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なぜそこまでしてリニアを妨害するのか…川勝知事が「命の水を守る」とトンデモな訴えを続ける本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年5月31日 7時15分

2022年8月の田代ダム視察後の囲み取材で、JR東海の「田代ダム案」を否定する川勝知事 - 筆者撮影

静岡県がリニア中央新幹線の着工をあの手この手で妨害している。ジャーナリストの小林一哉さんは「川勝平太知事は政治家として『水面下での駆け引き』ができない。そのため、JR東海のあらゆる提案も拒否するしかない」という――。

■リニア問題をとにかく複雑にさせたい川勝知事

静岡県の「水」を巻き込んだリニア議論は、県民ですら理解できないほどこじれにこじれてしまった。

現在は、JR東海が提案した「田代ダム案」(後述)に言い掛かりをつけてストップさせつつ、JR東海が山梨県内で進めようとしているボーリング調査を「山梨県内で出る地下水は静岡県の水だ」と主張して中止させようとしている。

この2つの問題を都合よく絡ませたい静岡県は、「山梨県の調査ボーリング」を田代ダム案とセットにすることまで画策した。

川勝平太知事は「(田代ダム案に待ったを掛けているにもかかわらず)田代ダム案が正式に決まるまでは、山梨県の調査ボーリングをやめろ」とJR東海に提案し、大井川流域市町の首長たちの賛同を得ようとした。

だが、流域市町長たちは静岡県の口車に乗らず、きっぱりと拒否した。その後のドタバタもあり、国の強い指導力を要請する事態にまでこじれている。

川勝知事へ不信感を抱く流域市町長たちは、田代ダム案を早期に進めることを望んでいる。

■なぜ川勝知事は田代ダム案を潰しにかかるのか

田代ダム案とは、毎秒4.99トンの水利権を有する東京電力リニューアブルパワー(東電RP)が約0.2トンの田代ダムの取水抑制をして、大井川へ流れる水量をその分だけ回復しようというものだ。

JR東海の県境付近のリニア工事期間中の約10カ月間に限る対応策であり、これで川勝知事が厳しく求める「全量戻せ」にこたえることができる。

田代ダム案は、県境付近の工事期間中に流出が予想される約500万トンの地下水の全量戻しの解決策であるとともに、膠着するリニア問題の打開策につながる。ところが、川勝知事をはじめとする静岡県は田代ダム案を潰すことに奔走している。

田代ダム案を川勝知事がおいそれと了解できない理由はどこにあるのか?

本稿では、全国初の「水返せ」運動の舞台となった田代ダム問題から、「反リニア」を貫く川勝知事の嘘とごまかし、田代ダム案を潰そうとする根底にある真相をわかりやすく伝える。

■水源が豊富な大井川の中流が「砂漠」である理由

田代ダムは、大井川最上流部にある東電RP唯一の発電用ダムで、1928年に建設された。山梨県早川町の田代川第二発電所、田代川第一発電所の運転に使われている。

山梨県の発電所のために使われる田代ダムの貯水池(静岡市)
筆者撮影
山梨県の発電所のために使われる田代ダムの貯水池(静岡市) - 筆者撮影

エネルギー確保が最優先された高度成長期の1964年に、水利権はそれまでの毎秒2.92トンから2.07トン増量され、現在の毎秒4.99トンへと引き上げられた。単純に計算すれば、月量約1300万トンという膨大な水が静岡県から山梨県へ流出している。

大井川水系は、1951年から始まった静岡県総合計画の電源開発で電力用ダムの建設ラッシュとなり、田代ダムだけでなく、本流・支流に中部電力の井川ダム、畑薙ダム、塩郷ダムなど合計32カ所ものダムが張り巡らされた。

全国的に見ても、たった1つの河川がこれほど利用され尽くされるのは他に例がない。つまり、大井川水系はそれだけ水量が豊富なのだ。

豊富だが、貴重な水を効率的に利用、下流域の都市部に送水するために、ダムとダムの間は導水管で結ばれる。このため、大井川の上流域から中流域までは干上がり、特に、中流域は水一滴も流れない「河原砂漠」となってしまった。

ほとんど水の流れない干上がったままの大井川中流域(川根本町)
筆者撮影
ほとんど水の流れない干上がったままの大井川中流域(川根本町) - 筆者撮影

多くの貴重な自然環境が損なわれただけでなく、中流域の地下水位は低下し、井戸水は枯れてしまった。飲料水は不足し、毎年のように災害にも見舞われた。

■歴代知事は電力会社との交渉に尽力した

このような状況が続いたため、1970年頃から中流域の住民らはまさに命を懸けた「水返せ」運動を始めた。

住民らの「水を返せ」の声に応えた当時の山本敬三郎知事は1975年12月、東京電力本社に出向き、「田代ダムの毎秒4.99トンのうち、毎秒2トンを大井川に戻してほしい」と要求した。

10年前に増量された約2トン分を大井川に取り戻すのが目的だった。リニア工事で川勝知事が「全量戻せ」と訴える同じ量を山本知事は、東京電力に要求したのだ。

山本知事は続けて中部電力に対し「井川ダムから川口発電所までの約80キロの流域に水を返してほしい」と訴えた。

仮に田代ダムから水が戻されたとしても、中流の井川ダムで再び吸収されてしまい、導水管を流れていけば、せっかく戻ってきた毎秒2トンの水はそのまま中部電力の発電用に使われるだけだからだ。

大井川水系の概略図
図表=県の資料などを基に編集部作成

「毎秒2トンを表流水として中流域に返してほしい」

住民の命懸けの「水返せ」に山本知事は応えようとした。

しかし、石油エネルギーを輸入に頼る日本にとって、水力発電は大切なエネルギー自給の切り札だった。ちょうどオイルショックが直撃した時代でもあり、東京電力から「水利権は半永久的なもの」として一蹴されてしまった。

山本知事の後を継いだ、斉藤滋与史知事、石川嘉延知事も、東京電力、中部電力との間の水利権更新を大きな政治テーマとして、住民らの「水返せ」に粘り強く尽力した。

■「水返せ」運動はリニア問題と無関係

ところが、川勝知事は歴代知事とは違い、住民たちの「水返せ」の声に何ら応えようとしなかった。2009年7月の就任以来、大井川の電力用ダムは何度も水利権更新を迎えているが、川勝知事は手をつけていない。

リニア問題で、「命の水」と大騒ぎする政治姿勢とは全く違うのだ。

それどころか、「水返せ」運動をリニア問題と一緒にしてしまい、JR東海へ無理難題を求める都合のよい“材料”にしてしまっている。

2019年6月、静岡県は「大井川水系の水資源の確保」等に関する意見書をJR東海に送っている。

意見書には、1970年代から「水返せ」運動が展開されたことを踏まえ、「大井川の水は、流域住民にとって生活に欠かせない財産であるとともに、潤沢とは言えない状態から、厳しい争いの歴史(「水返せ」運動)を有しており、これが“命の水”と言われる所以(ゆえん)である」と記されている。

つまり、「水返せ」運動で、厳しい争いをした“命の水”を川勝知事はリニア問題でも求めているというのだ。

川勝知事は「命の水を守る」として、JR東海に対しリニア工事で流出する湧水の全量戻しを求めてきた。ただし、この「命の水」は、大井川に潤沢に水が流れている下流域の利水のためのものである。

県の意見書にある「水返せ」運動の“命の水”が、まるで川勝知事の「命の水を守る」と同列に並べられ、リニア問題で強い主張をするための補強証拠の役割を果たした。

実際には「水返せ」運動の“命の水”はリニア問題とは全く関係ない。

ダムとダムをつないで水を効率的に使うための導水橋(川根本町)
筆者撮影
ダムとダムをつないで水を効率的に使うための導水橋(川根本町) - 筆者撮影

■中流域の河原砂漠と下流部の利水を一緒くたにした

川勝知事の「命の水」は下流域の「利水」への影響であるのに対して、「水返せ」運動の“命の水”は、中流域の「河原砂漠」を解消するためだからだ。

中流域の水源地を守るのは山の人たちであり、その水の恵みを受けて利用するのが下流域の都市部の人たちである。

2005年、石川知事は田代ダムの河川維持流量をようやく勝ち取ったが、放流水はそのまま井川ダムに吸収されたまま、中流域には戻らなかった。

そのため中流域の住民には不満が残った。下流域の市町は「水返せ」運動に協力する姿勢を全く見せず、中流域と下流域は対立した歴史を持つのだ。

それを静岡県は同じ「命の水」にしてしまった。

■東電RPの水利権更新ではだんまりを決め込む

川勝知事は、朝日新聞(2020年8月12日付)や『中央公論』(2020年11月号)で、「命の水を守る」理由の1つとして、大井川中流域の「水返せ」運動を取り上げている。

ここでも中流域と下流域を一緒にしてしまい、リニア問題と全く無関係の「水返せ」運動が下流域の利水の「命の水を守る」と同一であるかのようにごまかした。ほとんどの人は「水返せ」運動と、川勝知事の「命の水」が密接に関連すると信じ込まされた。つまり、全国的に有名な「水返せ」運動を、リニア問題を訴えるためのダシに使ったのだ。

川勝知事は2014年春にも『中央公論』で、リニアトンネル掘削で水量が「毎秒2トン減少する」との予測に「“命の水”を守るために立ち上がった」と書いている。

2014年に“命の水”を守るために立ち上がった川勝知事なのに、2015年12月の田代ダムの水利権更新の際、中流域の求める「水返せ」に一切対応しなかった。

■毎秒4.99トンの流出に比べればリニアの水はごく微量

リニア問題では「水一滴の県外流出を許可できない」と嫌がらせを続ける川勝知事だが、田代ダムから毎秒4.99トンという膨大な水が山梨県へ流出していくのを止めることはできない。

現在の田代ダム案で問題にしているのは、毎秒0.2トンであり、それも10カ月間の期間限定である。

リニアトンネルに関わる水問題は、田代ダムから山梨県へ流出する膨大な水の量から見れば、静岡県にとっては大した問題ではないことがわかるだろう。

田代ダムの水利権許可の使用標識(静岡市)
筆者撮影
田代ダムの水利権許可の使用標識(静岡市) - 筆者撮影

ところが、川勝知事は取水抑制が東京電力RPの水利権と関係しているなどと何度も横槍を入れ、田代ダム案をつぶすのに躍起となった。

次回の水利権更新は2025年12月末だが、リニア問題とは全く切り離して議論しなければならない。

■中流域の住民は川勝知事の政治的手腕を求めている

中流域の住民たちは、河原に水がなくなってしまった弊害を学習しながら、いまも「水返せ」の声を上げている。地元では、川勝知事が国や電力会社に強く働き掛けることに期待している。水利権の交渉は河川管理者である川勝知事の重要な仕事なのだ。

もし、川勝知事が中流域の「水返せ」の声に応えようとするならば、すぐにでも、科学的な調査をスタートしなければならない。

生物の多様な生育、生息環境、河川周辺の地下水位の維持などに必要な流量を再確認して、説得力のある流量の必要性を唱えなければならないからだ。

しかし、川勝知事は、リニア問題で南アルプスの自然環境を守ることにあれほど勇ましい発言をするのに、田代ダム問題では黙ったまま下を向いている。

なぜ、歴代知事のように田代ダム問題に真摯に取り組まないのか?

それは簡単な話である。エネルギー問題と密接に関連する水利権は政治的な駆け引きが必要となるからだ。リニア問題のようにただ単にいちゃもんをつけているわけにはいかない。

■「水面下の駆け引き」がまるでできない

それには、東電RP、中部電力との交渉だけでなく、永田町(自民党)、霞が関(中央官庁)とパイプを持ち、政治的な駆け引きをしなければならない。

川勝知事は、拙著『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太静岡県知事「命の水」』(飛鳥新社)で紹介したように、物議を醸す派手なパフォーマンスは得意でも、地道に政治的手腕を発揮することや水面下での駆け引きが全くできないのだ。

東電RPは、リニア問題で苦境に陥るJR東海へ協力姿勢を明らかにした。この協力が水利権とは無関係とする東電RPの企業論理も理解できる。

一方、数多くの電力開発ダムで干上がった大井川中流域の自然環境保全は、河川管理者の川勝知事が当事者なのだ。

こちらはリニア問題とは、全く別の“土俵上”の問題である。嘘とごまかしによる政治姿勢だけでは何ともならない。

川勝知事は田代ダム案に言い掛かりをつけることで、水利権につなげるかのような主張をするが、実際は、単に自身の政治家としての力量がないことをごまかしているに過ぎない。

リニア問題そのものが複雑怪奇でわかりにくくなっているのは確かだ。

ちゃんと見ていけば、川勝知事の主張は嘘とごまかしだけである。県民は“真実”を見極めなければならない。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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