甲子園常連校vsプロ野球チームがガチンコ対決する日…プロアマの壁を超えた公式戦を地方県で実現できた理由
プレジデントオンライン / 2023年6月21日 11時15分
■「ありえない」野球のプロとアマが戦う公式戦が実現
アマチュア選手がプロ選手に混じって公式戦でプレーする――。最近、そんな事例が増えている。例えば、サッカー「Jリーグ」、バスケット「Bリーグ」、ラグビー「リーグワン」で現役の大学生がプロの公式戦に出場した。
では、野球はどうか。NPBの巨人やソフトバンクのペナントレースに大学生や社会人の選手が出場することはありえない。プロアマ協定があるからだ。元プロ選手が高校野球などの監督に就任が可能になるなど、両者は昨今、融和ムードになっているが、それでもまだ厚い壁で隔てられている。
だが、2022年3月下旬、長野県でありえないことが起きた。
プロ野球BCリーグ所属の「信濃グランセローズ」と地元の社会人2チーム、さらに松本大学(関甲新学生野球連盟1部)の計4チームが、プロとアマの垣根を越えて「長野県知事杯争奪 プロ・アマドリームトーナメント」を開催したのだ。
これまで練習試合として巨人や横浜DeNAの3軍とアマチュアが試合をするようなことはあったが、県知事杯を冠して公式戦を開催するのは前代未聞のことだ。
このトーナメントは2023年3月にも2度目が開かれ、長野県でのこの取り組みは中央の球界でも注目されている。
主催したのは、長野県野球協会。プロの信濃グランセローズや、県高野連、県軟式野球連盟など14のアマチュア団体が参加している。プロアマが合体したこの組織がなければ県知事杯実現はできなかったが、その立ち上げには10年もの年月がかかった。
協会発足のきっかけとなったのは、ある新聞記事。長野県出身の朝日新聞記者・山田雄一(現在72歳)は2013年ごろ、同紙の県内版を担当していた(今はフリーのジャーナリスト兼長野県野球協会の広報担当)。
「長野県の高校野球は甲子園でなかなか上位進出できない。どうしてか、という連載を2013年の第95回記念大会の時にしていて、当時の長野県高野連会長の小林善一(よしかず)(現長野県野球協会専務理事・69歳)さんにインタビューしました」
県高野連の要職となればどうしても保守的な言動になりがちだが、小林は違った。普段から新しいことに挑戦する姿勢だった、と山田は言う。
「この人なら、何かをやっちゃうんじゃないかと思っていました。『実は人に相談してないことがあって、(県内の)野球界が一つになれないか』という話でした。聞いた瞬間、ぜひ記事にしたいと返答しました」
当時、中央の組織の全日本野球協会もプロアマの統一団体をつくろうとしているが、動きは鈍い。それなら県でモデルを作ろう。それが小林の発想だった。時期尚早というためらいもあったが、記事にしたいという山田の強い申し出に応じた。
記事は大きな反響を呼んだ。
■プロだアマだと壁を作ってはいられない
小林や山田の念頭にあったのは、少子化と野球人気の低下だ。懸案は出生数が減り続け、野球人口が輪をかけて減っているということ。それを打開するために、プロだアマだといつまでも壁を作ってはいられない。
長野県内の野球を扱う専門誌編集人の小池剛(55歳)は取材を通して危機的状況を肌で感じていた。
「中学の野球部員は10年ちょっと前、全県で5000人以上いたんですが、今は2000人台で半減です。サッカーやバスケ、バレーも減っていますが、割合でいうと野球が一人負けです」
また、山田は野球人にも責任があるという。
「スポーツは多様化していますが、野球界は普及の努力を本気でしてこなかった。しなくても野球は人気があるとあぐらをかいてきたツケが回ってきたんです」
小林は懇談会と称して各野球団体に声をかけて集まったとき、小中学生の野球人口の減少を実感していた。しかし、周囲はプロアマの大同団結の組織を作りたければ作ればいい、といったひとごとのような反応もあったという。
そこで、小林は自分が会長を務める県高野連こそ責任を持つべきだと腹をくくる。広い長野県では地域ごとの活動も同時進行しないと底辺拡大はできない。地区単位の協議会を作れないか。一番、可能性があったのは県庁のある長野市を含む県北部のエリア「北信」だった。
北信では2017年に野球指導者の会である「ベースボールサミット」が有志によって立ち上がっていた。中学校教諭の齋藤貴弘(37歳)は先輩教諭に誘われた。
「長野駅前の蕎麦屋の2階の宴会場に北信の中学、高校の野球部に関わる教員40人ほどが集まりました。熱い思いを持った先生方で、何かをやろう、という会合でした。考える前に走り出しちゃう。やりながら考えるスタンスでした」
それが2017年11月、「北信野球の日」誕生のきっかけになった。蕎麦屋の集いが2100人の子供たち、保護者を含めたら3300人を集めた大イベントになって大きな盛り上がりになったのだ。翌2018年、高野連の200年構想に基づく資金の援助もあって継続的なものになっていく。
だが、プロアマの大同団結の道は険しかった。最大の課題は、どれだけの団体を参加させられるか、という点だ。前出の編集人・小池はこう語る。
「高野連、大学野球、シニアリトル、プロは競技です。生涯野球、高校野球OB・OG連盟、早起き野球などは余暇で、目的がそもそも違う」
同じ野球でも関わり方がそれぞれ異なり、大同団結はそう簡単ではない。中でも、どうしても外せない団体がある。野球人口が一番多い軟式野球連盟のいわゆる“軟連”だ。
「軟式と硬式は全くの別団体で(交流がないため)ケンカにもならなかったんだから。お互いに何をやって来たかなんて興味もなかった」
こう言うのは、信濃グランセローズ会長の飯島泰臣(57歳)だ。当初、軟連はやはり無関心で交渉は難しかったという。だが、野球人口の減少という課題は同じ。その解決には一緒に取り組むしかない、と参加を決断する。
■新聞社もテレビ局もNTTも快く協賛してくれた
最終的に軟連の会長が長野県野球協会のトップに就任して2022年1月、協会設立の記者発表にこぎ着けた。この日、プロ側の代表としてマイクを握ったのが、現協会副会長でもある飯島だ。松商学園高校から明治大学に進み、野球部で主将を務めた。当初から団体設立に積極的だった。
「僕の役割と立場からすると、こういう野球協会を作って発展していけば夢が膨らむと思っていました。ただし、単にプロアマの団体を作っても、それが何になるのか、と周りから言われちゃいますよ、とも感じていました。だから、象徴的なことを作らないとダメ、長野県からプロとアマが試合をする天皇杯を作ろうと言ったんです」
それが県知事杯というプロとアマが参加する日本初の公式戦となって実現する。第1回大会の開催が決定したのは2021年11月。場所も、長野オリンピックスタジアムと決まった。
しかし、公式戦直前まで越えなければならないハードルはまだ残っていた。大学生の参加の許可がなかなか下りなかったのだ。長野県野球協会の理事で松本大学の清野友二監督(37歳)は焦っていた。
「プロと試合をしていい、という許しが出なかったんです。それも誰から許しをもらえばいいかもわからない。大学野球連盟からなのか、関甲新(リーグ)からなのか。今まで前例がないから、と。県知事杯パンフレットはすでに出来上がっていましたし、毎日、胃が痛かったです」
小林や飯島が知人の関係者を通じて、根回しをしてくれた。そして1週間前にやっとゴーサインが出た。第1回大会はグランセローズと松本大がそれぞれ社会人チームを破って決勝に進出。グランセローズが貫禄を見せて松本大に勝って優勝した。
飯島は鳥肌が立った、と感慨深げに当日を振り返る。
「松本大学との決勝で、うちはプロ野球のオリックス・バファローズにいた荒西祐大を先発させたんです。(松本大学監督の)清野くんがインタビューで、『(相手が)全力で戦ってくれて、うれしかった』って。ああ、やってよかったなって思いました。その後に交流イベントがあって、(甲子園に頻繁に出場している)佐久長聖高のユニフォームを着ている子がいたり、グランセローズの選手、小中学生に社会人選手も混ざってキャッチボールをやった。あれはね、ちょっとね……」
感動的だった、と言葉を詰まらせる。
県知事杯トーナメントの公式戦を2年連続で実現した今後の課題は運営資金だ。飯島がプロの立場で金銭勘定を読む。
「これまではこういう団体では年会費を払ってもらう方式はありませんでした。でも、運営費を選手を含む会員各自が出せば自然と注目するし、関心も持てる。なんで子供から徴収するのか、という反対意見もありましたが、10円でもよかったと思っています」
結局、小学生からは取らず、中学生以上、高校生大人から取ることで決着した。とはいえ運営費はつまるところ、スポンサー頼みになる。営業を飯島が一手に引き受けた。
「民間のグランセローズではなくて、協会のためという大義がある。新聞社もテレビ局もNTTも、プロとアマが一緒になったのだから、と言って快く協賛してくれました」
■佐久長聖高とプロチームのガチンコ対戦をみんな見たい
他にはどんな活動をして発展させていく予定なのか。
「今までにやってきて培ってきたものもある。例えば、指導者育成や、女子野球。障害予防や栄養学に関しては医科学系を加えて、そこに信州大を組み入れました。研究機関としてフィードバックできるようにしたい。指導者ライセンス制も確立できればいいし、選手たちの就職支援もしたい」
25年間の高校野球監督生活で得たものを還元して新しい野球界を作りたい。県高野連会長から現在は長野県野球協会専務理事を務める小林の大志の源泉はそこにある。
第2回のトーナメントは前述の通り今年3月下旬に行われた。決勝は雨のためグラウンドコンディション不良で5回で打ち切られた。両チームと主催者が協議して、3対3の引き分けで両チーム優勝となった。
準決勝の試合前には中学生のブラスバンドの演奏があった。また、決勝の前にはチアガールズの応援合戦も。ゲーム後、室内練習場で園児を対象にした「遊ボール」の実演を行い、松本大の清野監督自らマイクを持って熱血指導した。これには近隣の園児が50人、参加して楽しんだ。
決勝戦の途中、象徴的なシーンがあった。
降りしきる雨の中、協会専務理事の小林と、協会副会長の飯島が自らすすんでマウンド上でぬかるんだ泥を取り除いたり砂をまいたりしたのだ。「当たり前のことをしたまでです」と飯島が言う。
「将来的には高校生も県知事杯のトーナメント大会に参加できたらいい。例えば、佐久長聖高とグランセローズが対戦したら100パーセントの人が高校生を応援するでしょ。そんな試合も見てみたい。県全体で一つになるロールモデルになっていけたらうれしいですね」
小林は春夏の甲子園では球場に詰め、大会の運営を担う本部役員でもある。その立場で野球の現状を見つめる。
「中央は、(野球人口が減少している)地方の実情をわかってくれません。地方に裁量権を与えなければ、地方はますます衰退してしまいます。中央の人は耳を傾けてくれないこともないけれど、甲子園があれだけ盛況なので危機感が薄いんです」
信州は昔から革新的な土地柄だ。地方からの産声に、中央が動くこともある。野球人口の回復とさらなる普及。喫緊の課題が日本の球界に突きつけられている。
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フリーランスライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。
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(フリーランスライター 清水 岳志)
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