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なぜ「店長で年収4607万円」が可能だったのか…「アメとムチ」で社員を支配したビッグモーターの強権経営

プレジデントオンライン / 2023年8月3日 11時15分

ビッグモーター半田店(写真=HQA02330/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

中古車販売大手のビッグモーターをめぐり、保険金の不正請求など複数の不祥事が相次いで報じられている。企業アナリストの大関暁夫さんは「不祥事の背景には『行き過ぎた拡大戦略』『監理規制の不備』『損保会社との関係性』という3つの問題がある。このままでは再生への出口は見えない」という――。

■不祥事に直結した「3つの根源」

中古車販売大手のビッグモーターによる保険金の不正請求問題が、大きな波紋を呼んでいます。独自のビジネスモデルで急成長を遂げ、現在全国に300店舗、従業員6000人、年商7000億円で業界トップに君臨している同社は、どこで道を踏み外してしまったのでしょうか。筆者は、業界の特性、同社の組織風土、そして、そのビジネスモデルに、不祥事に直結した3つの大きな根源があったとみています。

まず、中古車販売の業界的な特性から説明します。中古車販売のビジネスモデルは、その名の通り中古車を買い取り整備の上、利益を乗せて再販するという、至って単純なものです。主な販売先の違いで、大きく2種類に分けられます。

主に業者専用のオークション会場で販売する「オークション販売」と、自社で直接客に販売する「自社直販」です。前者は在庫負担が比較的少ない代わりに、業者向け販売でかつ仲介手数料がかかるので利幅が小さくなります。後者は直販であるがゆえに、折衝次第で利益の上乗せが可能ですが、集客のための店舗整備や宣伝広告にコストがかかります。ビッグモーターは主に後者です。

■薄利多売のビジネスモデルで、急速な店舗網拡大

10年ほど前までこの業界の直販粗利は20%前後あったと言われていますが、ネットでの一括見積が当たり前になったことで同業者間での値引き競争が激化し、今は10%~15%というのが実態なのです。そのような状況下にあってビッグモーターは、どこの店も大量展示を原則とした大型店舗を構え、また有名タレントを使ったメディア広告も積極的に展開するなど、ランニングコストは業界内でも飛び抜けて高かったと思われます。

まさに薄利多売のビジネスモデルです。このビジネスで右肩上がりの成長を目指すためには、多売を加速度的に増やす必要があり急速な店舗網拡大を仕掛けることになるのです。ビッグモーターにおける業容拡大に関するひとつの大きな転機は2005年、関西圏の中古車販売大手で東証二部上場企業ハナテンとの資本業務提携でした。派手なCM展開で集客を図って売り上げを伸ばす手法は、ハナテンに学んだともいえます。16年にはハナテンの株式を100%取得して完全子会社化し、これを機に出店ペースが急速に上がっています。

■歯車の狂い始めは、修理・整理部門に対する目標設定

この時期の投資に次ぐ投資と人員増加による人件費の激増および在庫負担増で、薄利多売ビジネスだけでは成長曲線を描きにくくなり、同社がとった戦略が修理・整備と保険で稼ぐというものだったのです。保険は中古車販売と抱き合わせでの自賠責保険、任意保険の代理店としての手数料収入だけでなく、大手損保会社への保険仲介の見返りとして大量の事故車両の修理斡旋を受け収益につなげる、というビジネスモデルへの転換でした。

歯車の狂い始めは、修理・整理部門に対する修理1台あたりの工賃と部品粗利の合計への目標設定です。社内では修理1台あたりの工賃と部品粗利の合計を「アット(@)」と呼び、具体的には1台14万円がその最低目標値とされていました。

メカニックガレージで車のエンジンに取り組む自動車整備士
写真=iStock.com/Kunakorn Rassadornyindee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kunakorn Rassadornyindee

■利用者心理を巧みについた不当修理

そもそも、事故車修理の修理金額に目標を設定するという考え方自体が謎すぎます。修理金額というもの自体、本来傷の状態で決まるものであり、修理請負側が勝手に決められるものではありません。となれば軽微な傷の修理でも目標値に届かせるためには、必要のない修理まで行う必要が生じるわけで、ここに今回の不祥事の構造的な原因の入り口があったといえます。

常識で考えれば、軽微な傷の修理に想定外に高い金額請求があれば、トラブルが発生するという流れもあったでしょう。しかし、それを最小限に抑え不当修理を可能にしたのが、損害保険の利用だったのです。

保険を利用して修理をすれば、基本的に持ち主の腹は痛まないわけで(もちろん後々、保険等級の低下での保険料アップ負担は生じます)、その場はやり過ごされやすいという利用者心理を巧みについたものでもありました。いずれにせよ、事故車修理の金額に目標を設定するような無理が生じた根本原因は、薄利多売ビジネスの行き過ぎた拡大戦略に相違なく、一大不祥事のひとつ目の根源はここにあったといえるのです。

■悪事に手を染めてでも上の指示に従ったほうが得

不祥事ふたつ目の根源は、ビッグモーターの粗暴な企業マネジメントを野放しにしてきた監理不在経営です。既に多くのメディアで取り上げられているように、オーナー経営の同社は創業者である兼重宏行社長(7月26日付で辞任)とその長男の宏一副社長(同日辞任)の絶対君主経営の下で、かなりの強権経営がされていたといわれています。

社員全員に配られていた「経営計画書」からも、「会社と社長の思想は受け入れないが仕事の能力はある。今、すぐ辞めてください」「指示されたことは考えないで即実行する。上司は部下が実行するまで言い続ける」「経営方針の執行責任を持つ幹部には、目標達成に必要な部下の生殺与奪権を与える」等々、恐ろしいほどの封建的管理がうかがわれます。

これほどの強権経営が成り立っていたのは、上の言うことを聞いて実績を積み重ねれば業界として常識的にはありえないほどの高給を得ることができたからです。以前、同社のホームページにアップされていた採用情報には、「具体的な収入例」として「営業職年収2237万円」「営業職(店長)年収4607万円」「整備士年収946万円」「整備士(工場長)年収1494万円」と記載されていました。まさに“アメとムチ”で社員を意のままに動かしていたことが分かります。

このような常識外の高給をちらつかせることで、悪事に手を染めてでも上の指示に従ったほうが得になってしまっていたことが十分考えられるのです。

並んで展示されている中古車
写真=iStock.com/deepblue4you
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deepblue4you

■会社法上の「大会社」に対する監理規制の不備

従業員6000人、年商7000億円もの大企業でなぜ、このような非常識経営がまかり通っていたのでしょうか。それはビッグモーターが非上場企業であった、その一点に尽きます。今回の不祥事に関する特別調査委員会の報告書によれば、同社は負債総額の点で会社法上の「大会社」に分類されるとのことです。

しかし非上場で同族の少数株主しか存在しない同社に対し、会社法で義務付けられている監理規制は上場企業に比べ圧倒的に少なく、実質的に取締役会設置でクリアできる内部統制組織の整備義務と、監査役および会計監査人の設置ぐらいのものなのです。

しかも調査書によれば、ビッグモーターでは取締役会が開かれた形跡がなく、監査役は1人しかいない上に月に1、2カ所のわずかな店舗をヒアリング訪問するのみで、およそ業務監査の役割を果たしていたとはいえないレベルであったのです。

従業員も多く、大手損保会社とも年間200億円を超すといわれる莫大な取引があって社会的影響力が大きい同社のような「大会社」に対し、このようなガバナンス不全が放置されていることは由々しき問題です。問題を大きくした要因のひとつに会社法上の「大会社」に対する監理規制の不備があるのではないかという点は、強く問題提起しておきたく思います。

■損保会社との「持ちつ持たれつ」の関係

そして3つ目の根源は、問題をより悪化させた損保会社との持ちつ持たれつの関係です。ビッグモーターは損害保険会社の代理店として、中古車を販売した際の自賠責保険の紹介をします。一方の損害保険会社としては、保険契約者から事故報告があった際にその修理工場としてビッグモーターを紹介する、という関係もあります。すなわち双方にとって双方がお客様であり、ビッグモーターはその関係を利用して、各損害保険会社からの修理紹介の量に応じて保険の紹介を振り分けてきたといいます。

1台14万円の修理目標を達成すべく不当に上乗せされた修理が、本来であれば損保会社によって早期に発見、排除されていなくてはおかしいのですが、それがなされていませんでした。特に損保ジャパンは2011年以降、37人もの出向者を出して(中には事故車の修理を担当する板金塗装部門の担当部長を務めた出向者もいました)、内部事情もある程度分かっていながらです。損保ジャパンに関しては、疑惑が本格化した22年6月に大手損保3社が修理斡旋をストップしたものの、同社だけは翌7月には斡旋を再開しており不透明感が拭えません。

ビッグモーターの店舗で立ち入り検査をする国土交通省の職員=2023年7月28日午前、さいたま市緑区
写真=時事通信フォト
ビッグモーターの店舗で立ち入り検査をする国土交通省の職員=2023年7月28日午前、さいたま市緑区 - 写真=時事通信フォト

■「厳しい指導」が下される可能性が高い

損保ジャパンがビッグモーターの不正を知りながら、自社の商売を優先して目こぼしをしていたならば、これは由々しき問題です。本来不正を早期にストップできたはずが、それをせずに契約者に対して保険等級低下による保険料アップなど不利になる取引を黙認していたわけですから、それは保険契約者に対する重大な裏切り行為であり、絶対にあってはならないことだからです。損保ジャパンによる外部調査に加え、金融庁も調査に動き出しており、まずはその行方を見守りたいと思います。

それでは、今後のビッグモーターがどうなるのでしょうか。まず国交省が動き始めたことで車両整備に対する厳しい指導が下されることは確実です。ことの悪質さから考え、各工場の処分は道路運送車両法違反での民間車検場の指定および工場の認定取り消しという、最も重いものが想定されます。指定取り消しの場合、最低2年間は再取得できないので、そうなると車検事業は廃業もありえるでしょう。

さらに、損保業界との関係も微妙です。既に癒着疑惑渦中の損保ジャパンはビッグモーターの代理店契約取消を発表しており、他の損保各社もこれに追随する可能性が高いです。大量の紹介案件をつないできた損保会社との取引がなくなれば、修理・整備ビジネスの大幅な縮小と保険代理店業務の消滅が余儀なくされます。

■兼重親子が資本を握ったまま本気の改革ができるのか

このような展開になった場合、中古車販売の薄利多売を埋め合わせするために無理な拡大を図ってきた修理・整備事業そのものが、この先立ちいかなくなる可能性が大きいのではないでしょうか。

すなわち、同社は実質的に中古車販売に専念せざるを得なくなるのではないかと思われ、現状の店舗網と雇用を維持していくのが厳しくなることも想像に難くありません。そうなった時に規模縮小でどこまで持ちこたえられるかですが、今般の不祥事でのイメージダウンもあり、かなり厳しい状況が待ち受けていることは間違いないでしょう。

問題発覚後、創業家は辞任してもその息がかかった元専務を後任トップに据え、資本は引き続き彼らががっちり握ったままのビッグモーターにどこまで本気の改革ができるのか、この点はいささか疑問です。

保険金不正請求だけでなく、組織内のパワハラ、街路樹枯死の器物損壊など問題続出で、このままでは廃業、倒産までありえるでしょう。常識的には、まずは監視を強化するマネジメント改革、すなわち外部人材登用による経営陣の刷新、外部資本の受け入れなどから手掛けていかなければ、出口は見えません。

経営からは退いても株主として存在し続ける兼重親子は、この点をどう考え、どう動くのでしょうか。今回の不祥事の責任を本当に感じているのなら、6000人の従業員を路頭に迷わせないという最低限の責任は果たしてほしいものです。

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大関 暁夫(おおぜき・あけお)
企業アナリスト
スタジオ02代表取締役。1959年東京生まれ。東北大学経済学部卒。1984年横浜銀行に入り企画部門、営業部門のほか、出向による新聞記者経験も含めプレス、マーケティング畑を歴任。支店長を務めた後、2006年に独立。金融機関、上場企業、ベンチャー企業などのアドバイザリーをする傍ら、企業アナリストとして、メディア執筆やコメンテーターを務めている。

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(企業アナリスト 大関 暁夫)

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