米子の百貨店に出店するわけないやん…断ったはずの大阪の家具屋を翻意させた「地方ビジネス」の勝ち方
プレジデントオンライン / 2023年6月20日 15時15分
■日本全国で百貨店閉店が相次いでいる
かつては“街のシンボル”として存在していた百貨店。ここ数年、地方を中心に百貨店の閉店が相次いでいる。2023年1月末には北海道・帯広市の「藤丸」が閉店。北海道内で唯一、地元資本の百貨店として営業を続けてきたが、売り上げの低迷から122年もの歴史に幕を下ろすこととなった。他にも日本全国で地方百貨店の閉店は相次ぎ、2023年4月現在、徳島県と山形県には百貨店が一店舗も存在しない。
そして、またひとつ、消滅の危機にひんした百貨店があった。鳥取県米子市で60年近く地域の顔だった百貨店「米子髙島屋」だ。
業績悪化で閉店目前となった店を、市街地活性化事業などを手掛ける地元企業「ジョイアーバン」が2020年3月に買い取り、運営を続けている。なんとか地元に百貨店を残さなくてはという熱い気持ちに支えられ、なんとか閉店こそ免れたものの、一度つぶれかけた店だ。瀕死(ひんし)の状態だった。
そんな厳しい状況の中、立て直しを任されたのが、これまで複数の地域で家具屋再生などを手掛けてきたインテリアショップのリビングハウス北村甲介社長だ。
なぜ、地方の百貨店はつぶれていくのか。北村氏に話を聞くと、地方の百貨店が抱える“共通の問題点”が浮かび上がってきた――。
■店が廃れていく「負のスパイラル」が存在する
北村「百貨店のテナントって基本的に委託契約なんですよ。つまり、商品を百貨店が買い取ってくれるわけではなくて、売れなければ自己責任。アパレルならアパレルブランドに、在庫管理する責任があるんです。
そうなると、売れる確率が低いところ、訪れるお客さまが少ない店舗には商品をあまり置きたくないですよね。商品の入れ替わりの頻度は低くなり、新しい商品も入荷されにくい。最新のもの、人気のものが売り場に並ばなくなってしまうわけです」
そもそも、客数が少ない地方の百貨店に「出店したい」と思うテナントは少ない。特に全国展開しているようなお店だと、わざわざ客数が少ない地方百貨店に出店するメリットはほぼゼロに等しいだろう。出店したとしても、売れ行きが見込める商品は、多くのお客さまが訪れる店舗に優先して並べたいはずだ。
さらに、問題は商品だけにとどまらないという。
■地方店には建物の修繕費が回ってこない
北村「商品という“ソフト面”だけでなく、店自体の“ハード面”がすてきじゃないことも大きな問題です。全国展開している百貨店だと、地方の百貨店の売り上げが芳しくなくても、全体の収益にはそこまで影響しません。
だから地方の百貨店の経年劣化に修繕の費用をかけるくらいなら、収益に大きく影響する都心の百貨店にお金をかけたほうがメリットは大きい。予算が地方に回らなくなってしまうのは当然のことでしょう。
予算がないから修繕にお金がかけられずに老朽化は進む、すてきじゃないからお客さまが来なくなる、テナントが出店したがらない、商品の入れ替えの頻度は低くなる、ますますお客さまが来なくなる……。負のループが回り続けるから、地方の百貨店はどんどん衰退していってしまうのだと思いました」
この“負のループ”を断ち切らなければ、地方の百貨店は衰退の一途をたどる。地方百貨店が次々と閉店していく理由が浮き彫りになった。
■「出店なんかするわけないやん」依頼は即断ったが…
リビングハウスが再生に取り組む「JU米子髙島屋」が位置する鳥取県米子市の人口は、約15万人。米子市に住む人たちだけをターゲットにしていては十分な客数は見込めない。商圏人口を広げる必要があるが、米子市は“陸の孤島”ともいわれるほどアクセスが悪い。そんな米子に「わざわざ行きたい」と思わせるだけの魅力づくりが求められるのだ。なかなか実現困難なプロジェクトに思えるが、勝算はあったのだろうか。
北村「JU米子髙島屋さんから出店のオファーがあったのは2021年のことでした。実は担当者から報告を受けた時、『出すわけないやん』と即答したんです。地方の百貨店自体が苦戦しているなか、ましてや場所が米子という“陸の孤島”に新しくお店を出したところで勝算はないだろうと思っていました」
断りに、と担当者を米子へ行かせた北村氏。しかし帰ってきた担当者から、まさかの言葉が告げられる。
北村「担当者が帰ってくるなり、『向こうの熱意がものすごいから、だまされたと思って一度会いに行ってほしい』というんです。え、うそやん、と思いましたよ」
■ワンフロア丸ごとリニューアルを任された
北村「話を聞くと、撤退するはずだった髙島屋を買い取った地元の名士が現在のオーナーで、今回オファーをしてくれているとのこと。百貨店って地方経済の中心にあるものだから、閉店させてはいけない! という思いがすごいということでした。
たしかに、百貨店を買い取るってなかなか勇気がいる行動じゃないですか。オファーを断る気持ちは変わっていませんでしたが、その人に対する興味が湧いたので、一度会いに行くことにしたんです」
大阪からバスで3時間半かけて米子市へ。百貨店を見た瞬間、北村氏は「そりゃつぶれかけるわ」と実感したという。
北村「とにかくすてきじゃなかったんですよ。心が躍る空間ではなかった。百貨店ってハレの場であるはずなのに、気持ちが全く晴れない。
オーナーとお会いした時、印象をありのまま正直に伝えました。そしたら先方が『出店だけじゃなくて、ワンフロアまるまるリニューアルしてくれ』って言い出したんです。これには驚きました。でも、百貨店のワンフロアをプロデュースするなんて、そんな機会はなかなかない。しかも相手の本気度がものすごく伝わってきました。『よろしくお願いします』とその場で決断しましたね」
■用意された予算は修繕費込みで“たったの1億円”
断りに行ったはずが、むしろ大仕事となって戻ってきたJU米子髙島屋のプロジェクト。課題は山積みだったが、北村氏は“地方のポテンシャル”は感じていたという。
リビングハウスでは過去に地方の創生を成功させた実績があった。福岡の郊外にある遊休地の倉庫をプロデュースし、1円も生み出していなかった倉庫を、売り上げ1億円ほどの店舗に変えることに成功していたのだ。とはいえ、米子は福岡に比べると圧倒的にアクセスが悪く、課題は山積み。リニューアルはどう進めていったのか。
フロアの総面積は450坪。都心の百貨店と比べたら小さめだが、一般的なテナントが20店舗ほど入る規模感だ。オーナー会社の「ジョイアーバン」から提示された予算は、1億円。
北村氏はこの予算を「5倍は欲しかった」という。というのも、新しく店舗を作るのと異なり、今回のリニューアルでは古くなった部分を「直す」費用も必要となる。老朽化しているところを修繕する費用も、棚などの什器を新しく用意するお金も、すべてこの“1億円”に含まれていた。
■「百貨」ではなく「二貨」でいい
予算が足りないから一部分だけを変えてみることも頭をよぎりそうなものだが、北村氏はワンフロア全てを一気にリニューアルさせることしか考えていなかったという。
北村「百貨店がつぶれかけていたことは周知の事実でした。“さびれてしまった百貨店”のイメージを払拭して、お客さまにもテナントにも、『すてきに変わるんだ』ということを伝えなければ負のループは断ち切れない。少しの変革だと、信じてもらえません。すてきな場所だと感じてもらうためには、ちょっときれいにしたくらいではだめ。大きなインパクトを与えるために、がらっと変わることが必要でした。
それに、ワンフロアに20店舗などテナントをたくさん入れるのではなく、1店舗に絞ることで、商品の質を上げることができます。地方の百貨店は都心部よりも規模が小さいのに、“百”貨店という名前にとらわれてさまざまな商品を置こうと欲張りすぎです。地方の規模感だと“二”貨店くらいがちょうどいい。商品のバリエーションよりも、内容を絞って質を上げることが大事だと思いました」
■高齢化地域でも「写真映え」を意識するワケ
限られた予算に収めるために、工夫を凝らした。
たとえば、お金がかかる床の張り替え。剝いだ床には新しい素材を張らず、その分費用を抑えた。百貨店ではコンクリート打ちっぱなしというのはあまりない。しかし「歴史をそのまま見せるというコンセプトもよいのでは」とコンクリートむき出しのままに。それまでの百貨店の常識にとらわれない、新しいフロアを作り上げていった。
こうして完成したフロアは、大きく生まれ変わった。エスカレーターを上がった瞬間、まず目に入るのは天井ギリギリの巨大なゴリラの像だ。ある意味“クレイジー”な印象を受ける。
北村「ゴリラの像は、写真映えを意識したんです。高校生など若い人たちにも、百貨店に来てもらいたいと思っていて。未来を担うのは若者です。今は商品を買うお客さまではなかったとしても、訪れること自体を習慣にしてもらうことができれば必ず未来の顧客になります。JU米子髙島屋には今、老若男女幅広い世代のお客さまが訪れていて、にぎわいを取り戻しつつあります」
■得られる情報は都会も田舎も変わらない
ハイセンスな家具や雑貨から、ユニークな生活家電、「これは何?」と思わず口に出してしまうようなものまで、フロアにはさまざまな商品が並び、見ているだけでも楽しめるフロアになっている。
しかし、いくら未来を担うのは若者だといっても、地方では深刻な高齢化が進んでいる。以前の百貨店の姿を知る、年配の人たちにとっては刺激が強すぎる気もするが、そのあたりはどうなのだろうか。
北村「案外、年配の方々からの反応もいいんです。家具ってそんなに頻繁に購入するものではないから、『次が家具を買うのは最後』という人も多い。今まで見たことがなかったようなハイセンスな商品に、その“最後”の心をくすぐられるみたいですね。
先日、徳島の店舗で92歳の女性がソファを買ってくれたんです。ヨーロッパからの取り寄せの商品で一目ぼれされたそうで、『死ぬまでに届けてや』とおっしゃっていました。『地方だから』と無難な商品を用意するような時代ではもうないと思いますよ」
昔は、都心と地方では情報に格差があった。しかしインターネットが発達した現代では、情報の格差はほぼない。全国どこでも得られる情報は変わらず、違うのは、商品をリアルに見る機会があるかどうかだ。
リニューアルオープンした今年1月から5カ月。売り上げは「予想していたよりも好調」で、撤退する予定はないという。今後も店舗スタッフへの教育や集客を通して、
「行って直接見てみたい」と思わせるような、心をくすぐる、ある意味クレイジー化した場所になることこそ、地方の百貨店が生き残ることができる道なのかもしれない。
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リビングハウス代表取締役社長
1977年大阪市生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業後、ベンチャー企業に就職。その後、デンマーク家具会社の日本法人で家具配送・組み立ての修行を積み、26歳で父が経営するリビングハウスへ入社。2011年に33歳で代表取締役社長となる。著書に『「かなぁ?」から始まる未来 家具屋3代目社長のマインドセット』(幻冬舎)がある。
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(リビングハウス代表取締役社長 北村 甲介 聞き手・構成=フリーライター・冨田ユウリ)
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