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グリーンランドを独立させて親中国家に…中国が密かに進める「氷上シルクロード」構想の恐ろしさ

プレジデントオンライン / 2023年7月29日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/lyash01

2017年、中国の習近平国家主席はロシアのプーチン大統領に「氷上シルクロード」構想を提示している。海上自衛隊幹部学校教官の石原敬浩2等海佐は「中国の海洋進出の野望は北極海にまで及んでいる」という――。

※本稿は、石原敬浩『北極海 世界争奪戦が始まった』(PHP新書)の一部を編集したものです。

■「一帯一路」を北極圏まで繋げ

「氷上シルクロード」構想が明らかになったのは、2017年の習近平主席のロシア訪問の旅でした。プーチン大統領との会談の中で習首席はこの氷上シルクロード構想を提示し、両国は北極海航路開発における協力推進に合意しました。

同年11月には北京を訪問したロシアのメドヴェージェフ首相と習主席が会談。習主席は「ロシアと共同で北極海航路の開発・利用協力を推進し、氷上シルクロードをつくり上げなければならない」と、二国間協力の推進を確認します。

2018年1月、中国は初めてとなる北極政策文書『中国の北極政策』を公表しました。同白書は「北極の情勢と変化」「中国と北極の関係」「中国の北極政策の目標と基本原則」「中国の北極事務への関与における主要政策主張」の4つの部分からなっており、その概要は以下のとおりです。

・中国の資金、技術、市場が北極航路の開拓や沿岸国の発展に重要な役割。
・中国は関係国と「氷上シルクロード」を建設し、北極地域の持続可能な発展を促進。
・北極の環境、気象、生態などの科学調査を強化。北極の環境を保護し気候変動に対応。
・北極航路の開発利用、石油や天然ガスの開発、漁業資源の保護利用に関与。
・自然を生かした観光開発を促進。
・国連憲章や国連海洋法条約を堅持しながら、北極統治メカニズムの整備を提唱。

この発表は世界に波紋を拡げました。海洋派遣の野望が北極海にまで及んでいることを中国が隠さなくなった、といった形で、中国の北極進出に警鐘を鳴らす論調が数多く見られたのです。

■アジア・インド洋諸国のインフラ整備での「前例」

中国は一帯一路政策の下、強引とも言える手法でアジアやインド洋諸国における、海外インフラ整備でトラブルを起こしてきました。パキスタンのグワダル港においては、当初は民間用に整備としていたものを海軍艦艇も使用するようになりました。スリランカのハンバントタ港では、中国に対する債務が膨大な額となり、債務軽減と引き換えに、港湾の運営権を99年間のリース物件として中国に譲渡する事態となり、多くのスリランカ国民から主権侵害と受け止められる事態となりました。

このような事例からの類推として、北極海航路や氷上アイスシルクロードも一帯一路構想に入る、ということはアイスランドやグリーンランドへの投資、インフラ整備でも同様の手法が狙いとしてあるのではないかとの疑念に繋がったのでした。

■「99年間の借地権」で観測基地を建設

実際に各地で、中国の北極進出が加速していきます。海洋観測とともに、地上での観測、地上から行う宇宙の観測、それらに伴う基地や施設の設置が北欧諸国で深まっていきました。科学調査という名目を前面に立てて行われるこれらの活動は、中国の「科学外交」と総括されます。個別具体的なお話で、その経緯を確認したいと思います。

オーロラ
写真=iStock.com/sumos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sumos

アイスランド北部の荒涼とした高原に2018年10月、「中国アイスランド北極科学研究ステーション」が完成しました。オーロラなどの自然現象を、両国の研究機関が共同で観測するという名目です。

建設費の約600万ドルは中国側が全額負担し、約160haの敷地は中国が99年間使用できる契約を結んで建設されました。開所式に参列した中国の金智健・駐アイスランド大使は、「中国は北極圏の主要な利害関係者として、一帯一路の枠組みを通じて協力を推進し続ける」と語ったとされています。(「【改革開放40年】第4部・一帯一路(01) 科学外交、北欧に接近」、読売新聞2018年11月21日付朝刊)。

■中国資本による「リゾート」開発計画

中国とアイスランドの関係は、紆余曲折(うよきょくせつ)ありながら深化、と言えるのでしょうか、いろいろな話がありました。

2011年には、中国の不動産企業が約300平方kmの土地を買収して、リゾートを建設する計画がありました。兵庫県・淡路島の半分ほどに相当する広大な土地をリゾートにするというものでした。所有者は売却を承諾したものの、政治的/軍事的な意図があるのではとの懸念が示され、アイスランド政府が許諾を審査する事態となりました。国の独立性を守るためにも土地売買の制限が必要と判断され、前例のない大規模売却は不認可となりました(「中国資本の旺盛な土地買収は極北にまで…観光ブームに沸くアイスランドで高まる懸念」、産経新聞2017年11月19日)。

■苦境に陥ったアイスランドに中国が手を差し伸べた

アイスランドを中国へと近づけたのは、2008年の金融危機でした。為替レートの急落や失業率の急上昇によって、アイスランドは、国際通貨基金(IMF)と欧州連合(EU)に救援を求めざるを得なくなったものの十分な支援が得られず、新たな経済協力パートナーを探し始めたのです。

石原敬浩『北極海 世界争奪戦が始まった』(PHP新書)
石原敬浩『北極海 世界争奪戦が始まった』(PHP新書)

中国はこれに意欲を示し、2010年にはアイスランドと通貨スワップ協定、2013年には自由貿易協定(FTA)を締結します。ちなみに、これは中国と欧州国家との初のFTAとなりました。

中国の報道では「13億7000万の人口を抱えて急速に発展するアジアの大国と人口33万の北極の島国とは現在、関係を急速に発展させている」「アイスランド北部の湾に深海港を建造し、アイスランドを北海航路(ママ)の主要な海運センターとするなど、野心に富んだ計画を交渉している」等々、中国の北極海進出の大きな足掛かりとしようとする姿が見えます(「中国、アイスランドにオーロラ観測所を建造」中国網日本語版2016年11月27日)。

■注目すべきもう一つの場所、グリーンランド

中国の北極進出においてもう一つ注目すべき場所が、デンマーク領グリーンランドです。日本の約6倍の面積を有するグリーンランドですが、人口は約5万7000人。その9割は先住民系で独立志向が強く、住民投票を経て、2009年には外交と安全保障を除く広範な自治権を獲得することができました。

しかしながら、独立への最大の課題は経済問題です。主要な産業はデンマーク政府の補助金に頼るという、経済的な脆弱(ぜいじゃく)性があります。主要な産業は水産業で、2010年の輸出品の87%が魚介類(うち55%がエビ)および水産加工品となっています(デンマーク大使館ホームページより)。

グリーンランドの漁師
写真=iStock.com/oversnap
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oversnap

このような状況から、自治政府は経済的な中国資本の進出を非常に歓迎してきました。たとえば2011年、天津で開催された「中国国際鉱業大会」にもグリーンランド自治政府の鉱物・石油資源局担当者が出席し、投資説明会を開き中国人投資家に働きかける、といった活動がありました。

■空港拡張計画への支援を中国に求める

そういったなか、空港開発問題が発生します。グリーンランドの主要な民間空港は、自治政府首都のヌーク(Nuuk)、ツーリズムの中心イルリサット(Ilulissat)、南部のカコトック(Qaqortoq)があるのですが、いずれも滑走路が短く、海外から直接ツアー客等が飛来するには、拡張工事が不可欠なのです。

その空港拡張工事に中国系企業が参入しようとし、デンマーク本国や米国が警戒する事態となったのです。

空港拡張計画が決定したのは2015年。総事業費の36億クローネ(約570億円)は島の域内生産(GDP)の約2割に当たり、当初デンマーク政府は負担に消極的でした。そこで、自治政府が頼ったのが中国だったのです。2017年、自治政府のキム・キールセン(Kim Kielsen)首相が訪中し、中国輸出入銀行などを回って協力を求めました。

この事態に危機感を抱いたのが米国・米軍でした。2018年5月にはジェームズ・マティス(James Mattis)米国防長官がデンマークの国防相に「中国に北極圏での軍事力を広げさせてはいけない」と直接警告したといわれています。その結果、デンマーク政府は空港拡張工事への慎重姿勢を一変させ、積極関与に転じました。

■中国の投資に期待する独立派

同様の事態は過去にもあり、2016年に中国企業がグリーンランドにある旧米海軍基地施設を買収する案を持ちかけた際、デンマーク政府が米政府の希望を受けてこれを阻止した、とも報じられています(Erik Matzen, “Denmark spurned Chinese offer for Greenland base over security: sources,” Reuters, Apr. 7, 2017)。

こういった動きはグリーンランドの独立派を刺激することとなり、グリーンランド議会のヴィヴィアン・モッツフェルト(Vivian Motzfeldt)議長は「米国とデンマークは傲慢(ごうまん)だ。中国が私たちに投資したいなら、今後も排除しない」と、中国に対する期待を示す事態となりました(「(米中争覇)極地 北米に「親中国家」、危機感 米、グリーンランド買収構想」朝日新聞2019年8月26日)。このような情勢は自治政府内での内紛をもたらし、2018年9月には連立政府が崩壊するに至りました。

2018年には日本のテレビ局のインタビューに答えるかたちで、グリーンランド自治政府エネルギー相が、グリーンランドに投資して雇用を創出してくれるなら中国資本を歓迎すると述べていました。

2021年4月、レアアース/ウラン鉱山開発反対運動や、デンマークからの独立推進等の問題をめぐり選挙が実施され、政権交代が実現しました。環境を保護しつつも独立推進への動きが加速するという期待もあります(Martin Breum, “Greenland's new leadership will be challenged by a push for faster independence,” Arctic Today, Apr. 9, 2021)。

2023年4月には、独立への準備として、憲法草案が作成され、公表されました。いま、グリーンランドでは連立政権の下、様々な動きが進行中で目が離せません(Martin Breum, “Greenland drafts constitution for its ultimate independence,” Arctic Today, May 17, 2023)。

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石原 敬浩(いしはら・たかひろ)
海上自衛隊幹部学校教官
2等海佐。1959年、大阪生まれ。防衛大学校(機械工学[船舶])卒業、米海軍大学幕僚課程、青山学院大学大学院修士課程修了(国際政治学)。護衛艦ゆうばり航海長、護衛艦たかつき水雷長、護衛艦あまぎり砲雷長兼副長、練習艦あおくも艦長、第1護衛隊群司令部訓練幕僚、海上幕僚監部広報室などを経て、現職。慶應義塾大学非常勤講師。

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(海上自衛隊幹部学校教官 石原 敬浩)

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