なぜメディアは「お飾りに過ぎない女性」に飛びつくのか…女性の社会進出が進まない「本当の原因」
プレジデントオンライン / 2023年6月21日 9時15分
チェコスロバキアの独立記念日にプラハ城で行われた国家勲章とメダルの授与式で、母であるチェコ系アメリカ人の実業家イヴァナ・トランプの記念メダルを受け取るイヴァンカ・トランプ(中央)=2022年10月28日 - 写真=CTK/時事通信フォト
※本稿は、内田舞『ソーシャルジャスティス』(文藝春秋)第7章「沈黙を破る」の一部を再編集したものです。
■不倫相手のポルノ女優に口止め料を払った大統領
アメリカでは、メリアム・ウェブスター辞典(Merriam-Webster)という英語の辞書が、「今年の単語」として、毎年その年を表す言葉をいくつか発表しますが、2017年の単語に選ばれたのは“Feminism”(フェミニズム)で、それに次ぐ言葉に、“Complicit”(コンプリシット、共犯的な、悪い流れに逆らわずに乗る)がありました。
この二つの言葉は、トランプ前大統領の時代以降、いま現在まで続くアメリカの不条理に抗(あらが)う波と、そこから生まれたムーブメントを体現するものです。女性たちが変化を求めた声、それに賛同して沈黙を破る声。時計の針を巻き戻して、その声がうねりとなり始めた2017年時点に立ち戻ってみたいと思います。
2017年1月、トランプ大統領が就任した翌日、アメリカ全土でウィメンズ・マーチ(Women's March)という名のデモ行進が行われ、何十万人もが参加しました。同意なしで「女性器を掴(つか)んでやる」という発言をしたり、不倫相手のポルノ女優に口止め料を払った事実などが発覚しながらも当選したトランプ大統領に、広く抗議の声を上げるデモンストレーションでした。
■MeeTooでフェミニズム運動に火が付いた
2022年には人工妊娠中絶の権利を認める米連邦最高裁判所の「ロー対ウェイド(Roe v. Wade)」判決が覆される前代未聞の事態になりましたが、この2017年のデモで掲げられたスローガンに、いかなる理由であっても人工妊娠中絶を違法にすべきという一部のトランプ支持層の考え方への反対意見として“My Body, My Choice”(私の身体、私の選択)がありました。
性交や妊娠、そして中絶など、女性の身体に関する選択は(倫理と健康の範囲内で)女性個人に選択権があるという主張。これはロー対ウェイド裁判で訴えられ、獲得された権利だったのですが、トランプ政権下で危うくされるのではという危機感と予兆がすでに広く共有されていたために、奇(く)しくもウィメンズ・マーチの大きなテーマになっていたのです。
一方で2017年10月には、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインのセクシャル・ハラスメントが告発され、MeTooのSNS投稿とともにフェミニズムのムーブメントに火が付きました。
■#で可視化された性被害者の多さ
MeTooとは、もともとはアメリカの市民活動家タラナ・バークが黒人若年女性の性暴力被害者支援の草の根活動を組織した際のスローガンでしたが、2017年にニューヨークタイムズ紙と雑誌「ザ・ニューヨーカー」が、ハーヴェイ・ワインスタインによる数十年に及ぶセクシャル・ハラスメントを告発する記事を発表すると、女優アリッサ・ミラーノが「私もセクシャル・ハラスメントや性暴力を経験したことがある」と告白し、同様の経験をMeToo(私も)というハッシュタグとともにSNSで共有するよう呼びかけたことで、広く知られる運動になったのです。
芸能人、アスリート、様々な職業の一般人や学生や母親たちがそれぞれの体験をMeTooというハッシュタグをつけてSNS上でシェアし、いかに被害者の多い問題かが可視化されました。一つひとつの告発は、自分の体験をオープンに語った被害者たち(多くは著名な芸能人だった)の勇気を表しており、被害者たちの行動には感動せざるを得ません。当時、私のタイムラインにも知人のMeTooの投稿がたくさん流れましたが、その中には女性だけではなく男性の友人の性被害体験の告白もありました。
■被害が見過ごされてきた構造的な土壌があった
それまで言葉にできずに被害者たちが長年抱えていた苦しみも、加害者も目にするだろう発信をする際の恐怖もまた、想像を絶するものだったはずです。
レイプ体験を公開することで、「あなたの思い込みだ」「あなたのせいだ」などと被害者が批判されるカルチャーが未だに残る中での恐怖。
さらに加害者側は、その加害行為によって長年の間、特段の影響を受けずに済む一方で、被害者の多くにおいては、性被害の恐怖と怒りと不安と屈辱の感情を、何十年間も背負い続けなければならないという非対称性。
SNSの悪質な書き込みやいじめとも似たこの構造によって、被害者は心に消えないダメージを受けることが多いのに対し、加害者は相手に与えたダメージを認識すらしていないことが多いのです。
そのように告発のリスクが高く、訴えも難しいがゆえに性暴力や性被害が見過ごされてきた土壌を変えようという大きな機運が生まれ、同意や身体の自己決定権を男女ともに大切にする基盤が作られ始めたのが2017年でした。
この年を表す言葉が“Feminism”だったことは不思議ではありません。
■「共犯的」はイヴァンカを批判する言葉だった
さて、一方の“Complicit”はというと、メリアム・ウェブスター辞典はトランプ前大統領の娘のイヴァンカ・トランプの写真とともに紹介しました。政治的なコメディで知られるバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』の一コマがこの言葉を広める原動力だった、とメリアム・ウェブスター辞典は記しています。
SNLがハリウッド女優のスカーレット・ヨハンソンがイヴァンカに扮(ふん)する、香水の偽CMを作って放送しました。
「どんな男性も彼女の名前を知っている。どんな女性も彼女の顔を知っている。彼女が部屋に入るとみんなの視線が注がれる。そう、彼女はイヴァンカ」というナレーションとともに振り返って正面を向くのは、イヴァンカに扮したヨハンソン。
さらに「フェミニスト、代弁者、“女性の活躍を支持するチャンピオン”と自称しているけど、彼女はどんな女性支援をしてるの? アメリカの方向性を変えられるはずなのに、変えない人」というイヴァンカを批判するナレーションとともに、手にした香水が紹介されるのですが、その香水の名前が“Complicit”(共犯的な)でした。
■「むしろ女性の社会進出を後退させてしまっている」
イヴァンカ・トランプは政治の経験も知識もないにもかかわらず、トランプ政権の要職をあてがわれ、国際会議などの席については、さも何かを考えているような顔で写真に写るが、実際のところ会議の内容に貢献できるような知識や独自の考察など何も持ちあわせず、ただSNSに載せる絵になる写真を撮るためだけに参加しているようなものだと批判の対象になっていました。
本来、彼女のポジションには能力や経験のある女性が就いて実務的な発言をしてしかるべきなのに、ただのお飾りに過ぎない彼女のような人がメディアに取り上げられることで、むしろ女性の社会進出を後退させてしまっているのではないかと懸念する声が聞かれたのです。
大統領補佐官として、アメリカの女性の地位向上のために貢献するなど、社会の方向性をより良く変えられるポジションに就きながら、その力を行使しない人。娘であり女性蔑視のトランプ大統領に苦言を呈することができる要職に就いていながら、逆らわずに悪い流れに乗る「共犯者」という意味で、彼女の立場を表す言葉として“Complicit”が使われたのです。
■ヒラリー・クリントンを「何も努力してない」と批判
さらに背景には、そもそもトランプとヒラリー・クリントンが争った大統領選における発言をめぐって、イヴァンカが大きな批判を受けていたという文脈があります。
イヴァンカが父ドナルドの応援演説で、「アメリカが誰でも有給の育休を保障される国になるために」などと発言したにもかかわらず、彼女がCEOを務めた洋服ブランド、「イヴァンカ・トランプ」では、従業員たちの産休も育休も保障されていなかったことが指摘されたのです。
選挙運動中のインタビューにおいても、有給の産休・育休の保障や女性の賃金上昇を訴える言葉を並べては「ヒラリーはこのために何も努力してない」と対抗馬のヒラリーを批判したイヴァンカ。
対するインタビュアーが、ヒラリーは職場での女性の地位向上のための具体策を1年前より提示していて、しかも30年前から各分野で女性をサポートする政策を実現していることを指摘したうえで、「あなたが言うヒラリーが何も努力してないというのはどの点についてですか?」と聞き返すと、イヴァンカは「ネガティブなトーンのインタビューには答えられない」とさっさとインタビューを切り上げてしまいました。
■ポーズとして批判するだけで、中身はまったくない
アメリカ国内だけでなく世界の勢趨(すうせい)にも大きな影響を与える米国大統領選において、具体的な政策の中身や対抗する候補者の実績に見識を深めるどころか、ただポーズとして相手の候補者を批判するだけの中身のなさと、まるで私生活をめぐるインタビューに答えるかのような甘い態度と責任感の低さが批判を受けていたのです。
香水“Complicit”の偽CMの中で使われたフレーズ、「フェミニスト、代弁者、“女性の活躍を支持するチャンピオン”と自称しているけど、彼女はどんな女性支援をしてるの?」とは、まさにこのような彼女のフェミニスト気取りの空虚さを指摘したのでした。
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ハーバード大学准教授・小児精神科医・脳科学者
小児精神科医、ハーバード大学医学部助教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒、2011年Yale大学精神科研修修了、2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。趣味は絵画、裁縫、料理、フィギュアスケート。子供の心や脳の科学、また一般の科学リテラシー向上に向けて、三男を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した体験などを発信している。
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(ハーバード大学准教授・小児精神科医・脳科学者 内田 舞)
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