1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

プーチンは「仲間割れ」を楽しんでいる…ロシア軍と傭兵部隊が"殺し合い"をはじめた本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年5月31日 18時15分

2023年5月25日、ロシア・モスクワのクレムリンで、最高ユーラシア経済評議会の議長を務めるロシアのウラジーミル・プーチン大統領 - 写真=EPA/ILYA PITALEV/SPUTNIK/KREMLIN POOL/時事通信フォト

■ロシア軍と傭兵部隊が味方同士で殺し合う

ロシア傭兵集団「ワグネル」を率いるエフゲニー・プリゴジン代表が、ウクライナ当局に対し、ロシア正規軍の配備位置を教えると持ちかけていた。米ワシントン・ポスト紙が5月、流出した米国防総省の機密文書をもとに報じた。

同紙によるとプリゴジン氏は、ロシア軍の位置を開示する見返りとして、東部ドネツク州バフムートからウクライナの部隊を撤収させるよう求めたという。

ワグネルは激戦地となったバフムートにおいて、激しい損耗を受けている。ロシア兵の命を差し出すことで、部隊の被害を軽減するねらいがあったとみられる。異例の申し出について同紙は、プーチン大統領が「反逆的な裏切り行為」とみなすおそれがあると指摘する。

プリゴジン氏は以前からロシア軍への不満を公然と並べ立ててきたが、苛立ちがついにピークに達したようだ。別の事例として複数の米メディアが、ワグネルの一部の傭兵部隊とロシア軍部隊とが4月、交戦状態になったと報じている。友軍同士で死者を出し合ったという。

米軍事メディアからは、プリゴジン氏とロシア軍司令官らのあいだに漂う不和は、そもそもプーチン氏が意図的に招いたものだとする分析も飛び出した。国内の2つの勢力を競わせることはプーチン氏お得意の手法だが、それによって友軍を非難し攻撃し合うという理に適わない事態が生じているようだ。

■傭兵集団トップがウクライナに機密情報を流そうとしたワケ

ワシントン・ポスト紙は5月、プリゴジン氏が友軍部隊の位置の開示という「異常な申し出」を行っていたと報じている。申し出は1月下旬に行われており、同紙は「彼の傭兵部隊が数千人単位で死んでゆくなか」の出来事であったとも指摘する。

記事は流出した機密文書をもとに、プリゴジン氏がウクライナ防衛省の情報局(HUR)に対し、ロシア軍の展開地点の情報を提供すると持ちかけたと報じている。氏は、布陣に関するこの情報をもとに、ウクライナはロシア軍を攻撃できるとまで明言していたという。

2人のウクライナ当局者は同紙に対し、プリゴジン氏がHURと繰り返し接触し、このような提案を複数回持ちかけていたと証言している。ウクライナ側は、プリゴジン氏が信頼に足る情報を提供しないおそれがあると判断し、交渉を拒んだという。

ワシントン・ポスト紙はまた、流出した別の機密文書をもとに、プリゴジン氏がウクライナ軍に対してロシア軍への攻撃をけしかけたとも伝えている。ロシア軍が弾薬の補給に手間取っている事実をウクライナ側に明かしたうえ、ロシア兵らの士気が低いうちにクリミア国境付近での攻撃を加速するようウクライナ軍に助言したという。

ロシア軍よりも高い戦闘意欲を維持しているとされるワグネルだが、流出文書は別の側面を物語る。激戦地・バフムートへの出陣を躊躇する戦闘員も多く、部隊の士気は顕著に落ちていた模様だ。疲弊する自社の傭兵部隊を護るべく、プリゴジン氏はロシア兵の情報を突き出したという経緯のようだ。

ウラジーミル・プーチン大統領
ウラジーミル・プーチン大統領、学校に調理済みの食事を供給するコンコードの新工場を視察(写真=ロシア連邦政府/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

■傭兵集団が抱える「ロシア正規軍」への不満

ロシア軍に対するプリゴジン氏の不満は、これまでにも鬱積していた。ロサンゼルス・タイムズ紙は、「プリゴジンと軍上層部の険悪な関係は、2014年のワグネル創設にさかのぼる」と指摘する。ウクライナ戦争においても折に触れ、プリゴジン氏がロシア軍の無能さを揶揄してきたと同紙は述べる。

今年5月には、進軍するワグネルの側方を固めるべきロシア軍に対し、その役目を果たしていないと非難していた。ワグネル本隊を護衛するはずが、「数十人か、ごくまれに数百人」ほどの兵士しか現れず、「かろうじて形成を維持している」状態だったという。こうしたロシア軍の弱体ぶりに、プリゴジン氏は常々苛立ちを募らせているようだ。

英タイムズ紙は、バフムートの前線で活動するウクライナ軍の将校の証言をもとに、ワグネルとロシア正規軍には明確な能力の違いがあると指摘している。

ウクライナ軍の大隊で諜報(ちょうほう)活動を取り仕切るジュトコフ氏は同誌に対し、猛襲を重ねたワグネルの部隊からロシア軍に入れ替わった途端、ウクライナ軍としては戦闘が相当にやりやすくなったと述べている。

「ワグネルが去ってロシア正規軍に交代した途端、彼らは陣地を放棄したのです。これがもしワグネルの戦闘員であれば、最後の最後まで陣を護ります」

ジュトコフ氏はその理由について、次のように分析している。「(ワグネルの)多くは囚人ですね? だから、戦闘を行うか牢屋に戻るかの2択だと分かっているんです。けれどロシア兵たちには、動機がない。なぜここで戦っているのか、理由が見つからない。だから恐怖を感じると、ひたすら逃げるんです」

■「ロシア軍が自軍の戦闘機を撃墜させた」とほのめかす

プリゴジン氏の立場からすれば、激戦の末に勝ち取った陣を、いともたやすくロシア軍に放棄される。氏の不満は、このような不甲斐なさから蓄積しているようだ。腹に据えかねた氏は、繰り返しロシア軍の混乱ぶりをあげつらっている。5月上旬には、ロシア軍が自軍の軍用機を撃墜したと示唆する発言をネット上で行った。

氏が揶揄するのは、空軍が1日で4機を失った一件だ。軍事・防衛情報サイトの米タスク&パーパスは、5月13日がロシア軍にとって「最悪の一日」になったと振り返る。ウクライナ国境付近にて同日、Su-34戦闘爆撃機1機、Su-35戦闘機1機、そしてMi-8輸送ヘリコプター2機が墜落し、1日で4機を失う惨事となった。うちSu-34は、落下中に炎上する様子が動画に撮影されている。

ロサンゼルス・タイムズ紙によると、ロシアが自軍機を誤って撃墜したとの見方が出ているようだ。ウクライナ空軍のユリイ・イナト報道官は、ウクライナの関与を否定し、ロシアが自軍を攻撃したとの見方を一時示した。

報道官は冗談のつもりだったとして、のちに発言を撤回している。だが、これに同調したのがプリゴジン氏だ。同紙によると、メッセージアプリのTelegram上でプリゴジン氏は、「4機の航空機……その墜落現場の上に円を描けば、直径40km以内に正確に収まる。その円の中心にどんな防衛兵器が位置するのか、みなさん自身でインターネットで調べてみてください」と発言。ロシア自身が配備する防空システムに撃墜されたと示唆した。

■ロシア人がロシア人を撃ち殺す異常事態

プリゴジン氏とロシア軍は、もはや対立を隠し立てすらしていないかのようだ。こうした亀裂が高じ、ついに両陣営に死者を生じた可能性も出てきた。

エフゲニー・プリゴジン
ウクライナ・バフムートの制圧を主張するワグネルのエフゲニー・プリゴジン(写真=Yevgeny Prigozhin/Wikimedia Commons)

軍事情報を報じるタスク&パーパスは5月上旬、ウクライナ政府発表の情報として、ワグネルの一部傭兵たちがロシア軍と交戦していると報じた。ウクライナ東部のルハンスク州でワグネルとロシア軍のあいだに諍いが発生し、本格的な銃撃戦に発展したという。ウクライナ政府は、複数の死者が発生したとしている。

ウクライナ軍参謀本部が4月23日に発表した内容によると、両陣営は互いに敗退の責任を転嫁し合い、戦術的誤算と人的損失の原因を相手になすりつけ合っていたという。これが銃撃戦に発展したとしている。

米インサイダーも本件を取り上げた。ウクライナ側の情報をもとに、「ロシア軍とワグネルの傭兵らが、戦争の失敗を互いに責めた末に銃撃戦で殺し合った」と記事は報じている。

本情報はウクライナ側からの発表内容であり、ロシア側が公式に認めていない点に注意が必要である。だが、ワグネルトップのプリゴジン氏とロシア軍を率いるショイグ氏との度重なる不仲を考慮すれば、一概に不実とも断言できない現状がある。

インサイダーは「しかしながら複数の報告書が、ロシア軍がウクライナで友軍による銃撃に苛まれていることを示している」とも指摘する。

同記事は、英シンクタンクの王立防衛安全保障研究所(RUSI)による分析を踏まえ、紛争初期には敵味方の識別が困難であることを原因とした誤射が多かったとしている。しかし、その後も「意図的と思われる事例」を含め、ロシア勢同士が銃火を向け合う例が絶えないという。

ワグネルに限らず、ロシア正規軍の内部でも、自軍の兵士を撃つことを辞さないようだ。英国国防省は昨年11月、ロシア軍が部隊の最後尾に「ブロッキング・ユニット」と呼ばれる兵士らを配置していると発表した。逃走を防ぐため、退却する兵士を銃で撃つと脅しているのだという。

■プーチン、国防相、傭兵トップの「こじれた三角関係」

プリゴジン氏とロシア軍司令官らのあいだには、これまでにも度々亀裂が指摘されてきた。

プリゴジン氏は4月、長期化するウクライナ侵攻に疑問を呈している。タスク&パーパスが報じたところによると、氏は3000字以上の長文をオンラインで発表。「理想的な選択肢は、掲げられた目標のすべてを達成したとロシアが宣言し、特別軍事作戦を終了することである」と主張した。侵攻の旗を振るプーチン氏や軍司令官らに反発したとも取れる、異例の発言だ。

プーチン大統領とセルゲイ・ショイグ氏
プーチン大統領とセルゲイ・ショイグ氏(写真=大統領報道情報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

軋轢は続く。AFP通信は5月上旬、ロシア軍からの弾薬供給が受けられないとして、プリゴジン氏がバフムートからの撤退をちらつかせる脅しに出たと報じている。脅迫が功を奏し、ワグネルに弾薬の供給が再開された。プリゴジン氏とロシア軍が必ずしも強固に団結しているわけではないことを物語る、象徴的な諍いとなった。

同記事は本件について、「前例のない公の脅し」であったと報じている。プリゴジン氏は「弾薬がなければ無意味な死を生じるため、ワグネルの部隊をバフムートから撤退させる」と公言していた。

タスク&パーパスによると、弾薬の供給を絶たれたプリゴジン氏は激高。プーチン氏やショイグ国防相の名指しこそ避けたものの、ロシアの「意志決定者たち」はワグネルに弾薬を与えないことで、国家への「反逆行為」を行っていると強く非難した。

一方で、冒頭で触れたロシア軍の位置を明かすという取引は、それこそが国家への反逆となりかねない。ワシントン・ポスト紙は、プーチン氏がプリゴジン氏のウクライナへの提案を「反逆的な裏切り行為」とみなすことは十分に考えられると指摘している。紛争の重責を担うロシアのトップたちが、互いを国家への反逆者だと糾弾し合っている状態だ。

赤の広場にある聖ワシリー大聖堂
写真=iStock.com/Konstantin Aksenov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Konstantin Aksenov

■米シンクタンク「内部分裂の黒幕はプーチン」

このような足の引っ張り合いは、そもそもプーチン氏が招いた事態だとの指摘がある。インサイダーは「プーチンは、派閥同士が争うよう仕向けることがある」と指摘する。

米シンクタンクの戦争研究所でロシア軍を研究するカテリーナ・ステパネンコ氏は、同記事の中で、「プーチンは、一度に1つの派閥にしか関心を向けないという、極めて有害な環境を設けている」と述べている。「チームを入れ替えることで、2つの派閥を互いに競争させる」のだという。

ワグネルとロシア軍に関しても「間違いなくこの2つの派閥を互いに対立させている」とステパネンコ氏は指摘する。氏は、バフムートで国防省がワグネルへの弾薬供給を停止したのも、プーチン氏の指示であったとの見方を示した。プーチンが「間違いなく、2人を操る黒幕である」のだという。

ロイターはバフムートの戦いについて、ロシアがドンバス地方の他都市に侵攻する足がかりになると考える要衝であり、数カ月におよぶ激しい戦いの末に両軍計数千人の命が奪われたと報じている。このような重要な戦闘にもかかわらずプーチン氏は、ワグネルとロシア軍が共闘して要衝をいち早く攻略することよりも、配下の派閥のバランス取りに心血を注いでいるようだ。

■プーチンが「連敗続きのロシア軍」に肩入れする事情

米シンクタンクが「黒幕」と指摘するプーチン氏の下で、本来目的を共有しているはずの2つの派閥が互いに争い合い、ことによっては互いの陣営に銃口を向け合っている。ロシア軍内部の連携の悪さはずいぶんと以前から指摘されてきたが、軍とワグネルの傭兵部隊とのあいだでも泥沼の妨害工作が起きているようだ。

敗退続きのロシア軍に非難が集中するなか、プーチン氏は同軍の大部分を統括するショイグ氏に肩入れするという不思議な動きをしている。そのねらいは、実力をもとに増長するプリゴジン氏の勢いを抑制することにあるのかもしれない。

しかし、そもそも友軍同士を戦わせる構図は、戦場でロシア全体にとって不利を生んでいる。加えてショイグ氏の重用により、ロシア軍を強力に補佐するはずだったワグネルのトップを怒らせる展開を招いた。

こうして不満を抱えたプリゴジン氏は、侵攻中止論をぶち上げ、ロシアトップへの不満を公然と口にする傍若無人な振る舞いを重ねている。あまつさえ、ロシア兵の居場所を明かし、自らの傭兵部隊が助かろうとする始末だ。

■対立を煽り、権力を守りたいプーチンの狙いが透けて見える

ところがプーチン氏としては、やりたい放題のプリゴジン氏を冷遇できないジレンマがある。プリゴジン氏は、ロシア国内に根強く残る国家主義者からの信望が厚い。プーチン氏はかねて、ウクライナ侵攻の口実として国家としての正義を謳ってきた。プリゴジン氏をお払い箱にすれば、こうした熱烈な国家主義者らの反感がプーチン氏に向かうが、これは避けたい事態だ。

また、前回の動員令で国民から不信を買ったことからも、否が応でもワグネルへの依存は当面続くとみられる。

意図的に2つの勢力を対立させることで権力を誇示するプーチン氏だが、現実的にはワグネルの戦闘能力にしがみつかざるを得ない。プリゴジン氏がロシア軍の配備位置を漏らそうとも、軍部を公然と批判しようとも、その暴走を止められない――。そんな苦しい立場に置かれているようだ。

ウラジーミル・プーチン大統領
モスクワ・クレムリンの生神女就寝大聖堂でのクリスマスミサに出席したロシアのウラジーミル・プーチン大統領(写真=ロシア大統領府/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

----------

青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください