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なぜ「電動化を実現する」と断言できないのか…日本の自動車産業が「EV敗戦」を目前に控える根本原因

プレジデントオンライン / 2023年8月3日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/UniqueMotionGraphics

海外の自動車メーカーはEV転換の動きを強めている。ジャーナリストの山田順さんは「EV一本化の流れに日本勢だけが乗れていない。政府は自動車の電動化に対して、『遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車新車販売で電動車100%を実現できるよう包括的な措置を講じる』としていて、『実現する』と断言できずにいる」という――。

※本稿は、山田順『地球温暖化敗戦 日本経済の絶望未来』(ベストブック)の一部を再編集したものです。

■世界三大モーターショーの舞台は中国へ

かつて世界には「三大モーターショー」と呼ばれる自動車の新車モデルのお披露目を中心とした一大イベントがあった。このイベントに合わせて、世界の自動車メーカーは開発を急ぎ、プレゼン、プロモーションに力を入れてきた。

その三大モーターショーとは、ドイツの「フランクフルト・モーターショー」(奇数年)と「ハノーバー・モーターショー」(偶数年)、デトロイトの「北米国際オートショー」(毎年)、日本の「東京モーターショー」(毎年)だった。

しかし、時代は変わった。いまや、フランクフルト&ハノーバー、デトロイト、東京は輝きを失い、中国のモーターショー、「北京国際モーターショー」と「上海国際モーターショー」(北京、上海と交互に開催)および「広州モーターショー」(毎年)のほうが、はるかに盛況になった。

その理由は、中国が世界一の自動車市場になったからだ。中国の自動車市場の規模は、すでに第2位のアメリカ市場のほぼ倍に達している。したがって、中国市場で売れるか売れないかが、自動車メーカーの雌雄を決することになった。

■関係者たちが注目したのはEVの新車モデル

しかし、もう一つ、大きな理由がある。それはいま、自動車が従来の「ガソリン車」(Gasoline Vehicle)から「EV」(Electric Vehicle:電気自動車)、に大きくシフトチェンジすることになり、その最重要の舞台が中国だからである。つまり、地球温暖化が自動車産業の地図まで塗り替えつつあるのだ。(*)

*ここでいう「EV」は「BEV」(Battery Electric Vehicle:バッテリー電気自動車)のことです。この後、2つの表記が混在します

このような状況のなかで、2023年の上海国際モーターショーは、4月18日から27日まで10日間にわたって開かれた。この期間中、世界中から大勢の関係者、自動車ファンが訪れ、会場は毎日人があふれる大盛況となった。中国では、前年までゼロコロナ政策を取っていたので、ほとんどのイベントは中止されていた。したがって、2023年の上海国際モーターショーは、中国国内はもとより、世界中の関係者が待ちに待ったものだった。

そんななかで、もっとも注目されたのが、やはりEVの新車モデルだった。

■若者向けの低価格車を展開するBYDが人気

会場を取材して帰国した知人のモータージャーナリストは、私にこう語った。

「予想どおり、完全にEV一色でしたね。まさに世界のEVのお披露目会といった雰囲気でしたが、そのなかでも中国EVが断然の人気を集めていました。日本もトヨタが2車種、ホンダが3車種などといった具合で、EVの新車を出していましたが、人はそれほど集まっていませんでした」

中国EVのなかでのいちばんの人気は、やはり「BYD」(比亜迪:ビーヤーディ、BYDは「Build Your Dream」の略)だったという。BYDは昨年から若者向けの低価格車に力を入れてきたので、これが人気に拍車をかけたという。

もちろん、中国のほかのEVも人気で、「NIO」(蔚来(ウェンライ))、「Xpeng」(小鵬(シャオペン))、「GW」(長城(チャンチェン))、「Li」(理想(リーシャン))、「Geely」(吉利(ヂィリィー))、「Chery」(奇瑞(シールイ))などのブースは、どこも人でごった返していたという。

比亜迪
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

■「日本勢もEV転換を急がないとやられてしまう」

彼は、2022年12月のバンコクの「タイモーターエクスポ」にも取材に出かけており、そこでBYDの大攻勢を見て、「これは日本勢、相当まずいですね」と、私に伝えてきた。タイは新車販売台数のランキングは、トップ5までみな日本車で、そのシェアは9割を超えている。まさに日本車の「金城湯池(きんじょうとうち)」で、ダントツのトップはトヨタである。

ところが、そのトヨタと同じスペースでBYDがブースをつくり、トヨタ以上の客を集めていたのを見て、彼は驚いたというのだ。BYDは、2023年1月から日本でも販売を始め、アジア全域で攻勢をかける戦略に出た。

「タイもいずれEVになりますね。政府が昨年から振興策を充実させていますから、日本勢もEV転換を急がないと本当にやられてしまうと思いますね」

今後、EVが世界でどれだけ伸びていくのかはわからない。市場(消費者)次第だからだ。しかし、地球温暖化対策としてクルマの電動化が打ち出され、米欧中で「EV一本化」の流れがつくられている。これは、極めて政治的なものだが、そうなった以上、このままEV市場が拡大していくと考えるのが自然だろう。

■トヨタは全方位戦略で遅れを取り戻せるのか

ところが、この流れに日本勢だけが乗っていない。トヨタは社長が交代したにもかかわらず、全方位戦略を捨てていない。2023年4月に就任した佐藤恒治社長は、BEVに関して「2026年までに新たに10モデル年間150万台」という販売目標を掲げたものの、「トヨタはマルチパスウェー(全方位)でやっていく」と明言した。

それは、「EV」(BEV)もやる。「HEV」(Hybrid Electric Vehicle:ハイブリッド車)も「PHEV」(Plug-in Hybrid Electric Vehicle:プラグイン・ハイブリッド車)もやる。「FCV」(Fuel Cell Electric Vehicle:燃料電池車)も従来のガソリン車もやるというものだ。

豊富な資金と高度な技術を持ったトヨタだから、BEVの遅れを取り戻すことは可能だという見方がある。しかし、後発者がほぼゼロから、すでに市場をつくってしまった先発者を捉えることは、これまでほとんど例がない。

しかも、BEVはクルマとはいえ、電子機器である。ガソリン車とはまったく違うものと考えなければならない。スマホは電話が進化したのではなく、コンピュータが電話機能を持って小型化したものである。これと同じで、BEVは従来のクルマの概念で捉えるべきではない。

■“電脳マシン”を作るにはソフト開発が重要

クルマの電動化によって訪れたシフトチェンジは、近年、「CASE(ケース)」と言われるようになった。「C」は「Connectivity」で接続化、「A」は「Autonomous」で自動化、「S」は「Shared&Service」で「シェア化&サービス化」、「E」は「Electric」で電動化。

インターネット、AI、5G、クラウド、IoTなど、さまざまなテクノロジーの進展のなかで、クルマは「CASE」の方向で進展を遂げていかねばならないというのだ。

となると、BEVは従来のクルマのように単体で存在している“走るマシン”ではなく、常時ネットに接続された“電脳マシン”である。つまり、ハードよりソフトのほうが重要であり、ソフトウェアの開発が鍵を握ることになる。そして、その中枢を担うのがOSである。

しかし、従来の自動車メーカーは、こうしたソフト開発が苦手である。トヨタはソフト開発がとくに弱い、苦手だと指摘する専門家がいる。

■これまで外注に頼ってきたため人材がいない

「トヨタは4年おきのモデルチェンジというサイクルでクルマをつくってきました。このサイクルはBEVには適しません。ソフトは常に開発・更新し続けていかねばなりません。ところが、トヨタにはソフトをつくれる人材はほとんどいないんです。これまでソフトはすべて外注でやってきたからです」

BEVは、ハード面から見ると、ガソリンエンジンという内燃機関を搭載したクルマよりはるかに簡単にできる。いまやどんな機械でも、ハードはコモディティ化されているからだ。しかし、ソフトとなるとそうはいかない。

トヨタは、次世代の車載OS「Arene」(アリーン)を子会社のウーブン・バイ・トヨタをとおして開発中だが、その実用化目標は2025年で、実際にBEVに搭載するのは2026年になると発表している。

トヨタは日本の大企業の例にもれず、広大な裾野に下請け企業、提携企業を多数かかえている。つまり、下請けや提携企業への外注で成り立っている。OSもそうだが、多くのソフトの開発は、パナソニックなどの車載器メーカーに発注してきた。これがBEV開発ではネックになる可能性がある。

トヨタが失速する近未来を想像すると、胸が痛くなる。そのとき日本は、「ものづくり大国」の看板を下ろさなければならないからだ。

トヨタのロゴ
写真=iStock.com/josefkubes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/josefkubes

■世界各国は着々とEV転換を進めている

すでに世界は内燃機関車(ICE:Internal combustion engine)の新車販売を2035年までに全廃する方向で動いている。この法制化が、各国で進んでいる。

EU議会は、2023年2月14日、「e-fuel」(イーフューエル:合成燃料)を例外としてICE車の新車販売を2035年までに事実上禁止する法案を採択した。この法案は、EU委員会が2021年7月に提案し、EU各国とEU議会が基本合意していた。新車のCO2排出量を2030年に2021年比で55%削減することも盛り込まれた。

EUのEV一本化政策で、VW、アウディ、ベンツなどのドイツの自動車メーカーは、どこもEV転換を急いでいる。アメリカもIRA法によってEV補助が強化されたため、GM、フォードなどアメリカのメーカーはもとより、世界中のメーカーが早期のEV転換を目指すようになった。中国については、2030年にはEV化率50%以上は確実に達成されるだろう。

■日本の「2035年電動車100%」はマヤカシ

日本政府もすでに、2035年までに新車販売を100%電動車にする方針を発表している。しかし、この“電動車”には、HEV、PHEV、FCVも含まれている。しかも、宣言文である「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」は、次のように書かれている。

《遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車新車販売で電動車100%を実現できるよう包括的な措置を講じる》

「実現する」ではなく、「実現できるよう包括的な措置を講じる」である。これでは、日本の政策はマヤカシではないかと思われても仕方あるまい。

こうした日本政府のカーボンニュートラルに対する姿勢が、トヨタをはじめとする日本メーカーに「全方位戦略」を取らせてしまったと言えるだろう。

■日本の自動車産業の「EV敗戦」は確実か?

トヨタは日本を代表する世界企業であり、日本企業が軒並み輝きを失うなか、ただ1社残った大エクセレントカンパニーである。

かつて日本企業の最盛期とされた1989年、世界の時価総額ランキングで、日本企業はトップ10に7社、トップ50に32社もランクインしていた。それがいまやトップ10にはゼロ、トップ50にやっとトヨタ1社が入っているだけだ。

「フォーチュン・グローバル500」(FG500)の2022年版では、500位以内にランクインした日本企業は47社。1位の中国136社、2位のアメリカ124社の3分の1弱に過ぎなくなった。

もしトヨタまで輝きを失ったら、日本経済は本当に大きく傾いてしまう。

これまでの「失われた30年」で、「ものづくりニッポン」は、数々の敗戦を喫してきた。家電敗戦、半導体敗戦、PC敗戦、液晶敗戦、スマホ敗戦など、挙げていけばキリがない。この先、自動車産業まで敗戦を喫してしまうのだろうか?

山田順『地球温暖化敗戦 日本経済の絶望未来』(ベストブック)
山田順『地球温暖化敗戦 日本経済の絶望未来』(ベストブック)

こんな状況になったのは、トヨタという一企業、自動車産業という一業界の問題ではない。政治の問題である。この国を動かす政治家と官僚に、未来を見据える力がなかったうえ、判断力、決断力、実行力、行動力が欠けていたからだ。

未来を見据えた明確な制度の下で、できるかぎり早く動くほど、国際競争では有利になる。後から動くほど、大きな負担を強いられる。

パラダイムシフトが起こっているときは、それにいち早く対応していくほかない。変化しなければ生き残れない。地球温暖化は、国家、企業、個人に「変化すること」を強いている。まだ時間は残されているとは思うが、このままなにもしなければ、日本が世界に誇った自動車産業の「EV敗戦」は確実に訪れるだろう。

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山田 順(やまだ・じゅん)
ジャーナリスト、作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、光文社に入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年、『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長を務める。2010年より、作家、ジャーナリストとして活動中。主な著書に、『出版大崩壊』(文春新書)、『資産フライト』(文春新書)、『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP研究所)、『永久属国論』(さくら舎)などがある。翻訳書には『ロシアン・ゴットファーザー』(リム出版)がある。近著に『コロナショック』、『コロナ敗戦後の世界』、『日本経済の壁』(MdN新書)がある。

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(ジャーナリスト、作家 山田 順)

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