困難を筋肉と団結で乗り越える…通称「小原台刑務所」で繰り広げられる防衛大の"しょっぱい学生生活"
プレジデントオンライン / 2023年7月29日 9時15分
※本稿は、ぱやぱやくん『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■通称「小原台刑務所」「ニューホテル小原台」
防衛大学校(防大)は、神奈川県横須賀市小原台(おはらだい)(※1)にあり、学生たちからは「小原台刑務所」や「ニューホテル小原台」とも呼ばれ親しまれています。防衛省管轄の教育機関であり、陸・海・空、各自衛隊の幹部自衛官となる者を教育訓練している施設です(文部科学省が管轄する機関ではないので、「大学」ではなく「大学校」なのがポイントです)。
防大は、諸外国で言えば士官学校に該当する学校であり、学生の身分としては「特別職の国家公務員」です。そのため、学費・衣食住が無料のうえ、学生手当が支給され、防大を卒業すると「一般幹部候補生(曹長)」として任官します。
防大卒業後に与えられる「曹長」という階級は、一般入隊の隊員の場合だと定年まで勤務して到達する階級です。さらに、現在の制度では防大を卒業すると佐官への昇任はほぼ確定のため、自衛隊内部では「防大はエリートコース」と言われています。
■1日1回は思う「防大になんて来るんじゃなかった」
一方で、防大は全寮制で規律は厳しく、ジューシーで甘酸っぱいキャンパスライフを想像すると間違いなく後悔します。どちらかと言うと、田舎のおばあちゃんが作った塩まみれの梅干しを想像したほうがいいでしょう。
そのため、残念ながら防大に進学した新入生は「防大になんて来るんじゃなかった」と少なくとも1日に1回ぐらいは思います。新入生は坊主頭やおかっぱ頭になり、朝から晩までシャウトし、精神と肉体の限界に挑むからです。進学よりも「出家」に近い学校であり、一般社会を娑婆(しゃば)と感じることさえあります。
■学力だけではなく、生命力を求められる
防大の基本コマンドは「走る」「叫ぶ」「飛び跳ねる」です。忌野清志郎さんのライブのように躍動感のある生活であり、縦ノリのリズムが求められます。
これは、防大では学力だけではなく、生命力をも求められるからです。
生命力とは「限界に立ち向かう力」「不条理に耐える力」「困難を乗り切る力」のことであり、高校時代に全てであった学力偏差値はなんの役にも立ちません。防大OBはよく「防大は学力偏差値では測れない」と語ることが多いですが、これは生き物として強くあらねば防大を卒業できないからです。ボルネオのジャングルにおいて、フーリエ変換と英作文が得意でも、あまり役に立たない感じに似ています。
こうした過酷な環境で生き残っている防大生は非常に個性的な人が多く、「筋肉はパワーであり、パワーは生きる力」と言う筋肉至上主義者も一定数生息しています。薩摩藩士は困ったときに「チェスト!」と叫んで気合を入れると聞きましたが、かつての防大はそれに近い文化でした。
■一般の自衛隊の文化と少し違う「防大ワールド」
防大では、連帯責任の大反省会、整理整頓不良で空飛ぶ魔法のマットレス、作業服がボロボロになるまでの全力の雑巾がけ、制服にシワを一つも残さないエクストリーム・アイロンなどを行うことになります。防大生活では「団結力」「挫けない心」「手先の器用さ」「ユーモアのセンス」などの全ての要素が必要です。
新入生は押し寄せる不条理に立ち向かいながら強くなり、国家の一大事を救うヒーローに成長していきます。ただ、試練があまりにも多いので、「まず1年間を生き残れ。話はそれからだ」という世界観なのです。
このように書くと「とんでもない学校だ!」と読者の皆様は思うかもしれませんが、卒業生である私も「やばい学校だなぁ」と思って4年間を過ごしていました。
しかし、防大生活には不思議な魔力があり、月に1〜2回ぐらいは「防大に入ってよかったなぁ」と思う瞬間がやってきます。卒業生が集まって飲み会をすると狂ったように防大の思い出を語り、昔を偲びます。
防大は陸海空3軍種の統合教育を行っており、文官の教官も多数在籍しているため、一般の自衛隊の文化と少し異なる「防大ワールド」があります。この特徴が、防大の秘境感、そして多様性に溢れたガラパゴスな感じを醸し出しています(自衛隊内部でも防大卒は「やや独特な雰囲気がある」と言われることが多いです)。
■防大の生活はホグワーツ魔法学校に近い
防大は全寮制であり、学校の敷地内に居住区、講堂、実験室、グラウンド、食堂、浴場、医務室、売店、射撃場や訓練場もあります。柵と塀が校内に張り巡らされており、一般大学よりも「駐屯地」や「基地」に近い構成になっています。校内には戦車や戦闘機、魚雷なども展示されていて、学生寮には小銃などを保管する武器庫なども存在し、ミリタリー要素で溢れています。
防大の学生は1800名程度であり、1学年は400〜500人ほどです。全学年を1〜4大隊という編成に分けて寮が分類されます。ハリー・ポッターでたとえるなら、ホグワーツ魔法学校の「グリフィンドール」「スリザリン」などの寮に所属している生徒それぞれが、自他の寮に誇りとライバル心を持っているように、防大も大隊ごとに伝統や文化がやや異なり、他大隊にはライバル心を持っている学生が多いです。
■筋肉と同期の団結で困難を乗り越える
私が在籍していたときは、ざっとこんな感じの特徴がありました。
・「お祭り大好き1大隊」(男子学生が多く、ノリのよい荒くれ者が多い)
・「お掃除大好き2大隊」(海上自衛隊の文化が強く、清掃や整理整頓に厳しい)
・「楽勝(※2)3大隊」(全体的に規則がゆるく、生活が厳しくないと言われている)
・「パレード4大隊」(観閲式パレード(※3)に対する情熱が強い)
ホグワーツ魔法学校では困難に直面すると魔法と友情で乗り越えますが、防大では筋肉と同期の団結で乗り越えます。そのため、MP(マッスルポイント)が重要になります(MPがなくなると腕立て伏せができなくなります)。
各大隊には1〜4中隊があり、各中隊はフロアごとに分類され、100人規模の学生がいます。これが防大における生活単位であり、全員の顔と名前が一致する最大の単位でもあります。
※1防大は横須賀市小原台にあるため、関係者は防大のことを「小原台」と呼称することが多い。防大卒に「小原台はどうだった?」と聞くと、間違いなく「関係者か?」と思われる。なお、住所は走水。
※2防大生は「楽勝」という言葉をよく使う。楽勝とは「ゆるい、簡単」という意味。
※3正装をし、小銃を持って行うパレード訓練。入校式や開校記念祭などで見ることができる。学生からは不人気。
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防衛大学校卒の元陸上自衛官。退職後は会社員を経て、現在はエッセイストとして活躍中。名前の由来は、自衛隊時代に教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。Twitter:@paya_paya_kun
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(元陸上自衛官 ぱやぱやくん)
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