「原付スクーター並みの価格で電動バイクが買える」ホンダが「EM1 e:」の価格を"赤字覚悟"で抑えた狙い
プレジデントオンライン / 2023年7月13日 10時15分
■補助金を利用すれば「スーパーカブ50」と同じくらいで買える
2022年9月13日、ホンダは二輪事業の取り組みについて説明会を開催した。そこでは、2040年代にすべての二輪製品でカーボンニュートラル実現を目指し、ICE(内燃機関)の進化にも継続的に取り組むことが公表され、このうち電動二輪車では3つの柱が示された。
②2025年までにグローバルで、電動二輪車を合計10モデル以上投入すること。
③今後5年以内に100万台、2030年にホンダの総販売台数の約15%にあたる年間350万台レベルの電動二輪車の販売を目指すこと。
2023年5月19日、①~③の一環として「EM1 e:」(原付一種クラス)が発表された(発売日は8月24日)。EM1 e:は、国内のホンダ二輪市場で初となる一般向けの電動二輪車であり、「Honda二輪EV取扱店」において誰でも購入できる。価格は29万9200円(車両本体15万6200円+2次バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:」1個8万8000円+充電器1つ5万5000円)。
国や自治体などからの補助金制度(CEV補助金2万3000円+自治体の補助金)を活用すれば、自治体や条件によるものの、高額なバッテリーや充電器込みでも「スーパーカブ50/24万7500円」程度かそれ以下で手に入る。
■1994年から電動バイクを展開してきた
ホンダが歩んできた電動二輪車の歴史は長く、販売となれば1994年の原付1種の電動バイク「CUV ES」(限定200台)までさかのぼる。車両重量130kg(原付1種スクーターの1.5倍以上)のCUV ESは3年間のリース販売方式(参考価格は85万円)のみで一般向けには販売されなかったが、2次バッテリーにニッケル・カドミウムバッテリーを搭載し、61km(30km/h定地走行テスト値)の航続距離を達成していた。
2004年には、よりパーソナルユースに近づけた小型電動バイクのコンセプトモデルを発表するとともに、燃料電池システムを搭載した燃料電池二輪車の開発車両も披露している。
2010年12月、実用化へと一気に舵がきられた。ホンダは重量物の運搬や配達業務などのビジネス用途向けに開発した原付1種の電動バイク「EV-neo」のリース販売を開始する。EV-neoは当時のスーパースターだった東芝製のリチウムイオンバッテリー「SCiB」を搭載していた。
■2018年に原付2種クラスのリース販売もスタート
SCiBは、負極にチタン酸リチウムを採用し、外力などで内部短絡が生じても熱暴走を起こしにくい構造が特徴。当時、普及していた同クラスのバッテリーの約10倍近い充放電回数(6000回以上)を達成しつつ急速充電性能にも優れ、物理電池であるキャパシタ(素早い充放電特性をもつ蓄電装置)並みの入出力密度を誇っていた。大敵である寒さにも強く、-30℃の低温でも安定した充放電性能を発揮する。
EV-neoに搭載されたバッテリースペックは電動バイク向けにデチューンされていたが、それでもキャパシタのように使える2次バッテリー性能は、ルートセールスやルーティンワークを行う業務には最適だった。
2018年には原付2種クラスの電動バイク「PCX ELECTRIC」のリース販売を開始する。最高速度30km/hや特定交差点における二段階右折の制約を受けないことから利便性が大きく向上した。既存の125ccエンジンを搭載したスクーター「PCX」とほぼ同じ外観、サイズで登場したことも話題となった。
■郵便配達業務で使われている「BENLY e:」
2019年には、ビジネス用に特化した「BENLY e:」シリーズを発表する。リース販売ではなく、法人向け販売というスタイルが新しかった。ホンダによると「バッテリーリサイクルの社会的責任の観点から、バッテリーの回収にご協力いただける法人様向けに販売した」という。
BENLY e:は日本郵政にも導入され、2020年1月17日からは郵便配達業務で活躍中だ。ホンダではBENLY e:と、同年12月に発表された電動三輪車「GYRO e:」、「GYRO CANOPY e:」を合わせて「Honda e: ビジネスバイクシリーズ」と呼び、シリーズ全体での累計販売台数は約1万台を数える。
今回、発表されたEM1 e:は、こうした30年近い電動バイクの製造・販売での知見をもとに開発された。48V系の電源システムを用いた軽量で高効率なインホイールモーター(駆動のみで回生機能はない)に、持ち運び可能なバッテリーシステムと、現時点、試乗は行えていないがスペックだけでも十分に魅力的だ。
AER(充電1回あたりの航続可能距離)53km(30km/h定地走行テスト値)と、原付1種スクーターが使われる1日あたりの移動距離30km以内を十分にカバーする。インホイールモーターが発する最高出力は2.3PS、最大トルクは90N・m、バッテリー込みの車両重量は92kg。原付1種なので1人乗りだ。最大トルクが排気量1000ccクラスのバイク並みに大きいが、これは減速機をもたないインホイールモーターの計測方法によるものだ。
■「持ち運べるリチウムイオンバッテリー」がある
EM1 e:を語る上で要となるのが持ち運び可能で、自宅でも充電可能な2次バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:」(前身は2017年に発表された「Honda Mobile Power Pack」)だ。
着脱可能な「持ち運べるリチウムイオンバッテリー」として再生可能エネルギーを利用して発電した電気を蓄えて、小型の電動モビリティや家庭での使用を目的に開発された。じつにホンダらしいアイデア商品である。
Honda Mobile Power Pack e:はEM1 e:だけでなく、前述したPCX ELECTRICやBENLY e:シリーズ、GYRO e:シリーズでも使用可能。2022年には、コマツのマイクロショベル「PC01E-1」にも使われている。
ホンダの資料によるとHonda Mobile Power Pack e:は、定格容量26.1Ah、定格電力量1.314kWh、重量10.3kg(資料によっては10.2kg)とある。家庭で充電できて、小型で持ち運べるサイズや重さにこだわった。
Honda Mobile Power Pack e:では、交換する/共有するという発想からCN化社会へのサポートを目指すという。交換/共有すれば充電時間から解放されるし、交換場所をたくさんつくれば航続距離の不安もなくなるという考え方だ。さらに、バッテリーの規格を統一すれば大量生産でコストを下げることもできるし、マイクロショベルのように、のりものに限らず活用範囲はグッと拡大する。
■「利益を再優先順位から落として価格を引き下げた」
「電動化は価格がネックです。とくに安価であることが求められる二輪車ではそれが大きな課題でした。EM1 e:は正直、利益を最優先順位から落とし、実質的に原付1種スクーターが購入できる価格帯にまで引き下げました」と語るのは、ホンダモーターサイクルジャパン営業部部長の石見氏だ。
かねてホンダは「普及させたいなら最初は赤字でやる」という路線を貫き、これまでもスクーターやバイク、四輪車を普及させてきた。BEVは高価格でゆえに普及には補助金が頼りといわれるが、EM1 e:は補助金がなくても十分魅力的。交換/共有できるHonda Mobile Power Pack e:を用いていることも強みだ。試乗チャンスがあれば乗り味や使い勝手を改めてレポートしたい。
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交通コメンテーター
1972年1月東京生まれ。専門分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつために「WRカー」や「F1」、二輪界のF1と言われる「MotoGPマシン」でのサーキット走行をこなしつつ、四&二輪の草レースにも精力的に参戦中。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も積極的に行い、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。著書には『2020年、人工知能は車を運転するのか』(インプレス刊)などがある。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)理事、2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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(交通コメンテーター 西村 直人)
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