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6回連続で"正解"しないと最初からやり直し…米アマゾンプライムの解約が「複雑すぎる」と問題視されるワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月2日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NoDerog

■アメリカの政府機関が米アマゾンを訴えた

米Amazonの有料会員制度であるAmazon Primeについて、米連邦取引委員会(FTC)は6月、退会の困難さを問題視。消費者の明確な同意なしに不当に料金を請求し、通商上の欺瞞(ぎまん)行為を禁じたFTC法第5条に違反したとして、米シアトル連邦裁判所に提訴した。

入会は注文時に1~2クリックで完了するが、退会時には「退会」ボタンを押しても延々と引き留め工作のページが表示されるなど、退会の意思を妨げていると指摘している。

この複雑なプロセスは意図的に設けられたもので、米Amazon社内では引き留め工作の一連のプロセスを、長大な叙事詩の名にちなみ、「イリアス」のコードネームで呼んでいた。4月に一部改善されているものの、以前は解約時には最低4ページの遷移、6回のクリック、15のオプションの検討が必要という複雑さだった。

FTCは退会が「故意に」複雑な操作となっているほか、意図せず入会されてしまう仕様も問題視。訴状を通じ、Amazonがユーザーの誤操作を誘発する紛らわしい画面設計の「ダークパターン」を用い、「何百万人もの消費者を騙(だま)して」加入させたと指摘している。

FTCによるとAmazonプライムは世界最大規模のサブスクリプション・サービスであり、年間250億ドル(約3兆5000億円)の収益を同社にもたらしている。

■特典を充実させ、値上げを繰り返してきた

Amazonプライムは無料配送を中核とした、会員制のサブスクリプション・サービスだ。月額14.99ドル(約2100円)、あるいは年額139ドル(約1万9700円)を支払うことで、配送料の免除や会員限定セールへの参加資格の付与など、ショッピング面でのさまざまなメリットが用意されている。アメリカでは傘下の食料品店・ホールフーズでの買い物をすると、割引を受けることも可能だ。

これに加え、無料のメディア配信サービスが付帯する。映画やドラマをストリーミング配信する「Prime Video(プライム・ビデオ)」、雑誌から実用書までを電子書籍で提供する「Prime Reading(プライム・リーディング)」、1億曲をデジタル配信する「Amazon Music Prime(アマゾン・ミュージック・プライム)」などの各種コンテンツを、追加料金なしで利用可能だ。

2005年には年間79ドル(現在のレートで約1万1200円)だったが、サービス拡充に伴い値上げを繰り返し、現在の価格は当時より75%増しとなっている。ちなみに日本でのプライム会員の価格は、月払いの「月間プラン」で500円、「年間プラン」では4900円(いずれも税込み)となり、物価の差を差し引いても割安だ。

■FTC「意図せず加入させ、消費者を欺いた」

多様なサービスを一括提供するAmazonプライムだが、その入会と退会の手法が問題となった。FTCは訴状を通じ、「被告・Amazon.com, Inc.(以下“Amazon”)は長年にわたり、数百万人の消費者を故意に欺き、同社のAmazonプライム・サービスに意図せず加入させてきた(“同意なき入会者”あるいは“同意なき入会行為”)」と指摘する。

FTCの訴状より
FTCの訴状より

訴状は入会プロセスの具体例を図示し、「ミスリードする言い回しや(ユーザーを誤解させて)操るようなデザイン」などを意図的に用い、顧客の同意を得ないままプライムに加入させたと指摘している。

例としてスマホ端末からの注文時には、小さな画面を縦に2分割し、左側に「プライム加入なし」、右側に「プライム加入特典」の選択肢を表示。ところが、この2つの欄の下半分を覆い隠すようにして、「無料の2日後配送をプライムで」のボタン付きの画面を重ねていた。

本来の左右2つの選択肢を選ぶためのボタンは、下に半分隠れた状態の画面をスクロールしなければ表示されない状態だった。また、左側の「プライム加入なし」を選択したいユーザーが、その上から被(かぶ)さっている「無料の2日後配送をプライムで」のボタンを誤ってクリックしやすい設計にもなっていた。

別の画面の上部には、「30日間のプライム資格を無料でオファーします」と大々的に表示され、「無料で」を大文字で強調。その下に小さく、無料体験期間の終了後は月あたり14.99ドルが請求される旨が添えられていた。FTCはまた、キャンセルしない限り毎月料金が繰り返し請求される旨が不明確であった点も問題視している。

スマホ端末以外では、同社の映像出力端末のFire TV StickやFire TVを通じてプライムへの加入ができるものの、同端末だけでは解約できない仕様となっていた。

■従業員は解約プロセスを「迷宮」と呼んでいる

入会だけでなく、退会時にも問題が潜む。訴状は、「長年にわたりAmazonはまた、会員資格の終了を望むプライム会員の解約プロセスを意図的に複雑化してきた」と述べ、退会の難易度の高さを問題視している。FTCからの「著しい圧力」を受けてAmazonは、訴訟前にすでに解約プロセスを一部簡略化しているものの、これ以前のシステムにおいてはより顕著だった。

訴状は、「プライムの解約プロセスの主たる目的は、会員がキャンセルできるようにすることではなく、むしろ阻止することであった」と厳しく指摘。解約プロセスの複雑さは、Amazon社内でも認識されていたようだ。紀元前ギリシャの詩人・ホメロスによる、長く終わりのないトロイア戦争を描いた叙事詩『イリアス』にちなみ、社内では「イリアス・フロー」と呼ばれていた。

FTCはまた、Amazonの解約プロセスは「ラビリンス(迷宮)」の状態であったとも形容している。解約手続きのページに進むと、最終的な解約ページに至る前に、複数の中間ページを経由することを強いられる。

それぞれのページには「特典を維持」「あとで通知」「年払いへ変更」などの紛らわしいボタンが配置されており、うち正しい1つを選ぶことで1つ先のステップへ遷移。その先の各ページでも複数の選択肢が提示され続ける。意図しないものをクリックすると、その時点で解約プロセスを離脱するしくみになっていた。

アマゾンのウェブサイトのメインページ
写真=iStock.com/alxpin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alxpin

■「送料無料」「30日間無料」で気軽に入会できる

FTCによる圧力を受け、Amazonはキャンセル手続きの導線を改善した。だが、現在もプラン解約には多くのステップを踏まなければならない。日本のサイトの例を見てみよう。

はじめに、プライム会員への加入は、非常に簡単だ。初回は支払い方法などの入力が必要となるが、特に紛らわしい導線や、入会を中断させる要素は設けられていない。加入から30日間は無料で体験できることから、心理的に気軽に試用しやすい。

また、プライム未加入の場合に課される送料も、プライム会員に試験的に加入しやすい誘因となっている。注文金額が2000円に満たない場合、本州・四国では410円、それ以外の地域や離島では450円の送料が発生する。

一部地域では当日配送に610円かかるが、これらはすべてプライム会員には無料で提供される。まずは送料の節約もかねて無料で体験し、頻繁に使わないようなら後日キャンセルしようという考えが働きやすい。

■解約には今も6回のクリックが必要

ところが、実際にキャンセルするとなると、顧客を引き留める何重もの手段が講じられている。サイトからキャンセル手続きへ進むと、場合によってはまずは30日間の無料期間が追加で提示される。

見方によっては、プライム特典を十分に活用できなかった顧客への救済手段とも捉えられよう。しかし、指定期間内に再び同じページに戻ってキャンセルしなければ、有料会員へと自動的に移行する。有料期間への移行前に明確にキャンセルの意思を示した顧客に対し、再びキャンセル忘れの機会を設けている印象を帯びる。

こうした無料期間延長のオファーは一部顧客にのみ提示されるが、そうでない最短ルートで解約に至るケースでさえ、キャンセルの手順は複雑だ。最も少ないケースでも、1回のマウスオーバー(特定のメニュー項目にマウスポインタを当てること)と6回のクリックを必要とする。

その過程で表示される中間ページには、黄色地に黒文字の目立つボタンが複数配置されている。多くは、クリックしてしまうと解約以外の選択肢へ誘われ、解約手続きが中断されるものだ。顧客がキャンセルの意思表示をすることを不当に妨げているとするFTCの主張にもうなずける。

■正しいボタンを選ばないとページにたどり着けない

具体的には、キャンセル手続きの最初の画面へ進む前に、あたかも最終確認であるかのように2回のクリックを必要とする。遷移先の画面では、これまでいくらの配送料が無料になったかを強調し、プライムの利点を再確認させる。その他、プライム特典に含まれるサービスを確認できるリンクも添えられているが、興味を持ってこれをクリックすると、キャンセル手続きのフローから離脱する。

元のページに戻ると、その末尾には、2つのボタンが並列に表示されている。キャンセル画面のはずだが、第1の選択肢は「特典と会員資格を継続」となっている。すでにキャンセル手続きへと進んでいる顧客に対し、継続を第1の選択肢として示すことは不親切だ。

ここで正しいボタンを選択したとしても、別画面へと遷移し、より安価な年間プランへの移行案が提示される。さきほどは第2の選択肢をクリックすることでキャンセル手続きを進められたが、今度はボタン順が逆に設置されている。第2のボタンをクリックすると「会員資格を継続する」を選択したことになり、キャンセルの手続きは中止される。

最終ページでは再び、最も目に付きやすい色つきの選択項目として、「会員資格を継続する」を勧められる。キャンセル後は配送料が有料化され、限定セールへの参加資格がなくなるなどデメリットを強調する文言が並び、そのうえで「一時停止」のオプションが用意されている。

■アマゾンを狙い撃ちにしたバイデン政権の狙い

だが、このオプションでは会費の請求が一時停止されるものの、プライム会員を完全に終了することはできない。ただしい手順は、画面の最も下に設置された「特典と会員資格を終了」ボタンを選ぶことだ。手軽に試用できる加入時と比べ、引き留め工作が張り巡らされた退会の難易度は高い。

ニューヨーク・タイムズ紙はFTCによる本訴訟を報じ、「プライム会員を解約するのがどれほど難しいかについての疑念が、近年高まっている」と指摘。FTC以前にも2021年、消費者保護団体の電子プライバシー情報センターがコロンビア特別区検事総長に宛てた訴状のなかで、「Amazonプライムを解約しようとするユーザーの意図を妨げる」目的で不適切な画面設計を行っていたと主張していた。

米金融サービス企業のD.A.デビッドソンのトム・フォルテ役員は、ロイターに対し、ほかの小売業者やサブスクリプション・サービスでも解約が難しい例が多いと指摘。ロイターはAmazonに焦点を絞ったFTCの今回の動きは、影響力を拡大する米IT大手の市場支配力を抑制するバイデン政権の施策のひとつであると指摘している。

米国会議事堂前のアメリカ合衆国の旗
写真=iStock.com/rarrarorro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rarrarorro

一方、Amazonの広報部門は米CNETに送付した声明のなかで、FTCの主張を否定した。「FTCの主張は事実としても法的にも誤っている」と述べ、改善に向けた議論が社内で進行しているさなかにFTCが訴訟に踏み切った点を不服としている。

■企業に「誠実さ」が求められている

今回はIT界の最大手のひとつに挙げられるAmazonに焦点が当たったが、より小規模な企業やサービスにおいても、解約手続きを不当に難しくする例はしばしば見られる。誤解しやすい配色やボタン配置をあえて採用し、ユーザーに誤った箇所をクリックさせる、ダークパターンと呼ばれる設計もそのひとつだ。

これまでこのような事例は、紛らわしいが不当とまでは断言できないグレーゾーンとしてはびこってきた。FTCの訴訟は、企業が消費者に対して誠実なビジネスを行う必要性を示した、画期的な例と言えるだろう。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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