保身」に役立つと主張していると報じている。だがダラス警察のエディー・ガルシア署長は新法施行後、「銃を持った善人と銃を持った悪人」を見分けることが困難になったと困惑顔だ。
スタンフォード法科大学のジョン・ドノヒュー教授も同様に、米アトランティック誌への寄稿を通じ、銃規制の緩さを指摘している。
四半世紀にわたって銃と犯罪の関係を研究してきたというドノヒュー教授は、「多くのアメリカ人が銃の所有権の正当性を支持している」と指摘したうえで、これにより望ましくない結果が生まれていると論じている。
教授によると、FBIが18歳以上の55人の銃乱射犯を分析したところ、およそ3人に2人は成人後の前科がなかったという。アサルトライフル(軍の歩兵にも導入されている、移動しながら容易に射撃できる軽量の銃)をたやすく購入できる環境が、良識ある人間を乱射犯に変えていると教授は論じる。
■乱射事件は身近な出来事になってしまった…
乱射事件は短期間に相次いでいる。住宅街での事件から約1週間後には、冒頭のモールでの事件が発生した。120以上の店舗が集まるテキサス州のアレン・プレミアム・アウトレットで、のどかな昼下がり発生した悲劇だ。
ニューヨーク・タイムズ紙は、大きな発砲音が響くなか、人々が避難所に逃げ込んだり駐車場に身を隠したりといった大混乱に陥ったと報じている。
事件の日、16歳の娘とモール内のバーガー店で食事を摂っていたという父親にとって、銃乱射事件はごく身近な出来事だったようだ。同紙に対し、銃声を耳にした瞬間、「(乱射だと)すぐに直感しました」と語っている。
「愛する娘を護ろうとカウンターの下に押し込みましたが、そうするあいだにも(銃声は)どんどん大きくなります。まさに奴がすぐそこまで来ているようでした」と緊迫する現場を振り返っている。父親はまた、「歩道には奴が撃った人々の死体が見えました」とも生々しい状況を語った。
別の36歳男性は、両親とショッピングを楽しんでいる最中に事件に遭遇した。逃げ出す人々でモール内が混乱状態となるなか、男性は店舗の奥に逃げ込んだという。警察の部隊が到着するまで45分間ほど、両親とともに息を潜めてやり過ごした。
男性は、無事店の外へと出た時、店舗のショーウインドウが粉砕されていたのを覚えているという。ニューヨーク・タイムズ紙に対し、「アメリカ人として私たちは、こうした事態に慣れています。どうすればよいか皆知っていますから」と事もなげに語っている。
事件の犯人は、別任務で偶然現場に居合わせた警察官によって射殺された。犯人を含め計9人が命を落とす惨事となった。
■「正当防衛」を理由に多発する銃殺事件
米ワシントン・ポスト紙は、「正当防衛」の一環として銃で殺害される事件も絶えないと指摘する。自分の家や車と間違って別のドアを開けた瞬間、中にいた家主や持ち主に射殺される事例が絶えないという。中西部ミズーリ州では4月、スーパーの駐車場で間違って別の車のドアを開けたチアリーダー2人が撃たれ、1人が重傷を負った。
凄惨(せいさん)な事件は、アメリカでなぜ繰り返すのか。撃たれる前に撃つという基本精神が原因だとの議論があるようだ。州によって広まっている「stand your ground」という考え方が一因だと同紙は指摘する。
これは、他人から危害を受けるおそれのある状況にある場合、その当人による銃を含む反撃を正当な行為と認めるものだ。ポイントとして、当人が恐怖を感じたならば、他人が実際に危害を加える前であっても反撃してよいと認められている。
ワシントン・ポスト紙は、この法律が施行されている州においては、過去2年間の殺人事件発生率が55%高いと指摘している。相関関係であって因果関係が証明されたわけではないことに注意が必要(たとえば殺人率が高いことが原因で法律が施行されたという逆の因果関係も想定される)だが、ひとつの事実として注目に値するだろう。
■撃たれる前に撃つという、壊れた基本精神
行きすぎた自衛が問題だとの見方に、米ペンクラブ元会長で作家のフランシーン・プローズ氏も同調する。彼女は英ガーディアン紙に寄稿し、撃たれる前にまずは撃ってしまえばよいという考え方が元凶だとの考えを示している。
「どうすれば、まずは撃ってあとから質問すれば良いという信念を変えることができるのでしょうか? わが国(アメリカ)のカウボーイ的なDNAにあるこの壊れた染色体は、どうすれば修復できるのでしょう?」と自問する。
プローズ氏はまた、「フィンランドやスペイン、カナダでは、見知らぬ人の家のドアをノックしただけで撃たれるようなことは考えにくい」と指摘し、「私たちアメリカ人は、国民的なアンガーマネジメントの問題を抱えているようです」と嘆いている。
■アメリカ人は銃を手放せない悪循環に陥っている
銃撃事件の増加により、アメリカの人々はますます恐怖とパラノイアを増幅させる悪循環に陥っているようだ。プローズ氏は、アメリカで銃犯罪が絶えない理由の特定は困難だとしながらも、「銃乱射事件の増加により、私たちは不安に陥っています」と述べている。
氏は、「衝動的かつ爆発的で、進んで引き金を引かせるような激情の高まりにより、恐怖とパラノイアが増幅し、仲間であるはずの乗客や買い物客たちに対して警戒心を抱かせているのです」との見解を示している。
別の視点として、実際に治安が悪化しているか否かにかかわらず、一部メディアによる過剰な報道が不安を煽っているとの指摘もある。
ワシントン・ポスト紙は、治安が悪化しているとの誤った認識に基づく恐怖感が、銃への依存を招いていると指摘する。例えば保守派FOXニュースは、中道CNNなどと比較した場合、銃犯罪を79%多く報道しているという。
ワシントン・ポスト紙によると、2020年以降で地域の治安が悪化したと考える人の割合は、支持政党で大きなギャップが発生しているという。共和党支持者では38%から73%に急上昇した。民主党支持者では5ポイント上昇し、42%になった。しかし実際には2022年、全米の暴力事件発生数は5年平均を下回っていたという。米国国内の分断を促進するような報道が繰り返され、これにより無用な危機感が高まっているとの見方があるようだ。
■自分の身を守るため、銃で他人を傷つける
アメリカは紛れもない先進国であり、世界有数の大国であることに疑いはない。自由と自立を尊ぶその基本精神は、多くの場面でプラスの効果をもたらしてきた。例として多くの起業家を輩出し、ビジネスの世界をリードしている。大手テック企業のGAFAMは、5社すべてがアメリカに立地する。
一方でその根底を成す「自由」の感覚は、時として行きすぎることがあるようだ。他人を殺傷する能力を持った銃の携帯が州によっては日常的に許可されているが、他人の生命を脅かす銃器の携帯はもはや本人の自由の範囲を超越している。
観光やビジネスでアメリカを訪れる機会のある私たちにとっても、決して他人事ではない。昨年は日本人留学生の射殺事件から30年の節目を迎え、銃社会の危険性を改めて認識する機会となった。
1992年、当時高校2年生だった服部剛丈(よしひろ)さんが、憧れのアメリカ滞在中に銃殺された事件だ。ハロウィーンの仮装パーティーに出向く途中、誤って別の家のドアをノックしたことが原因だった。日本ならば考えられない痛ましい出来事だ。
銃の所持や乱射事件が絶えない要因には、緩い銃規制や、撃たれる前に撃ってしまえばよいという開拓時代の基本精神、アメリカ国内の治安が悪化しているとの認識の高まりがあるのだろう。こうした事情から、アメリカ人が銃を手放せなくなる悪循環に陥っているとの見方がある。
地元のスーパーや学校に出かけるにも一定の緊張感をもって外出しなければならない環境は長年続いており、アメリカの人々からも異常さを指摘する声は聞かれる。
だが、それでも銃所持の自由を訴える声は大きく響く。身を護るための銃が互いを傷つけている社会は、残念なことに当面変わる気配が見えない。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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