「私は別に普通だし」という人は危ない…ずっと「いい子」を続けていると30歳を超えて苦しくなるワケ
プレジデントオンライン / 2023年8月6日 12時15分
※本稿は、加藤俊徳『一生成長する大人脳』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■「感情」というパンドラの箱を開けない現代人
・人との間にある一定程度の距離感を保ち、相手の感情には立ち入らない。
・相手の存在をリスペクトしすぎて、畏れながらコミュニケーションをとる。
・自分の感情をあらわにせず、相手の感情にも触れないように気をつかう。
そんな、「感情」という名のパンドラの箱を一度も開けることなく育っている人が増えているように思います。
昭和の初めごろ、私の親の世代などは、結婚式のときに初めて相手の顔を見た、なんてことが珍しくありませんでした。(それがいいか悪いかは別にして)相手の感情がわからなくても、人間は一緒に住んだり、結婚したり、性的関係をもったりすることはできるものです。
生活をともにしながら、徐々に「感情」という名のパンドラの箱を開けていったのだと思いますが、今ではありえないことでしょう。
共同生活能力が非常に落ちていて、それは未婚率の上昇や少子化とも無関係ではないように思います。
■コミュニティが失われると、脳のある部分が衰える
核家族社会といわれて久しいですが、田舎のムラ社会の濃密な人間関係は疎まれる傾向にあります。都会では親戚はもはや他人。せいぜい、やりとりをするのは親や兄弟姉妹ぐらい。一つ屋根の下に暮らしながらも、様子をうかがいながら過ごしているといった家庭もあるでしょう。家族も含め、コミュニティがとても脆弱になっているように感じます。
また、会社も終身雇用ではなくなり、上司が生意気な部下の成長を見守る、なんてことはなく、部下のほうも「自分のほうがITスキルは高い」と自負したりして、上下関係が成立しなくなっています。
多様性が叫ばれ、個人の特性を尊重する傾向は強まっていくでしょう。それ自体は否定すべきことではありません。そもそも、脳は極めて個性的で多様なものです。しかし、いきすぎた個人主義の果てにコミュニティが弱体化していくことへの危機感があります。それは何かというと、感情を育てたり矯正したりする機会の喪失――「感情系脳番地」の衰えです。
■成長も老化も遅い「感情系脳番地」
脳の成長と適応を理解するうえで必要なのは、「脳番地」という概念です。脳は場所ごとに機能が決まっています。同じ働きをする神経細胞とそれをつなぐネットワークによって、脳を区分したのが「脳番地」です。
細かく分けると脳番地は約120あるのですが、機能別では8つの系統に分類することができます。その中でも感情系脳番地は衰えにくく、老化が遅く、いくつになっても成長することがわかっています。
また、感情系脳番地は記憶系と思考系と強い連携があります。すごく楽しかったこと、とてもいやだったことが記憶に残りやすいのはそのため。気持ちがたかぶった興奮状態のときや、不安にさいなまれているときに、適切な選択ができないのも、感情系と思考系がつながっているからです。
感情系脳番地も運動系と同様、“経験”によって成長します。たくさんの人と接することによって、「あの人はこうだ」「自分はこうだ」と、自己認知を高めていきます。そして、さまざまな感情をもった人との出会いによって複雑で多様な感情があることを学びます。
他者とのかかわりの中で相手の感情に触れながら、一方で自己感情が研ぎ澄まされ、成長していくのです。また、感情系が刺激されると、記憶系や思考系も連動し、脳全体が活性化していきます。
ただ、感情系脳番地はとても成長が遅い、という残念な特徴があります。
感情を育む機会が失われているということは、感情系脳番地が育ちにくい、劣化しやすい、ということでもあるのです。
■左脳は言語化された情報を処理している
とくに顕著になっているのが、左脳の感情系脳番地の衰えです。右脳の感情系脳番地が、他者感情に関係しているのに対して、左脳の感情系脳番地は、自己感情の生成に深く関係しています。
感情系脳番地に限らず、同じ脳番地でも右脳と左脳では働きが異なります。ざっくりというと、右脳は映像系の処理を、左脳は言語系の処理を行っています。
右脳は非言語の情報をいろいろな要素から直感的に取り入れて処理する働きがありますから、環境に対して非常に適応しやすく、情報をすみやかに処理することができます。対して左脳は、言語化された情報――いわばデジタル化された情報を処理する脳です。
■右脳で他者感情を捉え、左脳で自己感情をつくる
8つの脳番地それぞれの右脳と左脳の働きは、次のようになっています。
1.思考系脳番地:思考、判断、自発的行動のきっかけ
右脳=図形や映像などの感想
左脳=具体的な答えを言語化
2.伝達系脳番地:コミュニケーション、言葉
右脳=非言語コミュニケーション
左脳=言語コミュニケーション
3.感情系脳番地:喜怒哀楽、感情表現、社会性
右脳=他者感情やその場の雰囲気をキャッチ
左脳=自己感情を生成
4.運動系脳番地:体を動かすこと全般
右脳=身体の左側をコントロール
左脳=身体の右側をコントロール
5.視覚系脳番地:目で見たことを集積
右脳=文字情報を集積
左脳=画像や映像、動くものの情報を集積
6.理解系脳番地:情報の理解・応用・見通し
右脳=図形や映像、空間などの非言語情報の処理
左脳=文字や話し言葉などの言語情報の処理
7.聴覚系脳番地:耳で聞いたことを集積
右脳=周囲の音やメロディを集積
左脳=言葉や歌詞を集積
8.記憶系脳番地:情報の蓄積、情報の活用、思い出す
右脳=映像記憶
左脳=言語記憶
■空気は読めるけど、「私の感情」がない人が多い
感情系の左右差の話に戻りましょう。
左脳の感情系脳番地は「自分は○○だ」と言語化できる感情をつくり、自己感情を具体的な行動へとつなげていく役割をしています。
一方、右脳の感情系脳番地は、言葉ではなく、声や表情、ジェスチャーなど漠然とした情報から感情を受け取ります。10年ほど前によく言われた「空気を読む」というのは、この右脳感情系脳番地と視覚系脳番地の働きが関係しています。
右脳で生じたぼんやりした気持ちは、左脳を介して言語化されます。左脳によって、「これはこういうことだ」と自分の言葉に変換されてはじめて、「私の感情」が確認できるのです。
興味深いことに、これだけ言語化された情報があふれている世の中にもかかわらず、今、左脳の感情系脳番地が発達していない人が増えています。
ほとんどの人が右脳の感情系脳番地、つまり周囲の空気を察する脳だけが少し発達していて、自己感情を生む左脳の感情系が育っていません。デジタル化の中で、左脳の感情系の成長が置いてきぼりになっているのです。
■「いい人」に見えて、他人に合わせているだけ
左脳感情も右脳感情もバランスよく成長している人は、周囲に気を配りながらも自分自身のことも尊重でき、自らの意思で行動することができます。一方、左脳感情が弱い人は、「私の感情」が生まれません。当然、「楽しい!」「嬉しい!」と思えることが少なくなり、「なんとなく」さまざまなことを受け入れたり、行動をしたりしてしまいます。
たとえ、「楽しい」という気持ちが芽生えたとしても、他者感情に同調しているにすぎない場合が多くなります。その結果、一見、能動的な選択でもそこに自主性はなく、自分の人生がどこか他人事になってしまうのです。
また、周りのことを気にしすぎて、自分が出せなくなることもあります。右脳感情と左脳感情の差が大きくなると、周囲に対し過剰なまでに気を取られ、それがストレスとなって蓄積します。
右脳――他人の感情を察知する共感力が高いので、職場や学校でも周りの意見を尊重し、気配りができる「いい人」が、じつは自己感情がないがゆえに、他人に合わせているだけ、ということもあります。
■「私は私でいい」と受け止めることが必要
・人からどう見られているか気になって仕方がない。
・「どうしたい?」と聞かれるのが苦手。
・自分から、「やりたい!」「やろう!」と動くことがほとんどない。
・自分に自信がなく、小さなことでも不安を覚える。
・とくに楽しみもなく、表情が乏しい。
こうしたことに心当たりはありませんか?
このタイプは、多かれ少なかれ、自分のことがよくわからなくなります。私のクリニックにも、「何をしたらいいかわからない」という30歳を超えた方が相談にやってきます。
いわば、「自己感情」にぽっかり穴が開いている状態。他人の感情に対しては過敏なのに、自己感情が育っていないのです。
あるいは、自己感情の居場所が少なくなっているのかもしれません。「あなたらしさ」は誰もがもっています。「私は別に普通だし」と言う人でも「あなたらしさ」はあります。なぜなら、脳は一人ひとり、すべて違うからです。
しかし、それが周囲の環境もあって自覚できなかったり、肯定的に受け止められなかったりすることが問題なのです。もともと日本人は謙虚であることを是とする国民性ですが、己を否定すること、認めないことは謙虚でもなんでもありません。
「私は私でいい」という思考が必要なのだと思います。ただし、家にこもって「自分はこのままでいい」と言っているのは、自分を認めることとは違います。自己感情を自分で受け止めるためには、自分のことを(ある程度)正しく知ることが不可欠だからです。
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脳内科医
昭和大学客員教授。医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。MRI脳画像診断・発達脳科学の専門家で、脳を機能別領域に分類した脳番地トレーニングや脳科学音読法の提唱者。1991年に、現在世界700カ所以上の施設で使われる脳活動計測「fNIRS(エフニルス)」法を発見。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事。ADHD、コミュニケーション障害など発達障害と関係する「海馬回旋遅滞症」を発見。著書に『1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き』(ダイヤモンド社)、『アタマがみるみるシャープになる!! 脳の強化書』(あさ出版)、『一生頭がよくなり続ける すごい脳の使い方』(サンマーク出版)など多数。
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(脳内科医 加藤 俊徳)
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